※本稿は、泉貴人『水族館のひみつ 海洋生物学者が教える水族館のきらめき』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■水族館の巨大な水槽は「アクリルガラス」でできている
人間が水の生き物を飼うなら、必ず要るものがあるよね。そう、水槽だ。陸上の動物と違い、水中に棲む動物には、容れ物である水槽が必須。
では、読者の皆さまにご質問。水族館にある水槽って、どんな構造になっているのか、知っていますか?
……実は、これはかなり意地の悪い質問。難しいという意味ではなく、余りに多種多様すぎて、一言では語れないに決まっているからだ。とりあえず、本小節では、大まかに水槽の構造を述べておきたい。
水族館の水槽に何よりも必要なのが透明な窓だ。そりゃそうですわな、窓のない水槽に入れたら、中の生き物が見えないものね(*)。
*例外は、ペンギンやアシカ、ウミガメ等の飼育で見受けられる、プールのような水槽。当然だが、観客は上から覗き見るから、窓なんかいらないんだよね。ちなみに、むろと廃校水族館(高知県)には、すごいプール水槽がある。なんと、本物のプールなのである。
その材質とは……「アクリルガラス」である。アクリル樹脂でできたガラス状の物質とでもいえばいいだろうか(つまり、材質的には100均とアクアリウムの水槽の中間といった方がいいかな)。歴史上、もともと水族館の水槽は強化ガラスを使っていたのだけど、普通のガラスというのは加工がしにくい上に重く、しかも意外と割れやすい。近年の水族館は、バブル期に合わせるがごとく、水槽がどんどん巨大になっていったから、ただのガラスでは限界があったのだ。
■沖縄美ら海水族館のアクリルガラスの厚みは60センチ
そこに出てきた救世主が、先ほどのアクリルガラスである。樹脂だから普通のガラスよりしなやかで強く、透明度はガラスに負けず劣らず高く、そして何より加工がしやすい。これがどんなブレイクスルーを生んだのかというと、巨大でありながら様々な形状の水槽を実現可能にしたのだ! 葛西臨海水族園(東京都)の2200トンのドーナツ型水槽なんざ、その極みだろう。
また、複数のガラスパネルをくっつけることで、異常にでかい窓を生み出すことも可能になった。沖縄美ら海水族館の7500トンの「黒潮の海」のガラス窓は、高さ8.2メートル、幅22.5メートル! 誕生してからしばらく、世界最大だった。今は中国の水族館に、幅40メートル弱のガラス窓があるらしいが、これは十数枚のアクリルパネルをつないでいるとか。「ほかよりも大きなものをつくれ!」的な感じ、大艦巨砲主義もびっくりの軍拡競争(?)である。
ちなみに、当然でかい水槽になればなるほど、水圧が強烈になるので、それに耐えるためにアクリルガラスは分厚くなる。沖縄美ら海水族館のアクリルガラスの厚みは……なんと60センチ! これだけ分厚くても、アクリルガラスの透明度によって違和感なく見物できるのが、水族館のすごさだ(水中では物体が大きく見えるから、という側面もある)。
■星の数ほど種類のある水族館の水槽
ガラスだけでどんだけ語るんだよ! というツッコミがそろそろ聞こえてきそうだ。大事なポイントなので、あと少し、お付き合いあれ。
水族館の水槽の種類は山ほどあり、十把一絡げには語れないのだが、知っておくと面白い水槽をいくつか紹介しよう!
