USオルタナ・ロックの秘宝、スパークルホース(Sparklehorse)の中心人物マーク・リンカスの生涯に迫るドキュメンタリー映画『悲しくて美しい世界/THIS IS SPARKLEHORSE』が、4月24日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿 Ks cinema、アップリンク吉祥寺ほかにて公開される。

レディオヘッドやR.E.M.、パティ・スミス、そして今は亡きデヴィッド・リンチも魅了。
ダニエル・ジョンストンやニーナ・パーション(カーディガンズ)のプロデュースも手がけるなど、マーク・リンカスは多くのミュージシャンに愛され、特別な存在感を放ってきた。

トム・ウェイツを崇拝する彼は1995年、スパークルホースとしてのデビュー作『Vivadixiesubmarinetransmissionplot』で一躍脚光を浴びた。しかし翌年、レディオヘッドとの欧州ツアー中に薬物/アルコールの過剰摂取により昏倒。後遺症が心身に与えたダメージは大きく、その後の人生に拭い去れない影を落とすことに。その後も『Good Morning Spider』(1998年)、『It's a Wonderful Life』(2001年)、『Dreamt for Light Years in the Belly of a Mountain』(2006年)といった傑作アルバムを世に送り出すものの、2010年3月6日、マークは47歳の若さで自ら命を絶つ。

『It's a Wonderful Life』収録の代表曲「Gold Day」

レディオヘッドとともに歌った、ピンク・フロイド「Wish You Were Here」のカバー

映画では、マーク本人の肉声に加え、「話をする必要がないほど、私たちは分かりあっていた」と語るほどの理解者だったデヴィッド・リンチを始め、ジョナサン・ドナヒューとグラスホッパー(マーキュリー・レヴ)、ジェイソン・ライトル(グランダディ)、エイドリアン・アトリー(ポーティスヘッド)ら同時代を共にしたミュージシャンたちの証言も交えつつ、「内なる悪魔と闘い続けた男」の軌跡を振り返る。

以下のインタビューは、人生の転機となった”事件”を経て、2作目『Good Morning Spider』をリリースした直後の1999年に公開されたもの。ローファイ、アメリカン・ゴシック、ルーツミュージックが交わり合う(再評価されるべき)唯一無二の音楽観、不遇にして不器用な天才の素顔が、このテキストからも垣間見えるはずだ。

スパークルホース【映画公開記念】秘蔵インタビュー 生前のマーク・リンカスが語った「死の淵からの帰還」【Sparklehorse】

劇中で証言するデヴィッド・リンチ

1996年、死の淵からの帰還

スパークルホースのソングライター、マーク・リンカスが死後にまずやりたかったこと。それは、バージニア州アンダーソンビルの田舎にある自らの農場に保管してある4台のバイクのうち、どれか1台に跨ることだった……いや、それは正確ではない。彼が死んだ後に真っ先に望んだのは、再び生きる術を学ぶこと、そして(ここが本当に恐ろしいところだが)自分にまだ曲が書けるかどうかを確かめることだった。

「しばらくの間、本当に怖かったんだ」とリンカスは語る。
「医学的に死んだとき──実際、数分間はそうだったと思うんだけど──曲を書く能力を司っていた脳の一部が、損傷してしまったんじゃないかってね」

1996年、ロンドンのホテルの客室で起きたバリウムと抗うつ剤の過剰摂取は、リンカスのキャリアが本格的に始まる前に、危うくその命を奪うところだった。スパークルホースがデビュー作『Vivadixiesubmarinetransmissionplot』を携えたヨーロッパ・ツアー(レディオヘッドに帯同)を終えようとしていた矢先、リンカスはホテルの自室で倒れた。意識不明の彼が発見されるまで14時間が経過しており、その間、彼は自分の両脚を体の下敷きにしたまま倒れていたため、血流が遮断されてしまった。救急隊が彼の脚を伸ばそうとした際、その処置が引き金となって心臓が停止した。ロンドンのセント・メアリーズ病院での3カ月に及ぶ入院生活と、少なくとも7回の手術を経て、ようやくリンカスの脚は切断の危機を免れた。医師からは当初、切断は避けられないと告げられていたのだ。それでもなお、事故後の2年間はモルヒネによる加療状態で記憶が曖昧だったと彼は言う。

