インディーロックの歴史を語るうえで欠かせない〈Matador Records〉を大特集。90年代にペイヴメントやヨ・ラ・テンゴ、2000年代にインターポールを輩出した名門は今、スネイル・メイルやキム・ゴードン、ホースガール、そしてデヴィッド・バーンを迎え、新たな黄金時代を切り拓いている。
レーベルの歴史と「今」を一挙総括。
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期


What is MATADOR RECORDS!
序文:マタドール・レコードの25年史

〈Matador Records〉の歴史は1989年、設立者のクリス・ロンバルディが暮らすニューヨーク州トライベッカの自宅アパートから始まった。もともとの目的は、当時のNYで鳴っていた音楽を”記録”すること。レコードをDIYの手作業で組み立てながら、第1弾となったオーストリアのH.P.ジンカーを皮切りに、スーパーチャンクやレイルロード・ジャークといった地元バンドの作品を届けていった。

〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期
...And There Was Light, プライマリ, 1/5

〈Matador Records〉記念すべきカタログ番号1番、H.P.ジンカー『...And There Was Light』(1990年)

90年代にオルタナティヴ・ロックの熱狂が広がっていくと、ペドロ・アルモドバル監督の映画『マタドール〈闘牛士〉 炎のレクイエム』から拝借したレーベル名にふさわしい勇猛さでチャレンジングな作品群を放ち、USインディー・シーンの中心へと躍り出る。そして、今日的なインディー・ロックの青写真となった2つの金字塔──ひねた態度とヨレた演奏でロックの固定観念を解体したペイヴメント『Slanted & Enchanted』(92年)、ライオット・ガールの先駆者として女性アーティストの表現領域を押し広げたリズ・フェア『Exile in Guyville』(93年)によって、時代を方向づけるレーベルとしての地位を確立した。




ペイヴメント『Crooked Rain, Crooked Rain』(1994年)収録「Cut Your Hair」

その後も、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン『Orange』(94年)、ガイデッド・バイ・ヴォイシズ『Alien Lanes』(95年)、キャット・パワー『Moon Pix』(98年)といった名作の数々をリリース。今日に至るまで20作以上のカタログを発表してきたヨ・ラ・テンゴとの絆は、インディーならではのパートナーシップを理想的なまでに体現している。ピチカート・ファイヴ、コーネリアス、ギターウルフといった日本人アーティストを海外に紹介する窓口となり、ベル・アンド・セバスチャンの北米でのブレイクを後押しするなど、早い段階からグローバル・ネットワークを築いてきた点も見逃せない。


ヨ・ラ・テンゴ『I Can Hear the Heart Beating as One』(1997年)収録「Sugarcube」

2002年より〈Beggars Group〉と提携。2009年には〈True Panther〉を姉妹レーベルとして傘下に収めた。飛躍のゼロ年代には、インターポール『Turn on the Bright Lights』(02年)、ザ・ニュー・ポルノグラファーズ『Twin Cinema』(05年)、ガールズ『Album』(09年)などの人気作から、シアウォーター、テッド・レオ、ファックト・アップ、ジェイ・リータードといった実力派まで送り出したほか、ソニック・ユース解散前のラスト・アルバム『The Eternal』(09年)も発表している。


2010年代に入ると、パフューム・ジーニアス、ジュリアン・ベイカーとルーシー・デイカス(及びボーイジーニアスのデビューEP)、スネイル・メイルといった次世代シンガー・ソングライダーを続々と輩出。〈Matador〉の伝統を受け継ぐように、カー・シート・ヘッドレストなどのローファイ勢、サヴェージズやアイスエイジといったポストパンク・バンドも名乗りを上げた。2013年には、メジャーから移籍してきたクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジの『…Like Clockwork』が、バンド/レーベル双方にとって初の全米チャート1位を獲得。2017年には大物バンドのスプーンが、1996年のデビュー・アルバム『Telephono』以来のカムバックを果たした。

そして今日では、ソニック・ユース時代すら凌駕する挑戦的サウンドで衝撃を与えたキム・ゴードンに続き、トーキング・ヘッズのリーダーとして知られ、映画『アメリカン・ユートピア』で脚光を浴びたデヴィッド・バーンがまさかの合流。ホースガール、ライフガード、バー・イタリア、ウォーター・フロム・ユア・アイズといった新鋭たちがシーンを活性化させ、過去のレガシーと現在進行形の革新が同時に花開いている。

