そんなスーパースターであるPJには、彼の音楽にも大きな影響を与えてきた家族との葛藤がある。実は父親のポール・S・モートンは、フル・ゴスペル・バプテスト・チャーチ・フェローシップの創設者。信者約200万人、登録教会約1万を擁する巨大なキリスト教の教派を率いる司教だ。その父を持つPJがグラミー賞ゴスペル部門を2度受賞していると聞けば、ごく自然な歩みに思えるかもしれない。しかし実際には、彼は父親と長年にわたって複雑な関係を抱えてきた。
その背景を綴ったのが、2024年に出版した自伝的回顧録『Saturday Night / Sunday Morning』である。教会の牧師の家に生まれながら、ゴスペルではなくR&Bを歌うことを選んだ彼の葛藤と決意が率直に記されている。軽やかな音楽を届け続けてきたPJだったが、その心の中では、長いあいださまざまな思いが渦巻いていた。
そして今年6月、回顧録と同じタイトルを冠した2枚組アルバム『Saturday Night / Sunday Morning』を発表した。片方には世俗的なR&B、もう片方にはゴスペルを収録している。今回PJにインタビューする機会を得て、せっかくなら日本ではあまり知られていないキリスト教と音楽の関係について聞いてみようと思った。背景を知らなくてもPJモートンの音楽は楽しいし、心地よく、美しい。
そこで自分もKindleで回顧録を読み、そのうえでインタビューに臨んだ。すると彼の音楽は、以前にも増して美しく、そしてより深く心を揺さぶるものとして響くようになった。
ゴスペルとR&Bを隔てるのは「歌詞」
―まずアルバム『Saturday Night / Sunday Morning』のコンセプトから聞かせてください。
PJ:まあ、自分が育った環境ではさ、この二つは全然別のものとして扱われていたんだよね。土曜の夜っていうのは、ほら、遊びに出かけたり、時にはパーティーをしたりする時間なんだ。クラブにいる時間っていうかね。自分も駆け出しの頃はまさにクラブで演奏していた。つまり僕が演奏していた時間は「夜の世界のもの」として見られていた。黒人にとっては、月曜から金曜まで働いたあとの息抜きの時間っていうか、土曜は羽を伸ばす時間だからね。
でも日曜の朝になると、昔からの伝統で、コミュニティのみんなが集まって教会に行って、神様を讃えて、自分の信仰と向き合う時間になる。
だから自分は、その両方を表現したかったんだ。というのも、この二つは実は切り離せないものだって気づいたんだよね。たいていの場合、一人の人間の中にある二つの側面なだけ。それを一緒に表現するってことが、あまりされてこなかったから、自分はそれをやりたかった。それが、このアルバムのコンセプトだね。
書籍『Saturday Night, Sunday Morning: Staying True to Myself from the Pews to the Stage』
―この取材に際して、あなたが執筆した自伝的な書籍『Saturday Night / Sunday Morning』を買って読みました。私はあなたの音楽をずっと聴いてきたのですが、その背景を初めて知りました。その本と同じタイトルのこのアルバムとの関係を聞かせてください。
PJ:もし繋がりがあるとすれば、それはただ、僕自身の作品だってことだろうね。
それに最初は、このタイトルでドキュメンタリーを作ろうとしたんだ。でも結局、そのドキュメンタリーは実現しなかった。その後、しばらくしてから「本を書かないか」って提案されたんだ。「じゃあ、あのタイトルを使おう」ってなったんだけど、その時点でもまだ、同じタイトルでアルバムを作ろうなんて考えてなかった。だから、繋がりがあるとすれば、それは、僕が牧師の子供として、教会で育って、そこからこの道に進んだっていう自分のバックグラウンドについて語っている、という部分だね。そういう意味では繋がってはいるけど、片方をやっている時にもう片方のことを考えていたわけじゃない。でも、まあ、こうして振り返ってみると、確かにどこかで繋がっているようには見えるけどね。
―タイトルはずっと前から温めていたものなんですか?
PJ:8年くらい前かな。ドキュメンタリーを作ろうと思って、タイトルだけが決まっていたんだ。なんていうか、心に刺さるタイトルだった。具体的な構想は何もなかったけど、いつか何かに使いたいと思った。それくらい、しっくりくるものがあった。それに、こっちで『Saturday Night / Sunday Morning』と言うと、みんな一瞬でわかってくれるんだよね。誰もがピンとくる。だから、このタイトルに何か特別なものがあるのはわかった。
―本を書こうと思った理由は?
