「アイスマン」の異名を持つオランダ人の男性がいる。雪の中を上半身裸でフルマラソンをする、エレベストに登頂する、氷の下を泳ぐ……普通の人ではとても耐えられない環境になぜ彼は適応できるのか、研究者が調べた結果は――。

※本稿は、ヴィム・ホフ、コエン・デ=ヨング『氷超人』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■極寒、極暑の環境に強すぎる男
2011年10月、私は、氷点下近い気温のなかで男が服を脱ぎ捨て、アイスランドの湖に歩み入るビデオクリップを見ていた。あたりは雪に覆われ、湖には氷山まで浮かんでいた。BBCが制作したドキュメンタリーのワンシーンだ。ナレーターは、こう言った。
「湖の水温は0度をわずかに上回る程度で、ほとんどの人間を1分で死に至らせます」
だが、この男は死ななかった。
彼は15分間、落ち着いて泳ぎ回った。私は「頭がどうかしているんじゃないか」と思い、同時に興味も湧いた。いったい何者なのだろう。
彼の名は、ヴィム・ホフというらしい。
激しく好奇心をかきたてられた私は、ほかのビデオクリップも見た。今度は氷の下を息継ぎなしで数十メートル泳いでいた。
私の理解をはるかに超える行動に、目が釘づけになった。そして彼は、雪が降りしきるなかフルマラソンをした──上半身裸で。
灼熱の砂漠で水分補給もせずに、ハーフマラソンをした。
エベレストをショートパンツ1枚で踏破した。
1時間15分、氷漬けになって座り続けた。
■「呼吸エクササイズのおかげ」?
信じがたい映像の数々を30分間見続けて、ひとつの疑問が思い浮かんだ。どうしてこんなことができるんだろう。彼は「自分の成した偉業の80パーセントは呼吸エクササイズのおかげだ」と説明していた。
なんと!
私はこれまで15年にわたり呼吸による鍛錬を実践し、過去には呼吸についての本も上梓した。それでも凍死せずに氷の下を泳ぐなんて、できやしない。私の胸は、好奇心ではちきれんばかりになった。「呼吸エクササイズ」の何が、これほど驚くべきことを成し遂げさせているのだろうか。