アパートの一角から始まったレーベルの美学は、設立から35年以上を経ても揺らぐことはない。すなわち売れるかどうかよりも、自分たちが信じる音楽を世に送り出すこと。〈Matador〉は今、新たな黄金期を迎えている。[小熊俊哉(Rolling Stone Japan)]



ALBUM GUIDE - Kim Gordon
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期
Kim Gordon / キム・ゴードンが3作目のソロ・アルバム『PLAY ME』を発表!収録曲「NOT TODAY」がミュージック・ビデオと共にリリース!

キム・ゴードン(Photo by Moni Haworth)

『PLAY ME』(2026)
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期
BEATINK.COM / PLAY ME


アメリカは、いや世界は、一体どうなってしまうんだろう──強大な権力を握る要人や大富豪たちにはもはや最低限の良識すら期待できず、不安と憂鬱に侵食される日々。それでもまだ生きている自分を確かめて、なんとか今日一日を終えることができるようにもがき続ける。キム・ゴードンは最新アルバム『PLAY ME』でも、そんな同時代を生きる人々の心象風景に馴染むサウンドを聴かせてくれる。


80年代初頭よりニューヨークを拠点に活動し、90年代のオルタナティヴ・ロックを牽引したソニック・ユースが解散してから、はやくも15年が過ぎた。回顧録『GIRL IN A BAND キム・ゴードン自伝』(2015)では、しばらくは音楽よりヴィジュアルアートを追求したいと綴っていた彼女だが、2019年に初のソロ・アルバム『No Home Record』をリリースして以来、音楽活動も思いがけずかつてない広がりと充実を見せている。2024年の2ndアルバム『The Collective』は、グラミー賞の最優秀オルタナティヴ・アルバム部門にノミネート。収録曲「BYE BYE」はTikTokでバズり、ソニック・ユースを知らない世代がこぞってショート動画に使用した。同年のフジロック・フェスティバルで披露された圧巻のパフォーマンスを記憶している人も少なくないだろう。

その勢いに乗って比較的短いブランクで届けられた最新作『PLAY ME』は、重いビートや不穏な不協和音を響かせながら、不思議と軽やかでポップな印象もある。3分以内の短い曲が大半を占め、クラウトロック的な疾走感のある「NOT TODAY」が最長でおよそ3分半。前作、前々作に引き続き、チャーリー xcx、スカイ・フェレイラ、イヴ・トゥモアなど優れたアート・ポップを数多く手掛けてきたジャスティン・ライセンと全面的にコラボレーションをおこなっている。

もとよりノイズとギター・サウンド、そして声の扱いは彼女が得意とするところだった。インターネットでポエトリー・ラップ的な表現の裾野が広がったこと、また人類が深刻な危機に瀕しているという現状認識を持つ人が増えたことで、結果的にアメリカの影を見つめ続けてきたキム・ゴードンの作品が以前より受け入れられやすくなっていると言えそうだ。まだまだその背中を追いかけ続けたい百戦錬磨のアーティストである。[野中モモ(翻訳者・ライター)]

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『No Home Record』(2019)
キム・ゴードンが40年近いキャリアで初めて発表したソロ作『No Home Record』。
ソニック・ユースの中心人物として築いた美学を基盤に、プロデューサーのジャスティン・ライセンと共にロサンゼルスで制作。鋭いカルチャー批評とユーモア、挑戦的なサウンド、水彩画のように揺らぐ声が交錯する。タイトルはベルギー出身の映画監督シャンタル・アケルマン作品に由来。再帰であり出発点でもある一枚。



『The Collective』(2024)
キム・ゴードンの2作目となるソロ・アルバム『The Collective』は、再びジャスティン・ライセンを迎えロサンゼルスで制作。ダブやトラップを大胆に取り込み、機材が軋むようなノイズとビートの上で、直感的な言葉のコラージュが炸裂する。ソニック・ユースで培った実験精神と批評性をさらに推し進め、現代的なビート感覚と結びつけた意欲的な作品。

ALBUM GUIDE - Snail Mail
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期
Snail Mail / スネイル・メイルが待望の3rdアルバム『Ricochet』を発表し、収録曲「Dead End」がMVと共にリリース!

