「そういえば、今日は現金を触らなかったな」なんて日はなかっただろうか。
2018年頃から続々と現れた「〇〇Pay」も後押しとなり、日本でもキャッシュレスの気運が高まっている。
金融は経済の潤滑油。キャッシュレス化はビジネスの現場でも無視できない潮流になっていくだろう。この動きはスタートアップにどのような影響を与えるのか? キャッシュレス決済の潮流をサポートしているビザ・ワールドワイド・ジャパン株式会社の鈴木章五氏と福谷大輔氏に、現状と未来を伺った。

ビザ・ワールドワイド・ジャパン株式会社 デジタル・ソリューション&ディプロイメント 部長
2013年より新技術部門の部長としてペイメントにおけるソリューションの商品化に特化した業務に従事。グローバルの視点で互換性を重視した簡易で高いセキュリティを実現した決済シーンを実現するべく、決済デバイスやインターフェースの多様化にも対応したソリューションの提供を行っている。

ビザ・ワールドワイド・ジャパン株式会社 デジタル・パートナーシップ部長
大手電機メーカー、アメリカン・エキスプレスを経て、2012年ビザ・ワールドワイド入社。非接触決済、モバイル決済、トークン決済等の決済の新技術の市場開拓、クレジットカード、プリペイドカード商品の市場開拓業務を経て、2019年3月より現職にてFintech企業とのアライアンス締結に従事。
海外では16年間現金を使ったことがない少年も、キャッシュレスの現在と未来予想図

――キャッシュレスはここ数年、急速に消費者へと浸透しています。この分野で何が起こっているのか、Visaは今後どのようなビジョンを描いているのか教えてもらえますか?
鈴木「キャッシュレス決済の現状としては、数年前から経済産業省主導でキャッシュレスやAPIの検討会など、業界関係者が集められて活発な議論が行われています。その流れで国も様々な施策を打ち出しており、2025年にはキャッシュレス決済比率を40%まで持って行こうとしている。これは我々としても非常に歓迎すべき変化です。
このように前向きな動きは起こっていますが、現状で日本のキャッシュレス決済普及率は非常に低い状態です。
一方でカード決済は非常に進化していて、最初期にカーボンコピーで伝票を印字する形式だったものが磁気式になり、セキュリティの強化でICチップが搭載されました。現在では端末にかざすだけで支払いが完了するコンタクトレス(非接触)システムが生まれ、発行側(カード、スマートフォン、ウェアラブルなど)およびお店側でも対応が進んでいます。
身近な例だと、我々のオフィスがあるビル内の商業施設はVisaのタッチ決済の導入がすごく進んでいて、カードやスマホ、Garmin Pay(Garmin社のスマートウォッチで利用できる非接触型の決済方法)を使えば、現金を持たずに買い物ができるんです。このような環境は今後どんどん増えていき、ファーストフード店やコンビニなど、普段行くような加盟店でもコンタクトレスが普通になっていくでしょう。
海外ではすでにコンタクトレスの普及が進んでいて、Visaのタッチ決済が主流になっている代表的な国として、オーストラリアやシンガポールなどがあります。ヨーロッパも普及率が高いですし、ニューヨークを含め複数の国や都市の鉄道やバスなどではVisaで地下鉄に乗れるようになっています。これらの事例と同水準の決済環境を日本に実現したいと考えています」
――今後、全てがキャッシュレスで完結できる世界観が実現したら、どのような未来がやってくるのでしょうか?
鈴木「ちょうど最近知った事例ですが、近未来をイメージできる象徴的な話があります。アイルランドやスウェーデンなど、キャッシュレス決済が進んでいる国で生まれ育った16歳の少年がいて、彼はいままで現金で支払った記憶が無いそうです。将来的には日本もそうなっていくのかもしれません。
ほかには、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の普及が進めば、人々が運転から解放されて、車の中で様々なことができるようになります。結果、交通は単なる移動手段ではなく、サービスや物を受け取る場になるでしょう。
もしかしたら、生体認証だけで決済が完了する世界になるかもしれませんね。半年ぐらい前にドイツの生体認証チップを開発するメーカーが来社して、チップの形を変えて指に埋め込むと支払いができますよ、と話を聞かせてくれました。
日本では医者でないとチップの埋め込みができないですし、認証チップがいらなくなったら手術して取り出さなきゃいけない。日本では難しいだろうなと思いながら聞いていたんですけど、将来的にはありうる話かもしれません。認証方法には指紋も静脈も虹彩もあるし、決済時に『同じ人物だ』と100%確認できれば問題はありません。何かしらの形で生体認証による決済が実現するのは、時間と技術の問題だと思います。
今年は東京2020オリンピック・パラリンピックがここ日本で行われます。Visaは唯一の決済テクノロジーパートナーとして、オリンピック・パラリンピックを支えてきました。東京2020大会でも新しい革新的な決済を模索する予定ですので、ご期待ください。」
より一層求められる「利便性」と「安全性」、新技術が解決のカギに