PJ:これは僕の回顧録っていうか、自分の人生についての本、っていう位置づけ。声をかけてもらってさ……。正直、あの時点で本を書こうなんて思ってなかったと思う。でも、「自分の人生について、みんなに話すのはいいかもしれない」って思ったんだ。
―本の中で重要なのが、あなたとキリスト教の関係です。私はあなたがソウルやR&Bをやることにそんなに強い覚悟があったとは想像もしていませんでした。この辺りはキリスト教に疎い日本人にはあまり伝わらない部分です。ソウルやR&Bをやることが問題視される環境について説明してもらうことはできますか?
PJ:面白いよね。だって、音楽は音楽でしょ。日本人はそう思っていると思う。でも、その違いは歌詞にあるんだ。違いはそれだけだと僕は思っている。というのも、僕はいつも言うんだけど、ソウルミュージックというのは、R&Bとゴスペルが交差するところに存在するもの。
でも、そうじゃないと教えられたんだ。レイ・チャールズの映画『Ray/レイ』とかを観れば分かると思うけど、(ソウルミュージックが)「悪魔の音楽」と言われる場面がある。教会で育つと、「あなたの才能は神様から与えられたものだから、神様を讃え、崇めるための音楽を作るべきだ」って教えられるんだ。つまり、ゴスペルミュージックをやれってこと。長年、そう言われ続けてきた。「道を外れて、そういう音楽をやるのは良くないことだ」って。牧師だった父からも、そう教えられていたし。
―なるほど。
PJ:でも、かなり前になるけど(2009年)、『Why Can't I Sing About Love?』という本を書いたことがあって、父にその序文を書いてもらったんだ。だから、僕にとっては、もうずいぶん前から、このことは悩みではなくなっている。若い頃と比べてね。父も認めていたよ。母と付き合おうとしていた頃は、違う音楽を聴いていたって。世間が言うほど、白黒はっきり分かれるものではないんだ。だから僕は、自分の音楽を通して、そして自分自身の在り方を通して、そういう伝統的な考え方の一部を少しずつ崩し始めたんだ。その多くは、長年にわたり繰り返し言われてきたからなんとなく信じられていただけのもの。でも、今ではみんなが別の視点で捉えられるようになってきたと思う。でも、当時は本当にリアルな感覚だった。「教会の道を外れて音楽なんてできない」と感じてしまうような状況だった。すごいプレッシャーだったよ。それが自分のすべてで、教会で育ちながら学んできたことそのものだったから。
『Saturday Night』のリード曲「Sell My Soul」
『Sunday Morning』のリード曲「Mercy」
―例えば、あなたが尊敬するスティーヴィー・ワンダーやダニー・ハサウェイのようなアーティストの音楽にはゴスペルの要素も含まれていて、それは敬虔なもので、キリスト教徒にとっても好ましいものだと私たち日本人は考えてしまいます。でも、彼らの音楽でさえある種のキリスト教徒にとっては、演奏することが望ましくないもの、ということになるんですよね。うーむ。
PJ:それが、「望ましい」とされているんだよね。だからこそ、混乱が生まれるんだと思う。だって、支持され、愛されているとわかっているのに、「それは間違っている」と言う人たちがいるから。でも、理解しなきゃいけないのは、それはサウンドの話じゃないということ。問題なのは……何を歌っているか、つまり歌詞なんだ。
―ゴスペルのサウンド面の要素が入っているかどうかは関係がないと。
PJ:ゴスペルミュージックと、いわゆる世俗的な音楽を分けているのは歌詞だけなんだよ。片方は、神様との関係について歌っている。もう片方は、人との関係について歌っている。だからこそ、『Saturday Night / Sunday Morning』も、全部ソウルミュージックみたいに聞こえるし、全部僕らしく聞こえる。でも、片方では神様に語りかけていて、もう片方では、誰かに語りかけていたり、人生について語っていたり、あるいは神とは関係ない世俗的なことについて語っていたりする。人間関係や人生について、あるいは「魂を売る」とか様々なことを歌っている。つまり、歌詞の内容によって区別される。
だから例えば、ダニー・ハサウェイの曲はゴスペルみたいに聞こえるけど、彼が歌っているのは女性についてだったり、他のことについてだったりするから、その意味では、ゴスペルとは見なされず、かつては眉をひそめられることもあった。まあ、長い年月を経て、当時ほど非難されなくなってきたとは思う。でも、かつては確かに、けしからんと思われていた。神様との関係について歌っているのか、それとも、女性との関係とか、まあ、神様とは関係のないことについて歌っているのか、そこが分かれ目だったんだ。わかるかな。
―そうですね。それなりにはわかります。