スネイル・メイル(Photo by Daria Kobayashi Ritch)

『Ricochet』(2026)
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期


10代の衝動をヒリヒリとしたギター・サウンドにのせ、インディ・ロックの寵児として時代を牽引してきたスネイル・メイルことリンジー・ジョーダン。5年ぶりとなる3作目『Ricochet』において、彼女は過去の直感的なアプローチを脱ぎ捨て、驚くべきサウンドの洗練を遂げている。

特筆すべきは、その構築的な制作プロセスへの移行だ。これまでの弾き語りを軸としたスタイルから一転、本作ではまずピアノやギターでメロディを書き上げ、1年の歳月をかけてじっくりと音像を練り上げるという、”楽曲の核”を最優先する姿勢が貫かれた。プロデューサーのアーロン・コバヤシ・リッチ(マンマ、ホットライン TNT他)との協働で生み出されたのは、スマッシング・パンプキンズらに通じる90年代オルタナティヴ・ロックの重厚なグランジ・ゲイズ的テクスチャーと、楽曲にシネマティックな奥行きを与える美しいストリングス・アレンジ。
リード曲「Dead End」では、分厚くノイジーなギター・リフとシンガロングが交錯し、圧倒的なカタルシスを生み出している。さらに、声帯の手術を経て獲得した、力強くコントロールされたヴォーカルが、緻密なアンサンブルの中で瑞々しい明晰さを放ち、彼女のサウンドをかつてないスケールへと押し広げている。

そうしたサウンドスケープの洗練は、彼女の代名詞だった「Vulnerability(傷つきやすさ)」が、より普遍的で文学的な次元へと進化したことと呼応している。彼女はこれまでの私小説的な恋愛の痛みから離れ、「時間」や「死」、そして「愛するものが静かに手のひらからこぼれ落ちていく恐怖」という、より実存的な命題と対峙し始めた。ローラ・ギルピンの詩を引用した「Nowhere」や、天国の門番に死の恐怖を吐露する「My Maker」といった楽曲群は、もはや単なる個人の日記ではなく、ボブ・ディランやジョニ・ミッチェルが体現してきた「Confessional(告白型)」なソングライティングの伝統を、現代の孤独とともに再定義するものだ。自身の顔を排し、内省の探究と世界への広がりを象徴する螺旋状の貝殻を描いたアートワークが暗示するように、彼女は本作で若きインディ・スターとしてのエゴを脱ぎ捨て、より大きな命題を歌い上げようとしている。

緻密に構築されたサウンドの洗練と、剥き出しの告白を昇華させたリリックの成熟。この2つが見事に結実した『Ricochet』は、単なるインディ・ロックの枠組みを超え、連綿と続く”偉大なシンガー・ソングライターの系譜”へと彼女が足を踏み入れたことを物語る、記念碑的な傑作となった。[天井潤之介]

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『Lush』(2018)

スネイル・メイルことリンジー・ジョーダンが18歳で発表したデビュー作『Lush』。EP『Habit』で注目を集め、〈Matador Records〉と契約。先行曲「Pristine」はPitchforkでBest New Trackを獲得。90年代オルタナへの憧憬をにじませるローファイなギターと、等身大の葛藤を綴る歌詞が鮮烈に響く。
USオルタナ・シーンの若き才能の決定的第一歩。



『Valentine』(2021)

2作目『Valentine』は、全曲をリンジー・ジョーダン自身が手がけ、ブラッド・クックとの共同プロデュースで制作。タイトル曲を筆頭に、メロディアスで都会的なロックやR&B、アコースティックまで自在に横断し、恋愛と痛みを赤裸々に描く。デビュー作よりさらにダイナミックで成熟した表現へと踏み出した、飛躍を刻む一枚。



ALBUM GUIDE - ESSENTIAL

bar italia『Some Like It Hot』(2025)
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期
bar italia 最新アルバム『Some Like It Hot』はいよいよ明日発売! アルバム収録曲「omni shambles」を本日リリース! https://t.co/QTVqWJRtCU 初の大阪公演を含む来日ツアーのチケットは発売中 https://t.co/LPU8qv3Bxz


