これまでに数多くの名ライブが繰り広げられてきたビルボードライブ。いまや日本の音楽シーンにおいて欠かせないヴェニューの歩みを、開業15周年の節目に振り返る。


ビルボードライブ15年の歴史 スティーリー・ダン、バカラック、井上陽水からMISIAまで


レジェンドへの徹底した拘り

2007年夏、世界標準のライブレストランとして東京と大阪にオープンしたビルボードライブ。世界トップレベルのシステムによる豊かな音響、上質かつ快適な空間、様々な調理法を熟知したシェフによる料理、選りすぐりのドリンクが、数多くの音楽ファンの愛と信頼を得てきた。そして言うまでもないが、その核となるのが、日本を含む世界の豪華アーティストたちによるライブ・パフォーマンスだ。ジャンルは多様。大きなホールを満杯にできる超一流アーティストのスペシャルなライブも、これまでいくつも行なわれてきた。この場所でのライブが話題を呼び、それをステップとして大きく羽ばたいた新鋭アーティストも数多くいた。


そうして2022年8月に15周年を迎えたビルボートライブは、どのように始まり、どのようにブランド付けをし、どういった方向性でアーティストを招聘して、どのように歴史を積み上げてきたのか。企画・制作部長の長﨑良太氏に話を聞いた。

Billboard Live TOKYOの会場写真

ライブレストランでは、ブルーノート東京のオープンが1988年、コットンクラブが2005年。いずれもジャズを柱としていたが、2007年オープンのビルボードライブは、それとは異なる色付けをする必要があった。

「昔は元気だったジャズ・ジャイアンツと呼ばれるミュージシャンがどんどん亡くなって、ジャズという音楽だけでビジネスするのは難しい時代になった。それで外資のいろんなブランドと一通り交渉して、ようやくビルボードのマスターライセンスを弊社(ビルボードライブを運営する阪神コンテンツリンク)が獲れるってなったのがオープンの数年前でした。
当初からR&Bをやったり、サザンソウルをやったり、AORをやったり、フュージョンをやったり。ジャズの括りにとらわれなかったことが、むしろビルボードの強味だったかもしれないですね。得意ジャンルはあるけど、これ!と限定することなく、とにかく”いい音楽”を聴いてもらおうというのを大事にした。流行っているかどうか、売れているかどうかではなく、いい音楽かどうか、かっこいい音楽かどうか。スタートしたときからそこはぶれずに追求してきました」

初めの10年は、特にそのことを意識したブッキングをしていたそうだ。

「何もないところからスタートしたので、国外の一流アーティストを次々に呼んでブランドを作るしかなかった。
赤字を出してでも凄い人を呼ぶということをしていました。2012年のバート・バカラックとかね。そういうレジェンドはなんとしてもうちがやるという意識を強く持っていました」

しかしレジェンドであるほど、チケット料金が高額になるという面もある。

「オープンした2007年のジェーン・バーキンが3万円。2015年のローリン・ヒルは4万2千円でした。いや、ローリンは大変でしたよ。
開演が(予定の)2時間近く押しましたからね。同年のジョス・ストーンも2万円台だったかな。チケット代は大体ギャランティに比例するもので、その料金に値するだけの価値があるかどうかを見定めるのも我々の仕事。もちろん、それだけの価値があるから呼んでいるわけです」

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ミセス・ローリン・ヒル(2015年)

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エリカ・バドゥ(2017年)

ブッキング秘話と独自の信念

一方でこんなケースもある。ビルボードライブの記念すべきこけら落とし公演は、6年ぶりの来日となったスティーリー・ダンだったのだがーー。

「裏話をすると、実は当初ドナルド・フェイゲンのソロを交渉していたんです。
で、それが決まったんですけど、告知する段階でウォルター・ベッカーも一緒に来ることになった。それってスティーリー・ダンじゃん!っていう(笑)。そういうラッキーなことがたまにあるんですよ」

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スティーリー・ダン(2007年)

スティーリー・ダンによるこけら落としは大きな話題を呼び、まさしくビルボードライブのブランド付けにも繋がった。がしかし、その10年後にウォルター・ベッカーが死去。ビルボードライブのあの公演が、日本のファンが観ることのできた最後となった。そういったケースはほかにもある。


