※本稿は、和田秀樹『どうせあの世にゃ持ってけないんだから 後悔せずに死にたいならお金を使い切れ!』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■最晩年の財産はお金ではなく、楽しかった思い出
死を前にして「もっとお金を使えばよかった」「一生懸命に貯金をして損をした」と悔やむ人が少なくないと言いましたが、反対にやりたいことをやっておけば、体が弱ってベッドで過ごすようになったときでも、その思い出が心の支えになります。
私が出会った患者さんのなかでも幸せに旅立たれる方はおしなべて、「あのときは楽しかったな」「あれは最高におもしろかった」と亡くなられるまで、心に残る思い出を生き生きと満足げに語られていました。
結局のところ、最晩年の最大の財産は、お金ではなく、楽しかった思い出なのです。年を重ねるほどに、お金があっても、世界一周の旅に出るとかキャンピングカーで日本各地をめぐるとかグルメを食べ歩くというような体力も気力もなくなっていきます。
体も頭もしっかり動く時間は限られているのです。だからこそ元気なうちに、お金を思い出に換えておきましょう。
私の好きな映画に、『最高の人生の見つけ方』という名作があります。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが演じる二人の高齢者が余命宣告を受け、「死ぬまでにやりたいリスト」をつくって、それを一つひとつ実行に移していくいう物語です。
■「定年後に金髪」の威力
彼らのように最高の人生を手に入れたいなら、死ぬまでにやりたいことをリストアップしてみるのもいいと思います。行ってみたいところ、食べてみたいもの、会っておきたい人、やってみたい趣味……。
誰でも振り返れば、これまでやりたかったけれどやらずに我慢したり行動に移せなかったりしたことは、いくらでもあるでしょう。
ある男性編集者は、会社を定年で辞めたあと、前々からやってみたかった金髪にしたそうです。そうしたら金髪の威力は想像以上で、いろんな縛りから解放されて何事にも積極的になり、いままでやれなかったことが自由にできるようになったといいます。
まず最も大きな変化が服装です。それまでは会社勤めでスーツばかりだったのが、ひそかに憧れていたコムデギャルソンのボーダーのカットソーにジーンズ、スニーカー、サシ色に真っ赤なソックスと180度真逆のカジュアルスタイルに大変身。
それまではプライベートでもそんな思いきったカジュアルな服装はしたことがなかったから、「変に思われないかな」、「ショップに行くのも恥ずかしいな」と思っていたそうですが、それらの迷いを吹き飛ばすのが金髪の威力。この大変身には、知人ばかりでなく、家族も相当驚いたそうです。
■お金は使うもの、使ってこそ幸せになれるもの
その後も耳にピアスの穴をあけるなど、60代にしておしゃれへの扉は全開に。
ウインドウショッピングだけでなく、若者の服装を見るのも楽しく、出かける街も原宿や吉祥寺など、それまで行かなかった街へ足を運ぶようになったそうです。
そればかりか、子どもと洋服の話で盛り上がるようになり、洋服の貸し借りまでするようになったといいます。おしゃれで人生が一変した好例です。
そんなふうにちょっとしたきっかけで、人生はおもしろく変わるものです。
やりたいことに存分にお金を使えば、人生の最晩年に寝たきりになったとしても、そのときどきの楽しさを繰り返し味わえる極上の思い出ができるはずです。
繰り返しますが、お金は使うもの、使ってこそ幸せになれるものだというふうに考え方を改めて、やりたいことがあるならいますぐやり始めて、全部やっておくべきです。
■70代はお金を使う幸せを味わえる最後の年代
お金を使える時間は、思ったより長くありません。数多くの高齢者を見てきた経験から言うと、自分の裁量でお金を使えるのは70代かせいぜい80歳くらいまでだと思います。
認知症が進んで、「成年後見制度」を使われたら、自分のお金なのに1円も自由に使えなくなります。
前著『みんなボケるんだから』に詳しく書きましたが、年を取れば誰でも認知症になる可能性があります。認知症の診断テストをすると、70歳前後で認知症になっている割合は2パーセントほどですが、75歳では7パーセント、80歳になると16パーセント、85歳になれば32パーセントに上ります。
90歳以上になると50パーセントの人が認知症と判断されます。
つまり、認知症は老化現象の一つであり、長生きをすれば認知症になることは避けられないということです。
実際、私が勤めていた高齢者専門の浴風会病院で多くの患者さんのご遺体を解剖してわかったことですが、85歳以上のすべての人の脳にアルツハイマー型認知症の変性が見られました。
認知症でなくても、足腰が弱って外出がままならなくなったら、お金を使う機会が激減します。年を重ねるにつれて体力は衰えていきますから、旅行に行きたくても行けなくなるし、高級な料理を食べに行きたくても行けなくなってくるわけです。
患者さんたちを診ていると、どうやら80代になるのを境に、外出するのが億劫になるようで、70代が本格的にお金を使う楽しみを味わえる最後の世代だという気がします。
■人生における鉄則は「今がいちばん若い」
ところが、85歳以上の世帯金融資産の平均額は1500万円強もあるのが現実です。不要なお金を貯め込んで死んでいくなんて、そんな不幸なことはありません。
70歳より75歳のとき、75歳より80歳のときのほうが金は使えなくなっていく。
だから、使えるときに使っておかないといけない。人生における鉄則は「今がいちばん若い」です。やりたいことは、いますぐ実践する。老後の楽しみを引き延ばしていたら、必ず後悔することになります。
老後の資金を心配する人は多いけど、あと何年金を使って遊べるかとか、あと何年金を使って旅行に行けるかとか、あと何年うまいものが食えるかとか、そういうことに意識がなかなか向かない。
私のように60代も半ばになってくれば、そういうことをぼちぼち考えて、生きているうちにどうお金を使い切るか、思いをめぐらしたほうがいいと思います。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)