6月から始まった中央競馬の北海道シリーズは、今週末で最終週を迎える。来春に定年により引退となる“道産子”の加藤和宏調教師(70)=美浦=にとっては、ホースマンとして最後のふるさとでの開催となる。

前、後編に分けて自身のルーツから騎手時代の北海道の思い出、そして故郷の魅力などについて語り尽くしてもらった。(取材、構成=坂本 達洋)

 北の大地で繰り広げた名勝負の記憶は、今でもはっきりと鮮明によみがえってくる。騎手時代に北海道(函館、札幌)で重賞4勝を挙げたなかで、ホクトベガで制した94年の札幌記念は1番人気に応えた堂々の勝利だった。好位の外につけて、直線では横綱相撲で押し切った。「あの時はこの馬の実力が一番上だなと思っていたので、勝つ競馬をしなくちゃいけないと思っていました。小回りだし、ちょっと抑えていってモタモタして直線で出られなかったりしたらいけないので。なるべく“マイナス要素を取る”という乗り方をしました」。当時と変わらない札幌の馬場を見つめて、懐かしそうに言葉を紡いだ。

 そんな“いぶし銀”のイメージがある加藤和師だが、騎手としての美学は意外なスターから刺激を受けたものだった。「大差で勝つというよりも、小差で勝ちたかったんですよ。僕は長嶋茂雄さんが好きなので、何と言うか簡単なゴロを難しく取ってファインプレーにするような魅せる守備というのかな。そういうのがプロじゃないですか。

大差で勝つのは馬の力で、最後のギリギリで勝つのは騎手の腕。ものすごく難しいことで、一歩間違えたら批判を食らいますけど、それでも勝てると自分も自信があったからね。追い負けはしないぞ、ってね」。昨年6月に天国へ旅立った“ミスタープロ野球”こと巨人・長嶋茂雄終身名誉監督の見る者をうならせるプレーに魅了され、プロのあるべき哲学として胸の奥で大切にしてきた。G1の大舞台でも未勝利戦でも、その覚悟で勝負に挑み続けてきたのは誇りだ。

 ジョッキーとしてベテランの域にさしかかった時に初めて札幌開催に参戦するようになり、ふとしたことから後輩たちへ“財産”を残すことになった。札幌競馬場の1コーナー付近の馬場内にある小さな角馬場は、自らJRAに要望して作ってもらったものだったのだ。「軽く速歩(はやあし)だけしたい時とか、ちょっとうるさい馬などの調教ができるところがあった方がいいから作ってくれと言ったんです。それでしばらくしたら本当に作ってくれて、もうだんだん時代とともにみんな忘れているかもしれないけど、昔は競馬会の職員さんから“加藤サークル”って言われていたんです(笑)」。現在の大きなメインの角馬場は、新たに芝コースが完成した1989年頃の改修と同時に作られたものだが、当初は他に使える角馬場はなかった。いわゆる「加藤サークル」は1997年に出来上がったもので、今も調教施設の一つとして運用されている。

 いよいよ今夏の北海道開催のラストウィークを迎えて、未練はなくとも様々な感慨は胸に去来する。

最終週の札幌は4頭を出走させる予定で、「厩舎人としては最後ですけど、また函館や札幌には行きますよ。やっぱり夏はこっちに来たいなと思いますので。僕もね、X(エックス)とかで配信してやっていますけど、北海道の良さも十分に伝えたいなと思っています。空気がおいしいし、空気がいいから食べ物もおいしいと思うんだよね。夏を過ごすのには本当にいいところですよ」。その言葉の通りに加藤和宏厩舎のアカウントで、8月17日には積丹半島の神威岬を訪れた画像とメッセージを添えて投稿している。優しく温かい人柄でありながら、強い芯を感じさせる道産子。大好きな競馬ファンを喜ばせるため、ひたむきに明るく盛り上げていく。

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