塚本晋也監督『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』。今年度のベネチア国際映画祭で18歳の高校生たちが審査する独立賞・金の小獅子賞を受賞し、9月11日の公開以来、わずか8館で6万人の動員を記録。
ベトナム戦争の帰還兵のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を描いた本作は、大岡昇平原作の『野火』(2015年)から続く「戦い」を描いた集大成というべき作品であるが、塚本監督が作品に込めた平和への祈りに反して、ウクライナやガザ、イランと2010年代半ばから戦禍は増え続けている。では、本作を今、見なければならない理由はどこにあるのか。塚本監督のインタビューを元にその意味を掘り下げてみたい。
<あらすじ>
貧困や差別から抜け出すために18歳で入隊したアフリカ系アメリカ人のアレン・ネルソン。ベトナムの戦地で学んだことはただひとつ、いかに多くの人を殺せるか。その対価として得たのは、ごくわずかな賃金とPTSDだけだった。23歳で家を追い出され、ホームレスとなったアレンをこの世につなぎ止めたのは、退役軍人病院でカウンセリングを行っていたダニエルズ医師の存在だった。

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『鉄男』の塚本晋也監督が、戦争映画を撮り続ける理由

 筆者は1975年生まれ。ミニシアターブームがちょうど10代と重なり、サラリーマンが金属質の怪物へと変貌する『鉄男』(1989年)が話題となり、日本の映画界に登場した塚本監督は中高校生の自分にとってのスターだった。以来、『鉄男II BODY HAMMER』(1992年)、『東京フィスト』(1995年)、『六月の蛇』(2003年)など、パンキッシュかつバラエティに富んだ作風で映画ファンを魅了した塚本監督はなぜ極限状態の兵士たちを描いた戦争映画『野火』を撮ったのか――。

『野火』公開当時はそんな素朴な疑問も持ったが、2016年夏の『野火』のティ―チイン付き上映会に参加した時の監督の言葉は「世の中がどんどんきな臭くなっている今、撮らなければという想いで撮った」だった。その後、塚本監督は、江戸時代末期の浪人が主人公の『斬、』(2018年)、終戦直後の闇市に生きる人々を描いた『ほかげ』(2023年)も送り出すが、あれから10年が経ち、社会情勢が緊迫する中で、ますますそのきな臭さは強くなっていると感じるが、監督の思いはどのようなものなのか。改めて『野火』の製作当時のことについて聞くとこんな答えが返ってきた。


「『野火』を撮ろうと思った動機は、最初は「きな臭さ」ではないです。小説『野火』は加害も被害も不条理も全て描いた作品ですが、読んだ時からこの作品を撮ることが夢でした。それは、「反戦」というより、小説『野火』の世界の中に自分が入ってしまったからです。

高校生のときに、この原作に巡り会って、この小説の世界にあまりにのめり込んで、あたかも自分が田村一等兵になってフィリピンの原野を泥だらけになって歩いた体験をしたような気になりました。漫画を読んだときと同じぐらいの没入感覚があったので、実際の戦争は嫌だけど、映像の世界で近付きたい、視覚でこの世界を体験したいという思いがありました。『鉄男』のようなラインの作品とは別に、「戦争」は普遍的なテーマであるという認識もあって、企画はずっと温めていました。

ところが、企画が通りにくくなる雰囲気を感じてきて…。そこで自主映画の形で製作して公開したのが、ちょうど安全保障法案の成立した2015年と重なりました。

当時は故安倍(晋三)内閣の時で、「日本国憲法を変えよう、9条を変えよう」という雰囲気がありました。その数年前、東日本大震災が終わり、第二次安倍政権が始まった当初、自分が信用している識者たちが非常に危険な改定案であると批判し、憲法本来の目的は、権力者を監視するためのものなのに、新しい憲法案は、自分たち国民を監視するためのものに変わっているというので、びっくりしてこれは益々危険だと感じた経緯がありますね」

「戦争がまた起こるのでは」…『野火』に若者が殺到した背景

2011年3月の東日本大震災の後、翌年12月に民主党政権は原発事故対応などの責任を取る形で退陣。第二次安倍内閣はその後を引き継ぐ形で発足し、以来2020年9月まで続く長期政権となった。塚本監督が危機感を覚えた背景には、自民党が2012年に公表した憲法改正草案があった。同草案では、基本的人権に関わる条文についても変更が提案され、議論を呼んだ。


