中国人採用に積極的な日本企業が増えている。中国事情に詳しいジャーナリストの中島恵さんは「日本人の新規顧客の開拓が徐々に困難になっている中、在日外国人市場はほぼ手つかずの状態だ。
日本企業にとって、彼らは『日本国内』における新たな市場となる」という――。
※本稿は、中島恵『中国人は日本で何をしているのか』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■かつて人気だった「生保レディ」の今
一方、日本企業にとっても、中国人採用に積極的になる事情がある。長年、大手生保の営業社員として働き、数年前に退職した知人の日本人女性は次のように語る。
「あくまでも個人的な実感ですが、2015年頃から、日本人が保険業界にあまり入ってこなくなりました。私が在籍していた都内営業所の当時の営業社員は約60人。数年後に50人になり、私の退職後、今は二十数人で、隣町の営業所との合併が噂されています。
かつて生保業界は子育てが一段落した女性の再就職先として人気があったんですよ。時給仕事より稼げるし、時間も融通が利きますから。ただし、ノルマが厳しい、親族を加入させる必要がある、といった先入観がありました。現在は、必ずしもそんなことはないのですが、生保業界に対するイメージですね。
生保の営業といえば、以前は『足で稼ぐ』ものでしたが、現在は担当企業でさえ入館セキュリティが厳しくなって、昔のように簡単に会社訪問ができない。
そういう状態で、新規の顧客をどうやって獲得するのか、悩んでいる人は多いと思います」
■足で稼ぐ営業スタイルはもう限界…
さらにこの女性によれば、ネット保険などが盛んになった影響で、かつてのように営業担当が顧客に詳細なヒアリングをしてプランを作成、提案するというビジネスモデルが成立しにくくなったそうだ。
また各生保会社が提供する生保商品を比較検討するサービスも盛んになる一方で、営業担当者の顧客との接触も極端に減った。契約の確認で一年に一度オンラインでしか会わない、などは当たり前で、新しいプランを提案する機会自体があまりない。時代が変化し、自宅訪問も難しくなっている上、個人情報も突っ込んで聞きにくくなった。顧客が営業から説明を受けることを「面倒くさい」と思うようになったこと、以前より人間関係が希薄になったことなどもあり、営業職という仕事そのものが難しくなっている。
そのため生保営業を志望する日本人女性が減って、人手不足が深刻化しているのではないか、とこの女性はいう。生保で数千万円も稼げるのは、昔からこの仕事をやっていて、すでに人脈を得ているカリスマ営業くらいだそうだ。
■コンプラ意識の甘さが悩みの種に
生保の男性担当者も付け加える。
「生保会社(の営業社員)は毎年1万人くらい入社すると、同じくらいの人が退社していきます。そのため各社ともに国籍を問わず、常に営業社員を募集しているのが現状でしょう。基本給の支払い期間を延長して離職を食い止めようとしている会社もあるようです。顧客の立場からすると、契約したときの担当者を信頼していたのに、いつの間にかいなくなっている、という現象も起きています」
そのうえで彼は懸念も示した。

