■英語圏への留学を考える学生から人気急上昇
私自身、フィリピン留学経験があり、今も英語を勉強し続けている身。コスト面などで、学生が欧米へ留学することが厳しくなっているであろう現状が気になっていたが、最近、「マレーシア留学の注目度」が高まっていると聞いた。
文部科学省のデータ(高等学校等における国際交流等の状況<令和7年3月>)によると、令和5年度の高校卒業後の海外進学者は、カナダやイギリス、シンガポール、タイよりも、マレーシアが多いという(1位アメリカ、2位韓国、3位台湾、4位オーストラリアに続く5番目)。人気の理由を知りたく、マレーシア留学サポートセンター代表の斉藤高志さんに話を聞いた。
まず、斉藤さんいわく「トランプ米大統領の報道を受けて、問い合わせは確実に増えている」という。
「去年に比べると1.2倍ぐらいの問い合わせがあり、カウンセリングも毎日のように行っている状況です。もともと欧米の大学への留学を考えていたけれど、アメリカの情勢が厳しいのでどうしたらよいか、学生ビザが出るのか出ないのか、出たとしても途中で取り消される可能性があるのではないか、と他の選択肢を考える中で、マレーシアへの留学、進学を検討する人が増えているようです」(斉藤さん)
東南アジアには、シンガポールやタイなど英語圏の国もあるが今、なぜマレーシアなのか。
「マレーシアであれば、費用を抑えながら、治安の良いエリアで、欧米の大学に通えて、学位がとれるからだと思います」
どういうことなのか。
■欧米トップ校の単位が取れる
「もともとマレーシアは、教育レベルが非常に高いという背景があります。マレーシアはイギリスの統治下にあったことから、教育システムも基本的にイギリス式で、大学はイギリスやオーストラリアのように3年制。大学入学前の1年間は、ファウンデーションコースといわれる大学の授業レベルについていくための英語力や学習スキルを身につけるための準備コースを受講するのが一般的な流れ。マレーシアは東南アジアの一諸国でありながら、基本的にはイギリスの教育システムがベースにあるわけです」(斉藤さん)
「そういった背景的背景の中で、90年代、マレーシア政府は教育改革を行い、マレーシア国内の大学の教育強化だけでなく、欧米のトップクラスの大学を誘致し、マレーシアにいながら本国と同じカリキュラムの授業が受けられて、同じ学位を取得できるようにしました。
マレーシアにこういった教育環境があることが、ようやく最近知られてきたのだと、斉藤さんは言う。
「最近は高校で、留学先の提案でマレーシアについて話す進路指導の先生も少なくないようです。学校におすすめされたから、というお問い合わせも多々あります」(斉藤さん)
■「東大」と同ランクの大学に編入可能
確かに、世界の大学ランキングを見ると、マレーシアの大学およびマレーシアにキャンパスのある欧米の大学は、日本の名門大学よりも上位に位置していることがわかる。
「例えば、東大と同ランクの36位のモナッシュ大学は、オーストラリアの名門校です。20年以上前からマレーシアにキャンパスがあり、オーストラリアのキャンパスを卒業しても、マレーシアのキャンパスを卒業しても、同じモナッシュの卒業生と認められる。日吉キャンパスを卒業しても、三田キャンパスを卒業しても慶応義塾大学の卒業生であるのと同じです」(斉藤さん)
この場合、マレーシアのキャンパスで3年間過ごしてもよいし、マレーシアで2年、残りの1年はオーストラリアやイギリスのキャンパスに編入することも可能だ。現地校に短期留学できる制度もある。また410位のサンウェイ大学など、他の大学の学位を取得できるダブルディグリー制度を設けている大学もある。
■大学入学の合否は高校の成績のみ
さらに欧米の学位取得を可能にしているマレーシア独自の仕組みが、もう一つある。アメリカ編入プログラム=ADTP(アメリカン・ディグリー・トランスファー・プログラム)だ。
「これはマレーシア国内の限られた大学で行われているプログラムで、基本的に前半2年はマレーシアで学び、後半2年はアメリカの大学に編入し、そこで卒業するという仕組みです。ADTPプログラムで人気なのは、先のランキングで253位のテイラーズ大学。
アメリカの大学の入学時には、一般的にエッセイが必要になるが、マレーシアの大学入学の合否は、基本的に高校の成績のみ。エッセイに苦手意識の強い日本人にとって、その点もメリットといえるだろう。
■アメリカの「3分の1」以下の費用
また、費用が抑えられるのが、海外進学を目指す家庭にとって大きな魅力になっているようだ。
「コロナ禍が明けてから、円安と物価高で、欧米への留学費用が以前の1.3~1.5倍になってきました。アメリカの大学に行こうとすると、学費と生活費で年間600~800万円かかる。4年間で2400~4000万円です。一方、マレーシアは、学費と生活費を合わせても年間150~250万円。3~4年で400~1000万円。アメリカの3分の1以下ですみます。海外の大学に行きたいけれど、経済的な理由で難しいと思っていた高校生がマレーシアだったら行ける、となるわけです」