バー・イタリアは1959年の映画のタイトルを拝借した本作で”世界で最も良い普通のバンド”という矛盾した地点に立つ。それが意図的かどうかは、最後までわからない。

ディーン・ブラント主宰〈World Music〉の匿名性の美学を掲げ暗闇で演奏していたシャイな三人組は、〈Matador Records〉移籍後160公演以上のツアーを経て、大型フェスで堂々と鳴らすライブバンドへと変貌した。特別ぶらずに、ガレージロックやポスト・パンク、ブリットポップを無造作に混ぜ合わせ、ただギターをかき鳴らし、キャッチーな曲を並べる。ところが、彼らはより謎めいた存在になってしまった。 音像はクリアになったのに正体が見えてこない。まるで映画のワンシーンに一瞬だけ映り込む架空のバンドのようにどこか作り物めいている。「Fundraiser」で「その演技ぶりじゃ俳優に違いない」と吐き捨て、「Cowbella」では三つの視線が一つの像を追いながらすれ違い続ける。
誰かを見ているはずなのに、誰も何も捉えていない。批評家たちも例外ではなかった。Rolling Stoneは「最も刺激的なインディーロック・スリラー」と絶賛する一方で、The Quietusは「ファッション業界幹部が考えるバンドのアイデア」と皮肉る。この対立こそがバー・イタリアの本質を物語っている。

普通のバンドを演じきることで、逆に誰にも真似できない存在になった。いや、本当に演じているのか?かつての匿名性がそうだったように、意図なのか天然なのかは、もはや区別がつかない。正体が掴めないのに離れられない。〈Matador Records〉が送り出す今、最もスリリングなロック体験だ。[Kun]

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David Byrne 『Who Is The Sky?』(2025)
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期
BEATINK.COM / Who Is The Sky?


半世紀近いデヴィッド・バーンの音楽キャリアのなかでも、とりわけ若々しく、ポップでカラフルなアルバムだと思う。プロデュースを務めたのは、ハリー・スタイルズやマイリー・サイラスといったポップスターを手掛けるキッド・ハープーン。ポップスの世界で鎬を削る人物だ。他方、アレンジを担当したのは、ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動する大編成のジャズ・アンサンブル、ゴースト・トレイン・オーケストラだ。100年前の古いジャズを再解釈したり、クロノス・クァルテットと共同でムーンドッグの音楽をトリビュートしたりする前衛的なグループだ。世界中のポップスとアバンギャルドを愛を持って探求してきたバーンらしい布陣だといえる。

バーンといえば、ユニークな作詞家として知られている。恋人からもらったアンチエイジングの保湿剤を塗ったら翌朝3歳児になっていた「Moisturizing Thing」、女の子と出会いキスをしたら世界が一変するという初々しい内容の「A Door Called No」、レベッカ・ソルニット『説教したがる男たち』に触発された「She Explains Things To Me」など、おかしな歌詞が目立つ。他方、ゴースト・トレイン・オーケストラのビビッドなアレンジにより、バーンのメロディメイカーとしての才がより明確になっているのが『Who Is The Sky?』だ。

かねてから明るい作風だったとはいえ、これまでのバーンにはニューヨーク派としての抑制的な美学があったと思う。けれども『Who Is The Sky?』にはいまだかつてない明るさとオープンネスがあると思う。どこを切ってもオプティミスティックな音で溢れている。[鳥居真道(ミュージシャン)]

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■SUMMER SONIC 2026
※デヴィッド・バーンは8月15日(土)東京会場、16日(日)大阪会場に出演
https://www.summersonic.com/



Horsegirl 『Phonetics On and On』(2025)
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期
BEATINK.COM / Phonetics On and On


