長嶋茂雄さん(享年89)はグラウンド上でもグラウンド外でも、おおらかだった。監督時代を取材した二川雅年カメラマンが、ミスターの優しさに触れた出来事を振り返った。

 試合中の長嶋監督と“おしゃべり”した経験がある。1997年9月21日、広島市民球場でのナイター。先発のガルベスが3回の打席でフルスイングした際に左肩を痛め、降板した。試合中に病院に行く可能性があるからと先輩に指示され、試合の撮影を切り上げてベンチ裏を張り込んだ。この球場はロッカールームに向かう通路と報道陣の導線が交差していた。ベンチ裏の動きが分かる場所で様子を見ていると、長嶋監督と偶然、目が合った。「ん~、どうした?」。

 「報知新聞です。ガルベス投手が病院に行くかもしれないので、見張っています」。ドキドキしながら答えると、ミスターは「ん~。バルビーノ? バルビーノ大丈夫だよ。そこにいるよ。

病院行かないよ」と隠すことなく教えてくれた。監督本人の言葉を報告すると、先輩も驚いていた。試合中にもかかわらず、7年目でまだ半人前のカメラマンだった私に声を掛けてくれた長嶋さんの優しさが、うれしかった。

 それから25年たった2022年7月、長嶋さんは東京都写真美術館で開催された報知新聞社150周年記念写真展の内覧会を訪れた。車いすに座り、プロ野球や一般スポーツ、芸能などさまざまな写真を楽しんでいた。

 帰る間際、01年の監督勇退時の大きなパネルの前で写真を撮らせてもらえることになった。車いすのままだろうと思っていたが、支えられながら立ち上がると、介助なしで我々と向き合った。背筋がシャンと伸びた姿は輝いて見えた。

 監督時代を知らない若いカメラマンは、傍らで緊張している様子だった。「監督、笑顔でお願いします」と声を掛けると、満面の笑みを返してくれた。デスク業務を休み、久しぶりに現場に出た私は、うれしくて夢中でシャッターを押した。露出を失敗していたが、それもいい思い出だ。

編集部おすすめ