今季限りでの引退を明かした錦織圭(ユニクロ)は、2009年末から2019年10月まで、約9年間、ダンテ・ボティーニ氏(アルゼンチン)の指導を受けた。10人近い錦織の専属コーチの中で、2014年全米準優勝など、最も長く錦織が信用してきた真の相棒だった。

そのボティーニ氏が、スポーツ報知の独占インタビューに答え、錦織への思い出を語った。(取材・構成=吉松 忠弘)

 今年1月の全豪のことだった。現在、指導する世界100位の呉易昺(ウー・イン・ビン=中国)との練習を終えると、ボティーニ氏から話しかけられた。

 ボティーニ氏「ケイはどうしたんだい? 久しぶりに試合を見られると思っていたら、試合前に欠場していたんだ。どこかけがでもしたのかな?」

 右肩のけがだと伝えると、残念そうに、昨年末に錦織と談笑したことを話した。

 ボティーニ氏「昨年末にIMGアカデミーで会ったときは、元気そうだった。笑いながら子供のこととか話して、幸せそうだった。呉と練習する機会はなかったけど、調子は良さそうに見えた。ここ(全豪)で活躍する姿を見たかったんだけど残念だね」

 2019年にコーチと選手の関係を解消してすでに7年がたった。それでも、ボティーニ氏にとって、錦織は特別な存在だった。

 ボティーニ氏「ケイは、自分が指導した最初の最も重要な選手だった。彼から、コーチとして多くのことを学んだし、僕の歴史や人生において、最も大きな存在だった。

今、彼はけがに苦しんでいるようだけど、何が起ころうと、彼の幸せを願っている」

 錦織との最初の出会いを、ボティーニ氏はよく覚えている。IMGアカデミーでコーチをしていたボティーニ氏に、マネジャーを通じて、錦織専属の打診があった。

 ボティーニ氏「英語を少ししかしゃべれなかった以上に、ケイはシャイでシャイで(笑)。あまり話そうとしなかった。だから、コーチで最も苦労したのは、最初のコミュニケーションだった。彼が今の練習メニューや私の考え方が気に入っているのか、時々、分からなかった。だから、何度も質問し、その度にケイは正直に答えてくれた。このやりとりが、2人の関係を築いてきたんだと思う」

 ぎこちない関係から、最も長い9年もの間、指導は続いた。2013年末にはマイケル・チャン氏がコーチに加わったが、ボティーニ氏との関係は崩れなかった。

 ボティーニ氏「お互いがお互いのことを尊重し合っていたんだ。お互いに、自分で動いたり、考えたり、楽しんだりするスペース(空間)を与えていた。自分でできるなと思ったら、ケイに任そうとなった。

一緒に夕食に行こうとか、あれこれ言い続けなかった。彼は午後6時になると日本食へ、僕は、知っているとおり、午後9~10時ごろにステーキに行くという感じ。それが、お互いに居心地が良かったんだと思う」

 9年間の中で、2014年には全米で準優勝に輝いた。アジア男子選手のシングルスで、初めて4大大会決勝に進んだ快挙だった。

 ボティーニ氏「忘れられない。大会前に、ケイは指のけがで、米フロリダで車いすに乗っていたんだ。ケイは(全米に)行きたくないって言っていたけど、行こうよ、飛行機でわずか2時間だよと、ケイの気持ちをけしかけた。そしたら、あっという間に決勝だよ。信じられなかった。その後、10月の東京(ジャパンオープン)では優勝。全米決勝で負けた後だったから、気持ち的に大変だったけど、地元で優勝するんだから、特別だった」

 ボティーニ氏の人生を大きく変えた錦織。その大きな存在が、今年いっぱいでラケットを置く。

 ボティーニ「ただ人生を楽しんでほしい。子供たちと過ごす時間を楽しんでほしい。何にも縛られず、ただ幸せでいてほしい。これからも、ケイは、テニスと関わっていくんだろうね。本当にテニスが好きだから。子供たちにテニスを教えて、できる限りのことをテニス界に残していってほしい」

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