会って尋ねてみたい気持ちを抑えられなくなり、すぐにヴィム・ホフの会社宛てにメールを送った。
■実戦してみると、わずか数分で効果が
返事はなかった。
もう1通送った。やはり返事はなかった。
3通目には「呼吸に関する『フェラデミン(Verademing)』という共著書がある」と記したが、それでも返事はない。6通送ったのち、とうとう返事があった。ヴィムの息子、エナーム・ホフからで「我々はとても忙しく、ヴィムと話したいという人は大勢います。現在はラドバウド大学医療センターでの調査に時間をとられています」とあった。
すぐにそこに向かった私は、幸運にもヴィムと軽く言葉を交わすことができ、後日アムステルダムのホテルでじっくり話す約束を取りつけた。
再会したヴィムは私を温かく迎えてくれた。ヴィムとの会話は楽しく、示唆に富んだものだった。そのとき「呼吸エクササイズ」のやり方を2つ3つ説明してくれたので、さっそく実践してみた。
驚くことに、すぐ効果があった。注意力が増し、機敏になったようにさえ感じた。わずか数分の「呼吸エクササイズ」で、心身が研ぎ澄まされたかのような感覚が得られたのだ。
彼はまた、低温を活用する「コールド・トレーニング」が、極めて重要な役割を果たしていると説明してくれた。ヴィムが極寒のなかで見せる偉業は、単に彼自身のすごさを披露するためだけのものでなく、低温自体にも効用があることを示すものでもあったのだ。
■「細菌やウイルスとの戦争にも勝てる」
ヴィムは「コールド・トレーニング」が健康を増進し、活用すれば得るものが数多くあることを確信している。彼はほかにも、どんな道のりでこの知見に至ったのか、そして自分の「呼吸エクササイズ」と「コールド・トレーニング」を通じて、どのように人々の役に立てるのかを話してくれた。
それから、私は「このようなものすごい芸当をなぜやってみせるのか」と尋ねた。
彼は目を見開いて言った。「私たちの呼吸は身体世界と魂をつなぐものなんだ。もし私たち人間が魂に帰る道すじを見つけられたら、戦争にだって勝てるだろうね」
予想外の言葉に驚いた私の表情を見て、ヴィムは高らかに笑い、こうつけ加えた。
「つまり、細菌やウイルスとの戦争のことだよ」
彼のものすごい芸当は、彼自身の身体だけで完結するわけではない。
ヴィムは人間の身体がどんなことを達成できるか、その可能性を知らしめたいのだ。彼の成し遂げたことは、あなたや私をはじめとする誰にでもできると。
■自律神経系を自ら操るなんて不可能なはず
ヴィム・ホフは至難の偉業を成し遂げたことで、科学者たちの注目の的にもなっている。彼の前例のない達成を検証し説明しようと、研究者たちが列を成した。ヴィムのやっていることは、医学の教科書の記述に逆らうことなのだ。
2011年にナイメーヘンのラドバウド大学医療センターで、カペル教授はヴィムと彼のメソッドに対する長期的研究を開始した。まずヴィム個人の検査から始まった。彼は自分の自律神経系と免疫機構に自ら影響を与えられると主張している。非常識な話だ──医師が医学を学んだときに習った多くのことに反している。
生きているかぎり、意識するしないにかかわらず身体は、つねに活動している。腸は動いているし、瞳孔は拡大したり収縮したりする。心臓は鼓動し体温は維持され、無数の細胞が常時動いている。
これらの身体機能は、すべて自動的に作用する。その自動性ゆえ名づけられた「自律」神経系は、あなたからのコントロールを受けずに作用する。
自律神経系は、副交感神経系と交感神経系の2つから構成され、わかりやすい表現を用いれば、副交感神経系は「ブレーキ」で交感神経系は「アクセル」だ。
■ためしに強い毒素を注射してみると…
もうひとつ、私たちが影響を与えられないものが自然免疫機構だ。ウイルスや細菌、そのほかの外部から侵入する身体への脅威を駆除するための防衛機構で、人類が誕生する遠い昔の進化の過程で得たものだ。
現代医学では、私たちは自律神経系や自然免疫機構に意識的に影響を与えることはできないとされている。しかし、ヴィム・ホフはそれに同意しない。
ヴィムが本当に自身の自然免疫機構を操れるかを調べるため、研究者たちは彼にエンドトキシンを注射した。エンドトキシンは、ある種の細菌の細胞壁にある強い毒素だ。
私たちの自然免疫機構は何百万年も昔から、この種の毒にすぐ反応するようプログラミングされている。トール様受容体(TLR)という白血球の受容体が、エンドトキシンに結合して炎症性タンパク質を生成する。この働きは、身体の反射反応のようにコントロールできないものだ。

