甲子園で活躍した高校球児たちはどのような進路を選択するのか。野球評論家・著作家のゴジキさんは「キャリアは多様化している。
プロ選手として名を馳せる人がいる一方で、高校時代の経験を野球以外の世界で活かし、輝かしいキャリアを築いている人々がいることを、もっと多くの人に知ってほしい」という――。(第3回)
※本稿は、ゴジキ『データで読む甲子園の怪物たち』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
■甲子園の雰囲気を味方した公立高校
2007年夏、「がばい旋風」が巻き起こっていた。決勝の広陵との試合で野村祐輔から優勝を決定づける奇跡的な逆転満塁ホームランを放った副島は、甲子園優勝の立役者となり球史に名を刻んだ。「僕らにとって最大の目標は、甲子園で勝って佐賀北の校歌を歌うことだった」とコメントをしていたが、この年の夏の甲子園の雰囲気が佐賀北ナインに味方し頂点に立った。
副島自身、初戦から活躍を見せる。福井商戦では甲子園初ヒットが初ホームランに。これは、この大会第1号ソロになる。次の宇治山田商戦は引き分けとなるが、3安打を記録。再試合でも1安打を記録し、チームは大勝。この再試合で一気に話題になる。この勝利から「がばい旋風」が巻き起こる。

副島は次の試合こそノーヒットに終わるが、準々決勝の帝京戦ではこの大会注目されていた垣ヶ原達也からホームランを放つなど、2安打を記録。試合展開は佐賀北ペースで進む。
「帝京の選手たちは明らかに慌てていた。田舎の公立校に負けられないという思いはあったはず。僕らが心から野球を楽しんでいるのが怖かったんじゃないですかね」
副島がそう話すように、中村晃(現・福岡ソフトバンクホークス)や大田阿斗里(元・オリックス・バファローズ)や杉谷拳士(元・北海道日本ハムファイターズ)といったプロ入りした選手を揃え優勝候補だった帝京は焦っていた。佐賀北は帝京にリードしていたところを追いつかれるが、延長の末勝利。さらに、準決勝も勝利し、決勝に進んだ。
■頭が真っ白になりながらベースを回る
決勝の相手は優勝候補の広陵だが、佐賀北は野村の球数に焦点を当て、後半勝負に挑む。球場全体が畳み掛けるように野村を攻め立てる。佐賀北の百崎監督をはじめ、チームとして勝負は終盤と考えていた。野村のスライダーが終盤には甘くなると見ていたからだ。吉冨部長も「6回までは球数を投げさせて、7回からは打っていけと指示を変えた。

チャンスができたらスライダーを投げてくるのは分かっていたので狙えと言っていた」と語るようにその戦略も当たった。そして、8回に押し出しで1点を返すと、副島が甘くなったスライダーをレフトスタンドに放り込んだ。
「満塁になって自分の打席が回ってきたとき、フォアボールでもデッドボールでもいいから、何とか次のバッターにつなげようって考えてました。それまで野村君のスライダーに全然タイミングがあっていなくて、打席に入る前に百崎先生から『振りが大きくなっている。低目のボール球を見極めろ』と言われたので、コンパクトにセンターに打ち返していこうと。
打ったのは真ん中に入ってきたスライダー。レフトの頭は越えるだろうと思って、見ていたらホームランになった。ベースを回っている間、頭の中は真っ白でした。ホームベースを踏んでから、スコアボードを振り返って『逆転したんだ!』って確認したくらいです。それにしても甲子園で3本もホームランを打てたことには『なんで3本も打てちゃったんだろう』って思います。自分は全然ホームランバッターではないんですよ。高校通算でも10本いくかいかないかしか打ってないんです」
■銀行員から体育教師へ
ホームランを打った副島はそう話すが、この大会に関してはチームで一番頼もしかったのは間違いない。
大会を通してみても、打率、本塁打、打点の3部門はチームトップを記録していた。
その後、進学した福岡大でも、3年秋のリーグ戦で本塁打王と打点王の2冠に輝くなど活躍し、2012年春に県内の銀行に入行した。その後、2年余り勤めた銀行を退職し、体育教師に転身。いまは、高志館で指揮を執っている。副島は自らの原体験を活かした上でのチームへの理念をこのように語る。
「自分は守備、自分は打撃、または代打、代走……別にプレーしていなくてもバット引きやボールボーイなど、なんでもいい。なんらかの形でチームに貢献しているという実感を持たせたいのです。ウチは工業高校なので、卒業後は就職する子が多い。すぐ会社に貢献するためにも、今からそういう力を養っておいたほうがいいと思うんです」
副島自身、指導者として勉強熱心で、専門外だった投手に関しても「今の時代は継投が主流ですから。ウチも左と右がいるので、うまくつないでいけたら相手も嫌でしょう」とコメントするように高校野球の継投策のトレンドも把握しながら指導している。
これまでの高校野球の歴史を振り返ると、沖縄商学の比嘉公也氏(現役として1999年センバツ優勝、監督として2008年センバツ優勝)が記憶に新しい。現役時代に佐賀北で得た勝利する感覚を選手たちに教えていき、次は監督としてミラクルな優勝に期待していきたい。