①大水槽
その園館で一番大きな水槽で、まさにその水族館の“顔”となる水槽。大型の生き物も収容できる、または多くの魚種の混泳(共存させること)ができることから、小さな水槽では見られない豪快な展示になる。その代わり、ガラス面から距離のある部分ができるため、個々の生き物は見づらくなる。
例:「相模湾大水槽」(新江ノ島水族館)、「太平洋大水槽」(海遊館、大阪府)、「綿津見(わたつみ)の景」(四国水族館、香川県)、「黒潮の海」(沖縄美ら海水族館)など。
■海に潜っているような感覚に包まれる水槽
②トンネル水槽
大きな水槽の中に、人が通れるトンネル状の構造をつくったもの。中に入れば、360度水に囲まれ、あたかも海に潜っているような感覚に包まれることができる。先の大水槽の中央に設置されることも多く、「中央の生き物が遠い……」というデメリットをある程度克服している。しながわ水族館のトンネル水槽あたりが有名だ。
個人的には、葛西臨海水族園などにあるドーナツ型水槽も、垂直方向のトンネルだと見立てられるので、この亜種だと思っている。こちらは、水槽をぐるっと一周回遊する魚を追いかけられる。
例:「潮目の海」(アクアマリンふくしま)、「アマゾン大水槽」(なかがわ水遊園、栃木県)、「富山湾大水槽」(魚津水族館、富山県)など。ドーナツ型は「大洋の航海者 マグロ」(葛西臨海水族園)ほか、おたる水族館(北海道)やシーライフ名古屋(愛知県)などにある。
③半水面水槽
一般的な水槽は、ガラス窓の一番上まで水が入っている。しかし、そのイメージを逆手に取り、ガラス面の半分ほどまでしか水が入っていない水槽がある。あるいは、そもそもガラス面が人の背丈よりも低く、大人なら上から覗き込めるようになっている水槽もしばしば見られる。これを「半水面水槽」という。
特に、淡水の水族館の川の水槽や、磯の展示、またはマングローブ水槽などに多い。時には、半水面であることを活かし、テッポウウオの水鉄砲や、アロワナのジャンプを見せる水族館もあるぞ。
■トラブルを解決する「アパート型」水槽
④集合水槽(汽車窓型/アパート型)
全体的に大きめだった今までの水槽と違い、たくさんの種類の小動物を展示するのに特化した水槽。主に、壁面に大量の小窓が空いている据え付けタイプ(列車の窓のようなので「汽車窓型」と呼ばれる)と、専用の水槽自体が積み重なっている稼働型タイプ(「アパート型」と呼ぶ人がいる)がある。水槽のサイズは幅10~50センチ程度と様々だが、何より共通しているのは水槽の数が多いこと。
今まで述べた通り、水族館では生き物を同居させるときに、かなりトラブルが発生するものだ。ならば、小ぶりの水槽を大量に用意して、各水槽に生き物を分けてしまえば、この問題は解決できる。各部屋にいろんな生き物が棲んでいる、まさにアパートなんだよね。
観客目線では、生き物との距離が近いので、小さな生物でも存分に観察できる。特に、鳥羽水族館の「へんな生きもの研究所」(三重県)や竹島水族館(愛知県)の深海系の水槽、そしてすさみ町立エビとカニの水族館や和歌山県立自然博物館(いずれも和歌山県)にある集合水槽なんか、時間がいくらあっても足りない。
■クラゲの多くは自分で泳ぎ続けられるほど遊泳力がない
⑤クライゼル(太鼓型)水槽
最後に、筆者の一番馴染みのある水槽を紹介しておこう。
この水槽、正面から見ると円形や楕円形、またはU字形をしている。そして、水や空気(泡)を注入して、一定方向に水流を起こす装置が付いている。だから、水を入れて稼働させると、水槽の周囲を水が回るようにできているのだ。
この水槽に入れられるのは、主にプランクトン、というか9割がたクラゲである(*)。実はクラゲという生物は難儀なもので、一部を除いて、自分で泳ぎ続けられるほど遊泳力がない。そのうえ、水底に沈むとなんと、自重でつぶれて死ぬことがある。だから、クラゲを飼うなら、彼らが水底に接することがないように、常に水流で吹き飛ばしてやる必要があるのだ。……何でこんな生き物が自然界で生きていられるんだ? と思うだろうが、海中は常に流れがあるから、こんなことはあまりないんだよね。
*皆さまは「プランクトン」というと、ミジンコとかの”漂う微生物”だと思っていないか? 正確には、プランクトンとは”流れに逆らって泳げない生き物”を指す。だからクラゲは、たとえ傘の直径が2メートルを超えるエチゼンクラゲやユウレイクラゲでもプランクトンという扱いになる。
ただし、一般的に微生物は遊泳力が弱いから、「漂う微生物はプランクトンである!」っていう論理は、概ね間違ってはいないんだよね。
クラゲの水槽のガラス窓が他と比べて丸いものが多いのは、実はこういった理由による。一見壁に埋め込んである水槽でも、裏から見るとクライゼル水槽になっていることが多いのだ。クラゲを飼う各地の水族館に見られるが、何と言っても鶴岡市立加茂水族館(山形県)にある直径5メートルのクライゼル水槽はぜひ見ておきたい。
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泉 貴人(いずみ・たかと)
海洋生物学者
1991年、千葉県船橋市生まれ。福山大学生命工学部・海洋生物科学科講師、海洋系統分類学研究室主宰。東京大学理学部生物学科在籍時に、新種であるテンプライソギンチャクを命名したことをきっかけに分類学の道を志す。2020年に同大大学院理学系研究科博士課程を修了。日本学術振興会・特別研究員(琉球大学)を経て、2022年より現職。イソギンチャクの新種発見数、日本人歴代トップ(24種)。東京大学落語研究会で磨いた話術を活かして、YouTubeチャンネル「水族館マスター・クラゲさんラボ」にて精力的にアウトリーチ活動を行う。X(旧Twitter)では「Dr.クラゲさん」(@DrKuragesan)として発信。
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(海洋生物学者 泉 貴人)