五輪柔道女子で連覇を含む5大会連続メダリストの谷(旧姓・田村)亮子さん(49)は、長嶋茂雄さんに15歳の時から親しみを込めて「亮子ちゃん」「YAWARAちゃん」と呼ばれた。2000年シドニー五輪では長嶋さんからの激励もあって、悲願の金メダルを獲得した。

競技を超えた“師弟愛”を前後編で紹介する。(取材・構成=谷口 隆俊)

 谷さんが長嶋さんと初めて対面したのは1991年1月、都内で行われた表彰式だった。当時15歳の中学生だった谷さんは前年12月の福岡国際に初出場。世界王者ブリッグス(英国)に一本勝ちするなどして優勝した。

 「長嶋さんは試合を見ていてくださったようです。オーラに圧倒されましたが、笑顔がとても優しかった」

 この優勝をきっかけに、柔道漫画「YAWARA!」の主人公になぞらえ国民的な人気者になった谷さん。しかし、期待を一身に背負って臨んだ92年バルセロナ五輪は銀メダル。96年アトランタ大会も決勝で敗れた。金メダルを自らに課した重圧と闘う日々。活力になったのは、長嶋さんの言葉だった。

 迎えた00年シドニー五輪の大会直前、長嶋さんは自ら主催した激励の食事会で確信に満ちた表情で言った。

 「亮子ちゃん。

大丈夫。えへへ。今回、金メダルを取る流れになっていますよ~」

 「五輪で金メダルを取る」と小2で誓った谷さんの夢の成就を、信じて疑わなかった。長嶋さんは58年のプロデビュー戦で国鉄・金田正一投手に4打席連続三振とプロの厳しさを教えられた。それをバネにスーパースターへの階段を駆け上がった自身の姿を、谷さんに重ね合わせていた。

 “予言”はこの時だけではない。以前にもらった手紙には「シドニーで大輪の花が咲きます」などと書かれていた。谷さんはその文字を見て、力がみなぎってきた。

 「長嶋さんの書かれた字は躍動感にあふれ、迫力を感じました。みなぎるとはこういうことなんだと巨大な活力が湧いてきました」

 シドニー五輪では決勝で一本勝ちするなど金メダル。表彰台の真ん中に立ち、満面の笑みで、黄金のメダルにキスをした。帰国後、長嶋さんは祝勝会を主催してくれた。

 「亮子ちゃん、やりましたね!」

 金メダルを手にした長嶋さんはうれしさのあまり、自分の首に金メダルをかけて、その姿を見せてくれた。

 長嶋さんは64年の東京五輪を報知新聞の企画で王貞治さん(現ソフトバンク球団会長)と一緒に観戦。スポーツ報知客員として84年ロスから3大会連続で夏季五輪を取材した。谷さんや陸上のカール・ルイス(米国)ら多くのアスリートと出会い、スポーツの祭典に魅了された。

 「長嶋さんにとって、五輪には特別な何かがあるようで、金メダルを首にかけて喜ぶ姿は、私もうれしかったです。長嶋さんのオーラはさらに巨大になっていました」

 谷さんの心には、いつも長嶋さんの笑顔が輝いていた。03年の暮れ、谷佳知さんとの結婚披露宴で、また金言を授かることになる。(つづく)

 ◆谷さんの00年シドニー五輪 「最高で金、最低でも金」を掲げて臨んだ3度目の五輪。決勝ではわずか36秒の内股一本でブロレトワ(ロシア)を破り、初の五輪金メダル。「初恋の人に巡り会えた気持ち」とうれし涙を流し、92年バルセロナ、96年アトランタ五輪で2大会連続銀メダルだった雪辱を果たした。

 ◆谷 亮子(たに・りょうこ)旧姓・田村。1975年9月6日、福岡市生まれ。

49歳。小2から柔道を始め、全日本選抜体重別は14度、福岡国際は12度、世界選手権は7度優勝。五輪は92年バルセロナ、96年アトランタ銀、2000年シドニー、04年アテネ金、08年北京銅と出場全てでメダルを獲得。11年国際柔道連盟の史上最優秀女子選手賞を受賞。13年に世界殿堂入り。03年に元オリックス、巨人の谷佳知外野手と結婚、2男をもうけた。10年から参議院議員を1期務めた。

 ◆YAWARA! 人気柔道漫画。作者は浦沢直樹さんで、1986年から93年までビッグコミックスピリッツで連載された。主人公・猪熊柔がバルセロナ五輪で2階級制覇に挑むまでを描いた。89年から92年まではアニメ化。89年には浅香唯主演で映画化もされた。

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