■多様化する高校球児の卒業後のキャリア
高校野球を経験した球児たちが、卒業後にどのような道を歩むのか。その選択肢は、近年ますます多様化している。野球のプロ選手を目指す道だけでなく、会社員や指導者としての道を選ぶ人々、さらには一風変わった進路を進む人々も少なくない。
例えば、高校野球で培った経験を活かして、地元の少年野球チームの指導者となり、次世代を育成する役割を担う人がいる。彼らは現役時代の技術や精神力を活かし、地域に貢献する存在として注目されている。また、野球を軸にした起業家として活躍するケースも増えている。スポーツ用品の開発や野球関連のイベント企画など、独自の視点で野球をビジネスにつなげる姿勢は、高校球児時代の情熱そのものだ。
さらに、野球をきっかけに進むキャリアもある。例えば、アスリートのメンタルケアを専門とする心理カウンセラーや、スポーツ映像分析のプロフェッショナルとして活動する元球児もいる。高校野球での経験が、思わぬ形で新しいキャリアを切り開くきっかけになっているのだ。
「高校球児」という特別な経験は、ただの青春の思い出にとどまらない。それはチームワーク、リーダーシップ、忍耐力といった普遍的なスキルを養い、営業職はもちろん、企業経営や異業種などの道に進んでも役立つものである。

■会社の経営者になる人も
大阪桐蔭でプレーした謝敷正吾は現在オープンハウスグループで活躍している。彼はオープンハウス桐生の施設長に異動するかたわら、中学硬式野球チーム「桐生南ポニー」の監督に就任し、野球の指導者としても活躍しているのだ。さらに、本書で取り上げた林裕也は母校の駒澤大学でコーチに就任し、高校時代の恩師である香田氏と「駒苫タッグ」を組んでいる。
プロ選手として名を馳せる人がいる一方で、プロ野球以外の世界でその経験を活かし、輝かしいキャリアを築いている人々がいることを、もっと多くの人に知ってほしいところだ。
高校野球を通じて得たものは、決してグラウンドのなかだけで終わるものではない。それは、社会や人生という大きなフィールドで新たな可能性を広げる原動力となるのである。
キャリアの話は選手に限らない。野球とは関係ない業界のビジネスを経験した後に指導者として活躍している監督も多くいる。本書で取り上げた副島はそのルートに近いだろう。
慶應義塾の監督である森林貴彦氏はNTTに勤めていた経験がある。2024年センバツを制した健大高崎の監督を務める青柳博文氏も10年間会社員の経験がある。
さらに、2024年春季大阪大会を制した大阪学院大高の監督である辻盛英一氏は、大手保険会社勤務時代に13年連続ナンバー1の売上を達成した伝説の営業マンだ。
現在は会社を経営しており、ビジネス書を出版するなど、監督業のかたわらビジネスパーソンとしても精力的に活動している。
■今後求められるチームのマネジメント方法
このように、彼らは教育関係や野球とは別の世界の経験をしていることで、多角的な視点で判断できる。高校野球はプロではないが、指導者としての立場はプロである必要がある。
現在、選手に対するアプローチ方法は数多くある。例えば、チームに対するマネジメントに関して、教育者から見る視点とビジネスパーソンから見る視点は、異なる部分もある。
森林氏は、「今まで『高校野球』というものはかなりイメージが固定化されていて、内側にいる人間も息苦しさを感じながらやってきた部分があると思います。そこに、『こんなやり方もありますよ』と別の選択肢を示したいと考えていました」とコメントをしているように、選手たちに「選択肢」を与える方法論を取り入れている。
また、青柳氏は「サラリーマンで組織的なことをやってきた。製造業なら仕入れ、スカウトですよね。生産する現場がある。うまく人を配置してやっていくことを目指した」とリクルーティングから選手の起用まで意識した発言をしている。
高校野球は、選手たちに2年半というリミットがある。だからこそ、監督の手腕やマネジメント能力に注目が集まるわけだが、現代の高校野球においては監督自身も幅広い経験をしながら、世代によって特性が変わったときに柔軟にマネジメント方法を変えられるようなチーム運営が求められるのである。

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ゴジキ(@godziki_55)
野球評論家・著作家

これまでに『戦略で読む高校野球』(集英社新書)や『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『アンチデータベースボール』(カンゼン)などを出版。「ゴジキの巨人軍解体新書」や「データで読む高校野球 2022」、「ゴジキの新・野球論」を過去に連載。週刊プレイボーイやスポーツ報知、女性セブン、日刊SPA!などメディアの寄稿・取材も多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターにも選出。本書が7冊目となる。

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(野球評論家・著作家 ゴジキ(@godziki_55))
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