漫画制作の現場といえば、常に過酷なイメージがつきまとう。締切に追われるストレスや座りっぱなしの作業、不規則な生活習慣など、心身への負荷は想像に難くない。
働き方改革が進む昨今でも、業界内では若くして健康を損なう事例が後を絶たないのが実情だ。現場で何が起きているのか。当事者たちの切実な証言から、その舞台裏を探る。
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原因不明の難病に。原因はストレス?

「プレッシャーで気が狂いそう」脳溢血寸前になった30代漫画原作者が語る、週刊連載で「心身が削られる」過酷な現実
診察の際に渡されたプリント。手術を受けたら「住宅ローンの団信が通らなくなる」と医師に言われたそうだ
第一線で活躍する漫画家が突然命を落とすケースは珍しくない。『満州アヘンスクワッド』の作画を担当していた鹿子(しかこ)氏が、2025年11月に希少がんのため37歳で逝去。『坂本ですが?』などの作者・佐野菜見氏も進行がんのため2023年8月に36歳で急逝し、2021年5月には『ベルセルク』の三浦建太郎氏が急性大動脈解離のため54歳で他界した。

畑違いの本業と並行しつつ、2023年に漫画原作者としてデビューした青木昭さん(仮名・39歳)は、週刊漫画誌でとある業界モノのお仕事漫画を手掛けている。しかし、連載を開始して3ヶ月ほど経った頃から謎の頭痛を発症。検査を受けた結果、脳溢血の一歩手前と診断された。

「原因不明と言われました。有名大学病院の脳外科医から、手術は難易度が高く、半身不随などの後遺症が残るリスクが1%ほどある。
自然治癒する可能性にかけるべきとアドバイスされました。現在は半年に1度、MRI検査を受けて経過観察中です。個人的にはストレスが理由だと思っています。ストーリーを考える作業に、脳のリソースと可処分時間のすべてが奪われ、プレッシャーで気が狂いそうでしたから」

心身ともにボロボロに「死ぬかも…」

作品の性質上、綿密なリサーチでの消耗も激しく、編集者からの細かい指摘に晒されることもあって、常にイライラしている時期も。食事や睡眠などの生活習慣も乱れ、ファストフード店や牛丼屋でのドカ食いが辞められず、体重は最高記録を更新中だ。

「ストレスの発散方法が食べるくらいで、自分の意志では食欲が止められないんです。最近はマシになってきましたが、不眠症気味で布団入っても6時間ぐらい眠れないのもザラでした」

人間ドックを定期的に受けているが、昨年から数ミリ単位の小さなポリープが急増。胃腸の調子が悪く、便秘と冷え性も深刻らしい。身体の不調はそれだけではない。

「腰痛とは無縁だったのに、漫画の仕事をしている時だけ鋭い痛みが走ることも。加齢の影響もあると思いますが、創作のストレスがきっかけで一気にガタがきたような。周りは特別な才能の持ち主ばかり。僕のような凡人の中年が週刊漫画に挑戦することはおすすめできないです。
普通に死ぬかもしれません」

身体の不調よりメンタルの不調が増加傾向

出版科学研究所の集計(2025年度)によると、電子コミックの売上は5273億円と電子出版の9割を占める。伸び率こそ鈍化しているが、電子コミックは2014年以来、右肩上がりの成長市場でこの6年間で売上は倍増した。

「締め切りがタイトな紙の漫画雑誌と違い、Web媒体の連載漫画は掲載日を調整しやすく、いざとなれば締め切りをスキップできる。働き方はホワイト化しています」

そう語るのは、ベテラン漫画編集者の森本弘明氏(仮名・50歳)。週刊漫画誌に長年携わり、現在は総合出版社のWeb媒体でエッセイ漫画などを担当している。

「Web媒体の連載ペースは隔週や月1が主流。デジタル化で作業が効率化された上、例えば隔週連載でも平均で月30~40万円ほどの原稿料が入ります。昼夜問わず激務をこなす人は、複数の媒体を掛け持ちする一握りだけです」

