強いメンタルを手に入れるには、何をすればいいか。古典教養アカデミー学長の宮下友彰さんは「僕が新規営業をしていたとき、折れないメンタルをつくろうと『マレーシアに行き、路上で現地の人に声をかけ、マジックを見せる』ということを思いつき、『100人に見せるまでは日本に帰らない』という目標を掲げて現地に向かった。
しかし、数十人に断られ続けると、気が滅入ってくる。そんなとき、僕を救ってくれたのが、ドン・キホーテの眩しい姿だった」という――。
※本稿は、宮下友彰『不条理な世の中を、僕はこうして生きてきた。知っているようで知らない「古典教養の知恵」』(大和出版)の一部を再編集したものです。
■本を読んで道端で大笑いをしている青年が目撃
「自分が主人公になってもいい」

――挑戦するときに奮い立たせてくれた言葉
一発芸をして有名になる芸人をよく見ますが、その一発芸が数百年後にも残っているかと言われれば、かなり怪しいのではないでしょうか。
でも、それでいいのではないかと思います。
「笑い」というのは、その当時の人たちを笑顔にできればいいものですし、喜劇というのも、当時の人たちを笑わせるために書かれたものです。
今回は、そんな喜劇の代表作を紹介します。
今回題材にする小説『ドン・キホーテ』が出版された当時、その本を読んで道端で大笑いをしている青年が目撃されているほどのブームとなりました。
そんな喜劇が数百年もの間、語り継がれているのは、喜劇にもかかわらず、僕らに教訓を与えてくれる稀有な作品だからです。
では、『ドン・キホーテ』から何を学べるのかを見ていきましょう。
■自分を騎士だと勘違いした老人
『ドン・キホーテ』のあらまし

――思い込みは、ただのおかしな妄想?
スペインの天才小説家であるセルバンテスが著した名作『ドン・キホーテ』は、17世紀の名作として、今も読み継がれています。

主人公はアロンソ・キハーノという、50歳を過ぎた男(当時の感覚では老人)です。
アロンソの趣味は、一時代前の騎士が活躍する、いわゆる騎士道物語を読みふけることでした。
「騎士」という概念は、アロンソの時代からすれば時代遅れであり、「騎士道物語」にはまるとは、令和の時代でたとえれば、武士道精神にはまるのと同じような感覚です。
アロンソは騎士道物語を読みすぎたせいで、やがて自分を騎士だと勘違いしていきます。
さて、たいていの騎士道物語では、騎士はいつも馬に乗っていて、「美人の王女に忠誠を誓った騎士が、『生きて必ず帰ってくる』と彼女に約束し、国の安泰を脅かす敵勢と勇敢に戦う」というパターンを踏襲しています。
よって、アロンソは、まず騎士にとってなくてはならない馬を探します。
しかし、立派な騎士が乗るのにふさわしい、毛並みのよく逞しい馬がいなかったので、しかたなく痩せ馬を拾い、「ロシナンテ」と名づけました。
さらに、騎士には伴走してくれる従者が必要だと考え、近くに住んでいる学のない農夫を誘い、従者に仕立て上げます。
農夫本人も事情をつかめないまま、アロンソに同伴します。
また、隣町の不細工な女性をどこかの国の王女だと決めつけました。
彼女はドルシネアという名の百姓娘なのですが、アロンソは勝手に「ドゥルシネーア・デル・トボーソ」という仰々しい名前を心の中で名づけます。
■現実と物語の区別がつかなくなる
そして、恋愛関係にあるドゥルシネーアに「必ず帰ってくる」と約束をし、「命がけで敵を退治する冒険に出るのだ」とアロンソは意気込みます(もちろん、ドルシネアからすれば何がなんだかわかりません)。

最後に、自分はアロンソ・キハーノではなく、由緒正しい騎士である「ドン・キホーテ」であると名乗ります。
こうしてアロンソは、現実と物語の区別がつかなくなってしまうのでした。
この文学『ドン・キホーテ』は、ひとつながりの物語ではなく、さまざまな短編で構成されていて、ある文庫では全6巻もある大長編になっています。
たいていのエピソードは、自分を騎士だと思い込んだドン・キホーテが次々とトラブルを巻き起こし、痛い目にあうもので、読者を笑わせてくれます。
たとえば、ドン・キホーテは、女性が男たちに護衛されながら歩いているのを見て、勝手に「女性が男たちに誘拐されそうになっている」と勘違いします。
彼は自身の活躍の場がほしいがゆえに、現実を無理に解釈し、「今こそ正義の騎士の登場するタイミングだ」と言わんばかりに、彼女を助けようとします。
■惨めだけれども読者からすれば笑える
ところが、ドン・キホーテによる人助けの行為は的外れどころか迷惑になり、結局、その護衛たちにボコボコにされてしまいました。
惨めだけれども読者からすれば笑える、そんなエピソードが続きます。
とはいえ、この物語は意外に残酷なラストを迎えます。
ある事件をきっかけにして、「ドン・キホーテ」は自分が騎士でないこと、またこの時代が騎士など存在する時代ではないということを悟ってしまいます。
それ以来、ドン・キホーテことアロンソ・キハーノは、体調を崩します。
その後、正気を取り戻すとともに、これまで繰り広げてきためちゃくちゃな行為を恥じ、やがて彼は息を引き取ります。

