※本稿は、天野隆・税理法人レガシィ『相続は怖い』(SB新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
■国税調査官は“相続”にも容赦しない
昭和62年(1987年)、伊丹十三監督の『マルサの女』という映画が大ヒットしたのをご存じでしょうか?
「マルサ」とは国税庁と国税局に配置されている国税査察部などの部署のことをいいます。平たく言うと脱税していそうな法人・個人にあたりをつけて調査する(税務調査)部署で、そこに勤務する人たちは国税調査官と呼ばれます。
「マルサの女」は国税調査官の女性を主人公にした映画で、国税に精通した人たちの間では伊丹監督の入念な取材力が話題に上りました。
唯一架空だったのが車の上に潜望鏡(望遠鏡のようなもの)を立てて脱税していそうな人物の張り込み調査をするという部分で、それ以外はほとんど実際の税務調査と同じと言っても過言ではなかったからです。映画を見た人はおわかりと思いますが、『マルサの女』では執拗(しつよう)にターゲットの調査を進め、真実に迫っていきます。
映画で調査の対象となったのは、パチンコ店やスーパーなどでしたが、執拗に調査を進めるのは個人を対象とした相続税でも変わりはありません。彼らの目的は1円でも多く相続税を納税させることなので、申告書の内容に疑問の余地があれば容赦なくそこを突いてきます。
■相続人の「目の動き」まで見逃さない
税務調査は申告書を提出してから1~2年後、ある日突然やってきます。
申告書提出の1~2年後といえば、「やれやれ、もう来ないだろう」と安心している人もいることでしょう。そんなときにひょっこりとやってくるのですから、いやが上にも驚きは大きくなるようです。
まずは「相続税の申告内容についてお尋ねしたい点があります」と電話がかかってきます。国税調査官と納税者のスケジュールをすり合わせて「その日」が決まります。
当日は10時ごろに調査官がやってきて、1時間の休憩をはさみ17時ごろまで行われます。昼食は外出して取るので、用意する必要はありません。
国税調査官はベテランと若手の二人組でやってきます。質問する人と書記的役割を果たす人に分かれます。
相続人が質問に答えるとき、調査官は相続人の目の動きを見ています。
というのも、大体人間は隠しているところをチラッと見るという癖があるからです。たとえば壁にかけてある絵などに視線を移したとしましょう。
そういう場合、どこかのボタンを押すとその絵がすーっと動いて隠し金庫が出てきたりします。ウソみたいな話ですが、そんなことが実際にあるのです。
■プールの札束、廃屋寸前の別荘の現金も…
生前から「財産を隠そう」という明確な意図を持っている人の中には、預金ではなくキャッシュで持っている人が少なくありません。
キャッシュで持つとなると盗まれる可能性が出てきますね。だからそういう人の家の入り口はセキュリティがハードなことが多いです。
私の経験では、プールの中から防水シートに包まれた札束が出てきたことがありました。
山の中の、今や誰も行く人がいなくなって廃屋となり朽ち果てる寸前の別荘に、現金を隠していた人もいました。
絵の裏に隠したりプールに隠したりする人には共通の特徴があります。それは「脱税が趣味」という特徴です。
他にキャッシュを隠す意味がありませんから。同じ現金なら銀行に預けるほうが安心だし、雀の涙とはいえ金利もつきます。
さらに言えば、こんなふうに隠してもバレるときにはバレます。税務署の調査能力たるや半端なものではないからです。
キャッシュをそのまま持つのではなく、宝石や金の延べ棒にして隠し持っている人もいます。金というのは戦争が起きたときに持ち運べていちばん価値が落ちないものなのですね。
■税務署vs納税者の勝負はもうついている
余談になりますが、もしも中国が台湾、日本に侵攻してきて、日本の領土を取ったときに日本人はどうすると思いますか? 私は「円」という価値がなくなる可能性があるので、財産を守らなくてはという意識のある人は、みんな同じ行動を取るのではないかと思います。
金の延べ棒に換えるわけですね。そうすると移動しやすくなって、サンフランシスコやロサンゼルスなど行き先はどこであれ、そこで換金できますからどこにでも逃げることができます。有事に預金はあてになりません。
あり得ないこととは思いますが、日本がたとえば中国に支配されてしまい、現在の香港のようになってしまうと、持っている円が没収されて価値がなくなることもあり得るわけです。
そう考える人が、現金ではなく宝石や金に換えて隠し持つということです。
このように納税者の方々は多額の相続税を払いたくないので、あれやこれやと知恵を絞って財産を隠そうとするのですが、そこは税務署のほうが一枚上と考えたほうがいいでしょう。