連載開始前の準備期間を長く設けて十分な話数のストックを用意し、柔軟に休載できる体制も浸透。一般常識から外れた働き方は炎上リスクもあることから、徹夜を辞さない働き方は紙媒体も含めて業界全体で減っているという。

「腰や首、腱鞘炎や痔も相変わらず職業病ですが、最近は過労による身体の不調よりも、メンタルの不調のほうが目立つ印象です。コロナ禍以降、対面の打ち合わせや会食が減り、対人関係が苦手な作家さんほど会話する機会を失い続けています」

連載開始後に急に太りだすケースも

孤独で不規則な生活がメンタルの悪化を招き、暴飲暴食に溺れ、体調を崩す漫画家は少なくないそうだ。

「運動不足で体力・免疫力が低下しているのか、ほとんど外を出歩かないのに風邪やインフルエンザにしょっちゅう罹る作家さんも珍しくないです。糖尿病の人もまあまあいて、それまでは金欠でガリガリに痩せていたのに、連載が始まると精神的な負荷によって急に太り出すパターンも多い。デビューを目指す若手作家で、お金がなくて歯医者に行けず、歯がボロボロに抜けた人もいました」

1人で10人以上の作家を受け持ち、最低でも5~6本の連載作品を走らせているという森本氏。
担当作品やタスクが増え続ける現状に起因して、漫画編集者も健康面の課題を抱えているらしい。

「プロモーション業務まで求められるようになり、プレッシャーは常に感じています。創作に専念しづらいストレスは作家さんも敏感に感じているのかなと。出版不況で、二人三脚で頑張っても単行本が売れないケースのほうが圧倒的に多いため、お互いに虚無を感じて病みそうになる時もありますね」

医師の見解は?

不摂生を続けた先にどんな結末が待ち受けているのか。漫画家の診療経験も持つ糖尿病専門医の飯島康弘氏は、こう警鐘を鳴らす。

「漫画家の生活で医学的に最も怖いのは、『同時に』積み重なる複数のリスクです。長時間座り続けることで筋肉や心肺機能がじわじわと衰える。医学では『廃用』と呼び、数か月、数年かけて静かに進行します。そこに栄養バランスの崩壊が重なると、肥満・糖尿病・脂質異常症・高血圧を呼び込み、動脈硬化が加速。突然死のリスクは確実に積み上がっていきます。また、締め切りストレスによる不眠も深刻です。不眠は血圧上昇、食欲の暴走、判断力の低下、うつ傾向と連鎖し、身体と心の不調が同時に悪化していく結節点になります。
せめて年に一度の健康診断と、眠れない日が2週間続いたら受診する。この2つだけでも、心に留めておいてほしいと心から願っています」

デジタル化による効率化が進む一方で、孤独な作業環境が生む精神的な重圧は、今もなおクリエイターの心身を静かに蝕み続けている。

<取材・文/伊藤綾>

「プレッシャーで気が狂いそう」脳溢血寸前になった30代漫画原作者が語る、週刊連載で「心身が削られる」過酷な現実
医療法人社団藤和東光会 藤保クリニックの院長・飯島康弘氏
【飯島康弘】
東京医科大学卒。東京医科大学 糖尿病代謝内分泌内科 客員研究員。日本糖尿病学会 糖尿病専門医、日本内分泌学会 内分泌代謝科専門医・指導医、日本内科学会 認定内科医。2021年に東京都新宿区の藤保クリニック院長に就任し、糖尿病外来、訪問診療、有床診療所の運営を行い、生活習慣病から人生に寄り添う診療を大切に日々医療に励んでいる。

【伊藤綾】
1988年生まれ道東出身、大学でミニコミ誌や商業誌のライターに。SPA! やサイゾー、キャリコネニュース、マイナビニュース、東洋経済オンラインなどでも執筆中。いろんな識者のお話をうかがったり、イベントにお邪魔したりするのが好き。毎月1日どこかで誰かと何かしら映画を観て飲む集会を開催。X(旧Twitter):@tsuitachiii
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