なぜ日本人選手の米メジャー移籍が相次ぐのか。野球解説者の江本孟紀さんは「プロ野球とメジャーリーグの実力差はさほどないのに、年俸格差は広がるばかりだ。
これはNPBのガバナンスに原因がある」という――。
※本稿は、江本孟紀『ベンチには年寄りを入れなさい』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■WBCとサッカーW杯の決定的な違い
野球はルールが複雑で難解なこともあり、愛好されている国は少ない。アメリカと距離の近い北米、中米、カリブ海の国々、そして第二次世界大戦後にアメリカが強い影響を及ぼした東アジアの国々にほぼ限られる。
アメリカの強権でオリンピック種目にしても、世界選手権をやっても盛り上がらない。サッカー、バスケットボールなどでは、プロが代表チームに参加するのも当たり前になっていたが、MLBではシーズン中に選手を派遣するなどあり得ないと、各球団のオーナーが非協力的だった。
しかし、世界市場の開拓が必要となり、MLBは自分たちが儲かる世界大会の仕組みを考えた。それがワールドベースボールクラシック(WBC)だ。
ふだんは野球など興味ないが、WBCの日本代表は応援するという人も多いだろう。そういう人はきっと、国際サッカー連盟(FIFA)が主催するサッカーワールドカップと同じように、WBCも公的な国際大会だと思っているのではないだろうか。
本当のところは、そうではない。WBCを主催するワールドベースボールクラシックインク(WBCI)は、MLBとMLB選手会が立ち上げた、いわば「私企業」にすぎず、国際競技連盟である世界野球ソフトボール連盟(WBSC)は、この大会を公認しているだけだ。

■日本のプロ野球はMLB挑戦の踏み台
MLBのオーナー連中は、当初こそ選手の派遣に消極的だったが、回を重ねるにしたがって収益が増えてくると、大会を盛り上げるために積極的に選手を出場させるようになってきた。何ごともカネしだい――実にわかりやすいが、プロフェッショナルに徹している部分は見習うべきだろう。
国別対抗は盛り上がる。WBCで野球は面白いと思ってもらえばしめたもの。その後はさまざまなビジネスが展開できる。
WBCで何回も優勝している日本。大谷のようなヒーローをMLBの頂天に君臨させる日本。しかし、野球の実力差はさほどないのに、ビジネスでは完膚なきまでに負けてしまった日本。
選手年俸の差にそれが端的に表れている。仕事の内容は同じなのに、給料が何倍にも何十倍にもなる。誰もがNPBよりMLBのほうが格上だと思っている。だったらそっちで働きたいと思うのは当たり前のことだ。
WBC日本代表でプレーした多くの選手たちが、将来的にはMLBに挑戦したいと口をそろえる。
ビジネスでの大負けを覆さない限り、日本の野球市場は食い荒らされる一方だ。
■野球の日米格差が広がったワケ
さて、何をどうすれば、収益力を向上できるか。とにもかくにも一番に考えるべきは、NPBのガバナンスだ。
先にも触れたが、MLBは1990年にコミッショナーオフィスに予算と権力を持たせたことがきっかけとなり、有能なコミッショナーとそれを支える優秀な組織が改革を断行し、「倒産」の危機を脱し、急成長し、繁栄を築いている。
それに対してNPBは、それを学び、模倣する機会があったにもかかわらず、ほとんど何もせず成長がなかった。
いよいよもうダメだとなった2004年の再編騒ぎまで各球団がそれぞれの利益だけを考えるバラバラ状態のまま。日米のプロ野球は、その10年間でついた差がそっくりそのままで、さらに開く一方だ。
NPBは、MLBだけでなく、世界のスポーツビジネスの成功を参考に改革案を考えていく必要があるが、どんな案を実行するにもNPB全体の意思決定方法が悪いため、核心に迫ることができない。
■なぜ「セ・リーグTV」ができないのか
希望の星は、その後パ・リーグ6球団がまとまって設立した、パシフィックリーグマーケティング株式会社(PLM)だ。6球団をパッケージ売りする「リーグビジネス」を担い、『パ・リーグTV』などを柱に収益を年々拡大している。
しかしセ・リーグのほうは、相変わらずそれぞれが自分の利益だけを主張し、バラバラで動いている。
親会社や大株主がメディア関連企業という球団がちらほらあるため、それぞれが持つ放映権を「持ち寄る」という決断ができずにいる。求められるものが変わっているのに、頭の切り替えができないという言い方が当てはまるだろう。
「客はドリルを買いに来たのではなく、穴を買いに来たのだ」――マーケティング論でよく聞く言葉だ。それに倣って言えば、ファンはひいき球団に関するものだけを買い求めているのではなく、「全相手球団との白熱した競争状態」を求めている。
だから、まずはコミッショナーオフィスのもと、12球団がまとまってリーグビジネスを推進し、発展させる基盤をつくらなくてはいけない。
そのためには、球団個々の企業努力が必要なのはもちろんだが、それに加えて、リーグ利益の最大化を行動原理とする主体がビジネスを推し進める必要があり、それはMLBの成功例に倣って、コミッショナーが担うのが一番。
遅きに失してはいるが、とにかく今からでもコミッショナーとコミッショナーオフィスのあり方を変えなくてはならない。
■今の球界に足りないのはトップ経営者
過去、NPBのコミッショナーは法曹界から招聘するケースが多かった。12球団の利益や主張が食い違い、紛争になったときに中心的に解決してくれる「法の番人」を期待してのことだった。ただしそれが「読売新聞グループの人事」だったのは周知の事実であり、そうなると公正ささえ怪しいところがあった。
しかし、時代は変わった。共有の利益がMLBに食い荒らされる未来が見えるときに、12球団それぞれが私利私欲にかまけてばかりいる場合じゃない。

