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全国約13万の仏教僧侶の多くは高齢者に該当している

トラック運転手、建設作業員、介護士――。日本のあらゆる業界で「担い手不足」が叫ばれて久しい。
その波は今、意外な場所にも押し寄せている。お寺の僧侶だ。

現在、日本の仏教僧侶数は約13万人と推計されており、その多くが高齢者に該当する。文化庁が公表している「宗教年鑑」によると、2022年までの10年間で1000近い寺社が消滅。僧侶不在の"空き寺"は、今なお増え続けているという。

「かつて僧侶といえば、地域の精神的支柱として尊敬を集める憧れの職業でした。それが今や、若者がなりたがらない不人気職に成り下がっています」

そう現状を危惧するのは、天明寺の住職である鈴木辨望(べんもう)氏だ。

「高野山真言宗の僧侶育成機関『高野山専修学院』の入学者数は、30年前には1学年約80人だったのが、現在は約30人弱。3分の1以下に激減しています。ただでさえ少子化・未婚化で後継者となる子を持てない住職が増え、跡継ぎ不在のお寺が全国的に広がっているのに、そもそも『お坊さんになりたい』なんて若者自体がいなくなってきているのです」(鈴木氏)

頭を丸めないといけないなど、不人気の理由はいろいろあるだろう。しかし、最大の原因はシンプルだ。僧侶という職業が、もはや「食える仕事」ではなくなってしまったのだ。

人材派遣に「遠隔読経サービス」まで...。僧侶不足で葬儀もできない地方の窮状
檀家からのお布施収入が減少し、お寺のビジネスモデルは岐路に立たされている

檀家からのお布施収入が減少し、お寺のビジネスモデルは岐路に立たされている

「葬儀や法要で菩提寺に護持運営のためにお布施を納める、江戸時代から続く檀家制度という仕組みが急速に崩壊。特定の宗教に縛られない『個の宗教』へと移行する昨今、檀家数の減少とともに、お寺の収入も激減しています。地域差もあるが檀家数200~300人でようやく黒字ですが、そんなお寺は全体のわずか1割ほどしかありません。

そのため、副業として大規模寺院に出稼ぎに行ったり、平日は会社員として働き、休日に法務を行う『兼業住職』を余儀なくされたりしている人も少なくありません。これを揶揄(やゆ)して〝寺リーマン〟なんて言葉もあるほどです」(鈴木氏)

【派遣会社までが登場、乱れるモラル】

寺院が苦境にあえぐなか、それを巧みに利用しながら台頭してきたのが「僧侶派遣業」だ。葬儀や法要を行う菩提寺の代わりに僧侶を手配する業者のことで、葬儀社と組むことで急速に存在感を増している。

「葬儀社は、あえて菩提寺の僧侶が来られない時間帯に葬儀を設定して断らせ、『仕方ないのでこちらで別の僧侶を手配しますね』という流れに誘導するわけです。料金も、菩提寺の住職に頼めば約50万円のところ、僧侶派遣会社経由なら約25万円。戒名なしならさらに半額にまで圧縮できる。なにより、消費者もそれを望んでいる」(鈴木氏)

かつて葬儀は、寺院と葬儀社が明確に役割を分担し、寺院の領域は「聖域」として経済原理を踏み込ませない不文律があったが、その構造は瓦解。葬儀の簡略化が進むなか、ついにはZoomやYouTubeを使った遠隔読経まで登場している。

「遠隔読経はもともと葬儀会社や僧侶派遣会社などが生み出したサービスですが、移動不要で1日複数件こなせるため、私も含め菩提寺の住職もどんどんこれを取り入れ始めています。

メリットもあるので一概に否定はできませんが、1つだけ見過ごせない問題がある。

それは、画面越しでは相手が本当に僧侶資格を持っているかどうか確認する術がないということです。正直、抑揚とリズムさえ合っていれば、『それらしく』聞こえてしまいますから」(鈴木氏)

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地域コミュニティの最後の砦として機能してきたお寺だが、その役割を終えつつある

地域コミュニティの最後の砦として機能してきたお寺だが、その役割を終えつつある

背景にあるのが、昨今の物価高とコロナ禍だ。

「火葬料は年々上昇。葬儀全体のコストを抑えたい方が増え、『戒名なし』『僧侶なし』『直葬』という選択が広がってきました。そこに、追い打ちをかけたのがコロナです。『感染防止のため、お坊さんを呼ぶ前に先に火葬を』という流れが葬儀社によって広められ、お坊さんを呼ばなくてもいいという意識が社会に根付いた。一度そうなれば、もう元には戻りにくい」(鈴木氏)

この変化を利益に変えたのが葬儀社だ。寺院を通さなくなった分、棺や食事など自社サービスの売上に転嫁することで利益を確保する構造が定着しつつある。

「今まで葬儀屋さんへの支払いは遺族に値切られがちでした。でもお寺へのお布施は、なかなか値切れない。要は、これまで割を食い続けた葬儀屋の逆襲でもあるんです」(鈴木氏)

【高市政権の〝誤解〟が寺を潰す!?】

さらには、そこにとどめを刺すかのように、政府は消費税減税の財源として宗教法人への課税見直しに言及し始めている。

「『宗教法人=巨額マネー』という像がメディアを席巻していますが、それは誰もが名を知る一握りの巨大宗教法人の話にすぎない。ただでさえ現実に食えてるお寺は12%ほどで、そこに課税強化したって徴税コストのほうが上回り税収だって上がりません。

宗教法人は非課税で儲かっている、というイメージはごく一部にしか当てはまらない誤解なんです。高市総理も国民も、どれほどのお寺が潰れてしまうのか、想像さえできません」(鈴木氏)

そんななか、鈴木氏は「時代の流れにあわせて、この業界も変化していかなければならない」と提言する。

「御朱印集めがブームになるなど、神社仏閣を好む人は少なくありません。しかし、あえて経済用語を借りれば、今のお寺は『マーケットイン』に傾きすぎている。つまり、参拝者のニーズに応えることを優先するあまり、今やお寺は御朱印のスタンプスポット、あるいはパワースポットとしてしか認識されなくなりつつあるのです。

もちろんそれも大切なことですが、同時に仏教の本質や人と人とのつながりを重んじるというお寺本来の役割を伝えていかなければ、その核心にある大切なものが失われてしまいかねません」(鈴木氏)

地方の過疎化が進む中、お寺は地域コミュニティの最後の砦として機能してきた。葬儀はその象徴で、故人を偲ぶだけでなく、普段会えない人が一堂に会し、疎遠になっていた人間関係が自然と修復される場でもある。

お寺が消えるということは、そういった日本人の精神的な拠り所が消えるということだ。それはもはや、文化の消滅にほかならない。

文/新田勝太郎 写真/photo-ac.com

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