PJ:もしかしたら、日本の人たちにとっては、必ずしも言葉の意味を真っ先に理解するわけじゃないからかもしれないね。どちらかといえば、雰囲気や感覚で受け止めるものだろうから。それに、ただその音楽を楽しんでいるだけなら、違いなんて気にならないこともあると思う。サウンドを楽しんでるだけならね。でも僕らにとっては、「何について歌ってるんだ?」というのが大事なんだ。それが何なのか。どういう意味なのか。誰に向かって語りかけているのか。そこに違いが生じて、(ジャンルの)境界線が生まれるから。
―ということは、アルバムでやっているような世俗と教会を行き来する2枚組という構成は、かなり過激な取り組みということになるのでしょうか?
PJ:ああ、かなりラディカルなことだと思う。だからこそ、僕はこれをやりたかったんだよね。斬新なことをやるのが好きなんだ。それに、自分を奮い立たせてくれるものが必要だったし、ワクワクできる新しい何かが必要だった。アートというのは、楽しむだけでなく、対話を生み出すものだと思っている。だから、サウンドも美しく、心地良い作品を作りたかったのと同時に、人々の関心を引き、作品について語り合ってもらえるようなものにしたかったんだ。そう、これは……あまり前例がないと思う。似たような試みをした例って、他に一つか二つくらいしか思い浮かばない。だから、かなり画期的なことだね。
それに、自分は、それを真摯な形で実現できる数少ない一人だと思う。というのも、僕はゴスペルミュージックにも、それ以外の音楽にも、これまでずっと深く関わってきたから。多くの人は、大抵どちらか一方に留まるものなんだけど、僕はその両方に関わってきた。自分のこれまでの経験があるからこそ、自分にとっては、こういった作品を世に送り出すことは、ほとんど自分の「使命」みたいなものなんじゃないかって思ったんだ。
世俗の愛/神への信仰の「中間」
―あなたはこれまでソウルやR&B、ヒップホップやジャズ、そして、ゴスペルを共存させてきたアーティストだと思います。あなたの音楽にはいつもそのすべてがありました。今作の前半部『Saturday Night』はあなたらしい「共存」の部分が聴けるパートと言えるんじゃないかと思いました。普段、自身のアルバムを作る際と異なる作り方はありましたか?
PJ:前半後半とも、サウンドの面では僕自身を体現していると思うし、いろんなことに挑戦しているという意味で、自分としてはずっと一貫していると思う。君が言うように、いろんな影響が混ざり合っている。で、前半と後半で何が違うかというと、歌詞なんだ。何について語っているか、であって、どんなサウンドかじゃない。だから、ジャンルの話が出たけど、あくまで違いは、歌詞だけなんだ。それがまさに、「Saturday Night」と「Sunday Morning」の大きな違いだね。
―前半と後半のサウンド的な違いに意味はないと。
PJ:君たちはサウンドを基準にジャンルを聞き分けているわけだよね。僕が日本のリスナーを気に入っている理由もそこにある。音楽は本来、サウンドをもとに捉えるものだよ。
これはポップミュージックも同じだと思う。アメリカでは、「ポップミュージック」という特定のサウンドを指すようになり、ひとつの「音楽ジャンル」にされてしまった。本来は、ただ「人気のある音楽」を意味するはずだったのにね。ゴスペルミュージックも同じで、本来は、特定のサウンドを意味するものじゃなくて、何について語っているか、を意味するはずだったんだ。でも、いつしか、「これがゴスペルミュージックのサウンドだ」と言うようになった。もともと教会音楽だったはずなのに、そこに「商業(コマース)」というものが絡んでくると……ここはあまり深入りしたくはないけど、「これを売ろう」と考え始めた時に、人々が物を買うための「カテゴリー」を作らなきゃいけなくなったんだ。R&Bだってそう。たとえば、僕とサム・スミスを比べてみると、彼の「Stay With Me」は、僕の音楽と同じくらい、立派なソウルソングだ。でも、彼はポップミュージックの人とみなされているから、僕とは違うものとして扱われる。サウンドという意味では、本質的に同じ世界の、同じものなのに。そこが、混乱を生む要因なんだと思う。
で、君の言う「共存」というのは、あくまで音楽的な話であって、「Saturday Night」と「Sunday Morning」における明確な違いというのは、歌詞の部分だけだってことだね。
―歌詞に違いがあるのはわかりました。『Saturday Night』と『Sunday Morning』の大きな違いは後者はキリスト教や教会で使われる言葉が使われていると。でも、『Saturday Night』を聴いていると恋愛や人生の歌だけど、信仰の歌としても解釈できそうで、『Sunday Morning』は信仰の歌のはずだけど、世俗の人生の歌としても解釈できるようにもなっている気がしました。こういう構造はこれまでのあなたの作品にもありましたが、今回、その部分に関しては普段のあなたの作品と違いはあると思いますか?