「営業社員をもっと採用したい。それはやまやまですが、どれだけ優秀で日本語が流暢な中国人であっても、事実としてコンプライアンスに対する意識が日本人よりも少し甘いところがあります。正直なところ、そこが心配です。
他社の話ですが、(中国人営業社員の顧客が)春節休暇で帰国した際に入院した、といって病院の診断書を提出し、保険金の支払いを求めるケースがありました。しかも同じような例が相次ぎ、不自然に多かったそうです。
それがきっかけとなり、ある保険商品が販売中止になってしまったそうです。海外で入院した場合、以前は保険金の支払いは1カ月後くらいでしたが、今では2~3カ月くらいかかります。審査に時間がかかるからです。
外国人を採用する際は保険事故が発生する確率が高くなる可能性がある、という考え方が社内にあり、会社としては悩ましいところです」
こうした問題を受け、コンプライアンス研修を強化する保険会社もあるという。外国人の顧客(生保の加入者)に対しても、以前は本人名義の銀行口座があれば加入できたが、現在では在留資格を得て1年以上経っていないと契約できないなど、成約は徐々に厳しくなっているそうだ。
■中国人の「優秀な営業成績」の秘密とは
それにしても、中国人の営業成績がそんなによい理由は何なのか。取材を重ねて感じたのは、在日中国人の間にリアル、SNSそれぞれに濃密な人間関係が構築されていて、それを駆使できることだ。
日本人の人間関係が希薄になっているのとは真逆の現象である。
彼らが中国人だけで独自のネットワークを築き上げていることは、前著『日本のなかの中国』や前々著『中国人が日本を買う理由』でも紹介してきた。
かつては日本語学校などの同級生や同郷の人しか知り合いがいなかった在日中国人だったが、14~15年頃から中国で起きたSNS革命の影響を受けて、「友人の友人」が増え、雪だるま式に知り合いが増えていった。
大人になってから来日したのに、母国にいたとき以上に日本国内に中国人の知り合いが多いと話す人もかなりいる。むしろ「異国」に住んでいるからこそ、中国人同士のつながりを意識的に求め、助け合いながら生きている、という側面もあるのだろう。
彼らは中国発のメッセージアプリ、ウィーチャット(微信(ウェイシン))を利用し、同郷や同窓とつながっていく。さらに地域や同業、子どもの保護者同士など、来日後の人間関係が広がり、数多くのSNSグループを作っている。私自身、20くらいのグループに入れてもらっているが、多い人だと50以上のグループに入り、交流している。
前著でも、中国人だけで回る、日本国内の経済ネットワーク(中国式エコシステム)を紹介したが、それは生保業界でも同様で、生保商品を売る人、買う人のいずれも中国人だ。
■イベント参加だけで年200人以上と繋がる
では彼女たちは、具体的に、どのように営業しているのか。大手生保の優秀社員、張さんに聞いてみた。
「私のウィーチャットには約1000人いますが、表彰されたときの写真を投稿する以外、生保の宣伝は一切やっていません。

