世界中から富裕層や優秀な人材が集まるアジア屈指の金融都市、シンガポール。高い生活水準と教育環境を求め、夫と2人の娘とともに移住したRICAさん一家は、現地での暮らしも8年目を迎えた。
24万人のミリオネアが暮らす、海と緑の「富裕層都市」
高層コンドミニアムが立ち並び、近代的なビル群と豊かな緑が共存するシンガポール。2025年時点でも世界有数の富裕層都市として位置づけられており、約24万2000人もの高額資産保有者(ミリオネア)が居住しているとされる。
シンガポールを代表するランドマーク、マーライオンとマリーナベイ・サンズ。東南アジアでも屈指の先進都市として発展してきたこの街は、世界中の富裕層が集まる国際都市として知られている(写真撮影/木津 奈緒美)
総人口約590万人のうち、約3割が外国人居住者だ。日本人も約3万3000人が暮らしており(※外務省「海外在留邦人数調査統計」2025年10月時点)、近年ではビジネスだけでなく、教育や多国籍社会という環境を背景に、家族での移住も増えている。
そんな金融の中心地であり、世界中の人々が理想の暮らしを求めるこの街で、RICAさん一家はどのような住まいを選択してきたのだろうか。
海と緑を望む高層コンドミニアムで、8年目のシンガポール生活
子どもが小さかったころの暮らしから一新し、家具やインテリアをすべて見直したリビング。統一感のある空間へと整えられている(写真撮影/金田なお子)
RICAさんは、夫と2人の娘(長女12歳、次女7歳)とともにシンガポールで暮らしている。移住してから8年目。娘たちはインターナショナルスクールに通い、家族の日常はこの都市に根づいている。
現在の住まいは、海と緑を望む41階建ての高層コンドミニアムの23階の住戸。天井まで広がる大きな窓からは、港と海が一望できる。
「天井まで窓の高さがあるので、空が広く見えるんです。景色が抜けていると、それだけで気持ちが違います。物をたくさん置くよりも、空間が広いほうが好き。モルディブみたいな雰囲気を、少しでも家の中で感じられたらいいなと思ったんです。あの海の色と何もない広い空間が心地よくて」
リビングのラグやクッションには海を思わせる青を取り入れ、自然素材の家具を合わせている。景色と調和する色合いが、室内全体の印象をつくっている。
日本からシンガポールへの移住のきっかけは、夫の海外転職だった。
「家族で移住するにあたっては、子どもが小さかったので、安全な居住環境であることは絶対条件でした。それから、日常の中で自然に英語に触れられる環境に身を置きたいという思いもありました。日本の食材が手に入りやすいことも、生活を想像しやすかった理由のひとつです」
実際、シンガポールは日本人にとって「世界で最も住みやすい都市」だと話す人は現地でも多い。日本食材を扱うスーパーやレストランも多く、生活面での不便はあまりない。日本との時差は1時間、フライトも約6時間と、物理的な距離も比較的近い。
リビングの窓から望むハーバーフロントの景色。沖合に浮かぶ船と緑が広がり、開放感のある眺めが日常の一部になっている(写真撮影/金田なお子)
「子どもを育てるうえで安全ですし、英語環境があるのも大きいですね。日本の食材や日用品も手に入りやすくて、海外というより、沖縄にいるような感覚です」とRICAさん(写真撮影/金田なお子)
海と都心をつなぐ、南部ウォーターフロントの住環境
RICAさん一家が暮らすのは、シンガポール南部のウォーターフロントエリアに建つランドマーク的な有名高層コンドミニアム。専有面積は約230平米、4ベッドルームを備える。
都心のビジネス街やマリーナベイ(シンガポールのランドマークエリア)へは車で約10分。海沿いの景観を楽しめる一方で、大型商業施設やMRT(地下鉄)駅も近く、日常の買い物や移動にも不便はない。
RICAさんは、当初ウォーターフロントエリアからほど近い、富裕層が多く暮らすリゾート島・セントーサも検討していたという。セントーサは、ユニバーサル・スタジオなどの観光施設や高級住宅が集まるエリアで、シンガポールの本島中心部から車で15分前後とアクセスも良い。
「最初はセントーサにも憧れていました。でも、この部屋を見たときに“セントーサより便利でいいじゃん”って思ったんです。ショッピングにもすぐ行けるし、コンドミニアムも広い。生活するなら、こちらのほうが暮らしやすいと感じました」
リゾートの開放感と都市機能の利便性。
23階のリビングからは、港の景色と海、緑が広がる。非日常の眺めを日常の中に取り込みながら、生活のしやすさも確保している。
RICAさんが暮らす高層コンドミニアムが建つ、シンガポール南部のウォーターフロントエリア。大型商業施設や地下鉄駅が集まるハーバーフロント周辺は、都心にも近く、海沿いの散歩道が広がる暮らしやすい街だ(写真撮影/金田なお子)
夫の海外転職から始まった、家族の選択
