米中首脳会談によって2つの大国の関係はどう変わるのか。評論家の白川司さんは「見た目には友好的だったが、米中和解と見るのは危険だ。
トランプ大統領はあくまで中国との対決を後回しにしているだけ、ということを忘れてはいけない」という――。
■米中の「雪解け」かと思ったら…
今回の米中首脳会談を見て、「トランプ大統領は中国に融和したのではないか」と感じた人は少なくないかもしれない。
トランプ大統領と習近平国家主席は、互いに敬意を示し合い、米中関係の安定化を演出した。中国側は「戦略的安定を伴う建設的関係」を打ち出し、トランプ大統領も習近平氏との個人的関係を強調した。
たしかに、表面的には米中関係が改善に向かったように見えるが、事はそれほど単純ではない。今回の会談は、米中和解の始まりではなく、むしろ米中対立を一時的に管理するための演出だったと見るべきである。
米外交誌『Foreign Affairs』のデジタル版に掲載されたオービル・シェル氏のインタビュー記事でも、台湾、貿易不均衡、サプライチェーン、産業政策といった根本問題は未解決のままであることが指摘されている。米中は関係を修復したのではなく、本格的な対決を戦略的に先送りしたと捉えるべきである。
その背景には、トランプ外交の大きな戦略的順序がある。すなわち、「中国を後回しにする」という冷徹な計算がある。
■「和解」ではなく「和解の演出」
今回の米中首脳会談では、大豆、農産品、ボーイング機の購入など、いかにも成果らしい項目が並んだ。トランプ大統領はビジネス界の有力者たちも同行させ、中国側もそれを歓迎した。

いかにもトランプ大統領らしい演出である。首脳同士の個人的関係を前面に出す。大型商談を打ち出す。市場を安心させる。国内向けに「自分は中国と取引できる」と見せる。
重要なのは、そうした演出によって米中対立の本質が消えたわけではない点だ。台湾問題や貿易不均衡、さらには先端半導体からEV、重要鉱物、造船にいたるサプライチェーンの主導権争いは何も解決していない。中国の野心的な産業政策も何も変わっていない。すべてが「棚上げ」にされたに過ぎない。
中国の基本戦略は明確である。自国はアメリカや日本、欧州のチョークポイント(戦略的要衝)からできるだけ自立する。一方で、相手国には中国への依存を深めさせる。
そうすれば、中国は相手国に対して交渉上のレバー(レバレッジ)を持つことができる。
これは単なる経済関係ではない。サプライチェーンを通じた「権力政治(パワー・ポリティクス)」そのものである。
だから、今回の米中首脳会談を「米中和解」と見るのは早計だ。実態は、危険な対立を一時的に管理し、先送りするための舞台だったと見るべきである。
■トランプが巧みに操る「2つの顔」
上述した『Foreign Affairs』の記事では、トランプ大統領の対中姿勢について独特の「曖昧さ」があると指摘されている。
たしかに、トランプ大統領には2つの顔がある。
一方では、中国に対して非常に強硬な顔だ。貿易赤字、技術移転、知的財産、製造業流出、サプライチェーンの中国依存に強い不満を持っている。
その一方で、トランプ大統領は首脳同士の大きな取引を好む。「自分と習近平なら話をつけられる」と考えるタイプの政治家である。その場合は、強硬な顔は棚上げされて、あたかも昔から親しい友人であったかのように友好的になる。
そういう観点からも、トランプ大統領の対中姿勢には二面性がある。
ただし、二面性があるだけで「曖昧」と決めつけるのは危険だ。
第一次トランプ政権を思い出してほしい。当時も、最初は習近平氏との友好関係が大きく演出された。2017年の首脳会談では、両首脳の個人的関係が強調され、米中関係の安定が語られた。
だが、その後に起きたのは対中融和ではなかった。トランプ政権は、中国の技術移転、知的財産侵害、貿易不均衡を問題視し、対中関税へと踏み込んだ。第一次政権で通商政策ブレーンだったピーター・ナバロ氏に象徴される対中強硬論が政策に反映され、米中対立は一気に先鋭化した。
つまり、トランプ大統領にとって友好演出は、対中融和の証拠ではない。むしろ、相手から譲歩を引き出すための前段階である可能性が高い。
トランプ大統領は、対中融和派でもなければ、単純な対中強硬派でもない。より正確には、友好演出と圧力を使い分ける徹底した「取引主義者(トランザクショナリスト)」なのである。