「これもオープンの2007年ですが、アンリ・サルヴァドールを呼ぶことができた。でも公演の半年後にお亡くなりになられたんです。ジョー・サンプルも、ハンク・ジョーンズも、日本での公演が最期になってしまったアーティストは数多いですね。萩原健一さんも亡くなられる数カ月前にライブをしてくださいました。あと、個人的に印象深いのが松原正樹さん。長らく活動休止状態にあった伝説のバンド、PARACHUTEが復活してビルボードライブで公演し、みんな楽しかったみたいで、翌年もやってくれたんです。でも2016年に正樹さんが亡くなられた。僕は正樹さんのトリビュートをPARACHUTEでやりませんかという話を斉藤ノブさんにしたんですが、”正樹なしでPARACHUTEは絶対にやらん!”という回答がきまして。断られたけど、その言葉にはグッときちゃいましたね」

2009年以来度々出演した小坂忠は2022年も公演する予定だったが、結局最期の公演はできなかった。s-ken & hot bombomsは2022年7月に久々の出演を果たしたが、キーボードの矢代恒彦(パール兄弟ほか)にとって、それが最期のステージになってしまった。観るべきライブは躊躇せずに観ておくべきということだ。

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ダン・ペン&スプーナー・オールダム(2019年)

ほかの招聘元がそうそう呼ばない伝説的なミュージシャンや、もう何十年も来日していなかったミュージシャンのライブを観ることができるのも、ビルボードライブのいいところだ。

「そこはひとつの強味です。例えば2018年のカーラ・トーマス。初来日だったので、”よくぞ呼んでくれた!”という声をたくさんいただきました。2019年のダン・ペン&スプーナー・オールダムも多くの人に喜んでもらえましたね。ほかの招聘元はサザンソウルをあんまりやらないでしょ?」

90年代にピークを迎えたR&Bシンガーも、ビルボードライブのあの空間によくマッチする。

「メロウなR&Bはオープン当初から意図的に多くやっています。Joeとか、K-CI & JOJOとか。ベイビーフェイスも呼びました。90年代R&Bは根こそぎ呼びましたね(笑)」

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Joe(2007年)

また、クリスマス時期と言えばスタイリスティックス、年末カウントダウン・ライブと言えばアレステッド・ディベロップメントやアル・マッケイ・オールスターズといったように、同じ時期に度々来て盛り上げてくれるグループもいる。

「アーティストの年間スケジュールというものがあるから、大体同じ時期のほうが収まりがいいし、”この時期は空けといてね”と早くに約束できるんです。アレステッドは毎回気持ちの入ったライブをしてくれますね。アル・マッケイ・オールスターズも頻繁に来てくれていますけど、ああいうディスコ系やファンク系はうちが一番多くやっているという自負がある。僕らの先輩ブッキング担当の代から、そこはずっと好きで脈々と受け継がれているDNAなんですよ」

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アレステッド・ディベロップメント(2008年)

一方、国内アーティストも当然のことながら拘りを持って選んでいると長﨑氏は話す。

「オープンした年の、初めての国内アーティストが井上陽水さん。翌年には細野晴臣さん、横浜のこけら落としはMISIAさんに出ていただきました。といってもベテランに拘っているわけではなく、2010年にはSAKEROCKとか。新しい才能を見つけることも大事にしています。Aimerは大ブレイクに至る前の2016年に出てもらいましたし、milet、Awesome City Clubも早くに出てもらった。さっきも言いましたが、流行っている・流行っていないではなく、僕らがいい!と思ったアーティストに声をかけるようにしているんです」

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井上陽水(2007年)

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Aimer(2016年)

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MISIA(2020年)

