過去にジャネール・モネイのサポートを務め、昨年のフジロックを沸かせたオデッサと同じCounter Recordsに所属する実力派シンガー・ソングライター、コナー・ヤングブラッドが4月に東京・大阪のビルボードライブで初来日公演を開催する。世界中を旅した経験をもとに制作された2018年のデビューアルバム『Cheyenne』で注目を集める逸材について、『Jazz The New Chapter』シリーズの監修で知られる柳樂光隆に解説してもらった。


─コナー・ヤングブラッドにまつわる記事を読むと、ボン・イヴェールやスフィアン・スティーヴンスとよく比較されているじゃないですか。静謐かつモダンで尖ったシンガー・ソングライターの系譜というか。

柳樂:初期の音源とか、典型的なボン・イヴェールのフォロワーって感じだもんね。声の加工処理、オートチューン~デジタル・クワイアな手法も含めて。

─で、ゼーン・ロウやジャイルス・ピーターソンのような目利きDJも彼をフックアップしたり、Spotifyのプレイリストから人気に火がついた流れもある。フォーキーかつドリーミーな音楽性だけに、彼の好きなコクトー・ツインズみたいに「夜のBGM」としての需要もあるでしょうし。


柳樂:チル系のプレイリストでしょ、「星空の下で」みたいな(笑)。

─その辺だけ切り取ると、”ストリーミング時代が生んだ才能”みたいに映るかもしれない。でも、『Cheyenne』ってだいぶ変なアルバムじゃなかったですか? 優等生っぽいイメージとは遠くかけ離れた、得体の知れないムードがあるというか。

柳樂:そうなんだよね。コナーはテキサス州ダラスの出身で、今はナッシュビルで活動しているアメリカの黒人青年なんだけど、そういう出自と実際のサウンドがどうも噛み合わないというか。マッチョさの欠片もない、どちらかといえばフェミニンな感じもアメリカっぽくないし。


─カントリーの要素が少しだけあるけど、あんまりテキサスっぽい音ではないですよね。最近のドリームポップ系バンドだと、シガレッツ・アフター・セックスもテキサス出身で。「土地性を感じさせない音楽」という点では、彼らに通じるところもある。

柳樂:土地やコミュニティ、そこに住む人とのつながりを感じない。”自分の中から湧いてきた音楽”っていう感じがします。実際、どういう音楽ジャンルかもよくわからないし、その不明瞭な感じが面白いですよね。
サウンド・デザインも独特で、メロディにはシャーデーの要素も感じられる。ぜひ聴き比べてほしいんだけど、コナーの「Lemonade」って曲と、シャーデーの「By Your Side」のメロディが本当にそっくりで。

─ウィスパーボイスで歌う感じもシャーデーやライ的だし、アメリカよりもヨーロッパっぽいというか。

柳樂:そうそう。エモーションを強調するんじゃなくて、サウダージというか灰色なサウンドを奏でているのもUKっぽい。リズムの情報量は抑えぎみで、シンプルで甘く柔らかい歌モノになっていますよね。
そういうところは近年のプログレッシブなR&Bよりも、昔のネオアコとかインディーロックのほうが近い気がします。「レディオヘッドとか好きそう」みたいな曲もいっぱいあるし。でも、全体的にはブラック・ミュージックが好きな感じもうっすら入ってるんですよね。

─『Cheyenne』ではギターやベースから、コントラバス、トランペット、クラリネット、ホルン、タブラ、TR−808まで、すべてコナーが自分で演奏/多重録音しているそうです。

柳樂:ローファイでオタクっぽい音楽性ですよね。それに「ひとり感」が半端ない。
「ドラムだけ友人のミュージシャンに叩いてもらった」とかじゃなくて、完全に全部ひとりでやっているわけじゃないですか。彼が好きなようにサウンドを組み立てているから、ちょっと変な音像になっているんですよ。同じくひとり多重録音がベースになっているカート・ローゼンウィンケル『Caipi』とかもそうなんだけど。あと、音楽の作り方はDIYなんだけど、サウンド自体は妙に開かれていて。いわゆるベッドルーム録音っぽい感じがまったくしない。