■米中対立はすでに構造化している
今回と第一次政権には大きな違いがある。
第一次政権の初期には、まだ米中関係をどう組み替えるかという段階だった。中国を世界経済に組み込み、巨大市場として利用しながら、同時に不公正な慣行を一歩ずつ是正させるという発想も残っていた。
現在は、米中対立は完全に「構造化」しており、前提条件が大きく変わっている。ハイテク、軍事、地政学、エネルギー、すべての領域における対立は固定化されており、世界は「いかに対立するか」という第二フェーズに入っている。
今回の米中首脳会談は「関係改善」の出発点ではない。すでに対立構造ができあがった後で、その破局を一時的に抑えるための防波堤だったと見るべきである。トランプ大統領は中国と融和したいのではなく、中国との本格対決のタイミングをコントロールしているのだ。
■トランプ外交にとっての「最大の敵」
バイデン政権は、国際政治を「民主主義v.s.強権主義」という構図で捉えた。アメリカ、日本、欧州などの民主国家が連携し、中国やロシアのような強権国家に対抗する。これがバイデン外交の基本的な世界観だった。
トランプ大統領の外交スタンスは根本的にそれとは違う。
トランプ大統領は、リベラルな国際秩序を守ることに関心がなく、EU、国際機関、グリーン政策、DEI(多様性・公平性・包括性)、人権外交のような「グローバル・リベラル秩序」に対して、むしろ強い反感を持っている。主眼はあくまで、アメリカ中心の勢力圏再編をいかにして実現するかにある。
トランプ大統領にとってEUは、「言うことを聞かない身内」のような存在だ。安全保障をアメリカに依存しながら、グリーン政策やデジタル規制、人権外交でアメリカに注文をつける「自分の価値観を一方的に押しつける厄介な存在」である。だからトランプ大統領はEUに対して強く出るし、NATOに対して懐疑的なのである。
■中国とロシア、イランは明らかに違う
では、ロシアはどうか。ロシアは民主主義の外形を残した強権国家だが、ロシアにはキリスト教文明、反LGBTQ、反グローバリズム、反EU、反リベラルという「共通点」がある。そのため、トランプ大統領の保守的価値観には親和性が高い面がある。もちろんロシアは危険な軍事大国ではあるが、中国から引き離せるなら利用価値のある相手である。
さらに、イランはどうか。イランも選挙や大統領、議会の外形はある。だが、実態は最高指導者を中心とする神権的権威主義国家だ。
また、反米・反イスラエルを体制の正統性に深く組み込んでいる。イスラムだから敵なのではない。反米・反イスラエルの革命体制だから、アメリカ中心の秩序に組み込めない「交渉不可能な敵」なのだ。
ロシアやイランと比べると、中国は別枠の存在である。中国は反リベラルではあるが、アメリカの産業や技術、軍事、サプライチェーン、金融、資源、安全保障圏を脅かす最大の競争相手である。
トランプ外交においてこの3国を乱暴に色分けすると、次のようになる。
「ロシア=寝返らせたい敵」