ホースガールは本作の影響源にヴェルヴェット・アンダーグラウンドを度々挙げている。それは決して彼女たちが大学に通うために、シカゴからニューヨークへ移った環境の変化だけではない。ポップなメロディーの制作、ギターの音作りにおいて彼らから多くの着想を得たという。デビュー・アルバム『Versions of Modern Performance』では同レーベルのヨ・ラ・テンゴ、ソニック・ユースら80年代や90年代のインディ・ロック・バンドを基準とした、歪なディストーションが象徴的だった。だからこそ今回のアンプに直接ギターを繋げるクリーン・ギターの響きは新鮮だ。澄んだ高音域から「Where'd You Go?」の鋭いカッティングまで、ホースガールが新たな領域に入ったことを表している。

アート感覚や実験性においても、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドは指針になった。「Julie」で初めてシンセサイザーを取り入れるか、ペネロペが葛藤している所へプロデューサーのケイト・ル・ボンが「もしヴェルヴェットが生きてたら?」と質問を投げかけたエピソードは微笑ましい。中でも「2468」の3人は無邪気な遊び心に満ちている。ヴァイオリンのワルツで幕を開けると、コーラス、パーカッションの反復が一つの大きな渦へ変化する。この曲の独創性はアウトサイダー・ミュージックのようだ。〈Matador Records〉の設立目的について当時クリス・ロンバルディは「本物のニューヨークで起きていることを記録したかったんだ」と語った。ホースガールの本作は細部にまでニューヨークのDIY精神が宿り継承されている。[吉澤奈々]

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Julien Baker & TORRES『Send A Prayer My Way』(2025)
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BEATINK.COM / Send A Prayer My Way


ジュリアン・ベイカーとトーレスことマッケンジー・スコットによるコラボ・アルバム。ジュリアンにとってのパンクやエモ、トーレスにとってのグランジといった各々の背景とは裏腹に本作は正攻法のカントリー・アルバムに。ウエスト・コーストやサザン・ロックの色彩を帯びたシンプルな構成と、軽やかでキャッチーな旋律、望郷をテーマにした哀愁溢れるリリック、そしてその押韻……といったカントリーの様式美の中で、両者のニュアンスに富んだギターの絡みや高低差を活かしたハーモニーが、卓越したソングライティング能力をストレートに証明している。

特筆すべきは本作が内包する”アウトロー・カントリー”の精神だ。MVなどに登場する”無法者”のモチーフは、本作がナッシュヴィルの商業主義的なカントリーではなく、ウィリー・ネルソンやジョニー・キャッシュらの系譜にある”自分自身の真実の歌”であることを示唆している。加えて重要なのは、ともに南部のクリスチャン家庭に育ったクィアである二人のアイデンティティが反映された”クィア・カントリー”としての側面。「地獄に行っても、戻ってくるほど」という歌い出し然り、どんな状況下 ──例えばアンチ同性愛的な政権下においても、貴方を愛し続けると軽快に歌う「Sugar in the Tank」は特に象徴的なナンバーだ。実は”カントリー=保守的”という見方は70年代以降のもので、このジャンルには本来、クィア表現や抵抗の歴史が存在してきた。その意味でも本作はクィアであることを逆手に取ったものではなく、南部に生まれ育ったクィアなミュージシャンである二人のリアルそのものと言っていいだろう。原体験を共有する二人が、互いに高め合いながら作り上げた充実の一作だ。[井草七海(音楽ライター)]

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Pavement 『Pavements』(2025)
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期
BEATINK.COM / Pavement / 珠玉のベスト盤『Hecklers Choice』を発表!伝記映画『Pavements 』のOSTもCDとLPで発売決定!また、「Grounded」のライブ映像も公開!


ペイヴメントのリーダー、スティーヴン・マルクマスがホイットニー美術館で警備員をしていた頃の制服や、初代ドラマーだったギャリ―・ヤングの足の爪、Lollapaloozaで観客に泥を投げつけられた時の衣装など、メンバーゆかりの品々を揃えた展覧会に、バンドの楽曲を下敷きにし、オフ・ブロードウェイで上演されたミュージカル。2022年に開催され、ファンも耳を疑ったこれらのイベントは、すべてアレックス・ロス・ペリー監督の映画『ペイヴメンツ』のためにでっち上げられた”やらせ”企画だった。

