■「国歌歌唱は政治的行為に当たらない」
自衛隊の政治的中立性への疑念を、政府のスポークスマンとして早期に払拭する狙いがあったのだろう。
陸上自衛隊中央音楽隊に所属する自衛官が4月12日の自民党大会で国歌を歌唱して物議を醸した問題で、木原稔官房長官が15日の衆院内閣委員会で「法律に違反することと、政治的に誤解を招くことは、別問題だ。
しっかりと反省すべきものだ」と述べ、事態の収拾を図っている。責任の所在をあいまいにしながら、このまま幕を引いていいのか。
木原氏の発言は、自衛隊員の政治的行為を制限している自衛隊法に違反するのではないか、という野党やメディアなどの批判に対し、高市早苗首相(党総裁)や木原氏自身、小泉進次郎防衛相が「国歌歌唱は政治的行為に当たらない」「自衛隊法違反にも当たらない」と抗弁してきた姿勢を軌道修正したものだ。
木原氏は「法的問題はなくても、(防衛省の)政務三役や官房長、事務次官まで上がっていれば、別の判断があった」と断じ、防衛省内の情報管理体制に問題があったと結論付けた。責任追及の矛先を、党大会の運営主体だった高市総裁や鈴木俊一幹事長らではなく、小泉防衛相や大和太郎防衛次官らに向けたことにほかならない。
だが、自衛官は国家公務員だ。高市首相や鈴木氏らが国家公務員法で定める政治的行為の制限を知らないはずがなく、制服を着用した自衛官を党大会に登場させた事実が、不問に付される道理がないではないか。まして首相は自衛隊の最高指揮官なのである。
背景にあるのは「今の政治家は、政治と軍(自衛隊)の関係や距離感が分からない。防衛政策に携わったことがある国会議員からも『何で歌うのが悪いのか』と言ってくる」(防衛省筋)という現状で、この関係の再確立も急がねばならないのかも知れない。
■「凛とした君が代が大会場に沁み渡った」
立党70年を迎え、都内のホテルで開かれた12日の自民党大会は、衆院選圧勝の高揚感が残る中、高市首相が憲法改正の実現に向け、「発議のめどが立った状態で来年の党大会を迎えたい」と衆参両院の憲法審査会での議論を加速させるべきだとの考えを明らかにしたほか、安定的な皇位継承策として、皇室典範改正に向けた与野党の議論を主導する考えを示すなど、「高市カラー」に彩られた。
ゲスト出演した歌手の世良公則氏が自身のヒット曲「燃えろいい女」を熱唱し、サビの歌詞を「燃えろサナエ」と変えて歌い、首相が立ち上がって歓声に応える場面もあった。