「ロンドンへ飛んだことすら覚えていないんだ」とリンカスは振り返る。「ただ、鼻からチューブが出た状態で病院で目が覚めたことだけを覚えている」。この出来事を蒸し返されることに気が進まないのは無理もないが、一方で彼は、語らざるを得ないことも理解している。

スパークルホース【映画公開記念】秘蔵インタビュー 生前のマーク・リンカスが語った「死の淵からの帰還」【Sparklehorse】

1996年8月のライブ写真。深刻な事故により一時的に車椅子での生活を強いられた(Photo by Gie Knaeps/Getty Images)

一つには、脚に装具をつけなければならない体でありながら、彼は3月から始まる2カ月間の全米ツアーに向けて準備を進めているからだ(バンドにはチェリストのソフィー・ミハリツィアノス、マルチ奏者のジョナサン・E・シーゲル、ドラマーのスコット・マイナー、ベーシストのスコット・フィッツシモンズが名を連ねており、一行はオーストラリアとニュージーランドでの公演を終えたばかりだ)。
そしてもう一つ。リリースされたばかりのスパークルホースの2ndアルバム『Good Morning Spider』に収録された楽曲の多くが、あの事故とその後の凄惨な後遺症から生み出されたものだからである。

『Good Morning Spider』において、リンカスの内省的で印象派のようなソングライティング・スタイルは、新たな高みへ、あるいは状況によっては新たな深淵へと到達している。コルネットの音色が響く「Painbirds」、嵐が沸き起こるような「Chaos of the Galaxy/Happy Man」、そして童謡のような祈りを捧げる「Saint Mary」。これらの楽曲はいずれも、生の脆さと儚さ、そして身動きの取れない肉体の中でせめぎ合っていた感情のもつれ──苛立ち、諦念、驚嘆、そして感謝──を見つめている。しかし、もっとも暗い日々の中にあったときでさえ、リンカスは希望に手を伸ばし続けていた。その手は、それほど遠くまで伸ばす必要もなかった。「壁一面が、1stアルバム(前作)がどれほど自分にとって大切かを綴った人々からのカードや手紙で埋め尽くされていたんだ。それが僕を救ってくれた」と彼は言う。「本当に、素晴らしいことだったよ」

マーク・リンカスの本質

今回のツアーでギター、キーボード、バイオリン、グロッケンシュピールを任されたジョナサン・E・シーゲルが初めてリンカスに会ったのは、10年前のことだ。当時リンカスが組んでいた旧グループ、ダンシング・フッズが、シーゲルのバンドであるキャンパー・ヴァン・ベートーヴェンの前座を務めていた。しかし、頻繁にリンカスと共作しているキャンパー時代の旧友デヴィッド・ローリー(現クラッカー)から、スパークルホースという奇妙なユニットの名を聞くのは、それから何年も後のことだった。
実際、ローリーとリンカスの共作曲である「Sick of Goodbyes」(1993年のクラッカーのアルバム『Kerosene Hat』に初収録)は、キャピトル・レコードによって『Good Morning Spider』からの全英1stシングルに選ばれている。

「マークの音楽の素晴らしいところは、時代を超越したクオリティを備えている点だ」と、オーストラリアから帰国して数日後のシーゲルは語る。「間違いなく古き良き響きがあるけれど、同時に彼がやっていることの音響的な本質は、非常に前衛的だと思う。マークの表現はとても詩的で、彼の歌には普遍性があるんだ」