2015年には安全保障関連法が成立し、各地で反対デモが起きた。こうした社会情勢と重なる形で公開された『野火』には、戦争への危機感を抱く幅広い世代の観客が足を運んだという。『野火』は毎年8月に公開されており、筆者が行った初公開から1年後の『野火』ティ―チイン上映会は老若男女が集い、満席状態だったが、このような反応は他の劇場でも同じだったようだ。

「『野火』公開当時は、自民党による憲法改正案が登場したり、限定的な形ですが集団的自衛権を容認する安全保障関連法が成立して、「戦争がまた起こってしまうのではないか」と不安に思っている人が圧倒的に増えた年でした。安保法案成立当時は反対デモが起こって国会の前にものすごく多くの人がいましたが、それに連動して『野火』への関心も高まった。最初は年配の人が多かったのですが、子どもを連れたお母さんや中学生とおばあちゃん、あとは若い人、様々な世代の人が、「今見ければ」という意思を持って見に来てくれました。

若い人たちは「怖い」と言って帰っていきます。『野火』は毎年上映していますが、二度と見たくないと言いながら、また来てくれます。恐ろしくて嫌で、衝撃を受けてしまうのですが、1年経つとその感覚が薄れてくるので、その時の恐怖をまた感じたいと、リピートしてくださる人もいます。また、自分自身も、上映後にお客さんから戦争体験のある身内の方の話を聞いて、やはり『野火』の表現に間違いはなかった、という確信に至っています」

「トラウマになるぐらいの戦争の怖さを感じて欲しい」塚本晋也監督が最新作で描いた、戦場のリアルな残酷さ


原発事故と戦争に共通する危機感。「加害者の目線」で描く決意

「トラウマになるぐらいの戦争の怖さを感じて欲しい」塚本晋也監督が最新作で描いた、戦場のリアルな残酷さ
©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA
塚本監督が社会への危機感を強めた背景には、憲法改正をめぐる議論だけでなく、東日本大震災と原発事故の経験もあったという。

「憲法改正案も然り、東日本大震災後に露呈した(耐震構造が脆弱な原子力発電所ができたことなど)様々な出来事も、大きなクジラが水面下から姿を見せるように、自分の知らなかった不安のようなものが現れた気がしました。
実は原子力発電所の廃棄物を安全に処理するところはなかったことや、それが何万年も残り続けることなど…。目先の利益を優先させて、様々な危険はあるけれども、それでも稼働したいというのはどういうことなのかと。人の命や未来の子どもの健康や安全は大事ではないということなのか。戦争だって誰かが得するからやっているわけですよね。このことが戦争のイメージにすごくつながってしまって。やはりその頃から戦争はダメなんだ、とはっきり主張する映画を作りたいと強く思い始めました」

そして、『野火』を製作するために資料を読み込んでいたところ、出会ったのがアレン・ネルソンさんの『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』(講談社文庫)と『戦場で心が壊れて:元海兵隊員の証言』(新日本出版社)だったという。
 
「戦争の映画を撮るのであれば、加害者の目線で撮る必要があると思っていたので、アレンさんの本に出会った時には、まさに自分が撮るべきことが書いてある本だと思いました。自分の想いに的中してきたというか。ただ、その時の目標はまず『野火』を撮ることでした。そして『ネルソンさん~』は作るとしてもとても大規模なものになるので、いつか形になればいいな、と漠然と思っていました」

「このシーンを削るなら撮らなくていい」監督が譲らなかった残虐描写

『野火』公開後の2018年1月、塚本監督は『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』の原作を元にプロットを書き始めた。同作は「ベトナム戦争を知らない読者のために」という章から始まり、主人公のネルソン氏はアメリカ人で、ベトナム戦争から帰還してニューヨークでホームレスをしていた頃に遡りながら、現地での戦闘を振り返る内容となっている。映画はこの原作に忠実に物語を構成しており、企画実現に時間が掛かることは想定内のことだった。

企画が本格的に動き出したのは、2018年11月、『斬、』で第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に参加した後のことで、様々な経緯を経て、2022年1月、木下グループ単独での製作が決定した。


塚本監督は2018年刊行の書籍『タブーこそを撃て!』(キネマ旬報社)での原一男監督との対談インタビューで、同じくベトナム戦争で狂気に満ちた戦争の実体を描いたフランシス・フォード・コッポラ監督『地獄の黙示録』(1979年)のような作品を撮りたいとコメントしているが、その想いは本作にも反映されているのだろうか。

