メキシコ戦の会場となったのは、昨年までMLBのアスレチックスが本拠地にしていたオークランド・コロシアム。4万5000人を超える観衆はほぼメキシコファンだった
"史上最強"のサッカー日本代表に黄信号!? 来年の北中米W杯を見据えて臨んだアメリカ遠征は、メキシコ、アメリカに1分け1敗ノーゴールと完敗。
W杯開催地アメリカならではの"事情"に対応しつつも、今回の格上相手の2試合で浮かび上がった課題を森保ジャパンはW杯本番までに修正できるのか?
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■無得点で露呈した日本代表の現在地

〝史上最強〟は看板倒れだったのか――。サッカー日本代表は9月6日(現地時間、以下同)にメキシコと対戦し、スコアレスドロー。続く9日のアメリカ戦には0-2と敗戦し、アメリカ遠征は1分け1敗。2試合連続ノーゴールという結果に終わった。
来年、アメリカ・カナダ・メキシコの3ヵ国で共催される北中米W杯を見据えた今回の遠征。相手は共に開催国で、FIFAランキングは日本の17位に対し、メキシコは13位、アメリカは15位(ランキングは試合当時)。森保ジャパンにとっては約2年ぶりとなるアジア勢以外とのテストマッチで、格上を相手に日本の立ち位置を測るには格好の機会だった。
だが、ふたを開けてみれば、アジア最終予選で10試合30得点(失点3)を誇った攻撃力は沈黙。さらに初戦から中2日という厳しい日程の中で先発11人を総入れ替え。新戦力や新戦術の試みはあったものの、いずれも中途半端に終わり、課題が浮き彫りになったと言える。
まず、6日のメキシコ戦では現状で起用可能なベストメンバーで臨み、序盤はハイプレスで押し込んだ。しかし、時間の経過とともに主導権を奪われる。
守備面では、最終ラインに冨安健洋(無所属)をはじめ、町田浩樹(ホッフェンハイム)、伊藤洋輝(バイエルン)、高井幸大(トッテナム)と離脱者が相次いだ中、3-4-2-1の中央で起用された渡辺 剛(フェイエノールト)が及第点のプレーを見せたことは好材料となった。

今夏、ベルギーのヘントからオランダのフェイエノールトへ移籍した渡辺。メキシコ戦では3バックの中央で安定したプレーを披露した
「自分ひとりでは守れない。FWも中盤も意思統一してコンパクトに戦った結果。強豪との試合では守備の時間が長くなる。そこで結果を出すには我慢も必要。勝てなかったが、いいシミュレーションになった」(渡辺)
一方で、決めるべき場面で決め切れず、終盤は森保ジャパンで見たことのなかった2トップにトライするも、不発。上田綺世(フェイエノールト)と2トップを組んだ町野修斗(ボルシアMG)はこう振り返った。
「W杯でも残り時間が少ない中で点が欲しい場面は出てくる。そのためにいい印象を残したかったが、結果を出せず残念」

前線のリーダー格として2試合に出場した南野。
南野拓実(モナコ)は内容を評価しつつ、勝ち切れなかったことを悔やんだ。
「これまでメキシコにはフィジカルで負けていた印象があったが、今回は自信を持って戦えた。力が拮抗していただけに押し込まれた時間もあったが、守り切れたのは良かった。でもW杯を想定すれば、メキシコはベスト16のレベル。やはり勝ちたかった」
■主力とサブの線引き。森保采配は是か非か
総入れ替えで臨んだ9日のアメリカ戦は、細かなミスも目立ち、噛み合わない時間が続いた。これまで一緒にプレーしたことのない選手がほとんどのため、ある程度は想定内だったのかもしれない。
とはいえ、同じインターナショナルマッチウイークで、メキシコもアメリカもベースのメンバーに数人の新戦力を織り交ぜて2試合を戦っていただけに、A(主力)とB(サブ)をはっきり色分けして臨む日本の姿は、どこか異質に映った。
北中米W杯から出場チームは32から48へ拡大される。森保一監督や選手が目標とする優勝、あるいは悲願のベスト8以上を狙うなら、準々決勝進出で6試合、決勝までいけば1ヵ月強で最大8試合を戦うことになり、2チーム分の戦力が必要になるのは確か。
だが、A、Bと実力での線引きではなく、主力に数人を加えながらさまざまな組み合わせを試し、連係を磨くほうが合理的ではないか。