――そのような未来への対応はどれくらい進んでいるのでしょうか?
鈴木「環境整備は段階的に進んでいて、現在はスマートウォッチやスマホを使った決済システムが徐々に普及しています。今後はクラウドサービスをはじめ、IoTやウェアラブルデバイス、スマートシティ、スマートホームにもコンタクトレスが導入されるでしょう。例えば、IoT化が進めば冷蔵庫にカード番号が入力され、食品が少なくなった時に自動発注される仕組みが実現するかもしれません。このように、あらゆる機器や場所に決済機能が搭載される流れがキャッシュレスの起爆剤になると思います。
一方で、先述した未来では、決済の『利便性』と『安全性』がこれまで以上に重視されるでしょう」
――「利便性」と「安全性」に関して、Visaはどのような対策をしていますか?
鈴木「近年ではスマホなどの汎用デバイスを使って決済が行われており、決済端末は多様化してきました。各々の端末に対してセキュリティを担保しなければいけませんが、端末毎にセキュリティ認定すると利便性が低くなってしまいます。そこでVisaでは『トークナイゼーション』という技術を用いて利便性と安全性を高めています。
『Visaトークンサービス』は、Visaカードの番号や有効期限などの情報をトークンと呼ばれるデジタル識別子に変換することで、ユーザーがカードやモバイル端末を使用して買い物をする際に実際のカード番号を使わずに決済を行う技術です。これにより、カードやスマートフォンの紛失や加盟店への不正アクセスなどによるカード情報の流出を防ぐことができ、安心・安全な電子決済を可能にします。
例えば、不幸にも漏洩事件が起きた場合、ダークウェブ(専用の閲覧ソフトを使わなければ見ることができない匿名性が高いサイト)でカード情報が売買され、悪用される危険性があります。しかしトークンを使えば、悪用される範囲を限定することができるのです。
ハッカーがファイヤーウォールを乗り越える努力をしても、その先に得られる宝が少なくなるので犯罪意欲を抑えることができます。また、仮に漏洩しても使える用途や人は極めて限定されるので、犯人が使ってしまった場合は追跡の手がかりにすることもできる。
最近日本でもサービスを開始した『Google Pay』や、三菱UFJ銀行さんの『MUFG Wallet』なども同様の技術を使用しています。あれらは全て、端末にカード番号そのものが登録されているわけではなく、カード番号から派生したトークンが搭載されているんです」
キャッシュレスの進化はスタートアップ事業機会を拡大する

――ここからは話を変えて、キャッシュレスの進化は今後どのようにスタートアップと関わってくるのでしょうか?
福谷「日本は年間の個人消費の総額が300兆円と言われています。そのうち、カードでの支払い比率は20%程度です。今後は政府が主導して2025年までに40%にするという目標が掲げられています。
現在はフィンテック、インシュアテック、HRなど様々なサービスが立ち上がっていますが、スタートアップの皆さんが持っている『テクノロジー』に『決済機能』が加わるだけで利便性が広がるシーンは多いと思います。
これはPRになってしまいますが、決済導入の際はぜひVisaを選んでもらえたらと思っています。Visaは世界200以上の国と地域で使えるので、海外展開がしやすくなる。欧米で成功したスタートアップが、他国のマーケットに進出するために決済機能を追加するケースもあって、すでにサポートも始まっています。
また、さまざまな決済系アプリや個人間送金アプリにとってもVisaとのアライアンスはメリットがあるかと思います。もちろん最近では対面店舗での決済ができる事業者も増えてきましたが、オンライン決済のエリアはまだ未開拓の分野かと思います。そこにVisaを導入していただけたら、既にVisa加盟店となっているオンライン加盟店だけでなく世界中のVisa加盟店にアクセスができることになり、決済の範囲が広がると思います」