とはいえ現状、アメリカへの大学に入るには、ビザの問題がある。
テイラーズ大学でADTPコースを選択し、現在2年生の原 旭さんは「今の状況を、多くの学生が不安に感じている」と話す。
ただADTPは、アメリカの大学だけでなく、カナダやイギリス、オーストラリア、ニュージーランドなどの大学にも編入できるため、原さんもアメリカの大学も考えつつ、カナダの大学も視野に入れて動いているそうだ。
■留学後の就職先
「いきなりアメリカの大学に留学していたら、この状況に振り回されていたかもしれないなと……。マレーシアにいることで客観的にこの状況を見ることができて、かつ他の選択肢も検討できるのはよかったです」(原さん)
もう一つ、気になるのが卒業後の進路だ。マレーシアの大学を卒業した日本人留学生たちは、いったいどんなところに就職しているのか。
「卒業後は、日本企業に就職するケースが多いですね。外資系やIT系、メーカーなどグローバルに展開している企業など。今国内では、どこの企業もグローバル人材を求めていて、海外大学を卒業した学生を積極的に採用する活動を行っています。学生は、より就職活動しやすくなっているようです」(斉藤さん)
グローバル人材が引く手あまたであることを肌で感じたと語るのは、2023年にモナッシュ大学を卒業し、現在、デロイト・トーマツでビジネスコンサルタントとして働く林明香里さんだ。
「私自身、7社受けて6社内定をいただきましたが、私の周りの友人も3~4個の内定は当たり前にもらっていました。航空会社や商社、IT系など、みんないろいろなところで、それぞれ活躍しています」(林さん)
■油断した結果「退学」してしまう学生も
林さんにとってマレーシアでの4年間は、人生のターニングポイントになったという。
「大学では2つの専攻分野を同時に主専攻として学べるので、私はマーケティングとデータサイエンスを専攻しました。結果的に、どちらも今の仕事に生かせる基礎的な知識を身につけることができました。またマレーシアは多民族国家で、かつ100カ国以上から留学生が来ているので、コミュニケーション能力も磨かれたかなと思っています。そういうことが、就活の時に自分の強みになりました」(林さん)
しかしながら林さんのようにうまくいく人ばかりでないことも、最後につけ加えておきたい。
まず学業面のハードルだ。
「ファウンデーションコース(1年制)の入学基準は英検2級程度ですが、実際に授業についていけるレベルとしては英検準1級程度の英語力が必要です。また学部課程(3年制)は進度が速く、欧米同等のカリキュラムを英語でこなさなければならない上、課題量も多く、「卒業の難しさ」に直結しています。『マレーシアなら安心』と油断し、準備不足のまま渡航して授業についていけず、途中で退学する日本人学生も一定数いるのです」(斉藤さん)
異国の地で慣れない環境のもと、生活面でストレスを抱えるケースもある。
「治安については、アジア圏では比較的安全とはいえ、日本と同レベルではありません。繁華街を中心にスマートフォン(iPhone)狙いのスリが発生しており、自己防衛意識が不可欠です。またトイレはイスラム文化の影響で洗浄用ホースが常設され、床が濡れていることが多いほか、低層階の住居ではゴキブリなどの虫害が起きやすい傾向に。生活上のストレスでメンタルを崩し、帰国を選ぶ学生もいます」(斉藤さん)
■今まで以上に必要とされる力とは
それなりの準備と覚悟が必要なのは、留学先がどこであろうと同じなようだ。
現状、日本人学生にとって留学環境は厳しいものだが、大企業に入れば一生安泰で安心という時代が終わり世界的にグローバル化やAI化が進むなか、個人の力をつけることが、今まで以上に必要になってきているのではないか、と斉藤さんは話す。
「国内は人口が減っているし、マーケットもシュリンクしていて、もはや世界を知ることはマストになってきています。できるだけ早いタイミングで世界を知ることで、可能性はどんどん広がりますし、マレーシア留学はそれを実現しやすい方法のひとつかと思います。ぜひ視野を広く持って、マレーシア留学も進路の一つの選択肢として知ってもらえたらと思いますね」(斉藤さん)
子供を留学させたいけれど、何千万円とかかる欧米の大学は非現実的、そう考えていた家庭にとって、確かにマレーシア留学は新しい選択肢のひとつになりそうだ。
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池田 純子(いけだ・じゅんこ)
フリーライター
ライター・編集者として、暮らしや生き方、教育、ビジネスなどにまつわる雑誌記事の執筆や書籍制作に携わる。新しい生き方のヒントが見つかるインタビューサイト「いま&ひと」主宰。
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(フリーライター 池田 純子)