シンガポールでの暮らしは、夫の海外転職を機に始まった。
「『シンガポールで働くことになりそうなんだけど』と夫に言われたとき、私は『行く』って即答でした(笑)。もともと海外に住んでみたい、という思いがあったんです」
RICAさん自身、以前から海外への憧れがあったという。当時、移住先としてはシンガポール以外の選択肢も検討した。実際にマレーシアへ行き、移住先候補の街を歩き、物件見学も行ったという。
「家賃はシンガポールの3分の1程度で、広い物件も多く、正直すごく魅力的でした。でも、街の整備状況や交通インフラ、安全面を見たときに、長く暮らすイメージが少し持ちにくかったんです。旅行で訪れるのと、生活するのとは違いますよね」
比較する中で感じたのは、シンガポールの“整っている”環境だった。
「海外なのに、ここまで整っていて安心できるのは大きかったですね。
当時、娘たちはまだ幼く、教育や生活環境を重視したとき、シンガポールという選択は自然だったという。安心して暮らせるかどうか。その視点でマレーシアと比較した結果、最終的にシンガポールに決めた。
多国籍な学校で育つ子どもたちの日常。文化の違いから見えるもの
シンガポールは、多民族国家として複数の言語が共存する社会だ。公用語は英語、中国語、マレー語、タミル語の4つ。日常生活や教育、ビジネスの場では英語が共通語として使われる一方、子どもたちは英語に加えて、自身の民族言語も学校で学ぶバイリンガル教育を受けている。
街を歩けば、さまざまな肌の色や言語が自然に交差する。英語が流暢でなくても珍しくない環境だからこそ、ゆっくりと耳を傾け、言葉の違いを受け入れる空気がある。多様な背景を前提とする社会のあり方は、多くの日本人居住者が実感する「住みやすさ」の一因にもなっている。
娘たちが通っているのはインターナショナルスクールだ。RICAさんは、英語力そのもの以上に、「環境」が子どもに与える影響を重視している。
「日本でも英語教育はできますよね。でも、学校だけ英語でも、友達同士が日本語だと使う言葉は日本語に戻ってしまう。街やお店でも英語が自然に飛び交っている環境は大きいですし、日常の中で自然に英語に触れられるのはいい経験になると思いました」
実際に子どもたち自身も、現在の環境に心地よさを感じているようだ。毎年一時帰国の際に通う日本の学校と比べても、「インターナショナルスクールの方が好き」と話しているという。
夫の海外で英語を使い仕事を行う上で得た経験も、娘たちをインター校に進学させるという判断の背景にあったという。
「夫は高校で海外に行って、その後一生懸命勉強して英語を話せるようになったんです。でも、“話せる”のと“ネイティブの感覚がある”のは違う、と。冗談のニュアンスや言葉の温度感は、小さいころから触れていないと身につきにくいって。だから子どもたちには、机の勉強だけでなく、日常の中で感覚的に覚えてほしいと考えていました」
また、夫にとっても海外での生活は大きな意味を持っているという。シンガポールでは、日本にいたら出会えない多様な人々とのつながりが生まれ、そうした人脈が広がっていくことを実感しているそうだ。
長女が日々練習に取り組む体操スペース。シンガポールでは、運動系や芸術系など習い事の選択肢が豊富で、放課後や週末に複数の習い事に通う子どもも多い(写真撮影/金田なお子)
長女の寝室。窓の向こうには海の景色が広がり、室内には体操の大会で獲得したメダルが並ぶ。日々の練習と成果が感じられる空間だ(写真撮影/金田なお子)
習い事も将来も広がる。教育環境で選ぶシンガポール生活
長女は現在体操に打ち込んでいる。
「体操が大好きで、玄関前のスペースで毎日練習しています。大会にも出て、メダルを持ち帰ってきたこともあります」自室にはメダルを飾り、動画を見返しながら次の目標を立てているそうだ。シンガポールには英語だけでなく日本語で指導を受けられる習い事も多く、海外にいながら課外活動の選択肢を広く持てる点も、教育環境としてこの国が選ばれる理由のひとつだ。
子どもが成長するにあたって、教育環境を理由に住む国を変えるシンガポールに在住する日本人家庭は多い。RICAさんに将来の住まいについて尋ねると、
「娘の体操競技の環境を考えると、日本に帰るっていう選択もあるけど、シンガポールの方が、英語環境がいい。日本のインターナショナルスクールも見学したけど、シンガポールにいた方が教育面では有利だと感じています。英語教育をするには、日本でやるより海外にいた方が進学にしても有利。娘が日本の高校や大学を選ぶかどうかは、本人次第。その時の選択肢です」
華やかな暮らしの裏側にある日常のリアル
広々とした住まい、海の眺望、多国籍な学校環境。整っているように見える暮らしの裏側で、日常は想像以上に手間がかかるというのがRICAさんの実感だ。
移住当初、最も苦労したのは言葉だった。英語環境が整っているということは、裏を返せば“日本語が通じないシーンが多い”ということ。
