睡眠不足は身体に悪いのはわかっている。だが、睡眠時間を確保するのが難しい。
そんな人はどうすればいいのか。大手外資系企業を中心に年間1000件以上の面談を行っている産業医の武神健之さんは「4時間未満の睡眠が2週間続くと、メンタル不調になる人が多い。医学的にも、2週間が重要なポイントとなっている。多忙な人でも実践しやすい、睡眠時間を確保するコツを紹介したい」という――。
■「4時間未満が2週間続く」とメンタル不調になる
こんにちは。産業医の武神です。蒸し暑い季節になってきましたが、皆さんは上手に眠れていますか?
不眠はメンタルヘルス不調の代表的な症状ですが、メンタル不調がなくてもうまく眠れない、もっと質の高い睡眠がしたいという気持ちは多くの人が持っているようです。実際、私の産業医面談でも睡眠に関する相談は、数多く寄せられます。
そこで今月は、私が面談している社員たちの睡眠事情をもとに、睡眠不足の影響とその対策について、お話しさせていただきます。
まず、私が15年以上にわたり産業医として働く人たちと面談してきた経験上、断言できることが1つあります。それは、「4時間も眠れない日が2週間連続」すると、睡眠負債が溜まり、つまり寝不足が蓄積し、そこから一気にメンタル不調に陥ります。
これは私の経験則ですが、生理学的な背景もあるんです。

人間の睡眠は、1サイクル約90分で構成されています。このサイクルの中で、深い眠り(ノンレム睡眠)と夢を見る浅い眠り(レム睡眠)が繰り返され、身体の回復、記憶の整理、感情の処理等が行われます。特にレム睡眠は記憶の固定や負の感情を伴う記憶の整理に重要な役割を果たします。
また、睡眠中には、脳の中だけでなく、身体の方でも、心血管系と免疫系の修復が行われます。慢性的な睡眠不足は、脳霧(ブレインフォグ※頭がボンヤリするなど)・感情不安定・判断力低下、糖尿病・癌・心疾患のリスクを上昇させると言われています。
■医学的にも「2週間」はポイント
多くの場合、眠れない日があったとしても、それが数日続くと眠れます。仮に平日は十分に眠れなくても、翌日に仕事のない金曜や土曜の夜は眠れるもので、2週間連続で眠れないということは、あまり起こりません。
しかし、ペンシルバニア大学の研究では、4時間睡眠を14日間続けると、2晩の徹夜明けと同じレベルまで脳機能が低下することが実験で示されています(Van Dongen et al., 2003)。
睡眠不足が、“2週間”続くと危ないということには、どれくらい信憑性があるのでしょうか。
「DSM-5(精神疾患の診断統計マニュアル第5版)」においては、2週間の睡眠の記録が、不眠障害の診断確認のために推奨されています。つまり、この2週間という期間は睡眠障害の観察・判断期間として臨床的に認められた期間なのです。
また、うつ病(医学的には「大うつ病性障害」)の診断は、9つの症状のうち、「5つ以上の症状が2週間以上続くこと」を必須要件としており、睡眠障害はその9症状の一つに含まれています。
つまり医学的には睡眠の問題が2週間続けばうつ病の診断要件の一つを満たすこととなり、私の“2週間続いたら危ない”という経験による感覚は、理に適ったものだと言えます。
■高血圧のリスクが5倍以上になる
たとえ“4時間も眠れない日が2週間連続”でなくても、睡眠不足は様々なネガティブな影響を心身に与えることが、昔からわかっています。
・パフォーマンス低下 (Van Dongen et al., 2003)

・反応速度低下により、自動車事故リスク増加 [Dawson D & Reid K. (1997)、Connor J, et al. (2002)]

・うつ病、不安神経症の発症 (Ford DE & Kamerow DB. 1989)

・慢性疾患罹患リスク増加(体への悪影響)

・肥満、免疫力低下、高血圧、心臓病、糖尿病など (Vgontzas AN, 2009等)

・睡眠障害で高血圧のリスクは5倍以上 (Vgontzas AN, 2009)

・睡眠障害を有する男性において虚血性脳卒中のリスク、日中の眠気を有する男性において虚血性心臓病の発症のリスクが増加 (Elwood et al. 2006)

・睡眠障害の自殺危険について、最新の研究では、不眠症や睡眠障害がある人は、ない人に比べて自殺念慮や自殺未遂のリスクが、およそ1.5~3倍になることが分かっている
■睡眠時間の正確な把握は難しい
健康でいるためには毎日最低4時間の睡眠が必要そうなことはわかりました。では実際のところ、何時間眠れていれば、安心できるのでしょうか?
最新のデータでは、20歳以上の人は、1日7~9時間寝ることが推奨されています。しかし、睡眠時間を“正確に”把握することは、実は非常に難しいのです。
食事の時間なら「12時30分に昼を食べた」と言えます。しかし睡眠は無意識の状態ですから、布団に入った時刻はわかっても、実際に眠りに落ちた正確な時刻はわかりません。夜中に目が覚めても、時計を見るとは限らないし、見ても覚えていないことが多くあります。
最近は、睡眠アプリで睡眠を把握できるようになってきましたが、これはあくまでスマホやウエアラブルデバイスの加速度センサーによる推定であり、正確な睡眠ステージの判定はできません。ですので、睡眠時間5時間20分などの数字に一喜一憂するのは、あまり生産的ではないのです。
■「ベッドや布団にいる時間」を意識する
だからこそ私が産業医として着目してきたのは、「床上時間」――ベッドや布団にいる時間です。眠れていたかどうかよりも、まず、ベッドにいた時間が何時間だったかを意識することが大切だと考えます。