会社からSNSの営業利用は禁止されています。ただし同業者には、『日本人はウィーチャットをやっていないからバレない』と隠れて利用する人もいます。でも私は、会社の規則は守っています。営業職は自分という人間を信頼してもらうことが最も大事ですから」
張さんは「知り合い」を増やすため、自身の出身地の同郷会のほか、趣味のスポーツの会、毎年4月頃に東京・池袋で開かれる東京国際交流フェスティバル「華の春」、9月頃に代々木で開かれる「チャイナフェスティバル」、春節の在日中国人団体主催によるパーティー、在日中国大使館の行事などに積極的に出席して交友を広げている。
1年に数回行われるこれらのイベントに参加するだけで、毎年200人以上の中国人とウィーチャットで繋がることができる。
出会ってすぐに保険の話はしないようにしているが、名刺を差し出すと、相手は目を輝かせ、「えっ、生保の営業をやっているの? 私は日本の生命保険に興味があるので一度ゆっくり説明してほしい。ウィーチャットで繋がってもらえますか」といわれることも多い。張さんの顧客は9割が在日中国人だ。
■同郷の先輩や店主からの「紹介の輪」
一方、黄さんは新人の頃、担当企業に加え、営業所内で引き継ぎがなく放置されていた個人顧客(100人程度)を会社から受け持たされ、コツコツと挨拶して歩いた。
相手は全員日本人だったが、古い保険内容を見直して新しいプランを提案すると、加入してくれる人もいた。丁寧に仕事をすれば、必ず顧客は向き合ってくれると実感し、仕事の醍醐味を覚えたという。
そんなとき同郷会に参加したところ、旧知の先輩女性から「ちょうど夫が生保を検討中」といわれ、改めて商品の説明に行った。
すると一気に3件も加入してくれた。
「それまで私は宴席などでも仕事の話はしないようにしていたのですが、その先輩は、『もっと自分からアピールしたほうがいいよ』といって、何人も同郷の人を紹介してくれました。
また、ある中華総菜の店で売っている涼皮(リャンピー)(小麦粉などを原料とした半透明の麺)が気に入って、私はその店に3年くらい通い詰めていました。
すっかり顔見知りになった中国人の店主から、ある日、『ところで黄さんはどんな仕事をしているの?』と聞かれ、答えたところ、『営業なのに、これまでよく黙っていたね。商品を教えてよ。黄さんがやっている生保なら絶対に安心。ぜひ入りたい』といってくれたんです。結局、その方の紹介だけで30人の中国人が加入してくれました」
■日本人には発掘できない「潜在ニーズ」
別の大手生保に勤務する李さんの場合はもう少し積極的だ。李さんは直接つながりがなくても閲覧できるインスタグラムのような中国のSNS、小紅書(シャオホンシュー)(REDNOTE)で保険商品の事例紹介や顧客からの反応などを発信している。それを見た中国人から直接メッセージが届く。
また、都内の中華物産店や中華料理店の知り合いには、生保に興味のある人がいたら、自分の名刺を配布してほしいと頼んでいる。
「美容院やマッサージ、ネイルサロンなど、顧客がある程度限定されているお店は効果的です。
施術しながらお客さんと2人きりで会話するので、生保に興味がありそうな人かどうかがすぐにわかるので。池袋(東京)には少なくとも20軒以上、中国人専用の美容院があって、そこに声を掛けています。貿易会社には法人契約してもらうこともあります」
李さんによれば、日本人は保険営業からの連絡を面倒に感じる人が多い一方、在日中国人の場合、むしろ声を掛けられるのを待っているのではないか、と感じるケースが多いという。
私が取材した中国人営業社員たちは、「日本語が不自由だったり、たとえある程度話せても、生保商品の内容を理解するのは難しく、日本人に説明してもらう機会がほとんどない。だから生保に加入したいのに検討できないという『潜在的ニーズ』が多いのではないか」と語る。
■「母国語で相談できる安心感がある」
日本人であれば、高校や大学時代の友人や、就職後いずれかのタイミングで「知り合い」から生保加入を勧誘された経験を持つ人が多い。だが、考えてみると、留学や就職で来日した中国人は、周囲もほとんど中国人なので、そういう機会があまりないだろう。
張さんは「日本での生活がだんだん長くなり、家族が増えて生活に余裕が出た人は、将来に備えて生保に入りたいという気持ちが強くなるようです。万が一を考えるのは縁起が悪いと躊躇する人もいるのですが、そういう人には貯金型の商品を勧めています。
中国人は、日本人にこんなことを聞いて笑われないかとか、日本語で聞くのが恥ずかしいという心理もありますが、中国人同士なら母国語で細かな質問もできるし、いつでもSNSで連絡できるという安心感があります」と話す。
日本にこれだけ多く居住する中国人を顧客ターゲットとするなら、その国の人材を営業職員として採用するのは当たり前の戦略だ。中国人なら、中国人にどんな生保商品が向いていて、どんなプランを提案したらよいのかがすぐわかる。顧客側も中国人営業には心を開きやすい。これは生保に限らず他業界でも同様だろう。銀座のブランドショップで、中国人スタッフが採用されるのと同じ理屈だ。
■手つかずの「新たな市場」をどう開拓するか
現在、日本の生保会社にどれくらいの中国人営業社員が所属しているのかはわからないが、営業社員である彼女たちは「在日中国人が90万人もいるのだから、まだ全然(中国人営業社員の数は)足りていない」と感じている。
人口減少をはじめ、時代の変化に伴い、日本人の新規顧客の開拓が徐々に困難になっている。そんな中、在日外国人市場はほぼ手つかずの状態、といってもいい過ぎではない。日本企業にとって、彼らは「日本国内」における新たな市場となる。冒頭で紹介した張さんは、生保の若手優秀社員の表彰式では、全体の1割がベトナムなど中国以外の「外国人」だったと話していた。
生保営業が「外国人なし」では成立しない時代がすでにそこまで到来しているのではないか、と私は強く実感させられた。

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中島 恵(なかじま・けい)

フリージャーナリスト

山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。

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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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