高収入であれば安泰という神話は、いまや崩れ去っている。教育費や住宅ローンといった高額な固定費が家計を圧迫すれば、一転して貧困状態に陥るリスクがあるからだ。
企業経営者の今井將一さんは年収750万円を稼ぐ会社員から、政治家の秘書に転身。その後、自身も選挙に出馬し落選したことを機に無収入にとなり、教育費や住宅ローンなど、固定費に苦しめられたと語る——。

会社員からあいのり「総理」の公設秘書に転身、県議会選に出馬するも落選

年収750万円から借金1000万円に転落した男性の告白「借金...の画像はこちら >>
「借金の経験から学んだこと、ですか?それはもう、『借金はするな』に尽きますよ」

東京都新宿区内にあるオフィスビルの一角で、今井將一さん(54歳)はこう苦笑する。コールセンターやBPOセンターの運営事業を手がけるICVコンサルティングで現在、代表取締役を務める今井さん。左胸に燦然と輝く金のバッジは同社の役員以上が着用するもので、社内的には「年収1000万円以上」を暗に意味している。

私生活では、1男1女の父。毎晩仕事が終わると、妻の手料理を食べるため、オフィスのある新宿から神奈川県三浦市内の自宅まで、ときに数時間をかけてクルマで帰宅する。公私とも満たされた生活に見えるが、かつて選挙への出馬をきっかけに無収入となり、借金が1000万円近くにまで膨らんだ経験を持つ。

大学卒業後、コールセンターの受託運営を行う会社に就職。北海道支社で責任者としてコールセンターの立て直しを任されるなどして昇格を重ねた。転機となったのは’09年、人気恋愛バラエティ番組「あいのり」への出演で知られる横粂勝仁さんが衆院選に出馬し、地元・三浦海岸駅前で演説する場面に遭遇したことだ。このとき選挙活動を手伝ったことが縁で、会社を辞めて横粂さんの公設第一秘書へと転身。1年半後の’11年4月には、自身も神奈川県議会選挙(三浦地区)に出馬するが、現職の県議会議員に6000票近い投票差をつけられ落選した。
生活が傾き始めたのは、このころだ。

娘が私立中に入学、住宅ローン返済も…削れない固定費に苦しむ日々

「選挙準備のため出馬の約半年前には秘書を辞め、選挙戦が終わるまでの半年近く、収入がありませんでした。にもかかわらず落選後、今度は個人事業主として浄水器販売の仕事を始めたんです。数か月経っても一向に売れる気配はなく、成果報酬制なので収入は0のままでした」

そうこうするうち、生活資金は底をついていく。月々の出費でウェイトを占めたのが、教育費や住宅ローンなどの固定費だった。

「出馬して収入が途絶えたのと同じ年、娘が私立中に入学したんです。入学金だけで50~60万円、授業料も入れると初年度は年間100万近くかかりました。このほか住宅ローンも毎月10万円近くあり、削れませんでした」

コールセンター時代の年収は約750万。所有するクレジットカードはすべてゴールド、現金借入の限度額も100~300万円ほどあった。今井さんはいつしか、月末になると給料を引き出す感覚で月末30~40万円程度をキャッシュカードでおろす日々へと突入する。

年収750万円から借金1000万円に転落した男性の告白「借金を返済するために新たな借金を…」高収入者こそ陥りやすい「貧困」の恐怖
気軽におカネを借りられるが、だからこそ借金も膨らみやすいのがキャッシュカードだ(写真:Adobe Stock)
「借金を返済するために新たな借金を重ねる自転車操業のような毎日で、約1年半で借入先は計10社、額は1000万近くに膨らみました。自宅には毎日のように督促状が届き、電話も鳴りやまない日々でした」

手持ちのキャッシュカードをいずれも上限まで借り切り、今度は消費者金融を頼ろうとしたが、ブラックリスト入りしているため断られてしまう。落選から約1年後の’12年5月には、とあるベンチャー企業のコールセンター部門に再就職を果たした。
定期収入が得られるようになり、年収は約750万円で前職と同水準を確保できたが、それでも生活は楽にはならなかった。