「あの作品には、本当の戦場にいるような臨場感があります。この作品もアレン・ネルソンさんと一体化して、あたかも自分がアレン・ネルソンになったぐらいに戦争体験を感じてもらうということを目標にしました。頭で、理屈で、脚本を紐解くように読んで、そして見るのではなくて、戦争体験を体で浴びてもらうことを主眼にしました。アレンさんと同じようにトラウマになるぐらいの戦争の怖さを感じてほしかったのです」

 その監督の想いを一番強く感じたのは、敵をおびき寄せるために女性や子ども、老人を先に殺し、その死体を目立つように並べるシーン。原作には「男たちは家族を見殺しにされたことを知ると、ようやくみずからすがたをあらわし、わたしたちと真正面から戦うようになるのでした」とあるが、余りに残虐な行為に見ていて胸が苦しくなった。

「撮影するときに唯一、胃が痛くなったシーンです。そして、あのシーンは、映画のプロデューサーさんによっては、残虐過ぎてカットを命じられるかもしれないとも思いましたが、絶対あのシーンを入れることは譲れないと思っていたシーンです。あのシーンを削るのであれば、今回は撮影しなくてもいいと思ったぐらいです。最終的に、プロデューサーの方々もみんな入れることに賛同してくださったので、一番ほっとしました。戦争の恐ろしさを表現したシーンです」

「トラウマになるぐらいの戦争の怖さを感じて欲しい」塚本晋也監督が最新作で描いた、戦場のリアルな残酷さ
©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA


戦争でヒーローになることへの憧れ。「それが一番危険」

「トラウマになるぐらいの戦争の怖さを感じて欲しい」塚本晋也監督が最新作で描いた、戦場のリアルな残酷さ
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筆者も2021年度から、大学で映画を通じて法と社会を考える授業を担当している。
その中で「戦争」も扱っているが、テリー・ジョージ監督『ホテル・ルワンダ』やクリント・イーストウッド監督『アメリカン・スナイパー』などを鑑賞した学生たちは、戦争の現実に衝撃を受け、レポートで強い憤りを示すことも少なくない。映画には、知識としての戦争を自分自身の問題として捉え直させる力があると感じている。

一方、戦争を実際に経験した世代が少なくなるなかで、その恐怖を若い世代にどう伝えていくかは大きな課題だ。

昭和世代であれば、小学生で『はだしのゲン』を読み、毎年8月半ばになると戦争の悲惨さを訴えるドキュメンタリーや特集番組があった。今でもそうした番組はないわけではないが、若い世代はテレビ番組よりショート動画の方が圧倒的に長い時間見ているので、彼ら彼女らは見ていないかもしれない。 

そして、戦争で闘う主人公をヒロイックに描き、「国のために犠牲になる」という作品がヒットしている昨今、このような現象については、塚本監督はどのように感じているのであろうか。

「一部の若い人たちの間に、『やるときはやらなければならない』と思う雰囲気が、現にあると思います。そのことは自分が一番恐れていることです。

例えば、戦争を題材にした映画で主人公のヒロイスティックな行動を見ると、胸のすくむような思いをすると思います。そして、そういう映画に人が集まったりもします。

でも、他のテーマで主人公のヒロイックな行動を見るのはいいと思うのですが、戦争映画でそれを見てしまうと、戦争に行ったら自分は活躍できるのではないか、ヒーローになれるのではないかという、間違った感覚を持ってしまうことがあるのではないかと。また、何かのために犠牲になることが美しいという感覚も刷り込まれてしまうのではないかとも思います。
それが、一番危険だと感じています」

「戦争は絶対に嫌だ」18歳の高校生たちが選んだ映画の意味

 国際社会は、戦争犯罪の責任を追及する仕組みを作ろうと努力して来たが、その努力に水を差す動きが出ている。2026年8月には、その取組みに参加しなかった米国が国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長を制裁対象に追加。日本政府もこの措置に遺憾の意を表明した。そして9日、米国はICCそのものを制裁対象とし、日本政府はこの措置に対しては他国と共同で遺憾の意と共に反対表明を出している。

「自分は政治について云々するというより、権力を持った人たちではなく、憲法で今、人権が守られている普通の人たちの目線で、その目線の限りでの心配事を描くということが自分の役割だと思っています。だからあくまでも、自分と同じ立場の人たちの実感で、戦争は絶対に嫌だと思ってもらうことが大切です。よく権力を持っている政治家の人たちこそ僕の映画を見るべきだと言ってくれる人がいます。でも日本を戦争ができる国にしたい人たちには響かないと思っています。あくまでも、戦争に行かなくてはならない若い人や、子供たちを戦争にやらなければならない親などに見ていただき『戦争は嫌だ』という実感を持ってもらう。その実感を持つ人たちを増やしていくことが大切だと考えています」

