生産性の高い組織とそうでない組織は何が違うのか。ハピネスプラネット代表の矢野和男さんは「われわれの調査では、能力の向上や成長には組織内のコミュニケーションが大変重要であることがわかった。
子供だけでなく大人でも同様の結果だった」という――。
※本稿は、矢野和男『トリニティ組織』(草思社)の一部を再編集したものです。
■仕事をうまく遂行できる人にあった共通の特徴
私たちの研究チームは、マサチューセッツ工科大学(MIT)と共同で、ある企業の部署がITシステムに関する顧客からの問い合わせに対し、顧客への見積もり提案を作成する業務を調べました。
社員にはウエアラブルセンサを装着してもらい、そのコミュニケーションを通して、どれだけ問題解決できたかを計測する実験です。
ウエアラブルセンサは、装着した人同士が2~3メートルの範囲で面会すると、互いに識別番号(ID)を赤外線の通信により交換するので、いつ誰と面会したかが記録できます。
これにより、実験を行っていた期間、誰と誰がよく会話をする関係にあったか、つまり「知り合い」の関係にあったかが、正確に把握できます。
顧客からの引き合いの中には、機械的に見積もりできる単純なものもあれば、簡単には回答できない複雑な要求もありました。
このうち、後者の複雑な要求の場合には、担当者個人の知識・能力だけでは対応しきれないことが多く、まわりの人たちが持っている情報や能力によって助けてもらう必要があります。調べてみると、このような仕事をうまく遂行できる人には、共通の特徴がありました。
自分の知り合いの知り合いまで(2ステップ)含めて何人の人にたどり着けるかを示す指標「到達度」が高かったのです(図1)。
■「三角形」が多いチームは問題解決能力が高い
到達度とは、言い換えれば「知り合いとその知り合いまでの人数を足した数」で、それが多ければ多いほど問題解決能力が高いという結果になりました。これは、到達度が高い人は、顧客からの想定外の問い合わせの答えを知らなくても、その答えやヒントを知っている人に出会える確率が高かったと解釈できます。