─その話でいうと、このアルバムは世界中を旅したコナーが、その道中で受けた影響から曲作りが進められたそうです。


柳樂:ひとりで作っているのにクローズドな感じがしないのは、旅をしながらアイディアを練ってきた影響も大きいんでしょうね。同じ宅録のひとり多重録音でも、ポール・マッカートニーの『McCartney』やエミット・ローズ、初期のベックでもいいけど、そういう昔ながらのDIY作品とは音像がまったく違う。もっとサウンドスケープっぽいというか、幻想的で広がりがある感じがします。強いて挙げるならシュギー・オーティスとか?

ポール・マッカートニーの1970年作『McCartney』収録曲「The Lovely Linda」

シュギー・オーティスの1974年作『Inspiration Information』収録曲「Island Letter」

─自分の殻に閉じこもるのではなく、どこにもない架空の世界を探してる感じがしますよね。例えば、ボン・イヴェールのデビュー作『For Emma, Forever Ago』には”山小屋で作った失恋アルバム”という切ないバックグラウンドがあったわけですが、コナーの場合はそういうナイーヴな感じが希薄というか……。

柳樂:すごくリア充っぽいでしょ。ボン・イヴェールやジェイムス・ブレイク、フランク・オーシャンには、あんまり幸せじゃない人に寄り添う音楽みたいなところがあるけど、コナーの場合は誰にも寄り添ってない感じがする。むしろ、思い切り人生を満喫していますよね。『Cheyenne』のジャケット写真でも隅っこの方でピースしてるし(笑)。

─たしかに、「今が人生で一番ハッピー!」って感じのピースですね(笑)。

柳樂:このジャケは秀逸ですよ、湖と山の構図もいいし。

ザ・バンドとボン・イヴェールを繋ぐ逸材、コナー・ヤングブラッドが新しすぎる理由

『Cheyenne』のジャケット写真

─コナーがちっちゃく写ってるのも今っぽいですよね。自分よりも風景をアピールしているというか。昔のシンガー・ソングライター作品だと、主役が真ん中にドンっと写っていたじゃないですか。

柳樂:Twitterよりもインスタ映えを気にしている感じね。そこもリア充っぽい(笑)。

─コナーは名門イェール大学の出身なんですけど、彼の経歴で興味深いのが、大学時代にザ・バンドの論文を書いていたこと。本人曰く、カントリーからロックまでつなぎ合わせるソングライティングが好きだったとか。

柳樂:『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』を改めて聴くと、サウンドの構造がちょっと変で。ヴォーカルが必ずしも前に出ているわけでもないし、音自体は生々しく録れているんだけど、どこか質感がおかしかったりする。その感覚は『Cheyenne』にも通じるものがあると思うんですよ。ローファイでぼんやり霞んだ音像もそうだし、音の位置関係も変わっている。ドラムの音がやたら前のほうにあったり、すごく後ろのほうからハミングしている声が聴こえてきたりとか。

ザ・バンドの1968年作『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』収録曲「I Shall be Released」

─2曲目の「Los Angeles」でシャカシャカ鳴ってるタンバリンもそうですよね。多重録音を駆使しつつ、生音をどうやってシンフォニックに聴かせることに注力しているというか。

柳樂:そうなんですよ。基本的にすごくオーガニックだし、音にもヒューマニティがある気がします。コナーはトランペットやクラリネット、コントラバス、ホルンとか、あえて人間っぽい不安定で温かみのある音を入れたい人ですよね。デジタルな感覚はあまり強く出したくないというか。そこもナチュラリストっぽいし、ジャケットの感じに通じるものがある。