99年に解散した伝説のインディー・ロック・バンド、ペイヴメントの再々結成を祝して制作されたこの作品では、先述した展覧会やミュージカルの舞台裏、そしてペイヴメントをモチーフにした架空の伝記映画が、再結成ツアーのリハーサル映像と並行して描かれていく。伝記パートでマルクマス役を演じたのは、ドラマ『ストレンジャー・シングス』で知られる俳優であり、Djo名義で発表した楽曲が大ヒットを記録しているジョー・キーリー。そんな彼が歌うペイヴメントの代表曲「Range Life」や、スネイル・メイルが展覧会の会場で歌った「Shoot The Singer」などが収録されているのも映画の公式サウンドトラックである本作のトピックだが、目玉はやはり、再結成ツアーでも披露されたペイヴメントによるジム・ペッパーのカバー「Witchitai-To」が聴けることだろう。フルサイズで収録された曲は少なく、劇中の台詞などが大半を占めるコアなファン向けのアルバムではあるが、本作を堪能するためにも、映画の劇場公開とソフト化を切に願う。[清水祐也]



Pavement 『Hecklers Choice』(2025)
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期
BEATINK.COM / Hecklers Choice


ペイヴメントにとって2作目のベスト・アルバム『Hecklers Choice』は、ルーズで斜に構えたキャリアを象徴する12曲を、直球ど真ん中のセレクトで厳選した一枚。SpotifyのアルゴリズムとTikTokによって、もとはシングルB面ながら最多再生楽曲に登り詰めた「Harness Your Hopes」も収録するなど、若い世代からの再評価も反映した新たな入門編だ。このバンドが画期的だったのは、90年代を席巻したローファイという概念を、単なる音像のトレンドにとどめず、生き方そのものへと昇華させた点にある。そこで屋台骨を担ったのが、スティーヴン・マルクマスの卓越したソングライティング。スピッツ「運命の人」やART-SCHOOL「ニーナの為に」で引用された初期の「Summer Babe」から、リーガルリリーやDYGLがオマージュを捧げた「Stereo」、Homecomingsがカヴァーした「Spit on a Stranger」といった後期の曲に至るまで、虚無感の奥底にはいつだって普遍的なメロディが息づいている。もちろん、スパイラル・ステアーズことスコット・カンバーグによる隠れ名曲「Date w/ IKEA」も聴きどころだ。

ただし、ザ・ビートルズ『ホワイト・アルバム』的な広がりと実験性を備えた3作目『Wowee Zowee』からは未収録。再結成後のライヴでも日替わりセットリストを披露してきただけあり、ここに収まりきらなかった楽曲群こそ真骨頂であるのも事実。オリジナル・アルバムは5作いずれも毛色の異なる傑作。深い沼にぜひとも足を踏み入れてほしい。[小熊俊哉]

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Perfume Genius『Glory』(2025)
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期
GLORY / グローリー/PERFUME GENIUS/パフューム・ジーニアス/国内盤CD☆パフューム・ジーニアスが名盤請負人ブレイク・ミルズをプロデューサーに迎え放つ最新アルバムをリリース!!|ROCK / POPS / INDIE|ディスクユニオン・オンラインショップ|diskunion.net


マイク・ハドレアスによるパフューム・ジーニアスは、ひとりで抱えてきた傷や痛みを生々しく吐き出すシンガーとして世に現れたが、作品を重ねるごとに、サウンドをビルドアップして自己を外界に解き放っていった。とりわけコンテンポラリー・ダンス作品にダンサー/音楽家として関わった経験は自身の表現にも生かされることとなり、通算7作目となる本作はそのひとつの到達点である。ここには観念よりも、しなやかな肉体があるのだ。

穏やかさのなかからやがて熱が迸るフォーク・ロック「It's a Mirror」に始まり、オルダス・ハーディングを迎えてワイルドさとドリーミーさを交錯させる「No Front Teeth」、優しい鍵盤の音が脈動するリズムと戯れる「Clean Heart」と、ハドレアスの繊細なメロディと歌は包容力のあるアンサンブルでしっかりと受け止められる。盟友ブレイク・ミルズによる立体的なプロダクションも揺るぎない。パーソナルな感情を他者に託すことでハドレアスは弱さを晒す勇敢さを獲得し、それがパフューム・ジーニアスの音楽に静かな、しかしたしかな力強さを与えることになった。ここにはたとえばゲイとして味わった疎外感や自身の身体に対する違和感も消えない記憶として残っているが、それが公私ともにパートナーであるアラン・ワイフェルズとの共作によって昇華されるとき、温かなバラードとして結実する。ハドレアスはそうした安らかな境地をここで”栄光”と呼んでいる。パフューム・ジーニアスにおける円熟を示す本作からは、人間の息づかいや体温が優しく伝わってくるのだ。[木津毅]