アメリカ戦前日の日本代表メンバーのアップ風景。

アメリカ戦が行なわれたコロンバスのLower.comフィールド。アメリカ代表にとっては直近8試合で7勝の聖地だ
アメリカ戦では3バックで始め、後半は4バックへ。例えば右サイドバックの関根大輝(スタッド・ランス)が3バックの右や4バックの右センターバックで起用され、サイドバックの長友佑都(FC東京)は3バックの左、センターバックの瀬古歩夢(ル・アーヴル)は左サイドバックを任されるなど、本来のポジションではない起用も目立った。
チーム事情があったにせよ、本番で生きるテストなのかといえば疑問が残る。日程と対戦相手は事前に確定しており、2試合とも出番のなかった選手がいた事実を踏まえると、選手選考と準備の妥当性には首をかしげたくなる。
また、アメリカのチャンスの多くがエースのクリスチャン・プリシッチ(ミラン)絡みだった一方、日本には〝試合を決める個〟の不在が顕著だったと言える。チームの総合力が上がっても、勝負どころで単独で局面を打開する特別な選手がいなければ高いレベルの試合でゴールをこじ開けるのは簡単ではない。
■三笘、鎌田が語る攻撃停滞の理由
懸念は攻撃の軸・三笘 薫(ブライトン)だ。メキシコ戦で先発、アメリカ戦は途中出場だったが、得意のドリブルは影を潜め、見せ場は少なかった。

「シンプルに止められた」。カタールW杯以降、日本代表の左サイドは三笘の独壇場だったが、今回の遠征ではドリブルのキレを欠き、沈黙した
「ピッチが違えばボールの跳ね方も違う。欧州とアメリカでは感覚が異なる。それでも1対1で仕掛ける場面が少なかったのはコンディションではなく個人スキルの問題。
突破できると思う場面では積極的にいきたいが、相手のパワーがあれば簡単ではないし、周りを使う判断も必要。前回W杯のクロアチア戦でもいい内容で進めながら勝ち越せなかった。今回も似た部分が出てしまった......」(三笘)
アメリカ遠征では主にボランチに入った鎌田大地(クリスタル・パレス)に「アジアで点が取れて格上相手だと取れない」、そんな素朴な疑問をぶつけると、こう即答した。

故障で守田英正(スポルティング)、田中 碧(リーズ)を欠いた中、今遠征では主にボランチとして司令塔役を担った鎌田
「僕自身そのことは最終予選の頃から言い続けてきた。アジアと世界は違う。レベルが上がると、自分たちのチャンスは〝奪ってからのショートカウンター〟で、ピンチは〝失ってからのショートカウンター〟になる。完全に崩し切るのは難しい。
だからこそ、カウンターの鋭さを上げるしかない。ボールを保持して押し込んでも、その先でどう点を取るかが明確になっていない。そこはもっと突き詰める必要がある」
3バックだろうが4バックだろうが、チームとしての狙いが明確でなければ、ゴールは遠い――。
「まあ、そこは選手の仕事ではないですけどね」(鎌田)
森保ジャパンの戦いを現地で取材していた地元メディアがどう見たのかも気になる。
「日本はいい戦いをしていたのでは......。