この古典教養が救ってくれる人

・新しいことにチャレンジしようとしている人

・周りの目が気になって、一歩が踏み出せない人

・目標を立てたものの、実現できないと諦めている人
■メンタル修行の旅で、自分に「設定」を作った
ドン・キホーテことアロンソは、現実の世界を理想の世界に無理やりあてはめようとするために、トラブルが絶えません。
アロンソはそのたびに痛い目にあいますが、痛い目にあっても立ち直るのが早い。
アロンソは本当の意味で「痛い」おじさんなのです。
この物語は喜劇だけではなく、悲劇であるとも解釈されています。
勘違い老人が起こすトラブルを単に笑うのであれば喜劇ですが、現実を直視できない人間の無様な姿だと捉えれば、それは悲劇だからです。
さて、僕自身のことをお話しさせてください。
僕はある先輩に鍛え上げられた後、大阪支社に配属されました。
縁もゆかりもない大阪への転勤でしたが、住めば都。
僕は大学時代、マジシャンとして働いていた経験があったので、挨拶代わりにマジックを披露したところ、大阪の人達から、大きな反応をいただきました。
人間関係がよければ、仕事も楽しくなります。
特に、僕が没頭したのは新規営業という業務ですが、この新規営業とは誰もが好んでやりたい仕事ではなく、電話帳片手に電話をかけ続け、数十件電話をして、やっとのことでアポイントが取れるというものです。
■もっと強くなろうと考えた
新規営業でクライアントを獲得するにはメンタルの強さが必要なので、新規営業が得意でない営業マンは断られ続けることでメンタルを病んでしまいます。

あるとき僕は、メンタルを強くするために、「マレーシアに行き、路上で現地の人に声をかけ、マジックを見せる」ということを思いつきました(なぜマレーシアかというのも、思いつきです)。
そして、「100人に見せるまでは日本に帰らない」という目標を掲げました。
ただでさえ忙しい業務の中で長期休暇をもらう必要がありましたが、当時の上司は、「宮下、お前、おもろいな~」と笑って、そのチャレンジを応援してくれました。
僕はトランプを携えて、マレーシアに向かいました。
到着早々、宿に荷物を置いてトランプだけを持ち、さっそく道端で現地の人に声をかけはじめます。
しかし、当然、見てくれません。
数十人に断られ続けると、気が滅入ってきます。
1日目は、ほぼ成果を出せませんでした。
そして、2日目。
朝の時点で、気持ちは暗澹(あんたん)としていましたが、仕事場でもSNSでも目標を宣言した手前、成果を上げないまま帰国するわけにもいきません。
ところが、そんなとき、僕を救ってくれたのが、ドン・キホーテの眩しい姿でした。
■痛い目にあっても、一切反省しない
ドン・キホーテことアロンソ・キハーノは、普通であればとんでもなく恥ずかしいことを、「自分は騎士である」と信じて難なく行動しています。

大長編『ドン・キホーテ』で有名なのは、風車のシーンです。
ドン・キホーテは風車を見て、それを巨人だと思い込みます。
従者は、彼に対し、頭がおかしくなったのかと思い(実際おかしくなっているのですが)、ドン・キホーテを止めようとします。
「ご主人、あれは誰が見ても巨人ではなく、風車ですよ!」
しかし、その忠告に耳も傾けず、ドン・キホーテは全速力で風車に衝突します。
彼の中では巨人に攻撃したつもりでしたが、風車の巨大な羽に跳ね返されて、ドン・キホーテは馬もろとも吹っ飛ばされてしまいます。
それでもドン・キホーテは、まだこんなことを言い張るのです。
「違う。これは巨人が風車に姿を変えたのだ」。
このように痛い目にあっても、反省することなく、現実世界を騎士道物語の世界に当てはめ続けるのでした。
■自分だけの物語を勝手に創り上げ、その主人公になる
僕がマレーシアでしていることも、難易度としては風車にぶつかるようなものです。
そもそも異国の地に行き、片言の英語で、100人の人にマジックを見せようとすること自体が狂気の沙汰です。
でも、それを自分でも狂気の沙汰だと思ってしまえば、この挑戦は終わりです。

