84歳の藤竜也が、トレードマークのヒゲをそり落とし、食と美の巨人、北大路魯山人(1959年死去、享年76)を演じているNHKドラマ10「魯山人のかまど」(火曜・後10時、全4回)がきょう21日、最終回を迎える。毎回楽しみにしていただけに、終わってしまうのが残念だ。

 3月にこのドラマの会見を取材。“ヒゲの話”を中心に記事を書いた。外見にとらわれ、役の内面に迫ったものを書かずにいたことが気になっていた。しかし、藤が役に近づくため“ヒゲ無し”で演じた魯山人は、見事といっても言い過ぎではない。主人公は気性の激しさでも知られたが、藤演じる魯山人の喜怒哀楽、表情の細かな動きが、ヒゲがないおかげで、よりクリアに印象づけられた。

 同時に魯山人の純粋でチャーミングな面を伝えることにもつながった。今作の脚本・演出は「ナヴィの恋」(99年)などで知られる映画監督・中江裕司氏。脚本に相当悩んだだろう。映画を見るような感覚にさせるドラマに仕上げた手腕とともに、回顧録を担当する若手記者・ヨネ子(古川琴音)の初々しい目線で巨人・魯山人の素顔を伝えるという設定もよかった。初回で独特の個性を持ったヨネ子を一瞬で気にいるときに見せる魯山人の無垢な表情が忘れられない。

 美と食の巨人。五感の鋭さ。

ヨネ子記者が魯山人に幼少期のことを聞こうとすると「答えたくない」と一喝する。魯山人の人生は生涯通じて家族の愛で満たされることはなかった。その壮絶さを考えさせられる。しかし、耐えがたいこの喪失部分があったからこそ、感性は一層激しく燃え、研ぎ澄まされていったのではないか、と思う。

 第3回で人間国宝の打診を辞退する有名なエピソードの場面が出てきた。困窮した生活から脱するためにも、周囲は受諾を説得するが、首をたてに振ることはない。かたくななまでに地位や名声を遠ざけて生きる一方で、自分に意見する者に「誰にものいうとる」「北大路魯山人や!」と、どなり散らす。

 矛盾した言動に映る。それを一番よく分かっているのは本人だ。切ない。劇中、魯山人が自宅縁側にたたずむシーンが何度も出てくる。似た場面なようで重要だ。

苦悩、喪失、やるせなさ…巨人は無数の葛藤と闘っていた。喜怒哀楽の激しさも、実は自分自身に向けられている、と思わせる。食と美を極めながら、この人にとっての幸せは何だったのだろうか。

 実際に魯山人が生活した北鎌倉にあった古民家を使って収録は行われた。3月の記者会見の際、藤は自嘲ぎみに「鈍才が天才を演じることに最初は不安だった」といったが、「撮影に入ると本人に背中を押されるように演じていた」と役の降臨を明かしていた。当初、この役は小林薫が演じる予定だったが「諸般の事情」(NHK)で降板。大役は、藤に託された。20年続ける陶芸は趣味の域をこえるレベルで、魯山人には、強い関心を持っていたという。

 ドラマには吉田茂(柄本明)らの大物が登場してきた。魯山人はどんな偉人にも動じない。最終回では米国の大富豪・ロックフェラー一族の3代目、ロックフェラー3世(サイモン・ペッグ)が登場する。主人公とどんな交流が描かれ、どういう形でラストが結ばれるのか。

 ゆっくり、じっくり。味わいがあって深みを与えてくれる豊かなドラマが、いまどれだけあるだろう。最終回を見終わったあと、再び初回を見直したくなるような気がする。それは毎回、魯山人の新たな一面に触れ、完結を見たとき、藤の演技がまた異なった色合いを帯びて見えるのではないか、と思うからだ。

 藤には多くの代表作がある。しかし、今回のドラマはこれから先、伝説のように語り継がれ、藤の役者人生の代名詞である映画「愛のコリーダ」(76年、大島渚監督)と並ぶ、揺るぎない代表作になると思えてならない。84歳の見事な新境地に、拍手を送りたい。(記者コラム・内野 小百美)

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