何しろ経験値は向こうのほうが圧倒的に上なのです。それに対して納税者の方々にとって相続税の納税は、一生のうちで多くても2回程度です。
そして税務署は納税者にできるだけ多くの税金を納税させるためのプロです。
■やるべきことは「適法な節税」
私はよく言うのですが、「税務署」の「署」は「所」ではありません。
労働基準監督署も同様ですが、こういう「目」が横になっている機関は、性善説ではなく性悪説の立場に立っているのではないでしょうか。「何か悪いことをしているんじゃないか?」と疑うのを専門にする職業なのですね。
一方、市役所は「所」。目は横についていません。疑わなくていい職種だからです。
だから財産を隠すことについては諦めたほうがいいです。
大切なのは、法律に反することなくできるだけ納税する額を抑えること。適法に「節税すること」と考えてください。
何よりも脱税は心身にとっていいことは一つもありません。
これまで2万人以上の相続税の申告や税務調査対策のお手伝いをしてきて思うのは、脱税は、している人自身に精神的ダメージを与えるということです。
現在、相続税の課税対象になる方々は、自宅電話を使う世代です。
やましいことがなければ、自宅電話が鳴ってびくっとするなどということはありませんよね。夜の8時過ぎにかかってきた電話でも「税務署だったらどうしようと思ってしまう」と聞き、内心、「いやいや、税務署の人は夜8時過ぎに納税者に電話なんかするわけがないでしょう」と思ってしまいました。
精神的ダメージは体にもストレスを与え、病気のもととなります。
絶え間ない恐怖心に駆られて、自分の心や体に悪影響を及ぼすなどということがあっていいわけはありません。
やめておいたほうが賢明です。
■「財産債務調書」を出さないと疑われる
税務署が動き出すのは、相続税の申告期限である「被相続人の死亡を知った日の翌日から10カ月」を過ぎてからです。
ただ、生前から「この人には財産がありそうだな」と目星をつけた人については、相続発生直後から動き出している可能性はあります。
税務署は一定の所得がある人には、確定申告時に「財産債務調書」という調書の提出を求めています。
この制度は先々相続が発生したとき、相続税を確実に納税させるための制度で、各種所得金額の合計が2000万円を超え、なおかつその年の12月31日において財産の合計金額が3億円以上ある場合の他に、その年の12月31日において、所得金額に関係なく財産の合計金額が10億円以上ある場合に提出が求められるものです。
でも納税者にとってはメリットがありません。自分の預金残高をわざわざ税務署に知らせるなんて気が進まないと考える人も少なくないでしょう。
相続が発生したとき税務署にとっては「ここに財産が隠されていそうだな」とヒントになってしまうのです。
■余計に面倒な思いをすることになる
相続税の申告書を見て「この人は本来であれば調書を出さなくてはならない立場の人だった。それなのに生前、提出されていなかったということは、何か隠していることがあるのでは?」と考えるわけですね。
そして税務調査が入り、痛いか痛くないかわかりませんが腹を探られる結果になる可能性が高いです。
税務調査というのは納税者にとって気持ちのいいものではありません。
だからもしも後ろめたいことがないのであれば、先に挙げた要件を満たすような所得・財産を持っている人は提出しておくことをおすすめします。
そのときは面倒くさいと感じるかもしれませんが、相続が発生して10カ月後、ようやく申告書を提出して一息ついたときに税務調査が入るとなれば、余計面倒な思いをすることになります。
ある程度の財産がある人は相続税の税務調査は免れない……それを前提に、できる手を打っておくほうがいいでしょう。
----------
天野 隆(あまの・たかし)
税理士法人レガシィ代表社員税理士・公認会計士
1951年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。アーサーアンダーセン会計事務所を経て、1980年から現職。著書に『やってはいけない「実家」の相続』(青春出版社)など多数。
----------
----------
税理士法人レガシィ(ぜいりしほうじん れがしぃ)
1964年創業。相続専門税理士法人として累計相続案件実績件数は2万6000件を超える。日本全国でも数少ない、高難度の相続にも対応できる相続専門家歴20年以上の「プレミアム税理士」を多数抱え、お客様の感情に寄り添ったオーダーメードの相続対策を実践している。
----------
(税理士法人レガシィ代表社員税理士・公認会計士 天野 隆、税理士法人レガシィ)