─ボン・イヴェールの近作や、彼のフォロワーたちが持つテクスチャーがデジタル寄りなのに対し、アナログでオーガニックな音作りにこだわっているのはコナーの個性と言えるのかも。

柳樂:たしかに。ヴォーカルもやっぱり特殊で、基本的に良いとされるものって、エモーショナルで聴き手に直接語り掛けてくるようなものじゃないですか。でも、この人の場合はスクリーンをあいだに挟んでるような感じがするんですよ。歌声がクリアじゃないというか、ちっとも語り掛けてくれない感じ。もしかしたら、歌とかメッセージよりも、サウンドそのものを届けたいのかもしれないですよね。そこもすごくザ・バンドっぽい。

─ザ・バンドの特異でオーガニックな音楽性を、DTM以降の感性でもって「ひとり」でコントロールしようと。そんなふうに『Cheyenne』を解釈すると、なんだか物凄いアルバムのように思えてきます。

柳樂:しかも、途端にアメリカのルーツ・ミュージックっぽく思えてくるというね。だけど一方で、南米のサウダージっぽい感じもするんですよ。アルトゥール・ヴェロカイのようなブラジリアン・メロウ・サイケにも通じるフィーリングがあるというか。

─あと、『Cheyenne』には「Stockholm」や「The Birds of Finland」など、北欧の都市をイメージしながら作られた曲も収録されています。

柳樂:音楽性でいうと、スウェーデンのスティーナ・ノルデンスタム辺りにも通じる部分がありますよね。繊細だけど開放感があるサウンドはたしかに北欧っぽい。こうやって掘り下げていくと、越境的なセンスをすごく感じますよね。とんでもないバランス感覚を持っている人なんだろうな。

アルトゥール・ヴェロカイの1972年作『Arthur Verocai』収録曲「Pelas Sombras」

スティーナ・ノルデンスタムの1994年作『And She Closed Her Eyes』収録曲「Little Star」

─こうやって話していると、コナーの人物像にも興味が湧いてきますね。アッパーなのかダウナーなのか、本当にリア充なのか。

柳樂:「Whats Up Man?」みたいな感じではなさそうだけど、その可能性もあながち否定できないというか(笑)。

─ちなみに、彼の祖父はアフリカ系アメリカ人で、父親は人種差別に対する抗議運動をしていたそうです。コナーは学生時代にアメリカ研究をしていたそうですけど、そんなバックグラウンドも彼のアイデンティティに大きな影響を与えているんだとか。

柳樂:『Cheyenne』というタイトルも、ネイティヴ・アメリカンの「シャイアン族」に由来しているんですよね。そういうスピリチュアルな文脈も含めて、今の流行でいうとニューエイジっぽい感じもある気がします。

─というと?

柳樂:LAシーンの重鎮に、カルロス・ニーニョという音楽家がいるんですけど、彼は2010年代に入ってから、ヤソスっていうニューエイジのパイオニアと一緒に活動しているんですよ。要するに、ヒッピー・カルチャーから連綿と続く、本格的にスピリチュアルな人たちがやってるメディテーション音楽ですよね。

あとは、今年に入ってリリースされたコンピレーション『Kankyo Ongaku: Japanese Ambient Environmental & New Age Music 1980-1990』や、モーゼス・サムニーもよく聴いていると語っていた電子音楽家の吉村弘など、日本産のアンビエント/環境音楽が海外で再評価されている流れがありますけど、そういう近年のトレンドともコナーの音楽は噛み合ってる気がします。

ヤソスの1975年作『Inter-Dimensional Music』のタイトル曲

『Kankyo Ongaku~』に収録された吉村弘「Blink」

─言われてみれば『Cheyenne』のジャケとか、アルバムの随所で聴こえるシンセの音色もかなりニューエイジっぽいですね。

柳樂:これは先日、ニューヨークに行ったときに聞いた話なんですけど。今ってシリコンバレーとかで働いてるアメリカ人のエリートが、コロラド州のボルダーにめっちゃ移住してるらしいんですよ。ボルダーって高地トレーニングとかで有名な、本当に何もない場所で。