「額面は750万円でも手取りでは約600万円、月々に慣らすと50万円程度です。以前との違いとして、ここからさらに返済分も確保しないといけません。妻は主婦で子どもも2人いるとなれば、貯金はできませんでした」

借金を1000→300万に圧縮、5年をかけて完済

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大塚雅彦さん。大手消費者金融の営業店店長として、当時全国2位の営業成績をあげたことも。のち弁護士事務所に転職し、金貸し側の経験を活かして救済に励んだ
再就職を果たしても督促と返済に苦しむ今井さんに、当時「個人再生をしたほうがいい」と助言をした人物がいる。元々の知人であり、大手消費者金融の元営業店店長・大塚雅彦さん(57歳)だ。

「個人再生とは、裁判所を通じて債務額を減額してもらい、その残りを数年がかりで返すというもの。『住宅資金特別条項』という特約があり、返済能力があるなど所定の条件を満たせば手元に住宅を残せます。ほかに『自己破産』という方法もありますが、この場合は債務が免除される代わりに住宅ごと処分されてしまう。会社員として定収入があるのなら、住宅資産(マンション)を手放さずに済む個人再生を選ぶべきとアドバイスしました」

大塚さんから紹介を受けた弁護士に個人再生を託し、許可が下りた段階で督促と返済は即時にストップ。その後改めて裁判所への申し立て手続きを行い、再生債権(残りの借金額)は約300万円にまで圧縮された。会社員を続けながら毎月約5万円ほどを支払い続け、5年をかけて完済。この間、借金の事実は勤務先には積極的に伝えていない。
「自分自身の借金なので、自分自身がどうにかしなければならない」という思いから、家族にも詳しい額は打ち明けていなかったという。

佐賀県弁護士会消費者問題対策委員会で委員長を務めた弁護士の大和幸四郎氏によれば、今井さんのように一見高い収入を得ていても、人知れず借金返済に悩むケースは決して珍しくないのだという。

「月30万~40万円近く収入があり、ギャンブル癖もない。それなのに負債が積み重なる要因は人によりさまざまですが、一つにはクルマや高額の結婚祝い、ご香典など『見栄を張った出費』があります。たとえばクルマを買えば、車検や駐車場代など別に固定費が発生しますが、追加出費が目に入っていないことも少なくありません」

PayPayをはじめとした電子決済手段の発達も、支払いの実感を鈍らせていると指摘する。

「キャッシュカードや電子決済だと、財布からおカネが出るのが目に見えないので、気の大きい支払いをしがちです。時代に逆行するようでも、カードや電子決済を使わず『現金主義』を貫くのもいいでしょう」

年収750万円から借金1000万円に転落した男性の告白「借金を返済するために新たな借金を…」高収入者こそ陥りやすい「貧困」の恐怖
今井さん。生活を立て直した現在は、経営者として部下たちに発破をかける毎日を送っている
先の今井さんも、過去の失敗を経て今ではどんな買い物をするときも「キャッシュカードは絶対に使わない」と決めているという。

「たとえクルマのように額の高い買い物も、現金払いを勧めたい。でないとかつての僕のように、金銭感覚はあっという間に壊れていきます」と釘を差す。

貧乏とは、必ずしも収入が減った先にあるとは限らない。高収入ゆえに陥ってしまう「貧困」も、また現実に存在しているのだ。

大和幸四郎(やまと・こうしろう)
1996年旧司法試験合格、佐賀県弁護士会所属。
佐賀大学客員教授。佐賀いのち電話評議員。得意分野は捜査弁護、遺産分割等の相続問題、借金問題、消滅時効。佐賀県弁護士会消費者問題対策委員会では委員長を務めた

<取材・文・撮影/松岡瑛理>

【松岡瑛理】
一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。 Xアカウント: @osomatu_san
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