ベネチア国際映画祭で本作を選んだのは、イタリア各地から集まった18歳の高校生たちだった。戦争を知らない世代が、塚本監督のメッセージをどう受け止めたのか。その点でも今回の受賞は象徴的だ。授賞式に登壇した塚本監督は次のようにコメントしている。

本作は特に若い人に見てほしいという気持ちが強くあります。若い審査員のみなさんに選んでいただいたというのは、何よりもうれしいことです。この映画を見て、戦争というのは、とにかく実際に行くとこういうものなんだということをまず分かった上で、議論していただきたいです」

「トラウマになるぐらいの戦争の怖さを感じて欲しい」塚本晋也監督が最新作で描いた、戦場のリアルな残酷さ
©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA


「映画が戦争を止めるかもしれない」塚本監督が信じる映画の力

「トラウマになるぐらいの戦争の怖さを感じて欲しい」塚本晋也監督が最新作で描いた、戦場のリアルな残酷さ
さらに、日本の若者たちに向けて、「映画が好きで良かったと思えること」を聞くと、以下のような回答が返ってきた。
 
「まず、作り手として良かったことは、世界が爆発的に広がったことです。映画は国を越えて、様々な場所に旅してくれます。自分も一緒にそこで旅すると、本当に様々な国の人と知り合えて、その人たちの考えが聞けます。『鉄男』を作って海外の映画祭に行くようになって、様々な国の人たちとその場で友達になりました。当たり前のことですが、肌の色が違っても友達になって、最初は国が違うと雰囲気の違いも感じますが、少し一緒にいるとその違いも感じなくなります。

 そうやって、映画を作ることで様々な国の人たちと友達になっているので、戦争をするのは絶対に嫌だし、バカバカしい、どうにかしてでもそういうくだらないことに乗りたくないと感じています。

 また、見る側の立場として良かったことは、ミニシアターでは、ドキュメンタリーも含めた様々な国の映画が掛かっています。それらの映画にはその国の考え方などが、生々しく映っています。一定期間ミニシアターに行って様々な国の映画を観ることだけでも爆発的に世界が広がると思います」

過去の歴史の教訓に遡ると、戦争状態を許容するのは「仕方がない」という空気なのではないか。筆者が聞いた限りの話であるが、アメリカ在住の若者には今、トランプは「Selfish(わがまま)」な人間というように映っているとのことだった。しかし、2016年から続く大統領選での彼の姿は強いアメリカを取り戻す「救世主」であったのだ。「救ってくれる」という空気が人を選ぶ。しかし、選ばれた人が選んだ側の期待通りの政治をしてくれるか否かはまた別の問題なのである。

戦争やそれに続く残虐行為は、山本七平『「空気」の研究』(文春文庫)や森村誠一『悪魔の飽食 日本細菌戦部隊の恐怖の実像 』(角川文庫)、ハンナ・アーレント『エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』(みすず書房)などが示す通り、空気や思考停止が生んできたことは自明の理であろう。塚本監督は、戦争の恐ろしさを単なる知識ではなく、観客自身の身体に刻み込もうとしている。戦争が始まれば何が起こるのか。その恐怖を疑似体験することが、「戦争も仕方がない」という諦めに抗う力になるのではないか。「もしかしたらこの映画で戦争を止められるかもしれない」という言葉には、映画の持つ力への切実な願いが込められているように思う。ミリタリーファッションが好きな若者はどこかで「戦争はカッコいい」と思っているかもしれない。しかし、そんな若者にこそこの映画を見て欲しい。最後に、塚本監督の以下の言葉を紹介したい。

「『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』はぜひとも映画館で見てほしいです。戦場を体験してもらう以上、その場から逃げられない場所で、音と映像に包まれてほしいですね。自分の映画を通してちょっとしたトラウマ体験をしてもらって、本当の恐ろしいトラウマに近付かないようになってほしいです」

<取材・文/熊野雅恵>

【熊野雅恵】
ライター、合同会社インディペンデントフィルム代表社員。阪南大学経済学部非常勤講師、行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、映画、電子書籍製作にも関わる。
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