PJ:うん、たぶん、意図の違いだけだと思う。僕はこれまでずっと音楽を作ってきて、さっきも言ったけど、ソウルミュージックっていうのは、R&Bとゴスペルが交差するところにあるもので、僕は、ずっとソウルミュージックをやってきた。スティーヴィー・ワンダーを例に挙げると、どちらの解釈も成り立つよね。「神様に語りかけている」とも取れるし、「人に語りかけている」とも取れる。つまり、アートの最も優れた形っていうのは、何か特定の解釈を強いるものではないと思うんだよね。むしろ、その時々で自分が感じていることに、自由に結びつけられるよう、インスピレーションを与えてくれるものなんだ。
だから、「『Saturday Night』の曲の中には、『Sunday Morning』に入れてもよかったものがあるし、『Sunday Morning』の曲の中にも、『Saturday Night』に入っていてもおかしくないのがある」と言う人もいる。それは、僕自身がずっとそういう人間だったからだと思う。僕は、いつだって「解釈は聴く人に委ねる」というスタンスで音楽を作ってきた。ただ、いくつかの要素については、聴けば明らかに教会やゴスペルの伝統から来ているってわかるものもあって、普段の作品では、そこまで踏み込まないのは確かにある。だから、基本的には、自分がいつもやっていることと、同じ路線にあるものなんだけど、『Sunday Morning』に関しては、何を歌うかに関して、より意図的に、より意識的になったっていうだけ。たとえば、ゴスペルの曲でしか使われないようなオルガンの音とか、いくつかの構成で、ゴスペルを意識しているというか、僕が育ってきた伝統に則っている。でも、結局、『Saturday Night』も『Sunday Morning』も、解釈は聴く人に委ねられているんだ。
―歌詞の部分で世俗の愛と神への信仰を上手く重ねて、どちらでも解釈できるようにする手法はソウルミュージックがずっと昔から行ってきたことです。そういった手法に関して、あなたにとっての影響源はどんなアーティストですか?
PJ:ああ、スティーヴィーとか、ダニー・ハサウェイとかは、二人とも、まさにその筆頭だと思う。「これを神様に歌ってもいいし、女性に歌ってもいい」と思える。
―その一方で、世俗の愛と神への信仰の重ね方には、長い間、葛藤があったあなた独自のやり方もあるのではないかと思います。あなたらしいやり方があるとしたら、どんな部分だと思いますか?