まずは、しかるべきパワーユニットをつくり、経営手腕の高い人に、カネと組織を預けるべきだ。
独裁者にならないよう、コミッショナーの改選方法は決めなければならないが、とりあえずそれは後回しでいい。ビジネスで負けない力のある人をコミッショナーに選ぶことが先決だ。
ソフトバンクの孫正義氏、DeNAの南場智子氏ら、12球団周辺にも人材はある。あるいはその「弟子」に当たるような人でもいい。ビジネスに精通した実業家に権限と予算を委ねてコミッショナーオフィスを運営してもらいたい。
PLMにはすでに核となるスタッフもいて、リーグビジネスの実績もある。同社は今後のビジョンとして12球団ビジネスへの挑戦を掲げている。PLMを母体として、現在のコミッショナー事務局が合体し、さらにNPBの発展を仕事にしたい人を募れば、いい組織ができるに違いない。
■「球界の盟主」はもういない
MLBのマネばかりしたがるクセに、頑なにやらなかったのは、やはり読売ジャイアンツだけが特別だった歴史のせいだろう。実際、日本のプロ野球は巨人の人気におんぶに抱っこ、運営も読売新聞グループにおんぶに抱っこ。しかし、世の中も変わり、人も変わり、やろうと思えばできる時期に入ったはずだ。

問題はその「やろうと思う」モチベーションがないことにある。平均3万人超えの好調が続けば、改革しなければという機運にならず、またこうしてムダな時間が過ぎていってしまう。
しかし、それは逆だ。心に余裕がなくなると正しい判断ができなくなる。好調な今こそ、将来を見越した改革を行う好機だ。危機を迎えてからでは遅い。
リーグビジネスの集約が可能になったら、やるべきことの第一は、12球団パッケージの放映権販売と、NPB自体でインターネット配信を行うメディアを持つことだ。
簡単に言えば、今PLMがパ・リーグでやっていることを12球団に拡大すること。つまり、地方局など、ローカルへの放映権は各球団で継続して安く売っていいが、全国放送については、12球団分まとめて高く買ってもらう。
ネットの配信も、セ・リーグ各球団はまだバラバラで売っているが、リーグでまとめれば価値を高めて、より高く売ることができる。
■「世界一」日本の野球を海外に売り込め
次にやるべきは海外マーケットへの進出だ。
もちろん簡単な話ではないが、それをやらなければ収益力向上は見込めず、アメリカとの年俸格差も埋められない。
スター選手の引き留めができるようにするためにも、どうしてもやらねばならない。
NPBが世界に出て行く? そんなのは非現実的だ――。
そんな声も聞こえてきそうだが、大谷翔平を生み育てたのは日本野球界であり、NPBだということを忘れてしまったか。
そして、海外でブレークする可能性が高くなっていることも頭に入れておかなくてはいけない。日本のプロ野球に興味のない海外の人に、NPBがアプローチする手段も機会もずっと増えている。
昔だったら海外のテレビ局に放映権を買ってもらい、放送してもらうくらいしか道がなかったが、それはいかにもハードルが高い。
しかし、今は全世界の人がYouTubeやTikTokを見ている。何が引っかかって世界で人気コンテンツになるかなんて、誰にも予想ができない。
まだ大きな成果が出ているとまでは言えないが、日本相撲協会は海外向けにYouTubeチャンネルをつくり、英語のコンテンツを発信している。
だから一刻も早くNPB全体でまとまって、オフィシャルな動画を配信できる態勢を整えて、世界に打って出ることが重要なのだ。

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江本 孟紀(えもと・たけのり)

プロ野球解説者

1947年高知県生まれ。高知商業高校、法政大学、熊谷組(社会人野球)を経て、1971年東映フライヤーズ(現・北海道日本ハムファイターズ)入団。その年、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)移籍、1976年阪神タイガースに移籍し、1981年現役引退。プロ通算成績は113勝126敗19セーブ。防御率3.52、開幕投手6回、オールスター選出5回、ボーク日本記録。現在はサンケイスポーツ、フジテレビ、ニッポン放送を中心にプロ野球解説者として活動。2017年秋の叙勲で旭日中綬章受章。ベストセラーとなった『プロ野球を10倍楽しく見る方法』(ベストセラーズ)、『阪神タイガースぶっちゃけ話 岡田阪神激闘篇』(清談社Publico)をはじめ著書は80冊を超える。

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(プロ野球解説者 江本 孟紀)
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