■他の人は熱や震え、頭痛の症状が出た
ヴィムに加えて、対照群として12人がエンドトキシンの注射を受けた。彼らの免疫機構が反応した結果、被験者たちは熱や震え、頭痛といったインフルエンザウイルスに感染したかのような症状を示した。ところがヴィムは「呼吸エクササイズ」をおこなうことで、まったく病気の兆候を示さなかった。研究者たちは驚いた。彼の身体は明らかにエンドトキシン毒を安全に処理できたのだ。
この実験中に、ヴィムの血液が交感神経系で高い活動量を示していることが判明した。アドレナリンのレベルがエンドトキシンを注射する前よりも上がっていたのだ。対照群に比べて炎症性タンパク質はずっと少なく、最初に上がったストレスに反応するホルモン、コルチゾールの値はずっと早く下がった。
この実験は、人間が自律神経系や自然免疫機構に影響を与えられないという医学上の支配的な考え方が、もはや有効ではないことを意味している──少なくとも、ヴィム・ホフの場合には。
■「彼だけができる」では証明にならない
実験後、ヴィムはこうコメントした。
「私はこの実験に心身を費やさなければなりませんでした。私の身体は毒にさらされ、それと戦う必要がありました。でも、いちばん難しかったのはそこではありません。長年、私は縁日の見世物扱いされ、あざけりや批判の的でした。でも、私は自分が自分の自律神経系を操れるのはわかっていましたから、認められるのを待つことこそがつらかったんです。私が本当に自律神経系に影響を与えられることをピッカーズ教授が科学的に証明してくれて、うれしくてたまりません」
この事実は、自己免疫疾患の患者たちにどれほど大きな意味があることだろう。「彼らはヴィムのメソッドで病気を打倒できる」と研究者たちが明言する準備は、まだ完全には整っていない。ヴィムは、この実験中にあらゆる種類の医療機器で徹底的に検査され血液テストも受けたが、確実な科学的証拠は得られなかった。一個人の症例におけるひとつの発見だけでは、何の証明にもならないのだ。
■メソッドを実践した人としない人で再実験
それゆえ2013年に、研究者たちは追試をおこなうことにした。同じ実験が24人の若く健康な男性ボランティアに対して繰り返された。24人はもっと大勢のテスト応募者から無作為に選ばれ、彼らは2つのグループに分けられた。
12人はヴィムのメソッドを1週間実践し、残りの12人はしなかった。それから被験者は全員エンドトキシンの注射を受けた。ヴィム・ホフ・メソッドを実践しなかった12人はさまざまな反応を示した。ほとんど反応が出なかった者もいたが、大多数は発熱した。ヴィム・ホフ・メソッドを実践した12人は全員が発熱も倦怠感もなく、健康なままだった。
研究チームを率いたのは、ラドバウド大学医療センターの実験的集中治療医学教授ペーター・ピッカーズだった。彼の研究グループは、感染症と免疫機構、そしてそれらに影響を及ぼす方法について長年研究してきた。
■「自律神経系は誰もが操れる」と認められた
「人間が能動的・意識的に免疫機構をコントロールできるという例は、ほかにありません」とピッカーズ教授は言う。
当初、ピッカーズはとても慎重だった。人間が自分の免疫機構に影響を与えられるという事実は、必ずしも慢性疾患の患者に希望のみを与えるわけではないからだ。テストを裏打ちする証拠を得るには、実験室での測定が不可欠だった。
ヴィム・ホフ・メソッドを実践した12名がエンドトキシン注射に反応しなかったという事実は、研究のほんの小さな部分にすぎない。それでも研究室での実験結果は、ヴィム・ホフ・メソッドに沿った短期間のトレーニングによって、この12名の男性が自律神経系を操れるようになったことを裏づける成果だった。ここで初めて、ヴィム・ホフ・メソッドは科学的に認められたのだ。
研究者たちは、この2グループ間での免疫反応の違いに心底驚いた。研究を始めたときには懐疑的だったピッカーズ教授も、ついに人間が自らの自律神経系を操れると信じるようになった。

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ヴィム・ホフ
パフォーマー

1959年、オランダ生まれ。極寒に耐えられる能力を活かし、現在20もの世界記録(北極圏でのハーフマラソンのタイムや、氷の詰まった浴槽に居続けられる時間など)を保持しており、その様子がBBCにも取り上げられTEDで語られた。こうした偉業のほか、人体への効果が科学的に証明されたヴィム・ホフ・メソッドの考案者として世界中の何万もの人々に感銘を与え、「呼吸エクササイズ」と「コールド・トレーニング」の実践を通して、彼らが失いかけていた生命力を取り戻させてきた。共著書に『アイスマンになる(Becoming the Iceman)』がある。

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コエン・デ=ヨング
作家

アムステルダム在住。呼吸とランニングに関する6冊の著書があり『マラソン革命(Marathon Revolution)』はオランダでベストセラーになった。ヴィパッサナー瞑想の実践者でもある。ヴィム・ホフに出会って以来、寒中水泳を楽しむようになった。愛読書はミヒャエル・エンデ『モモ』。

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(パフォーマー ヴィム・ホフ、作家 コエン・デ=ヨング)
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