PJ:そうだね。同じことをしている人はそう多くない。まあ、今、自分が影響を受け、インスパイアされた人物として、二人の名前を挙げたわけだけど。今でもその「間(はざま)」で創作している人は、多くないと思う。それは、自分の育ち方とか、信仰との繋がりのおかげだと思っている。ありがちなのは、アーティストが教会から外れた音楽をやると決めて、教会から拒絶されたと感じた時、極端な方向に走ってしまうことがある。「よし、そっちがそういう態度なら、こっちも歌詞で、真逆の方向に突き進んでやる」と言って、露骨に、神とは絶対に結びつけないようなことまで深く踏み込んで歌うようになる。
―なるほど。
PJ:でも僕の場合は、そこまで振り切ることはなかった。「あいつは完全に信仰から離れちまった」と言われるほどにはならなかった。さっきの本の話じゃないけど、それは僕の人生そのものが理由なんだと思う。僕の表現活動は、自分の人生を映し出したものに過ぎないと思っていて、自分の表現のために、信仰を完全に捨て去ったことは一度もない。いつも、自分の信仰との繋がりを保ち続けてきた。それが最初のうちは、正直、大変だった。「お前はこっちなのか、あっちなのか、どっちか選べ」と言われているようだったからね。だから、多くの場合、自分はちょうどその中間にいて、どちらの側にも属していなかった。それが、時には自分にとって不利に働くこともあったよ。でもその姿勢を貫いたおかげで、今では逆に、その立ち位置にいることが、ある意味ユニークな存在として見られているような気がするんだ。少しずつみんなが僕のことを理解し始めてくれた。つまり『Saturday Night』と『Sunday Morning』の両方をやれるっていうこと自体が、まさに、僕をユニークな存在にしている理由なんだと思う。
さっき君が聞いてくれた「どちらのアルバムに入っている曲でも、どちらの意味にも解釈できる」という話、あれこそが、僕らしさなんだ。今の音楽シーンで、同じようなことをやっているアーティストは、他にあまり思いつかない。もちろん、そこにたどり着くまでには、それなりの道のりがあった。決して楽だったわけじゃない。ちょっと違う立ち位置でいるというのは、簡単なことじゃなかった。でも今は、自分らしくあり続けたことの恩恵を享受できている気がする。だから、何か一つ言うとすれば、両方の側面を持てるということ──それこそが、僕のアートをユニークなものにしているんだと思う。
―あなたの父親はあなたの書籍『Why Can't I Sing About Love?』の冒頭に推薦文を書いてくれるような人でもあるので、あなたのことを認めて、支持してくれている人でもあります。とはいえ、あなたと父親の関係に関する葛藤は自伝の中での核になっている部分です。その部分に関しても少し説明してもらえませんか?
PJ:まあ、最初は……よくあることで、牧師の子供、説教師の子供っていうのは、「一番タチが悪い」って言われるんだよね。というのも、生まれた時からそうだから、選ぶ余地はないよね。うちの父が牧師とか説教師かどうかなんて、僕には選べなかったし、気づいたらそんな人生に放り込まれていた。だから、牧師の子供というのは、よくある話として、そういう環境を拒絶して、できる限り羽目を外して生きようとするんだ。だから、最初、僕が違う形で自分なりの音楽をやりたいと思った時、父とか家族は、僕の考えに反対したんだ。「ただの反抗心だろ」とか、「父の影から逃れたいだけなんだろ」と思われた。だから、最初は僕のやり方への反発があった。
―教会の家ならではの葛藤が父子の双方にあったと。
PJ:でも、本にも書いたけど、父は気づいたんだ。「いや、自分の息子は自分らしさを失っていない。自分の本質を妥協してやっているわけじゃない」と。それに気づいてから、状況が一変した。父は、僕にとって一番のサポーターになってくれた。誰よりも励ましてくれる存在になったんだ。それが僕にとっては、大きな力になった。「自分は何でもできるんだ」と信じられるようになったし、「自分がやりたいように、そのままやっていいんだ」と思えるようになった。しかも、父はキリスト教界の宗教的な場でも本当に尊敬されている人だから、他の多くの人たちにも、物事を別の視点から見るきっかけを与えてくれたと思う。つまり、父の考え方も次第に変わっていったんだ。
―あなたの父、ポール・S・モートンはフル・ゴスペル・バプテスト・チャーチ・フェローシップという教派を設立した偉大な司教です。あなたの父は宗派の枠を超えて、バプテストの良さとペンテコステの良さを共存させた新しいものを提唱しました。新しい信仰の形を提示した人と言っていいと思います。そんなあなたのお父さんのその自由さ、柔軟さはあなたにどんな影響を与えていると思いますか?