ここで興味深いのは、組織内の人々の到達度の平均値が高い状態をつくるには、組織に人間関係の三角形(トリニティ)を増やす必要があるということです。
ここでいう三角形あるいはトリニティとは、自分の知り合い2人同士も知り合いであるような3者関係のことです。逆に、自分の知り合い2人の間に交流がなければ、その3者関係はV字型になります。
三角形、すなわちトリニティが豊かになれば、知り合いのその先に知り合いが増え、問題解決能力が高くなるということです。
また、この法則を上手に活用するなら、リーダーが問題解決能力の高いチームをつくりたい場合、リーダー自身がつながる相手は必ずしも多くなくてよいこともわかります。リーダーのコミュニケーション相手をむやみに増やすのは、時間的な制約を考慮すると限界があるでしょう。このときにむしろ重要なのは、組織のメンバー同士のトリニティです。
■仕事のデキる人の数と会社の業績は無関係
メンバー同士がつながりあっていれば、リーダーの到達度が高くなります。もちろん、つながりあったメンバーの到達度もそれぞれ上がり、その結果、結束度の高いチームになることがわかっています。
組織の人間関係において、三角形が多いと、リーダーが直接的に介入しなくても、チーム全体の問題解決能力が上がり、現場で自律的に問題が解決される可能性が上昇すると考えられます。
また、コールセンターにて行った実験では、ウエアラブルセンサを用いて関係性のデータをとると同時に、大量の業務データもあわせて解析を行いました。
コールセンターでは多数の電話のオペレータが「電話をかけて注文をとる」という同じ仕事を毎日繰り返しており、その結果として、受注できたか、できなかったか、それぞれの電話にどれだけの時間がかかったか、などの定量的なデータがとれます。
人の生産性とそれを決める要因を調べるのにはうってつけなのです。
このような職場について、多くの人が考える常識的な仮説は、スキルが高い人ほど受注が多くとれるはずだ、というものです。それが正しいとするならば、スキルが高い人が多く出勤している日は、事業所全体の受注率(時間あたりの受注数)が高くなるはずです。しかし、データ解析の結果、スキルの高い人が多いかどうかは、事業所全体の受注率と相関が見られませんでした。
■雑談が盛り上がる会社はイイ会社
代わりに、意外なファクターが、受注率に影響を与えていました。それは、身体が盛んに動いていたかどうかを示す指標の「活発度」です。
ウエアラブルセンサには、加速度センサもついていて、面会の状態にあるときに、どのくらい、どのような速さで身体が動いているかも記録します。休憩所での会話中にこの活発度が高い状態にあるほど、受注率が高かったのです。
休憩所での会話中の活発度が高いということは、業務とは関係ない雑談的な会話が盛り上がって、うなずきや相づち、身振り手振りが頻繁に行われていたと解釈できます。そして、会話中の活発度が高いセンターは、三角形が豊かな、トリニティの豊かな職場だったのです。
他の研究チームが行った米国での実験でも同様の傾向が見られることから、活発で三角形の多い現場では社員の生産性が高まるし、一方活発でない現場(三角形の少ない現場)では、社員の生産性が低くなるのは普遍的・一般的な傾向である、という結論に至りました。
■個人プレー業務でも結果は同じに
先のコールセンターの実験の面白いところは、電話オペレータ業務がもっぱら個人プレーであり、チームプレーの要素が少ないという点です。
このような個人プレー色の強い業務でさえ、現場の活発度という相互作用的・集団的な要因が、生産性やコストに強く影響しています。
この結果は、活発に会話する相手に囲まれる、つまりまわりが仲間ばかりだと心理的安全性が保たれ、それだけで個人のパフォーマンスが上がるということを示唆しています。
逆に、会話が活発ではない、仲間ではない人といると、人間は周囲に敵がいると本能的に感知して、ストレス反応が起きたり血管が収縮したり、無意識で自律反応を起こしてしまいます。敵がいると逃げるという行動に移ることもあり、当然クリエイティビティも下がるでしょう。
このように、集団・組織が持つ関係性そのものも、生産性に大きく関与していくことがわかります。
■子供の試験の成績は何で決まるのか
さらに生産性を超えて、能力の向上や成長を研究するのには、別の現場が適しています。それが学習塾です。
学習塾では、多様な生徒が、さまざまな教科について、成績を上げるという明確な目的のために通っています。そして、多様な環境や状況によって、生徒の成績とその向上は大きく異なります。また、ここまでの議論が大人を対象としていたのに対し、学習塾では、子供でも三角形が重要なファクターとなるのかが確かめられます。
試験などの成績については、これまで多くの人が、子供の「頭のよさ」で決まると考えてきたと思います。あるいは「頑張り」や先生の「教える力」、場合によっては子供や教師個人の属性や特徴なども影響するかもしれません。
しかし、実は学習塾における子供の試験の成績も、三角形が大きな影響を与えていることがわかったのです。
私たちの研究チームは、ある学習塾に協力をいただき、「子供の試験の成績は何で決まるのか」をデータから明らかにするプロジェクトを行いました。
■成績がよいクラスの特徴
このプロジェクトでは、離れた地域にある2つの塾に通う小学5年生と6年生の児童を対象に実験を行いました。
トータルでは、82名の児童と21人の先生に、ウエアラブルセンサを装着してもらい、先生や児童間のコミュニケーションや身体の動きを計測し、それらのデータから得られる児童やクラスの特徴と算数、国語、理科、社会の成績とをあわせて解析しました。教科ごとに参加している児童は異なるので、トータルで31個のクラスの行動や関係性のデータと成績データを解析したのです。
その結果、人間関係に三角形の多いクラスは、成績がよいという明確な結果が出ました(実際には教科によって点数の平均値も生徒ごとのばらつきも異なるため、教科ごとの偏差値によって比較しました)。ここでは、これを「相関係数」という指標で評価しました。
ここでの相関係数とは、三角形が多いクラスは成績がよいかどうかを定量化する指標です。
もしも、この三角形の多さだけで100%正確にクラスの成績が決まっていたら、両者の相関係数は1になります。逆にまったく関係なければ0です。三角形が多いかどうかによって、クラスごとの成績のばらつき幅全体の50%ぐらいの差が出たら、相関係数は0.5です。もちろん、三角形というつながりの指標だけで100%クラスの成績が決まっているということは常識的にもありえないので、相関係数が1に近い値になることはありえません。

■休み時間に行われていたこと
ところが、実際の相関係数は0.58というとても強い相関になりました。すなわち、三角形の多いクラスと少ないクラスでは(クラス間での成績のばらつき(標準偏差)を100としたとき)、58%も差があったということです。
三角形の多寡が58%もの影響を与えていたのです。これは人との関係の豊かさが、子供の成績にものすごい影響を与えていることを示しています。
さらに興味深いのは、この児童間のコミュニケーションによる関係性というのは、ほとんどが休み時間に生まれているということです。
すなわち、成績はクラスのメンバーの休み時間における関係性と強く関係しているということです。試験の成績といえば、授業中だけが重要であると思いがちです。しかし、実際には、休み時間の雑談やそこに現れるよい人間関係が大変重要ということです。これは先のコールセンターの結果とも合致しています。

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矢野 和男(やの・かずお)

日立製作所 理事・研究開発グループ技師長

1959年、山形県酒田市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。2004年からウエアラブル技術とビッグデータ収集・活用で世界を牽引。
博士(工学)。著書に『データの見えざる手』。

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(日立製作所 理事・研究開発グループ技師長 矢野 和男)
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