来年のW杯も取材予定だというデコーシー氏。北中米3ヵ国での共同開催は「クールだが、会場によっては課題も多い」と話す
「アメリカはFIFAランキング30位以内に7連敗中で、日本がBチームで来てくれたのは〝渡りに船〟。日本にもチャンスはあったが、GK大迫敬介(広島)の好守がなければアメリカにあと2、3点は入っていてもおかしくなかった。貴重なアウェーでBチームを出すなんて、森保監督にはよほど余裕があるのだろう。
右ウイングバックの望月ヘンリー海輝(町田)は守備に課題も見えたが、高さとしなやかさがあり、攻撃で良いプレーを見せていたね」(米スポーツ専門メディア「The Sporting News」記者、マイケル・デコーシー氏)
厳しい批評が多い欧州と比べ、日本の成長をたたえるコメントも多く聞かれた。それでも、森保ジャパンが26年W杯で優勝を目指していると伝えると、一気に表情を曇らせる記者も少なくなかった。
「優勝? 根拠はあるの? 歴史を見てもW杯を制したのは8ヵ国のみ。前回大会で決勝を戦ったアルゼンチンとフランスはさらに強さを増している印象があるし、スペインもラミン・ヤマル(バルセロナ)という新星の登場で勢いをつけていて、イングランドだって安定している。でも来年の本大会で、それらの国に勝つために日本がどんな策を用意しているのかは楽しみになったよ」(前出・デコーシー氏)
■開催地アメリカでの収穫と不安要素
一方で、選手の多くが「アメリカでのプレーは初めて」と話していただけに、来年の本大会に向け約75%の試合が行なわれるアメリカの地を踏めたことはプラスだったはず。
日本代表はカリフォルニア州オークランドとオハイオ州コロンバスで2試合を消化し、中2日での移動(西→東へ約3400km、飛行機で約5時間)や時差(プラス3時間)のある中での連戦を経験できたことは収穫になっただろう。
ただし、本大会で中2日という試合日程は考えられず、今回の遠征は気候の違いや標高の高低差に悩まされることもなかった。経験値がどこまで生かされるかは未知数だ。
筆者も取材を通じ、ロサンゼルス、サンフランシスコ(メキシコ戦が行なわれたオークランドに隣接する北米有数の観光地)、コロンバスを回ったが、長距離移動や時差(日本とアメリカ西海岸は16時間の時差)には苦労した。

サンフランシスコの中心部で治安が悪いと評判のテンダーロイン地区。ホテルの目の前でゴミ箱が燃やされるのを目撃した
また、都市によっては治安悪化も叫ばれていて、例えば、来年の本大会ではサンフランシスコ・ベイエリアとして開催地となるサンフランシスコ(会場はサンタクララのリーバイス・スタジアム)もダウンタウンはすさんだ状況が垣間見られた。
筆者の宿泊したホテルはダウンタウンの中で決して治安が良い地域ではなかったが、街を少し歩けば通称「ゾンビ」と呼ばれる薬物依存症者やホームレスが一定間隔で横たわっているありさま。夜間に大きな爆竹音が聞こえたと思えば、ゴミ箱が激しく炎上し、警察と消防が駆けつけ消火に当たる。そんな場面にも遭遇した。
W杯に向け、現地記者の声は期待と不安が交錯する。
「開催都市によって事情はかなり違う。車社会のアメリカで、例えばカンザスシティやヒューストンなんてファンがどうやってホテルとスタジアムを往復するのか不透明だ。
臨時バスは出るだろうが、すべての観客をさばけるのか。治安面で〝近づかないほうがいいエリア〟もある。計画的な移動が必要だ」(前出・デコーシー氏)
「政治的な懸念もある。アメリカは東海岸と西海岸で気候も文化も違う。まして、カナダ、メキシコを加えれば、気温や標高差など環境差は激しい。6、7月のクラブW杯でも雷雨で試合中断が4試合もあった。大会運営がスムーズにいくか、多くの人が神経質になっている」(米スポーツメディア「Yardbarker」記者、アリッサ・クラン氏)
前回カタールW杯で日本がドイツやスペインを下し躍進した要因のひとつが、舞台が慣れ親しんだドーハ(カタール)だったことは明らかだった。逆に大きな期待を背負いながら臨んだ14年ブラジルW杯では移動や環境、気候の違いに苦しみ早期敗退した過去も忘れてはならない。

ナイジェリア人の父と日本人の母を持つ望月。守備に課題はあるものの、192cmとサイズもあり、その攻撃力は魅力。W杯に向け、秘密兵器となれるか!?
10月には10日にパラグアイ、14日のブラジルと、共に南米の強豪2ヵ国と対戦する森保ジャパン。とりわけ、言わずと知れた〝サッカー王国〟ブラジルとの東京での対戦が注目されるが、そのブラジルは世界で唯一23大会連続でのW杯出場を決めた一方で、南米予選では5位通過と苦しんだ。
A代表では過去13度の対戦でブラジルの11勝2分けと日本の勝利はないが、来年の北中米W杯で上位進出を狙う上ではこの上ない試金石とも言える。
ブラジルからの金星で勢いをつけられるか。内容次第では、〝史上最強〟から一転、森保ジャパンへの逆風が強くなってもおかしくない。
取材・文・撮影/栗原正夫 写真/アフロ AP/アフロ 日刊スポーツ/アフロ