※本稿は、ながさき一生『最強の寿司ビジネス』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■マグロとサーモンはなぜ人気なのか
寿司のネタの中で、マグロとサーモンは圧倒的な人気を誇ります。どの調査を見ても、この2つが常に上位を占めています。
例えば、マルハニチロが2025年に実施した「回転寿司に関する消費者実態調査2025」でも、回転寿司で「よく食べているネタ」はサーモンが47.1%で第1位、マグロ(赤身)が37.9%で第2位となっています。
今や寿司といえばマグロとサーモン。この2大ネタが、日本の寿司文化を代表する存在になっているのです。では、この2つはなぜここまで人気になったのでしょうか。
まず、マグロが「寿司の王様」と呼ばれるようになった背景には、時代の移り変わりと技術の進歩があります。江戸時代、マグロはむしろ、“下魚(げざかな)”とされ、特に脂の多いトロの部分は好まれませんでした。
これは、その頃の日本人が脂っこい食材に慣れていなかったことや、づけが主流だったマグロの寿司の中でも、脂の多いところはづけ汁が楽み込みにくかったことなどが理由と考えられます。
ちなみに、この頃の人気の寿司ネタはコハダだったといいます。
■「脂がのったもの=ごちそう」になった
ところが、明治期の文明開化に合わせて脂っこい肉を食べるようになったことを口切りに、戦後にアメリカの食文化が入ってくると日本人の食生活に動物性脂肪が増え、「脂がのったもの=ごちそう」という価値観が広がります。
こうなると、脂っこいトロをおいしいと感じる人が多くなり、マグロは人気の寿司ネタにのし上がっていきました。
さらに、冷蔵・冷凍技術の発達もマグロの立場を一変させました。急速冷凍技術により、世界中の海から安定してマグロを届けられるようになりました。冷凍でも生の食感や風味、味わいを保てるようになり、寿司店で扱いやすい魚になったのです。
また、マグロは可食部がまとまって取れ、加工しやすい点も売る側として大きな魅力です。部位によって味の差があり、赤身・中トロ・大トロと価格帯を変えて販売できるため、幅広い層や需要に対応できます。
さらに首都圏文化の影響も見逃せません。元々マグロを食べていた首都圏の文化が、東京を起点として全国に広まりました。情報発信の中心地である東京の「寿司といえばマグロ」というイメージが、テレビや雑誌などのメディアを通じて地方にも広がっていったのです。
また、例えば、福岡は、かつてマグロをあまり食べない地域でしたが、近年は提供するお店も増えています。その背景には、関東からの転勤者や移住者の増加があるといわれます。こうして、首都圏文化の波が日本各地にマグロ人気を広げていきました。
■ノルウェーサーモンが日本の食卓を変えた
一方で、「もう1つの主役」になったサーモンは、マグロとは異なるルートをたどりました。
元々日本では、サケを生で食べる文化はありませんでした。寄生虫の問題があり、焼くか煮るかが一般的な調理法だったのです。それを変えたのが、いわゆるノルウェーサーモンです。
冷凍、養殖技術の発展により、寄生虫リスクを除去した安全な生食用サーモンが登場し、寿司ネタとしても売り込まれた結果、「サーモン=寿司の定番」となったのです。
また。サーモンの人気を支えたのは、その安定供給と扱いやすさです。養殖により通年で品質が一定し、脂がのって柔らかく、冷凍・解凍しても品質が保てる。加工もしやすくて身もまとまって取れるため、売る側にとっても都合の良い魚です。
おさらいになりますが、マグロとサーモンには共通点も多くあります。いずれも冷凍、養殖によって安定供給が可能で、脂がのって味が濃く、現代人の嗜好に合っています。
こうした“現代的な魚”の条件を満たしていることが、2大人気ネタとしての地位を支えているといえるでしょう。
■見た目の美しさが人気を押し上げる
そして、もう1つ忘れてはならないのが「見た目の力」です。寿司は本来、視覚的にも美しい料理であり、白いシャリに赤やオレンジのネタがのると、美しく見えます。マグロとサーモンは、まさにその色彩バランスを体現しています。
東京で発信されたその視覚的イメージが、メディアや全国の寿司店の実店舗でも広がり、定番の地位を築き上げました。
こうしてマグロとサーモンは、技術、流通、情報、そして見た目のすべてを味方につけ、寿司ネタの2大巨頭に上り詰めました。もはやこの2つは、単なる人気ネタではなく、寿司ビジネスを支える基盤そのものといえます。
とはいえ、プリやカンパチ、タイなど新たなスター候補も続々と登場しています。多様化する寿司市場の中で、マグロとサーモンがどのように進化していくか――それもまた、これからの寿司ビジネスの見どころなのです。
■日本には様々な業態の「寿司屋」がある