Queens of the Stone Age『Alive in the Catacombs』(2025)
〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期
BEATINK.COM / Alive in the Catacombs


パリの地下にある共同墓地でのパフォーマンスを収録したライヴ作品。特異な環境は必然的に、いつもの激しいロック・サウンドとは違うアコースティックな作風を導き出し、結果、QOTSAの楽曲が持つ魅力の別な側面を浮かび上がらせ、結実させている。

一昨年の来日時に対面した際、ジョシュ・ホーミは愛息とともに神社を巡ったり、茶道を体験したことを嬉しそうに語りながら、こんなふうに述べていた。

「息子が興味津々なのは、ああいう場所が持っているピースフルな側面で、宗教施設でありながら……何というか、アートって、ほとんどの場合は壁に掛かってるだけで、観たらおしまいだけど、作品の内側に入り込んでその世界の一部になると、途端に自分の周りで作品が動き始めて、ただの観る対象からたくさんの安らぎをもたらす存在に変貌する。息子が神社に惹かれるのも、心の安らぎを得る機会がそこにあるからなんだ」。

他国の文化を表層的に面白がるだけでなく、その意味を精神的に感じとろうという姿勢をそなえているのがわかるだろう。それだけに、本作で鳴らされた音からも、ただ単にクールなイメージを求めて本物の骸骨がある場所で演奏してみせただけではない、深いレベルでの”磁場との共振”が伝わってくる。

ジョシュは実際に何度か”死”の危機に瀕した過去がある(収録前後の様子を捉えたドキュメンタリー映像でも、体調が思わしくなかった事実が記録されている)。そうした背景と特別な機会が交差したことで、現役最高のロック・バンドが辿り着いた表現領域が、聴く者の胸を震えさせないわけがない。近作で試してきたストリングス・アレンジも、大きな実を結んでいる。[鈴木喜之]



ALBUM GUIDE - DEEP DIVE

Horsegirl『Versions of Modern Performance』(2022)

シカゴ出身の三人組バンド、ホースガールによる記念すべきデビュー・アルバム。初期衝動が詰まった今作には、共同プロデューサーにダイナソーJr.やソニック・ユースを手掛けてきたジョン・アグネロを迎え、レコーディングはスティーヴ・アルビニが所有するElectrical Audioで敢行。シューゲイズの温かい轟音、ポスト・パンクの無駄を削ぎ落としたフックやリズム、80~90年代のオルタナへの愛が聴き手にも響いてくる。



DARKSIDE『Nothing』(2025)

ダークサイドが2025年にリリースした3rdアルバム『Nothing』。ニコラス・ジャーとデイヴ・ハリントンに、ドラマーのトラカエル・エスパルザが正式加入し、バンドは新たな局面へ突入した。即興演奏を軸に、アコースティックなリフや電子的な浮遊感を溶け合わせた本作は、従来の制作手法を刷新しながら、蛇行するギターや深淵を思わせるドラム、歪んだヴォーカルが交錯する濃密な音像を描き出す。活動休止期間中、それぞれが多彩なソロ活動を展開したのちに再始動。”Nothing Jam”という指針のもと、南仏やロサンゼルス、パリでのセッションを経て完成した本作は、「無」から創造が立ち上がる瞬間を封じ込めた意欲作である。



Mdou Moctar『Tears of Injustice』(2025)

ニジェール発のサイケロック・バンド、エムドゥ・モクターが、前作『Funeral for Justice』に続く新作『Tears of Injustice』を〈Matador Records〉より発表。本作は『Funeral for Justice』をアコースティックや伝統楽器編成で再構築した作品で、激しく怒りを放ったオリジナルとは対照的に、より内省的で深い悲しみを湛えた内容となっている。貧困や植民地支配の影響、政治的混乱に揺れる祖国の現実を背景に、トゥアレグ族の視点から本質的なプロテストを響かせる。レコーディングはメンバー全員が同室で即興的に行い、わずか2日間で主要部分を完成。現地で録音されたコール&レスポンスも加えられ、生々しくも静かな強度を宿した一作に仕上がった。