リンカスの卓越した言葉選びに加え、『Good Morning Spider』には奇妙で突飛な音の断片が溢れている。それらが並べられることで、ピントが合ったり外れたりする、落ち着きのない夢のような光景が作り出される。短波ラジオのノイズ(彼が自身のホームスタジオを「Static King=ノイズの王」と名付けたのは伊達ではない)や囁き声のような独り言が、トイ楽器やシンフォニーホールのストリングスとぶつかり合う。スパークルホースの音楽は、新しくもあり古くもあり、剥き出しでありながら緻密だ。ノイズの乗ったミドルファイなポップ・サウンドが弾ける一方で、アパラチアの古き残響や、素朴でアートに蝕まれたフォークとも言うべき、朦朧とした脱線が顔をのぞかせる。

それは、10代の頃にパンクロックのスターになる夢を抱いてバージニア州リッチモンドの家を飛び出し、ニューヨークやロサンゼルスへ向かった頃のリンカスには、想像もつかなかったであろう奇妙に美しい世界だ。だが、彼が言うには、そんな夢も長くは続かなかった。「ロック・アルバムを作って契約に漕ぎ着けよう、なんて考えにはクソほど飽き飽きしてしまってね。そんなときに、誰かがトム・ウェイツのレコードを聴かせてくれたんだ」

それだけで十分だった。
リンカスはリッチモンドへ戻り、「300年前のアイリッシュ・ソング」ばかりを演奏するバンドに加わった。そして、それまで自分が知っていたと思っていた音楽の知識を、文字通りすべて投げ捨てた。「あの時期は、多くのことを捨て去って、ただゼロから出発し、書き方を再習得する日々だった。痛みや粘土から、いかにして芸術を作り上げるかを学ぶプロセスだったんだ」。リンカスは、いわゆるモダン・ロックの多くに欠けている誠実さ、無垢さ、純粋さを、そうした古めかしい響きの中に感じ取っている。

彼が都会の喧騒を貫くハイウェイを去り、田舎の曲がりくねった未舗装路へと向かった理由も、同じところにあるのかもしれない。彼と妻は最近、郵便局くらいしか自慢できるものがないという町の外れに農家を購入した。ある意味でリンカス自身、彼が最も大切に語る資質──誠実さや目的の純粋さ──を、最終的に取り戻す前に、一度は完全に失う必要があったのだろう。『Good Morning Spider』は、幽霊に憑かれたような内省に満ちてはいるが、決して力尽き、死にゆく者の作品ではない。それはむしろ、絶望的な状況にありながら、どうにかして自らの足で立ち上がり、生きようとする男の記録のように響く。

From Rolling Stone US.

スパークルホース【映画公開記念】秘蔵インタビュー 生前のマーク・リンカスが語った「死の淵からの帰還」【Sparklehorse】

『悲しくて美しい世界/THIS IS SPARKLEHORSE』
4月24日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿 K's cinema、アップリンク吉祥寺ほかロードショー
出演:マーク・リンカス、デヴィッド・リンチ、ジョナサン・ドナヒュー&グラスホッパー(マーキュリー・レヴ)、デヴィッド・ロウリー(クラッカー)、ジェイソン・ライトル(グランダディ)、ジェマ・ヘイズ、アダム・ブライアンバウム・ウィルツィー(スターズ・オブ・ザ・リッド)、エド・ハーコート、マシュー・ライト、ジョン・パリッシュ、エイドリアン・アトリー(ポーティスヘッド)、エミリー・ヘインズ(メトリック)
監督:アレックス・クロートン&ボビー・ダス
脚本・ナレーション:アンジェラ=フェイ・マーティン
配給:ブライトホース・フィルム
配給協力:nozaco
イギリス/2022年/92分/英語/原題:This Is Sparklehorse/字幕翻訳:上條葉月/デザイン:李潤希
公式サイト:sparklehorse.brighthorse-film.com
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