健康で長生きするにはどうすればいいのか。福島県立医科大学医学部の大平哲也主任教授は「健康寿命が長い人には『特に意識していなかったのに、気づいたら健康になっていた』という共通点がある。
個人の意志の力に頼らない『仕組みづくり』が大切だ」という――。(第1回)
※本稿は、大平哲也『10000人を60年間追跡調査してわかった 健康な人の小さな習慣』(ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。
■米国人のコレステロール値が低くなったワケ
肥満大国のイメージの強いアメリカですが、実は、ここ十数年のコレステロール値は意外と低く、日本人より低いのをご存じでしょうか。
日本人の食生活も欧米化が進み、1980年代からコレステロール値が高くなっていきます。
図表1を見ると、1980年までアメリカ人よりずっと低かった日本人のコレステロール値は、2010年にはすっかり逆転しているのがわかるでしょう。
さて、どうしてこんなことになったのでしょうか。
もちろん、治療を受ける人が多くなった影響もありますが、アメリカでは、早くからコレステロール値が高すぎることへの警鐘が鳴らされていたからではないか、と私は考えています。
私は仕事でたびたびアメリカに行きますが、そのときにはできるだけ現地の人々の生活を見るようにしています。コレステロール値に関係しているところで私が注目しているのは、スーパーの牛乳売り場です。いろいろなメーカーの牛乳が並んでいるものの、その多くが低脂肪タイプです。
日本でも低脂肪牛乳はありますが、ほとんどの人が通常のタイプを手に取っています。一方、アメリカでは牛乳売り場のメインの棚を低脂肪タイプが占めています。

私自身、日本では普通の牛乳を買うくせに、アメリカでは気がつけばつい低脂肪タイプをカゴに入れてしまいます。
実は、この「気がつけばつい」あるいは「知らぬうちに」というのは、私たちが生活習慣を変える上で非常に大事なポイントなのです。
■なぜ日本の喫煙者は30年で激減したのか
こういった事例は日本でも起きています。
下に、日本人の喫煙率の変遷グラフを載せました(図表2)。
女性はもともと喫煙率が低いので大きな変化は見られませんが、男性は一目瞭然、かなり喫煙率が下がっています。
実は、これには大きな理由があります。
まず、国の要望によって、映画やテレビから喫煙シーンがほぼなくなりました。私が子どもの頃には、恋愛映画でも刑事ドラマでも、男性の登場人物のほとんどがタバコを吸いました。『サザエさん』でも以前は、波平さんやマスオさんがタバコを吸っていました。
だから私世代は、「大人になったらタバコを吸うのが当たり前」と自然に思わされていたわけです。逆に、今の若者たちは、タバコを吸うことのほうが不自然に感じられるかもしれません。
JTのテレビ広告には、以前はおいしそうにタバコを吸う人が出てきました。
でも、今はイメージ戦略が主になっており、タバコのパッケージにも、害について注意喚起の言葉が書かれています。
■筆者が導き出した「健康の原則」
税金も大きいですね。1988年に「たばこ特別税」ができ、2003年、2006年、2010年と増税されています。このほか、1998年と2014年、2019年には消費税がアップされ、タバコにかかる税金はどんどん高くなっています。
こうして、税金が上がってタバコの値段も高くなると、そのたびに、喫煙率が下がっています。
加えて、そもそも喫煙できる場所が激減しました。以前は、レストランも映画館も飛行機も新幹線も大学も病院もタバコが吸えたのに、今は公共施設のほとんどが禁煙です。企業でも完全禁煙がなされているか、さもなければ、限られた場所でしか吸えないようになっています。
このように、吸いにくい環境であればあるほど、喫煙率は下がっていきます。
これらのことから、私は、ある健康の原則を導き出しました。
それは、「健康になるためには、仕組みづくりが最も重要である」ということです。
■「自然と健康になる仕組み」をつくろう
たとえば、車のシートベルトについて考えてみましょう。
以前は、後ろの座席でシートベルトを締める人は少数派でした。でも、法律で装着が義務づけられれば、多くの人が締めるようになります。
とくに、「シートベルトを同乗者につけさせるのは運転者の責任である」というルールを作れば、後ろに乗っている人も「自分がシートベルトをしないことで迷惑をかけたくない」と思って装着率が上がります。
そうやって、すっかり装着が当たり前になった人たちが親になれば、その子どもたちは最初からどこに座ろうがシートベルトを締めます。やがて、「シートベルトを締めないなんて、そんな人が昔はいたの?」と言われるようになるでしょう。
これは、政府主導でつくられた一つの仕組みです。政府主導ではあるけれど、いつの間にか社会的な合意が得られ、一人ひとりが自分のためにできるようになったら、それは望ましい変化と言えるでしょう。
■健康寿命が長い人の「共通点」とは
もちろん、最初から一人ひとりが自分のために、しっかりした意志力で望ましい行動をとれたらいいのですが、なかなかそうはいきません。やはり、もっと大きな仕組みの力が必要です。
自転車のヘルメットの場合、今はまだ努力義務のため装着率にはばらつきがあります。小学校や中学校ではたいていの県で義務化していますが、高校になるとその義務を外してしまう県もあります。
そして、データを見てわかるのは、高校で装着するのをやめてしまうと、大人になってからもまずかぶらないということです。
逆に、高校でも義務化を続けている県では、大人の装着率も高いのです。
こうした違いを生んでいるのは、県民一人ひとりの意志ではありません。人々を取り囲む環境が、どうなっているかです。
このように、大切なのは、仕組み化です。
「仕組み化」というのは、自分の意志力や行動に関係なく、「生きているだけで健康になっていける」状態のことを指します。
「どうしたらいいか」について、間違っても「意志を強く持って頑張ろう」などと考えないでください。そのように、曖昧な個人の力に頼っていたら、いつまでたっても人は変われません。
健康寿命が長い人に共通しているのは、「特に意識していなかったのに、気づいたら健康になっていた」ということです。
つまり重要なのは、個人個人の意志の力に頼らず、「仕組み」の力を使うようにすることです。
すべてにおいてこれができるというわけではありませんが、意識するように心がけてみてください。
仕組みづくりの柱は、次の3つです。
1.食事習慣を変える