「イラン=抑え込むべき敵」

「中国=最大の競争相手(最後に対決する本丸)」
この整理をすれば、トランプ大統領の行動はかなり見えやすくなるはずだ。
■プーチンが戦争を止められない理由
この構図で見ると、ウクライナ戦争の意味も変わって見えてくる。
プーチン大統領は、NATO拡大を阻止するためにウクライナへ圧力をかけ、最終的には全面侵攻に踏み切った。しかし、その結果は逆効果だった。フィンランドやスウェーデンがNATOに加盟し、ウクライナの反ロ化は決定的に進んだ。欧州の再軍備も進み、NATOは新しい存在理由を得てしまった。プーチン氏はNATOを押し返そうとして、逆に自らの首を絞めたのだ。
それでも、ロシアは簡単には戦争を止められない。現状で停戦すれば、プーチン氏が掲げた大戦略の失敗が見えやすくなるからだ。
もちろん、ロシアはウクライナ領の一部を占領している。単純な領土だけを見れば、何も得ていないわけではない。しかし、当初の目的から見ればどうか。NATO拡大は止められず、ウクライナの反ロ化も止められず、併合を宣言した地域の全域支配もできていない。欧州はむしろ再軍備に向かった。
この状態で戦争を止めれば、プーチン氏は国内向けに「何のための戦争だったのか」を説明しなければならない。だから、プーチン氏は戦争を止めにくくなっている。戦争を続けている限り、「まだ目標達成の途中だ」と言えるからだ。
■3カ国の中で優先順位を付けている
ここでトランプ大統領の出番になる。トランプ大統領がやろうとしているのは、プーチン氏を倒すことではない。プーチン氏が国内向けに「敗北ではない」と説明できる出口を作ることである。
これは道義的には非常に不快な話だ。ウクライナから見れば、侵略者に体面を与えることになる。しかし、戦争を止める現実策としては、プーチン氏が降りられる出口を作らなければならないという側面がある。トランプ大統領は、そこに豪腕で切り込もうとしているのだろう。
では、なぜ中国が後回しになるのか。理由は明確である。アメリカが、ロシア、イラン、中国の3国を同時に相手にするのは負担が大きすぎるからだ。
ウクライナ戦争が続けば、アメリカの軍事支援、ヨーロッパとの調整、対ロ制裁、エネルギー問題などが続く。中東でイラン紛争が続けば、イスラエルや湾岸諸国、原油価格、ホルムズ海峡に影響する。その状態で中国と全面的な経済戦争に入れば、アメリカ経済にも大きな負担がかかる。
トランプ大統領は、同時にすべての戦線を広げるタイプではない。むしろ、相手を順番に処理しようとする「ディール」外交を実践するトップである。
■11月の中間選挙までのミッション
まずウクライナ戦争を凍結し、ロシアを中国から少しでも引き離す。欧州には防衛負担を負わせる。中東ではイランを抑え込む。そのうえで、中国に集中する。
この順番を考えれば、今回の米中友好演出は理解できる。いま中国と全面対決するのは得策ではない。まずは米中関係を安定させて、大豆などの農産品や航空機購入を打ち出して、市場を安心させる。農業州にも成果を示す。中国との首脳関係を演出する。
これは中国と友好関係を結ぼうとしているのではなく、中国との対決を後ろに回しているだけだと考えるべきだ。
トランプ大統領にとって、中間選挙前にほしい成果は何か。それは自分が戦争を止めたという成果だ。
バイデン政権が終わらせられなかったウクライナ戦争を、自分は止めた。欧州には負担を負わせた、ロシアとは取引した、アメリカの利益を守ったなどの具体的な成果を出すことが、トランプ大統領にとって重要なのである。
そのうえで、次の段階として中国に強く出る。これが第一次政権と同様に最も自然な流れだ。
もちろん、中間選挙前にウクライナ停戦が実現するとは限らない。両国の停戦合意が非常に難しいのは確かである。ウクライナが受け入れられる条件、ロシアが国内向けに説明できる条件、欧州が飲める条件、アメリカが支えられる条件は、それぞれ違う。
■日本は米中衝突に備えなければならない
停戦が中間選挙前に間に合わない場合は、トランプ大統領は対中強硬策を前倒しする可能性がある。ウクライナで成果が出なければ、中国に強く出ることで「自分は弱腰ではない」と示すきっかけができるからだ。
戦略的に見れば、より合理的なのは、ウクライナを管理可能な状態にしてから、中国に集中することである。トランプ大統領の対中強硬化は、ウクライナ停戦、あるいは少なくとも停戦プロセスの演出に成功した後に本格化する可能性が高い。
このダイナミックな「戦線整理」の期間中、日本企業や日本政府は、表層的な「米中融和」のムードに一喜一憂してはならない。むしろ、この「後回しにされた猶予期間」こそ、来るべき米中激突に向けたサプライチェーンの強靭化や、次なるトランプの要求(日米貿易交渉など)に備えるための貴重な時間となる。
ロシアは寝返らせたい敵だ。イランは抑え込むべき敵だ。そして中国は、最後に向き合うべき最大の競争相手である。米中首脳会談の笑顔の裏で進んでいるのは、和解ではなく、次の対決に向けて戦略的な順序に従った政策である。

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白川 司(しらかわ・つかさ)

評論家・千代田区議会議員

国際政治からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。『月刊WiLL』にて「Non-Fake News」を連載、YouTubeチャンネル「デイリーWiLL」のレギュラーコメンテーター。メルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評。著書に『14歳からのアイドル論』(青林堂)、『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック)ほか。

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(評論家・千代田区議会議員 白川 司)
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