―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。

願いは今日も「すこしドラマになってくれ」


バカ舌vsディープ焼き肉【足立区某駅・取材拒否の店(焼き肉屋)】vol.25

 美味しいものを食べる機会は今日までたくさんあったはずなのに、相も変わらずバカ舌である。最近は開き直って「むしろバカ舌はコスパいいんすよー」なんて笑ってみたりしている。

 だって、みなさん、予約が2年待ちの高級焼き肉店に行ってきました~とかSNSにあげてドヤついたりしてますよね? 俺からしたらその肉、牛角とほぼ一緒っスから! アッハッハ!

 徐々に食事会に誘われなくなり、友人が激減していることに気付いた。もう遅い。

 とくにわからないのが、肉の部位である。目を閉じて口に放り込んだら、カルビとロース、ハツとミノは、私の中で大体同じものである。

「じゃあ、次は焼き肉屋に行きます?」

 担当編集は話を聞いてくれない。

 そうして私は、足立区内のとある駅にいた。その街には肉好きが集まるディープな焼き肉店があるという。

 目的地に向けて、20分近く歩く。ディープな店は大抵、駅から遠いところにあることをこの連載で学習済みである。

 住宅街の真ん中に突然大きなスーパーが現れ、そのすぐそばに、目当ての焼き肉店と思わしき建物があった。
外壁の塗装が著しく剥がれており、ディープさを誇示している。

 早速、ガラガラと扉を開ける。L字のカウンターと小上がりがあり、壁にはちょっとしたねぶた祭りかと思うほど大きな熊手が掛けられている。カウンター席に座ると、目の前にはメニューと角型の七輪が置かれていて、カウンターの対面にいる店主の視線は店の隅のテレビに向いていた。

 ハイボールと一緒に、タンとカルビ、軟骨、キムチを頼んでみる。

 ほどなくして、厨房からドリンクが運ばれてくると、テレビを見ていたはずの店主がこちらを向いた。

「美味しそうだな~」

 その言葉は、どう見ても私の手元にあるハイボールに向けられていた。

 突然の台詞に戸惑った私は、気付けばメニューを手に取り、「えっ、あっ、何か飲みます……?」とそれを差し出していた。

 キャバクラって、こういう仕組みだった気がする。

「飲めないの。これのせいで」

 しかし店主はそう言って、両手を見せてくれる。その手は明らかに浮腫(むく)んでいて、包帯のようなサポーターまで巻かれていた。


「趣味のゴルフもドクターストップよ。つまんないよねえ」

 聞けば店主、77歳だという。店主は厨房に入らず、L字のカウンターの中でテレビを見たり、お客さんと会話を楽しんだりしている。対照的に厨房では女将さんたちが体育会系のムードで調理をしていて、たまに店主に向けて「喋ってないで運んで!」などと喝を入れるから、見ていて微笑ましく、おもしろい。

 コントのような店員同士のやりとりに見惚れていると、肝心の肉が運ばれてくる。タン、カルビ、キムチ、どれも美味しかったけれど、豚の軟骨が、びっくりするほどうまい。食感が噛むたび変わって、味付けもわかりやすく、白米が食べたくなる。バカ舌でもわかるうまさなのが、ただただ嬉しい。

 感動している間に、気付けば店は満席になっている。昭和29年から築き上げた常連客との関係性が見える。

「忙しくなると大変だからさあ、お店の名前は出さないでおいて」

 取材を断る店とは聞いていたが、お茶目な様子で店主が言って、交渉の余地はなかった。限られた情報で店を探すのも楽しいと思うので、もしも興味を持ったなら、この文面から店を見つけてみてほしい。
素敵な店です。

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<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

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【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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