PJ:うん、そうだね。「蛙の子は蛙」(a chip off the old block)っていうことわざがあるけど、まさにそれだと思う。たぶん、僕は、そういうところを父から受け継いだんだと思う。父は、今まで通りのやり方、これまでずっとそうだったやり方で十分良かったはずなんだよね。でも父は、「いや、違う。別のやり方があるはずだ。もっと何かあるはずだ」って考える人だった。それを推し進めて、フル・ゴスペルの世界に全面的な改革を起こしたんだ。だから、僕にとっても同じことだったんだと思う。現状に満足することもできたはずなのに、「いや、これは違う。これじゃダメだ。もっと可能性があるはずだ。自分たちで自分たちを制限してしまっている」と思ったんだ。当時は自分でも気づいていなかったけど、それは間違いなく、父が人々の視野を広げ、考え方を広げたいと願って、同じような闘いを繰り広げる姿を見てきたからなんだよね。
―と同時に、お父さんが偉大すぎることに対する、息子としての悩みみたいなものもあったんじゃないですか?
PJ:ああ。ある意味、プレッシャーは感じていたよ。だって、同じ名前だし、僕は一人息子だったからね。父と同じような存在にならなきゃいけない、というプレッシャーは、それなりにあったよ。よくあることだと思うけど……影響力のある親を持つ子供というのは、苦労するものなんだよね。特に、同じ分野で同じことをやろうとした時にね。たとえば、僕が父の後を継いで牧師になろうとしていたら、その重圧は計り知れないものだっただろう。
―ですよね。
PJ:でも僕の場合、父とはあまり関係ない、馴染みのない分野に進むことを決めたおかげで、そのプレッシャーをそれほど感じずに済んだと思う。R&Bを始めた頃や、プロデューサーと一緒に仕事をしたり、ソングライターとして活動していた時とか、みんな、僕の父親が誰かなんて知らなかった。だって、そこは教会でもなければ、宗教的な場でもなかったから。そのおかげで僕は、自分自身の名前を、自分の力で確立することができたんだ。
―教会の外に出て気が楽になった面もあったわけですね。
PJ:実を言うと、子供の頃から家族には「PJ」と呼ばれていた。もし「ポール・モートン・ジュニア」と呼ばれていたら、たぶんもっと大変だったと思う。だって、それはまさに、父の名前をそのまま受け継いだ名前だから。そういういくつかの要素が重なったおかげで、僕は自分自身の世界で、自分らしくいられたんだと思う。父が成し遂げたことに、見合うよう努めなきゃいけないなんて、感じたことはなかった。だって、僕は全く異なる領域で、新しい何かを創り出そうとしていたから。
ディアンジェロへの共感、父との対話
―教会の家に生まれたほかのアーティストの話もしたいです。例えば、ディアンジェロ。彼もまたペンテコステ派の牧師の息子として生まれ、自身の音楽にゴスペルの影響を反映させていましたよね。
PJ:その通りだ。ディアンジェロを忘れてたよ。スティーヴィーとダニーと並んで、僕にとって一番影響を受けたアーティストの一人に、絶対に入れなきゃいけない人だ。うん、本当に、彼からは大きな影響を受けてる。
―で、教会との関係やゴスペルの影響がある音楽性などにおいて、ディアンジェロについてはどう思っていましたか?
PJ:うん、すごく似ていると思う。サウンドの面でね。Dのサウンドを聴くと、教会に連れ戻されたような感覚になる。最も純粋な形でのソウルミュージックそのものっていうか。彼は、その感覚を自分の中に取り込んで、そこに自分の歌詞を乗せていったんだと思う。歌詞に関しては、性的な表現とか、そういう面では、僕よりもさらに踏み込んだ部分もある。「Devil's Pie」みたいな曲とか、僕が決して使わなかったような言葉、つまり汚い言葉も使っていた。だから、Dの方が、僕よりもさらに踏み込んでいたということ。
―なるほど。
PJ:でも、それは絶え間ない葛藤だったと彼自身が何度も語っているのを見てきた。彼は、スピリチュアリティの持つ「力」をわかっていたんだよね。だって、その「精神性」っていうのは、使い方次第で、人々をいろんな方向に導くことができてしまうから。だからこそ、その力の扱いには、慎重にならなきゃいけない。彼は、常にその力を自覚していたんだと思う。彼がそういう出自だったから。彼にのしかかるプレッシャーも、さぞかしすごかっただろう。僕にとっては父が僕を自由にしてくれたけど、彼の場合は、祖母だったと聞いた。祖母の教会に移った時に、その祖母から、「外に出て、ありのままの自分でいなさい」と言われたって。それが、彼を勇気づけたんだ。だから、僕は、彼がそれを成し遂げたその過程に深く共感するし、まるで自分がディアンジェロのバトンを受け継ごうとしているような感覚さえある。というのも、それは、僕がこの世界でどう感じて、どう振る舞わなきゃいけなかったか、っていうことと、すごく似ているから。
―僕はこれまで、あなたのゴスペルアルバム『Gospel According to PJ』(2020年)を何も考えずにいい音楽だと思って聴いていました。あなたの本を読んで初めて、あなたがゴスペルアルバムを作ることがどれだけ特別なことかわかりましたし、感動的なものに聴こえるようにさえなりました。あなたにとって『Gospel According to PJ』の実現がどれだけ特別なことだったか、あなたの言葉で少し説明してもらえませんか?