床上時間と睡眠の関係は、以下の4パターンに分類できます。
1.床上時間が短くて、眠れていない

2.床上時間は短いが、眠れている

3.床上時間が長いが、眠れていない

4.床上時間が長く、眠れている
パターン1「床上時間が短くて、眠れていない」は最も危険な状態です。
週に半分以上「床上時間が短くて眠れていない」という自覚があるときは、医療機関を受診した方がいいと思います。受診する科の選び方については、眠れていない原因に不安、ストレス、悩みなどの心当たりがある場合は、精神科や心療内科を受診するのがいいでしょう。原因に心当たりがない場合は、睡眠外来や近所の内科がいいと思います。
内科の先生でも、いい先生であれば、睡眠薬の処方が2回目、3回目となった時点で、心療内科等への受診を促してくれるはずです。その際はちゃんと心療内科等を受診するようにしてください。
■床上時間の最低ラインは「6時間」
パターン2「床上時間は短いが、眠れている」は、注意が必要なこともあります。例えば、「忙しくて毎晩2時に布団に入るけど、6時に起きるまで爆睡しています」という人は、今は大丈夫でしょう。しかし、ストレス等で少しでも寝付けなくなったり夜中に起きるようになると、すぐに睡眠時間が4時間未満となり、一気にメンタル不調のリスクゾーンに入ってしまいます。
私の経験上、床上時間の推奨ラインは“最低6時間”です。6時間の床上時間があれば、90分の睡眠サイクルが3~4回とれます。
寝付きにくい、夜中に起きるなどで1サイクル逃したとしても、最低2~3サイクルの睡眠は確保できる計算になります。これが“メンタル不調を防ぐ最低ライン”です。
パターン2の人たちは、週に1~2回でいいので、なんとか6時間の床上時間を確保するようにしてください。そうすれば、4時間未満の睡眠が2週間連続、というクリティカルなレッドラインを超える確率は減ると思います。その結果、睡眠不足による心身の不調リスクはかなり減るはずです。
■7~8時間は布団にいるのが理想的
パターン3「床上時間が長いが、眠れていない」の人は、床上時間が6時間以上確保できているのであれば、眠りづらかったり夜中に起きてしまったりすることがあっても、実際には2~3サイクル(4時間程度)は眠れている可能性が高いです。眠れない日の原因として、翌日の重要な仕事や嫌な上司とのミーティングなど心当たりがあるのであれば、普通の範囲内です。ひとまず安心しても良いでしょう。
産業医としては、そんな時こそ、よく体を動かしたり、瞑想やストレッチをしてからベッドに入ったりするようにして、自分なりの快眠習慣を見つけてほしいところです。
パターン4「床上時間が長く、眠れている」の人は、全く問題ありません。
理想の睡眠時間は、7~8時間の床上時間を確保し、その中で5~6時間以上眠ることでしょう。毎日6時間の床上時間確保が難しい場合でも、週に1~2回は確保するだけで、睡眠不足による心身の不調リスクはかなり下がります。
平日に1回と週末に1回と考えれば、無理なくできそうな気がしませんか。
インターネットを調べれば、良い睡眠のとり方やそのコツについて、たくさんの情報が出てきます。複数のサイトで言われているようなことは、いずれも間違いではないと思います。しかし、大切なのは自分に合うものを見つけることです。いろいろ試してみて、自分に合う快眠のための習慣を見つけてください。
■もっともシンプルで強力な方法
最後になりますが、私は実際の産業医面談では、よく社員たちに「睡眠の質を高める一番いいやり方は何ですか?」と聞かれます。それに対して、私はいつも以下の3つを答えています。
1.アルコールは睡眠の質を低下させるため、寝るためにお酒を飲むよりは、クリニック等を受診し、お酒は飲まずに処方された睡眠薬を飲んだほうがいい。

2.毎日なるべく同じ時間に起きること。これが睡眠の質を高める、最もシンプルで強力な方法。

3.あまり睡眠時間にこだわらないこと。次の日に仕事でしっかりと集中できており、自分が機能しているのであれば、それほど時間にこだわる必要はない。
睡眠時間よりも、布団にいる時間をぜひ意識してほしい。
今月の話が皆様のお役に立てば幸いです。

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武神 健之(たけがみ・けんじ)

医師

医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバ、ムーディーズ、フォルクスワーゲングループ、BMWグループ、エリクソンジャパン、テンプル大学日本校、アドビージャパン、テスラ、S&Pといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。働く人のココロとカラダをサポートする無料AIチャット相談サービス「産業医DrT」を運営。

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(医師 武神 健之)
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