だが、国会での議論やSNSで話題をさらったのは、党大会の冒頭、陸自中央音楽隊の鶫真衣(つぐみ・まい)3等陸曹が制服姿でステージに上がり、会場にいた党国会議員らの国歌斉唱をリードしたことだった。
鶫氏は音大出身で、2014年に声楽要員として入隊し、22年から中央音楽隊に配属されている。アルバムやCDも出し、プロ野球開幕戦での国歌独唱に登場するなど、“自衛隊の歌姫”として幅広く活動している。
党大会では、司会者の平沼正二郎衆院議員(党青年局長)から「現役自衛官兼ソプラノ歌手」と紹介され、美声を披露した。
小泉防衛相は、党大会終了直後、鶫氏と握手する2ショットの写真をXに投稿し、「全国から党員らが結集する自民党にとって重要な場で国歌斉唱の大役を担ってくれたのが、陸上自衛隊の鶫真衣さん。凛とした君が代が大会場に沁み渡った。鶫さんをはじめ自衛隊の音楽隊を誇りに思う」と謝意を表わした。
この時点では疑問を感じなかったのだろう。
■「企画会社から、個人にお願いをした」
自衛隊法61条(政治的行為の制限)に「隊員は、政党又は政令で定める政治的目的のために、(中略)これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除くほか、政令で定める政治的行為をしてはならない」とある。
野党やSNSからは、政治的中立性の観点から自衛隊法に抵触するのではないか、との批判が噴出したのは、当然だった。
そもそも、国家公務員法102条(政治的行為の制限)に「職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」とある。
仮に自衛隊法を知らなくても、この規定を知らない国会議員はいないだろう。
国家公務員の政治的行為の制限は、私人か公人か、勤務時間内か外かの区別を問わない。これも規則に明記されている。
だが、鈴木幹事長は13日の記者会見で「党大会を企画する会社から、個人に対してお願いをした」「君が代自体は政治的な意味はないから、斉唱は特に問題がないと聞いている」と、政治的行為には該当しないとの考えを示し、組織防衛に走った。個人の判断で行動できるはずのない自衛官に責任を転嫁したのだ。
何が問われているのか、という本質的なところが分っていないのではないか。国歌を歌唱する行為が問われているのではなく、党大会という政党のイベントに自衛官がどういう立場で来たのか、が問われているのである。
■「自衛官による国歌斉唱が実現した!」
北村経夫参院内閣委員長は、12日の当日に「今回の自民党大会、実は『自衛官による国歌斉唱』が史上初めて実現しました!」とFacebookに投稿し、鶫氏と上官である中央音楽隊副隊長(柴田昌宣氏)との3ショットの写真も掲載している。私人としての行動ではないことは、この時点で明白ではないか。
にもかかわらず、小泉防衛相は14日の閣議後記者会見で「職務ではなく、私人として依頼を受けたと聞いている。国歌を歌唱することは政治的行為ではなく、自衛隊法違反に当たらない」と述べ、制服の着用についても「常時着用義務があり、制服を着て私人として行動することは問題ない」と強弁した。
小泉氏は、鶫氏が休暇中だったとも明らかにしている。姑息なことに、Xの投稿を13日に削除したのだが、これについては記者会見で「隊員に様々な負担がかからないようにと判断した」と、歯切れが悪かった。

そのうえで、鶫氏の出席情報について「私に(事前に)上がっていなかった。隊員も上の判断があったと思っただろう。報告体制にも改善点があるので徹底させる」と述べ、組織管理上の反省点を挙げたのである。
「報告が上がっていたら」という記者の問いには「(党大会に)行くことは、隊員を守るという大臣の責任からも避けなければならない」と応じ、出席すべきではなかったとの考えを示した。こうした一連の発言が結果的に防衛省の失点に繋がったとも言える。
■「事業者から歌手の推薦があった」
党大会運営の責任者の一人でもある萩生田光一幹事長代行は14日の記者会見で、これまでの経緯について「党からの発案、要請ではなく、演出などを企画している事業者から歌手の候補として推薦があった。事業者に問題がないか確認したところ、防衛省からも『問題ない』という回答があった。最終的には党大会運営委員会で協議し、決定した」と説明した。
党としての対応を正当化したつもりだろうが、自衛官の出席を事前に知り、党で是非を検討した結果、ゴーサインを出した、と認めたことには違いはない。
萩生田氏は、そのうえで「防衛省側に改めて確認したところ、『私人として特定の政党の大会に出席し、国歌を歌うこと自体は自衛隊法に直ちに違反するものではない』ということだった」と述べ、事実確認を含めて、一切の責任を防衛省に丸投げしたのである。
他責に過ぎよう。事業者や防衛省に確認するまでもなく、国家公務員である自衛官を一政党の大会に動員してはならないだろう。