PJ:ああ。出すまでにかなり時間を要した。というのも、みんな、僕の生い立ちを知っているから、毎年のようにゴスペルアルバムを出してほしいと言われ続けていたんだ。でも、僕は、自分の生い立ちのせいで、変に「型」にはめられたくないとずっと感じてた。で、ちょうどコロナ禍のタイミングで、みんなが必要としているのはこれだと感じたんだ。
―パンデミックがきっかけだったと。
PJ:そもそもゴスペルというのは、さっきも言ったけど、歌詞こそが重要で、希望の音楽であり、人を鼓舞する音楽なんだよね。あの時期、人々は希望を必要としていたと思う。それに、僕自身も、その頃には、置かれていた状況が変わっていた。ある程度、成功も収めていたし、グラミー賞も獲って、マルーン5での活動も経験した。以前のような「型」にはめられるという抵抗は薄れていた。みんなに「これしかできない人」と決めつけられることなく、自分の想いを表現できるようになった。だから、僕にとって、尊敬するアーティストたちをすべて集める絶好の機会だった。カーク・フランクリンやコミッション、クラーク・シスターズ、J・モス、ターシャ・コブスといった、ゴスペル界の最高峰の面々だよ。彼ら全員をひとつのプロジェクトに集めるのは、僕にとって初めての経験だった。
でも、あのアルバムで一番気に入っているのは、僕と父の「会話」、つまりインタールードで僕たちが話してる部分なんだ。あれがあることで、僕がどうやってそこにたどり着いたのか、そして、なぜあのタイミングでゴスペルアルバムを作ることが、これほどまでに重要な転機となったのか、みんなに理解してもらえるから。僕ら親子は、ある意味、「こうもあり得る」っていう好例になったと思う。よくあるパターンだと、息子がその道を選んだことで、父と息子の間に亀裂が入ってしまうことも多い。僕らは、そうじゃない境地にたどり着けることを示せたと思う。それは、本当に「愛」に基づいたもので、すごく力強いものだったと思う。
―親子の愛や信頼を示すことができたアルバムだったわけですね。
PJ:そうだね。音楽そのものは別として、あの会話は、あのアルバムで一番気に入っている部分なんだ。というのも、音楽自体は、その多くが、僕がこれまでに書きためてきた曲だったから。いくつか新曲もあったけど、以前、他のアーティストのために書いた曲が中心だ。ソングライターとして、僕はゴスペルミュージック界で成功を収めてきた。だから、それらの曲を再録して、僕がどんなふうにその曲を書いたのか、というのを、いろんなアーティストを使って、みんなに見せたかったんだ。本当に、あれは特別な瞬間だった。
君のようにその背景を理解していなかったリスナーたちもいた、ということを僕はわかっていなかったね。みんなが知っているつもりでいた。でも、背景を知らなくても楽しめるってことは、素晴らしいことだと思う。それに今、君は(背景を知って)違う視点を持っていて、以前とは違う聴き方で聴いてくれている。そうだね、君の質問に答えると、ゴスペルアルバムを実現できたことは、間違いなく僕にとって大きな意味があったと言えると思うよ。
PJモートン
『Saturday Night / Sunday Morning』
発売中
再生・購入:https://silentrade.ffm.to/pj-morton-saturday-night-sunday-morning?artist=pj-morton&pillar=soul-groove&label=morton-records


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