――キャッシュレスの推進という文脈で、そのほかにはどのような分野での広がりが見込まれると思いますか?
福谷「キャッシュレスというと主に一般消費者に向けた利点を思い浮かべがちですが、企業での管理業務の分野にも利点があると考えております。特に2つ例を挙げて説明したいと思います。
ひとつが『経費管理』。様々な企業の経理担当者様とお話ししていると『コーポレートカードのソリューションが欲しい』という潜在的なニーズがありました。でも『どう発行すればよいか分からない』という声も多かったんですね。
大企業では会社からコーポレートカードが支給されますが、中小企業では運用されているシーンは少ないと思います。とはいえ出張などで経費がかかる場合、出納帳を作って現金で与える従来方式では手間になってします。こういう時に、カードを渡せばソリューションになります。
現代では働き方も多様化しています。今は正社員だけでなく、契約社員や業務委託もいらっしゃる。当然、経費は発生します。こういう時にプリペイドで必要な額を渡すことができれば便利ですよね。
もうひとつ管理面のメリットになり得るのが『BtoB決済』です。先ほどの繰り返しになりますが、キャッシュレスの市場規模として、みなさんが主に認識されているのは、300兆円の『個人消費』の方ですけれど、『企業間決済』はその2~3倍もしくはそれ以上の規模があると言われています。
もちろん、すでに電子化はされているんですけれど、企業さんはもっと利便性の高いサービスがあっていいと思ってらっしゃる。スタートアップの多くは検索エンジンやSNSに広告を掲載していますし、AWSなどのサーバーを使うことも多いと思います。こういった法人間の支払いに対して、今後新しいソリューションがどんどん生まれてくるでしょう」
Visaが描く決済のエコシステム

―――紹介していただいた2種類のほかにも、まだ気づかれていない潜在的なニーズは多そうですね。
福谷「そうなんです。キャッシュレス決済のトレンドが加速する中、Visaは決済の分野でスタートアップ企業へ様々なアライアンスの可能性を提供できるはずです。そういった決済の新しい可能性に気付いていただくため、Visaでは2018年から『Visaファストトラックプログラム』というフィンテック企業のビジネスコンサルテーションを含めた多方面でのサポートサービスを始めました。
フィンテック企業がカード決済を始めてみたい時に、『どうやって誰と何をやるの?』と課題が生まれると思います。その時に『こういったパートナーとこうやれば上手くいきますよ』といったアレンジができればと考えています。
また、今後スタートアップがサービスに紐づけてカードを発行するケースが増加する可能性もあると思っています。今までは、大手小売店や交通機関が独自の提携カードを発行していましたよね。そのようなオリジナルカードをスタートアップが発行するお手伝いもしていきたいと考えています。
Visaのカードを発行するためには、事業の役割分担をどうするか、どういう形でカードを発行するのかなど幅広い分野への理解が不可欠です。
今まではカードビジネスを始めようとすると、場合によっては専門家やコンサルタントを雇って独自のカード発行に向けた準備をされていたケースもありましたが、そこは我々もお話ししましょうということで動き出しています。
――具体的にはスタートアップがカード発行者になり、自社サービスと連携していく動きが加速することも考えられるわけですね。ところでVisaはなぜ『ファストトラックプログラム』を行なっているのでしょうか?
福谷「冒頭で申し上げた通り、キャッシュレス関連の市場はまだまだ広がる余地を十分に残していますし、特に昨今のスタートアップの活躍を鑑みると、スタートアップが決済業界で果たす役割も増してくると考えるためです。
また、スタートアップ、特にフィンテックの業界は新しいサービスが次々と打ち出されています。これらのパートナーと協力していきながら決済のエコシステムの発展に一役買えたらと思っています。
フィンテックに限らず、Visaにご興味のある様々なスタートアップとできる限りお会いし可能性を議論し、このプログラムを通じてエコシステムに貢献できるようなパートナーシップを構築できればと思います」

――最後に、今後Visaとしてどのような未来予想図を描いているのか教えてください。
福谷「いくつかありますけれど、海外と日本を比べた時に、日本はいろんな意味でユニークな環境なんです。
法律ひとつ取ってみても、プリペイドとデビットは金融庁の管轄ですし、クレジットは経済産業省の管轄です。カードの種類はクレジット・デビット・プリペイドがありますけれど、カード発行も日本で3つ全てやろうとすると、色々大変。海外ではネオバンクが最近広がってきていますが、そういった気運や環境を日本で整えるにはどうしたらよいか、ハード・ソフト面で後押しできるようにしていければと考えております。
先々には、IoTやMaaSなどさまざまな機器や場所が決済機能を持つようになります。今はモバイルの対応を進めていますが、将来的には車や家電など、生活に関わる機器のメーカーが決済に入ってきた時に対応できるようにしたい。
Visaを用いたユースケースを増やして、こういう使い方もあるとバリエーションを増やしていきたいですね。事例が増えるほどスタートアップの皆様にとって、Visaはより身近な存在になるのではないかと思います」
執筆:鈴木雅矩
編集:BrightLogg,inc
撮影:小池大介