2.自然と運動できる強制力をつける

3.ストレスを減らすように人と関わる
ここからは、それぞれの具体的な方法について考察していきます。
もちろん、その根底にあるのは「疫学データによるエビデンス」です。
■なぜ青森県は寿命が短いのか
下に都道府県別の平均寿命を載せたので見てください(図表3)。
おそらく、みなさんがすぐに気づくのが「青森県は寿命が短い」ということでしょう。さらに細かく市区町村別に調べたデータ(図表4)もありますが、それを見ても青森県の地域が下位にたくさん入っています。
これはいったい、どうしてなのでしょう。
大間のマグロで有名なところだから、健康にいい魚もたくさん食べているでしょうし、リンゴも食べているはずなのに。
でも、いろいろなデータを見ていくと、ちょっと納得します。青森県は喫煙者が多く、喫煙率は男女ともに全国で2位です。
タバコは、どの疫学研究でもいい要素は出ていません。まさに、タバコは百害あって一利なしです。
加えて、脳卒中や心筋梗塞の引き金となる肥満や高血圧が、青森県には多いのです。
ただ、こうした傾向は東北地方に共通しているので、ここまで青森県の寿命が短い理由はなにかほかにあるのかもしれません。

青森県では、平均寿命ワーストワンを続けていることを憂慮し、2007年から弘前大学が「健康ビッグデータ」という調査を開始し、食事内容、遺伝子、腸内細菌など分野の垣根を越えていろいろ調べています。
健康ビッグデータでは2000~3000のプロジェクトデータ項目について、1000人を調査するという大作業をすでに17年間続けています。そこには、延べ2万人を超える貴重なデータが蓄積され続けているのです。
しかも、東京大学、京都大学、名古屋大学、東京科学大学などとの大学間連携がとられ、さまざまな角度からビッグデータ解析がなされています。青森県民だけでなく、日本中の人がその恩恵にあずかれる日も近いのではないかと思います。
■無意識の集大成は「住む場所を変える」
アメリカで1985年から続けられてきた、肥満に関する疫学調査があります。そこでは、州ごとにBMIが30を超えるような肥満者がどのくらいの割合を占めているかについて、調べられています。
たとえば、1998年のデータを見ると、かなりの州で15~19パーセントが、残り半分くらいの州で10~14パーセントが該当しています。そして、南東寄りの州に肥満者が多いことが見て取れます。
それが2008年になると、ほぼすべての州で20パーセントを超え、30パーセント以上の州も出てきます。やはり、南東寄りの州に肥満が顕著ですが、もはや、そんな区別はどうでもいいほどアメリカが肥満大国であることを示しています。
日本の基準では、BMIが25以上あれば肥満です。アメリカではもっと甘く、30以上を肥満としています。それでも、日本よりはるかに肥満が多いのです。こうしたアメリカ人に混ざれば、日本で肥満を指摘されている人でも、痩せて見えるかもしれませんね。
しかし、すっかり定住し、彼らの「暮らしぶり」に溶け込んでしまえば、より太っていくことでしょう。それほど環境は大事なのです。
先に提示した、都道府県別平均寿命の図を思い出してください。同じ日本人でも、県によって平均寿命に差がありました。これには、生活習慣や天候などさまざまな環境が影響しています。
だから、極論を言えば、平均寿命の短い県の人が、平均寿命の長い県に引っ越してそこの環境に溶け込んで暮らせば、長生きできる可能性は高まります。
しかし、本書が目指すのはそこではありません。今のみなさんができる範囲で、いかにいい環境を整えるか、いかに賢く仕組みをつくるかを探っていきます。

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大平 哲也(おおひら・てつや)

福島県立医科大学医学部疫学講座主任教授

1965年、福島県生まれ。福島県立医科大学医学部疫学講座主任教授。同大学健康増進センター副センター長。大阪大学大学院医学系研究科招聘教授。福島県立医科大学卒業、筑波大学大学院医学研究科博士課程修了。大阪府立成人病センター、ミネソタ大学疫学・社会健康医学部門研究員、大阪大学医学系研究科准教授などを経て現職。専門は疫学、公衆衛生学、予防医学、内科学、心身医学。

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(福島県立医科大学医学部疫学講座主任教授 大平 哲也)
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