創業300年以上の和菓子店・赤福では、若手社員を対象にした茶道研修を50年以上続けています。

効率やスピードが重視されがちな時代に、なぜ赤福は人材育成の場に茶道を取り入れてきたのか。
和菓子文化の背景にある日本文化や、おもてなしの精神を学ぶこの研修は、赤福の人づくりの一つとして受け継がれてきました。

今回行われた茶会は、昨年4月から約1年間、全20回にわたる稽古の集大成として開かれたものです。一席のなかに表れた受講生たちの所作や言葉をたどりながら、赤福が大切にしてきた人材育成のかたちを見つめます。

赤福が50年以上続ける茶道研修とは 人材育成の場に“茶のこころ”を取り入れてきた理由



一年間の稽古の集大成となる茶会

茶会の会場となった広間には三つの風炉・釜が設えられ、受講生たちは着物姿で席に入りました。今回の茶会では、一人だけが茶を点てるのではなく、受講生全員が交代でお手前を担当し、客として席に入った社長をはじめ、取締役、執行役員をもてなしました。

一人ひとりが学びの成果を所作で表しながら、全員で一席をつくり上げていく――それが、この茶会の特徴です。

静かな広間には、茶筅の音が響きます。受講生たちが一つひとつの所作を丁寧に進めるなか、窓の外からは鳥のさえずりも聞こえ、春の訪れを感じさせる穏やかな時間が流れていました。

研修を指導するのは、茶道裏千家名誉師範の淺沼宗博氏です。水屋では若い世代とも和やかに言葉を交わし、和気あいあいとした雰囲気の中で準備が進みますが、ひとたびお点前が始まると空気は一変します。表情は引き締まり、広間には凛とした清浄な空気が広がります。

受講生たちにとって、この日の茶会は、作法を身につけたかどうかを示す場である以上に、一年間の学びが自分のふるまいにどう表れるかを確かめる場でもありました。最初は道具の扱いや動きの順序を覚えることに精一杯だった社員も、稽古を重ねるなかで、所作の一つひとつが相手への配慮につながっていることを少しずつ実感していったといいます。


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受講生に贈られた言葉「游心」

今回の茶会で受講生に贈られた言葉は「游心(ゆうしん)」です。この言葉は、淺沼氏が茶道裏千家名誉師範となった際に贈られたものだといいます。

吉川英治の小説『宮本武蔵』の一節にも通じる言葉で、修行を重ねた先に、新しい自分へと歩み出す心を表すものとして、この一年の研修を終えた受講生たちに贈られました。

赤福が50年以上続ける茶道研修とは 人材育成の場に“茶のこころ”を取り入れてきた理由


茶会では、五十鈴茶屋の職人がこの日のために特別に製作した和菓子「花包み(はなつつみ)」が茶席に添えられました。卒業の花束をイメージした練り切り菓子で、五十鈴茶屋の若手社員が考案したものです。一年の節目となる茶会を彩る菓子にも、次の世代の感性が生かされています。

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茶道研修で学ぶ、作法の先にあるこころ

研修の最後には、受講生一人ひとりが「立志状」を読み上げ、人事部長へ手渡します。茶道研修を通して学んだことを、これからの仕事の中でどのように生かしていくのか。それぞれが自らの言葉で決意を表明しました。

立志状では、所作の一つひとつが相手への配慮につながっていることや、無駄な動きや物音にも気を配りながら、一服のお茶に心を尽くすように、日々のふるまいにも心を込めることなど、受講生それぞれの気づきが語られました。

そうした学びを、日々の仕事の中でも、相手やその場に心を配り、感謝や思いやりが自然と伝わるふるまいへと生かしていきたい――立志状には、そんな決意が込められていました。

赤福が50年以上続ける茶道研修とは 人材育成の場に“茶のこころ”を取り入れてきた理由


この研修は、礼儀や作法を身につけるためだけのものではありません。和菓子をつくる会社として、日本文化の背景にある精神を理解し、それを日々の仕事やふるまいの中で体現できる人を育てることもまた、この茶道研修の大切な目的の一つです。




赤福の仕事は、和菓子をつくり、お客様に届けることにとどまらず、限られた時間の中でもお客様に心を配り、心地よい時間をお届けすることまで含まれています。

赤福で茶道研修が始まった背景には、九代目女将・濱田ゆきの存在があります。茶道に深い造詣を持っていた女将の考えから、この研修は社内文化として受け継がれてきました。和菓子と茶の文化は切り離せないものです。その背景にある精神を学ぶことは、和菓子をつくり、お客様に届ける者にとって、大切な学びでもあります。

茶会を見守った社長の濵田朋恵は、次のように語りました。

「一年間、一生懸命取り組んだ成果を感じました。穏やかで無駄のない美しい所作が、心地よい空間をつくっていることを改めて感じました。今回の学びを生かし、自信を持って前向きに仕事に取り組んでほしいと思います。」

技術や知識を身につけることはもちろん大切です。けれど、相手を思い、所作やふるまいを通して心を尽くすこと、その場に心を配り、心地よい時間を生み出すこともまた、赤福が大切にしてきた仕事の一つです。

一年間の稽古を終えた受講生たちは、茶席で学んだことを“特別な場の作法”としてではなく、日々の仕事の中に生かしていこうとしています。和菓子の背景にある文化やこころを、次の世代へ受け継いでいくこと――50年以上続く赤福の茶道研修には、その思いが込められています。


赤福が50年以上続ける茶道研修とは 人材育成の場に“茶のこころ”を取り入れてきた理由
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