コロナ禍からの復活、この先の展望

さて、2022年に15周年を迎え、来日アーティストもまた増え始めた現在、長﨑氏はどんな感慨を抱いているのだろう。

「入場者数のピークを2018年に迎え、そこからはより外に広げていこうと北海道でジャズフェスをやったり、サマーソニックとコラボしたり。外に出まくろうとしてきたんです。その成果がちゃんと出て、じゃあ次の一手を打とうということでビルボードライブ横浜の準備にフォーカスし、こけら落としがバート・バカラックに決まって、オープニングシリーズにはSuperflyやロバート・グラスパーも決まっていました。ところがコロナで全て中止となり、実質2年くらいは動きが止まったような状態に。ピークの2018年から一気に谷に落ちて、そこからは回復のための数年間だったんです。それでようやく復活の道筋が見えたのが2022年だったので、そういう意味での感慨がありますね。不要不急みたいなことを言われ、自分たちの役割とはなんなのかともう一度問い直した上での15周年だったので。15周年記念をデイヴィッド・フォスターとザ・ルーツで祝ったんですけど、あれは感慨深かった」

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デイヴィッド・フォスター(2022年)

2023年3月にはリチャード・カーペンターの初登場も決定。ということで、これからがますます楽しみだ。最後に「いつかなんとしても呼びたいアーティスト」を長﨑氏に聞いてみた。

「アイズレー・ブラザーズですね。ロナルドが出所して10数年経つからビザは下りるはずなんです」

ニューアルバムも素晴らしかったので、これはぜひとも実現させてもらいたいところだ。

UPCOMING ARTISTS
ビルボードライブ 冬の注目出演アーティスト

春畑道哉
MICHIYA HARUHATA LIVE AROUND at Billboard Live 2023
SPRING HAS COME season2

ビルボードライブ15年の歴史 スティーリー・ダン、バカラック、井上陽水からMISIAまで


ギターインストの求道者が再び降臨

TUBEのギタリスト、春畑道哉が満を持してカムバック。2022年2月に開催された前回のBillboard Live ツアー「MICHIYA HARUHATA LIVE AROUND at Billboard Live 2022 SPRING HAS COME」は全公演ソールドアウト。大盛況を受けての「season2」でも引き続き、TUBEのサポートでおなじみのキーボード・宮崎裕介が脇を固め、日替わりゲストとしてギター・遠山哲朗、チェロ・水野由紀が出演する。今回のツアーもまた、シンプルな編成ゆえの奥深いアンサンブル、春畑による多彩なギタープレイで、インストゥルメンタル音楽の魅力をたっぷり楽しむことができそうだ。

大阪:2月4日(土)・5日(日)▶︎イベント詳細
横浜:2月22日(水)・23日(木・祝)▶︎イベント詳細
東京:2月26日(日)・27日(月)▶︎イベント詳細

Richard Carpenter
plays The Carpenters Greatest Hits and more Billboard Live 15th Anniversary Premium Live

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カーペンターズの兄が奇跡の初登場

カーペンターズとして、妹のカレンと共に一世を風靡した作曲家/編曲家/キーボード奏者、リチャード・カーペンターがビルボードライブ15周年を記念して初登場。「Yesterday Once More」
「Top of the World」といった70年代ポップスを代表する名曲を生み出し、グラミー賞の最優秀アレンジメント賞に計6度ノミネート。2021年10月には、カーペンターズの名曲をみずからピアノで奏でた23年ぶりの新作『Piano Songbook』をリリース。全10公演の貴重なステージでは、音楽史に残る名曲がレジェンドの手によって奏でられる。心ゆくまで堪能したい。

大阪:3月27日(月)▶︎イベント詳細
東京:3月29日(水)・30日(木)・4月1日(土)▶︎イベント詳細
横浜:4月3日(月)▶︎イベント詳細

Billboard Live TOKYO
〒107-0052 東京都港区赤坂9丁目7番4号 東京ミッドタウン ガーデンテラス4F
日比谷線・都営大江戸線「六本木駅」直結
TEL: 03-3405-1133

Billboard Live YOKOHAMA
〒231-0003 神奈川県横浜市中区北仲通5丁目57番地2 KITANAKA BRICK&WHITE 1F
みなとみらい線「馬車道駅」直結
TEL: 0570-05-6565

Billboard Live OSAKA
〒530-0001 大阪府大阪市北区梅田2丁目2番22号 ハービスPLAZA ENT B2
阪神「大阪梅田駅」・四つ橋線「西梅田駅」 地下通路直結
TEL:06-6342-7722

公式サイト:http://www.billboard-live.com/