今、「寿司業界」と一言で語ることは、実はかなり難しくなっています。回転寿司と町寿司、高級寿司とスーパーの寿司売り場では、価格も客層も競争相手もまったく異なります。
同じ「寿司」を扱っていながら、置かれている環境は別の産業と言っていいほど違うのです。現在の寿司業界を理解するには、まずこの前提に立つ必要があります。
そもそも、かつての寿司業界は、ここまで細かく分かれてはいませんでした。日常の食事としての寿司も、出前の寿司も、持ち帰りの寿司も、祝い事の寿司も、ほぼすべてを町の寿司店が担っていました。
寿司店とは、地域の中で寿司に関する需要を一手に引き受ける「総合寿司業」だったのです。寿司が食べたいと思えば、とりあえず町の寿司店に行けばよかった時代です。
しかし、時代が進むにつれて、その役割は少しずつ切り分けられていきます。
まず、出前や宅配の分野には、宅配ピザをはじめとする他業界のノウハウが流入しました。洗に回転寿司では、牛丼チェーンなど大衆外食産業の効率的なオペレーションも持ち込まれ、大量集客型の寿司業態が成立します。
持ち帰り寿司についても、鮮魚店が寿司を売り始めたところよく売れたことをきっかけに、スーパーの寿司売り場が急速に存在感を高めていきました。寿司は、必ずしも寿司店でなければ提供できないものではなくなったのです。
■コロナで伸びた寿司屋、打撃を受けた寿司屋
こうした分化が起きた理由の1つは、寿司という料理の提供できる価値の幅が、極めて広いことにあります。寿司は、日常食にもなれば、ごちそうにもなる。短時間で食べられる一方で、数時間かけて味わう高級料理にもなる。
価格帯も数百円から数万円まで対応でき、健康志向、エンターテインメント、贈答、とりあえずお腹を満たすなど、様々な切り口で商品化が可能です。この「切り取りやすさ」こそが、業態分化を促した大きな要因でしょう。
もう1つの理由は、寿司が「求められて、しかも儲かる」商材だったことです。需要が明確で、価格設計の自由度も高い。こうした条件が揃っていたからこそ、寿司業界は他業界から見ても魅力的な参入先となりました。
分化は寿司業界の弱体化ではなく、むしろ寿司という食のポテンシャルが高かったからこそ起きた現象だと言えます。
コロナ禍は、この分化構造をはっきりと浮かび上がらせました。町寿司や高級寿司が大きな打撃を受ける一方で、持ち帰り寿司、デリバリー寿司には追い風となりました。
業態ごとに明暗は分かれましたが、寿司業界全体として見れば致命的な打撃とまではならなかった。これは、どこかが落ち込んでも、別のどこかが機能するという構造になっているからです。
■「寿司」という食が持つ多面性
現在の寿司業界は、扱うネタの多様性によってリスク分散も図られ、さらに取りにいく顧客ニーズも業態ごとに分散されています。
高級寿司、回転寿司、持ち帰り寿司、デリバリー寿司は、それぞれ異なる景気変動の影響を受けながらも、全体としては寿司という市場を押し広げています。
今、日本の寿司業界で起きていることとは、衰退でも単純な成長でもありません。寿司という食が持つ多面性を背景に、役割を分け合いながら拡張を続けているのです。
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ながさき 一生(ながさき・いっき)
魚で社会を調える人/さかなプロダクション 代表取締役 フェロー/一般社団法人さかなの会 理事長/東京海洋大学 非常勤講師
1984年、新潟県糸魚川市にある「筒石」という漁村の漁師の家庭で生まれ、家業を手伝いながら育つ。2007年に東京海洋大学を卒業後、築地市場の卸売会社に就職し、水産物流通の現場に携わる。その後、東京海洋大学大学院で魚のブランドや知的財産の研究を行い、修士課程を修了。2006年からは、ゆるい魚好きの集まり「さかなの会」を主宰。2017年に「さかなプロダクション」を創業し独立。食としての魚をわかりやすく解説する中で、ふるさと納税のコンテンツ監修、ドラマ「ファーストペンギン!」の漁業監修、寿司の絵本や図鑑の監修を手がける。水産業を取り巻く状況を良くし、魚のコンテンツを通じて世の中を良くするため、広く、深く、ゆるく、そして仲間たちと仲良く活動している。著書に『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
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(魚で社会を調える人/さかなプロダクション 代表取締役 フェロー/一般社団法人さかなの会 理事長/東京海洋大学 非常勤講師 ながさき 一生)

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