─大自然に囲まれたロハス発祥の地ですよね。

柳樂:そうそう。最近のアメリカではメンタルヘルスの問題が深刻で、Netflixの『KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~』が流行っているのも、そういうスピリチュアル方面の需要があるからですよね。そんな背景もあって、本当に何にもないボルダーにみんな行っちゃうから地価も上がってきているそうです。

─へえ、おもしろい。

柳樂:あと、これもアメリカに行ったときの話で。「Greenlight Bookstore」っていう、インディペンデントな出版物とか、尖った内容の本を売っている有名な本屋があるんですよ。そこの音楽書のコーナーにサン・ラと並んで、アリス・コルトレーンの伝記が面陳してあって。レコード屋に行っても、アリス・コルトレーンの再発盤がめちゃくちゃ置いてあるんですよ。

─最近リリースされたソランジュの新作『When I Got Home』にも、アリス・コルトレーンは大きな影響を与えているみたいですね。

柳樂:女性でアフロ・アメリカンということに加えて、東洋思想やインド音楽に影響を受けているのが大きいんだと思います。(夫の)ジョン・コルトレーンがインドにハマったきっかけも彼女だと言われているけど、そのスピリチュアル感が今のアメリカ人をヒットしているんでしょうね。そのアリスのオリエンタルでサイケデリックな部分は、近年再評価されてるアンビエント~ニューエイジの巨匠ララージとかにも通じる部分があると思うんですよ。

アリス・コルトレーンの1971年作『Journey in Satchidananda』のタイトル曲

─今の話は、イェール大学出身のエリートであるコナーが、心の安らぎと美しい自然を求めて世界を旅したのと通じるものがありそうですね。そんな時代のサウンドトラックが『Cheyenne』だという見方もできるのかもしれない。

柳樂:冒頭のほうで「ひとり録音なのに開かれている」という話をしましたけど、このアルバムがもつオープンな雰囲気やオーガニック志向は、スピリチュアルなものに癒しを求める世相ともリンクしている気がします。そう考えると、コナーは新しい時代のシンガー・ソングライター作品をひと足先に作ってしまったのかもしれないなって。

─つまり、”早すぎた”アルバムなのかもしれないですね。

柳樂:いずれにせよ、尖った音楽が好きな人に届いている感じがしないのはもったいないですよ。これは極端な例かもしれないけど、90年代だったら坂本慎太郎の音楽からピーター・アイヴァースを掘り下げたり、ガスター・デル・ソルとか山本精一の音楽を愛聴していたようなリスナーが、2019年にコナーを聴いてみるのもいいんじゃないかな。

─今度のライブはどんな感じになるんでしょうね。ベーシストを迎えた二人編成とのことで、コナーがいろんな楽器の音を重ねながら歌うスタイルなのかなと思いますけど。

柳樂:開かれた場所にも合う音楽だし、ビルボードでじっくり聴き浸るのも良さそうですよね。どうしても音像とか音響に意識が引っ張られちゃうけど、メロディも上質だしファルセットも綺麗じゃないですか。そういう素の部分が際立つパフォーマンスを期待したいですね。

─たしかに、ライブによってソングライティングの良さが浮き彫りになるかもしれない。

柳樂:コナーはいい声しているし、今後はフィーチャリング参加もどんどん増えていきそう。いろんな話をしましたけど、あんまり難しく考えないで、最高のBGMとして楽しむのが正解かもしれないですね。

コナー・ヤングブラッド来日公演

〈東京〉
4月15日(月)ビルボードライブ東京
詳細:http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=11296&shop=1

〈大阪〉
4月17日(水)ビルボードライブ大阪
詳細:http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=11298&shop=2