僕は「今こそドン・キホーテの精神を見習い、自分だけの物語を勝手に創り上げ、その主人公にならねばならない」と気づきました。
そこである方法を思いついたのです。
僕は映画『スターウォーズ』が好きなのですが、この映画の冒頭には、メインテーマの音楽に乗せて、銀河系の黒いバックに、黄色い文字で下から上に流れるように、これまでのあらすじが三段落表示されます。
このあらすじが、これから展開される物語に対する期待を高めていきます。
たとえば、1977年公開の『スターウォーズ』1作目のエピソード4「新たなる希望」の冒頭は「時は内乱のさなか」で始まり、次のような内容が続きます。
「反乱軍の宇宙船は、奇襲を仕掛け、初めての勝利を収めた。
その最中、反乱軍のスパイは、恐るべき究極兵器『デススターの設計図』を盗み出した。
この設計図を預かったレイア姫は、人民を守り、平和を取り戻すために宇宙船で祖国の星へと急ぐ……」

僕はこれを真似することにしました。
■「ある秘策」と書くことで、何か策を思いつく
手近なカフェに入店し、今自分が置かれている状況を、自分が主人公のように書き換えて、次のように三段落分の文章を創ったのです。
時は2014年。宮下は新規営業に必要なメンタルを培うべく、異国の地マレーシアに降り立った。彼の目標は現地の人々100名にマジックを披露すること。
しかし、実際に挑戦してみると、多くの人間は彼を警戒し、誰もマジックを見ようとはしてくれない。一度は、彼の心も折れそうになった。
だが、宮下は公言した目標を達成するために、諦めるわけにはいかなかった。
そして、ついに彼は「ある秘策」を実行するのであった……。

これを「スターウォーズ」のメインテーマの音楽をイヤフォンで聞きながら、黙読しました。
あらためて考えると、だいぶおかしい奴です。
しかし、実際やってみると、不思議と力が湧いてきて、自分が「とんでもないチャレンジに立ち向かう正義の戦士」のように思えてきました。
ちなみに、「ある秘策」と書きましたが、実際にはなんの策もありません。
こう書くことで、何か策が考えつくだろうと思っただけです。
2日目のチャレンジが始まり、主人公へと様変わりした僕でしたが、相変わらず断られたり、逃げられたりするばかりでした。
しかし、そんな困難に直面するほど、ますます物語の主人公のように錯覚しました。
というのも、物語の主人公というのは、困難に遭遇して、はじめて成長するものだからです。
■思い込みの力は、こんなにも強力だった
数撃てば当たると言いますが、拒否されることを恐れずに声をかけ続ければ、見てくれる人もちらほらとあらわれます。
やがて、本当に「策」を思いつきました。
それは、夜の飲み屋界隈で、店員にマジックを見せるというものです。
飲み屋に行き、店員にマジックを見せて、その店員が興味を示すと、ほかの客に僕を紹介してくれるようになりました。
あるときは、レストランのコック含めて、全員が僕を取り囲んで、マジックを見てくれて、ギャランティとして、お酒や料理をごちそうしてくれました。
ついには、「明日もここに来て、マジックをしてくれ」と頼まれるほど。
結果的に、100人という目標は優に超え、その3倍ほどの人達にマジックを披露することができました。
当時出会った人たちとは、今でもSNSで繋がっています。
5日間ほどの滞在を終え、日本へ帰りました。
これまで「この世界は自分用ではない」と思っていましたが、新規のアポイントを取る際は、自分を主人公であると設定する「この世界は自分用である」という見方を一時的には信じていいのだと確信しました。
何か新しい世界をこじ開けようとするとき、ドン・キホーテの精神はきっと役に立つことと思います。

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宮下 友彰(みやした・ともあき)

古典教養アカデミー学長

1987年、埼玉県出身。学生時代より、哲学・文学・思想の本が好きで、数百冊を読み漁る。早稲田大学政治経済学部を卒業後、博報堂グループの広告代理店に入社。仕事で壁にぶつかるたび、かつて読んでいた哲学・文学・思想の言葉を思い出し、自分を奮い立たせてきた。のちに退職し、2019年、採算度外視で、教養を学ぶサービス「古典教養アカデミー」を大阪天満橋にオープン。2020年、コロナにより、全面オンラインに移行、2022年YouTubeチャンネル開設(登録者数3500名)。日本政策金融公庫、佛教大学、京都先端科学大学などで講演実績あり。

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(古典教養アカデミー学長 宮下 友彰 イラストレーション=さこうれい子)
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