今年が開業3年目の福永祐一調教師。すでに5つの重賞を制し、G1にも有力馬を送り込むなどビッグタイトルも手の届くところに来ている。

 そんな福永師の“本音”とも取れる発言を巡り、競馬ファンや関係者の意見が真っ二つに分かれている。

福永師が明かした“人気薄騎手のリアルな判断基準”

 賛否を呼んだ発言が飛び出したのは、今月12日に公開されたYouTube動画内でのことだ。お笑い芸人・ビタミンSお兄ちゃんの『お兄ちゃんネル』に福永師はゲスト出演。普段から親交のある2人がサシ飲みトークを繰り広げた。

「NGなしの質問コーナー!」というタイトル通り、福永師は視聴者から事前に寄せられた質問にざっくばらんに答えていた。

 そしてトークが進むにつれて、自ら持ち出したのが、「なんでこんなスローペースやのに動かへんねん(っていう時があるやん)」という騎手目線から見た競馬の奥深い話題だった。

 ビタミンSお兄ちゃんは、キタサンブラックが逃げ切った2016年のジャパンCを回想。なぜどの騎手も本命馬に鈴をつけに行かなかったのかと切り出した。

 これに対して福永師は、競馬において「2番手のポジションにつけた人馬がレースをコントロールする」という持論を展開したうえで、1番人気キタサンブラックの例でいえば、もし福永師が2番人気の馬で2番手に付けていれば「当然捕まえに行く」と発言した。

 その一方で、もし騎乗したのが10何番人気の伏兵馬なら「(2番手から無理に)捕まえに行くわけあらへん」と語った。

 つまり、「騎乗馬の評価や勝算によって仕掛けどころが変わる」というのが福永師の考え方だろう。福永師は実力で劣る人気薄の馬が逃げ馬に絡んでいくことに「なんのメリットもない」と断言。人気薄の騎手が無理に勝負へ行かないケースもあることを踏まえて予想するべきだと、元騎手ならではの視点を披露した。


2017年の有馬記念を振り返った発言が物議

 さらに、2017年の有馬記念で自身が騎乗したシャケトラの話題を持ち出したのだが、この時の発言がさらに物議を醸すことに。

「キタサンブラックが逃げ切ったんだけど、なんで捕まえにいかへんねん。だって(シャケトラはキタサンブラックに)勝てる馬ちゃうやん」

 同年の有馬記念もまた、武豊騎手に導かれたキタサンブラックが勝利。引退レースを見事に逃げ切ったのだが、この時もまた後続に競りかけられることがなかった。そしてその2番手を進んでいたのが、他でもない福永師が騎乗したシャケトラだった。

 この時のシャケトラは7番人気で6着。勝ち負けには加われなかったものの、大きく崩れることなくレースを終えた。この結果について、動画内では「俺はそれでOKだと思った」と振り返っている。

「勝てる馬じゃない」発言に納得できないファンも

 この発言を額面通りに受け取るなら、福永師はキタサンブラックを倒すことよりも、シャケトラで少しでも上位着順を確保することを優先していたようにも受け取れる。

 一見すると消極的な騎乗だったようにも映るが、能力差を踏まえて少しでも高い着順を目指すという考え方自体は、競馬の戦術として理解できる部分もある。もしシャケトラが早めにキタサンブラックを捕まえにいっていれば、惨敗していた可能性もあっただろう。福永師とすれば、その瞬間に感じた最善の判断を下しただけとみられるが、これに納得できないファンも少なくなかったようだ。

「今すぐシャケトラのアタマを買った人に謝れと言いたい」
「着狙いで賞金を持ち帰るってのはわかるんですけど、話してはダメな内容ですね」

 そもそも日本中央競馬会競馬施行規程の第81条には「競走に勝利を得る意志がないのに馬を出走させてはならない」という文言がある。一部ファンからは、福永師の発言が競馬施行規程の理念と整合するのか疑問視する声も上がった。


「トップジョッキーなら当然」との擁護論も

 一方で、福永師を擁護する意見も少なくなかった。

「発言の趣旨や内容自体は問題なくて、説明の仕方をミスっただけ」
「言い方の問題であって、トップジョッキーの思考としてはごもっともでしかない話」

 このように福永師の考えに賛同する声も聞かれたが、伝え方に問題があった、もしくはそもそも誰もが視聴できるYouTubeで発言するべきではなかったという意見も多かった。

 もっとも、福永師が語った内容そのものは決して特殊な考え方ではない。競馬は能力比較のスポーツであり、騎手はレース中に自らの勝算を瞬時に判断しながら戦術を選択している。勝ち負けが難しいと判断した場合、少しでも上位着順を確保する競馬へ切り替えるケースも決して珍しくない。

 ただし、ファンの立場からすれば話は別だ。馬券を購入する以上、どの陣営も最後まで勝利を目指しているという前提でレースを見ているからである。

「理想」と「現実」のギャップが浮き彫りに

 もちろん、騎手や陣営は勝利を目指してレースに向かっている。しかし、同着でない限り勝者は1頭だけ。フルゲート18頭なら17頭は敗者になるということだ。相手関係や馬の状態など様々な要素が重なり合って、本音では勝てなくとも少しでも上の着順に入って賞金を稼ぎたいと思うのが自然だろう。

 福永師の発言が波紋を広げたのは、その考え方が特別だったからではない。ファンが抱く「全馬が勝利だけを目指して走る競馬」という理想と、騎手がレースの中で下している現実的な判断との間に少なからぬ隔たりがあることを、公の場で率直に語ったからだろう。


 福永師の何気ない一言は、競馬という公営競技が抱える「理想」と「現実」の境界線を改めて浮き彫りにしたともいえそうだ。

文/中川大河

【中川大河】
競馬歴30年以上の競馬ライター。競馬ブーム真っただ中の1990年代前半に競馬に出会う。ダビスタの影響で血統好きだが、最近は追い切りとパドックを重視。競馬情報サイト「GJ」にて、過去に400本ほどの記事を執筆。
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