Car Seat Headrest『The Scholars』(2025)  

米シアトル拠点のロックバンド、カー・シート・ヘッドレストが、2025年にリリースした5年ぶりのスタジオ・アルバム『The Scholars』。フロントマンのウィル・トレドを中心に、かつてはソロ・プロジェクトとして始動したが、現在は強固な4人編成のバンドへと進化した。本作でトレドは、シェイクスピアや古典オペラに着想を得つつ、ザ・フー『Tommy』やデヴィッド・ボウイ『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』に連なるロック・オペラ形式に挑戦。物語性と楽曲の強度を両立させ、各曲がキャラクターのように輝く構成を提示する。パンデミック期を経て結束を深めたバンドの新境地を切り開く作品。



Lifeguard『Ripped and Torn』(2025)  

シカゴ拠点の若きトリオ、ライフガードがデビュー・アルバム『Ripped and Torn』を名門〈Matador Records〉よりリリース。EP『Crowd Can Talk / Dressed in Trenches』に続く本作は、ノー・エイジのランディ・ランドールをプロデューサーに迎え、若さゆえの衝動と混沌を鮮烈に刻み込んだ一枚だ。パンクやダブ、パワー・ポップ、メロディックなポストパンクと疾走するハードコアを融合。60年代ガレージの純粋な”ロックへの信念”を受け継ぎながら、誠実さと爆発力を併せ持つサウンドで、アンダーグラウンドの精神を現代に更新する。



Water From Your Eyes『It's A Beautiful Place』(2025)  

レイチェル・ブラウンとネイト・エイモスによるNYを拠点に活動するデュオ、ウォーター・フロム・ユア・アイズによるアルバム『Its A Beautiful Place』。〈Matador Records〉からの前作『Everyones Crushed』で世界的評価を確立した彼らは、本作でさらにスケールを拡張する。無重力のインストゥルメンタル曲「One Small Step」に始まり、Y2K以降のポップを再構築する壮大な音世界を展開。宗教観や存在の儚さをテーマにしつつ、ニュー・メタルやフォーク、実験性を自在に横断。宇宙的視点と人間的感情が交錯する、意外性と完成度を兼ね備えた一作となっている。

〈Matador Records〉の歴史と「今」を総括 スネイル・メイル、キム・ゴードン、デヴィッド・バーンを擁する新たな黄金期

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【特典】
Matador Records 特製ZINE(ロゴステッカー付き)

【ZINE掲載内容】
・Kim Gordon / Snail Mail 新作レビュー
・おすすめディスクレビュー
・〈Matador Records〉とは?
Review text : 野中モモ、天井潤之介、清水裕也、 小熊俊哉、Kun、鈴木喜之、鳥居真道、井草七海、木津毅、吉澤奈々(掲載順)
※特典の運用状況に関しては、各ショップへお問い合わせください。
※特典はなくなり次第終了

【対象タイトル】
bar italia『Some Like It Hot』
Car Seat Headrest『The Scholars』
Circuit Des Yeux『Halo On The Inside』
DARKSIDE『Nothing』
David Byrne『Who Is The Sky?』
Horsegirl『Phonetics On and On』
Julien Baker & TORRES『Send A Prayer My Way』
Kim Gordon『No Home Record』
Kim Gordon『PLAY ME』
Kim Gordon『The Collective』
Lifeguard『Ripped and Torn』
Mdou Moctar『Ilana (The Creator)』
Mdou Moctar『Tears of Injustice』
Pavement『Hecklers Choice』
Pavement『Pavements』
Perfume Genius『Glory』
Queens of the Stone Age『Alive in the Catacombs』
Snail Mail『Lush』
Snail Mail『Ricochet』
Snail Mail『Valentine』
Water From Your Eyes『It's A Beautiful Place』
Yo La Tengo『Genius + Love = Yo La Tengo』
(アーティスト名:A to Z表記)
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