党大会の主催者トップである高市首相も14日夕、記者団に「当日、会場に着くまで自衛官が来ることは知らなかった」と自身の関与を否定するとともに、「特定の政党への支援を呼びかけたということではなく、法律的に問題はない」との見解を示した。
自民党内では、憲法に自衛隊を明記する改正案をめぐる論議などを通じ、自衛隊への「身内」意識や親近感が無自覚に湧いているという。自衛隊法などが要請する、政治勢力からの中立を軽視する傾向にあるのではないか。
木原氏も23年の防衛相当時、衆院長崎4区補選の応援に入り、「(自民党候補を)しっかり応援していただくことが自衛隊とその家族の労苦に報いることになる」と訴え、政治利用だとの批判を受けて、発言を撤回した過去がある。
■「そのまま報告を聞いていた」
防衛省では、荒井正芳陸上幕僚長が14日の記者会見で、こう経緯を明らかにした。
「出演依頼を受けた当該自衛官から所属部隊を通じて、陸上幕僚監部、内部部局の担当部署に対し、私的に歌唱することについて、事前に相談があった。そのうえで、自衛隊法に定める政治的行為に当たるものではないと確認した旨の報告を(3日に)受けている」「自衛隊法に違反するものではなく、不適切だったとは考えていない」「(制服着用は)私人としての行為で、私の指示ではない。法令上、職務外において演奏服装の着用が禁止されているわけではない」
事前に組織内で協議され、党大会への出席は自衛隊法違反ではないとのお墨付きを与えていただけでなく、荒井陸幕長は「そのまま報告を聞いていた」と言うのである。
記者から「隊員は対価を受け取ったか。受けていなければ、イベント会社に役務を提供したことになる」と聞かれても、荒井氏は「謝礼は受け取っていないと承知している」と述べるにとどまった。
荒井氏の対応には内部からも疑問の声が上がる。防衛省幹部の一人は「国歌を歌うこと以前に、政党のイベントに政府の人間が出るのは休暇中だとしてもおかしい、という判断があってしかるべきだった。
チェックが甘かった。陸幕長にまで報告が上がっていながら、なぜ気が付かなかったのか」と悔やんだ。
■「良識ある方なら波風を立てなかった」
野党は批判を強める。国民民主党の玉木雄一郎代表は、14日の記者会見で「指揮命令系統がしっかりした自衛隊の一員として、仮に出るにしても、何らかの決裁を取った上で出ているはずだから、その意思決定も問われる」と述べ、防衛省を追及する構えを示した。
自民党に対しては「違法かどうかということ以前に、最大の我が国の実力組織の自衛隊の現職の方が仮に私人といっても、制服を着て、官職を紹介されることが、どういう政治的なインプリケーション(含意)を内外にもたらすか、かつての自民党の良識ある方なら、気付くし、諌めるし、無用な波風を立てなかったと思う」と、疑問を呈した。
同じ国民民主党の榛葉賀津也幹事長は、14日の参院外交防衛委員会で「シビリアンコントロール(文民統制)の中で、自衛官は活動している。現場では部下は上官には逆らえないし、自衛官や防衛省職員は政治家に文句は言えない。自民党の幹事長は『個人に依頼し、個人が受けて、個人の問題だ』と。これでは、彼女がかわいそうだ。この3等陸曹は、まったく悪くない。自民党がおっちょこちょいだった。政治家が悪かった(という話)ですよ」と指摘した。
いずれも的を射た見解だろう。
■「自民党の意思決定はうかつだった」
こうした流れの中で、木原氏が15日に「反省」に言及したのだが、与党の一角にある日本維新の会の藤田文武共同代表は、同日の記者会見で、「法的にはおそらく問題ないと思うが、政治的には『不適切だった』という評価を下さざるを得ない。自民党の意思決定はうかつだった」と批判した。「政治規範として一私党である自民党や維新と自衛隊との関わりについてはもう少し気をつけてやるべきだ」と畳みかけてもいる。
小泉氏は17日の記者会見で、「最終的には大臣の責任だ」とし、木原氏に同調せざるを得なかった。今後、報告体制の厳格化と制服着用のガイドラインを見直すのだという。
本来、自民党が負うべき責任が、政治力によって、防衛省の情報管理・報告体制の不備にすり替えられようとしている。
首相は20日の自民党役員会で「党大会の運営、防衛省の対応につき、様々な意見を真摯に受け止め、適切に対応する」と述べた。自衛隊法違反には当たらないとの認識を改めて示し、「当該自衛官に全く責任がないことは強調しておきたい」と語った。鈴木氏が記者会見で明らかにしたが、違和感は否めない。首相や鈴木氏が当該自衛官を窮地に追い込んだのではないのか。
政軍関係(政治と自衛隊の関係)の見直しが必要だ。自衛隊を高度な専門性を持つプロ集団として尊重し、政党や政治家が政治的中立性を損ねてはならない、自衛隊を支持拡大に利用してはならないというのが基本で、自衛隊にも政治に利用されないための知識と教育が欠かせないといえるだろう。

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小田 尚(おだ・たかし)

政治ジャーナリスト

1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て、フリーに。2018~2023年国家公安委員会委員。

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(政治ジャーナリスト 小田 尚)
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