「私は英語が全然話せなくて、家の工事が入るときに、現地の人が何を言っているのか分からないのが本当に困りました。電化製品もボタンひとつで動かないことがあったり、家の設備も結構頻繁に故障する。業者への問い合わせなど、全部自分で対応しないといけないんですよね」
海外では、些細なトラブルも自分で交渉し、解決する必要がある。慣れるまでには時間がかかった。
生活コストも高い。スーパーでの食料品や日用品の買い物は週に3日ほどで、1回の買い物で100シンガポールドル(約1万2500円、1シンガポールドル=約125円換算/2026年4月9日時点)を超えることも珍しくないという。年に2回、日本へ一時帰国する際には、生活用品の“まとめ買い”が恒例になっている。
「段ボールとスーツケースで最大8個分の生活用品を日本から持ち帰ります。シャンプーの詰め替えを半年分とか。重いけど頑張って入れて帰ってきます」
住環境も日本と同じではない。湯船があっても給湯はタンク式で、十分にお湯が出ないこともある。
「お湯が10分しか出なくて、2人目は冷たくなるとか。追い炊きもできませんからね。日本の当たり前が、ここでは当たり前じゃないですね」
RICAさんの個室に隣接するバスルーム。湯船付きだが「基本はシャワーのみ。タンク式でお湯は約10分、2人目は冷たくなることもある」と話す。日本との設備の違いを感じる一例だ(写真撮影/金田なお子)
横に長く作業スペースが確保されたレイアウトで、シンプルながら機能的。「リビングから離れた場所にあるキッチンなので、リビングに生活感が出にくいのが気に入っています」とRICAさん(写真撮影/金田なお子)
「気にしすぎない」が続けるコツ。海外生活との向き合い方
華やかな都市の風景とは対照的に、日常は地道だ。それでも暮らしを続けている理由は何か。
「外国人が多いので、変に気を使わなくていいんです。適当な服でも外に出られるし、化粧しなくても気にしない。嫌だったら嫌って言えば、その場で終わる人間関係も好きですね。深く考えすぎないこと。それが続けるコツかもしれません」
多様な国籍や価値観の人が混ざり合う環境では、「周囲に合わせる」よりも「それぞれ違っていて当たり前」という空気がある。そうした前提があるからこそ、気を使わずにいられるのだろう。
不便や文化の違いを「問題」として積み重ねれば、海外生活は長くは続かない。実際、違いに疲れて帰国を選ぶ家庭もある。
RICAさんが8年間暮らし続けているのは、すべてを解決しようとするのではなく、「気にしすぎない」という気持ちで日々を過ごしているからだ。きらびやかな都市の裏側にある日常の手間も含めて受け止める。RICAさんの気持ちの在り方は海外暮らしに合っているのだろう。
海を望む部屋で描くチョークアート。深夜の自分時間で創作に打ち込む
モルディブの海と砂浜をモチーフにしたチョークアート作品。室内のコーナーにさりげなく置かれ、暮らしの中に作品が溶け込んでいる(写真撮影/金田なお子)
RICAさんの住まいには、チョークアートを制作するための部屋がある。窓の外には港と海が広がり、室内には深いブルーの作品が並ぶ。もともと日本にいた頃からチョークアートの制作活動を続けており、その延長線上に今の制作環境がある。
作品の色には、旅の記憶が重なっているという。
「玄関には、子どもたちがモルディブで拾ってきた貝殻を入れています。現地で撮った写真を見ながら、青も自分で色を調合して、なるべく景色に近い色になるように描いています。モルディブな雰囲気は、家の中にも少し取り入れています」
チョークアートの制作風景。23歳のときに出会い、教室で学びながら技術を磨いてきた。現在も作品制作やレッスンを通じて活動を続けている(写真撮影/金田なお子)
玄関には、モルディブで拾った貝殻や旅の記憶を取り入れたしつらえ。空間全体を青のトーンで統一している(写真撮影/金田なお子)
サーフボード型のアートは、現地で撮影した写真をもとに色を調合したもの。海のグラデーションを室内に再現している(写真撮影/金田なお子)
RICAさんのシンガポールでの忙しい日々の中で、制作は、家族の一日が終わった後に始まる。RICAさんの1日の流れを聞いてみた。
「朝はごはんをつくって送り出して、ランチはつくったりつくらなかったり(笑)。午前中は英語の勉強をしたいなと思っていて、週に1回は朝テニスにも行きます。午後は買い物に行ったり、夕方前から晩ごはんの準備をして、次女の習い事の送迎。帰ってきてごはんを食べさせて、長女が帰ってきたらまたもう一回つくって。子どもたちを寝かせてから、やっと絵を描きます。制作時間は夜10時ごろから、深夜0時か1時ごろまで。昼間は夫もいますし、どうしても時間に追われるので。子どもたちが寝て、全部終わってからが私の時間ですね。静かになってからのほうが、集中できるんです」
海を望む部屋で過ごすその時間が、日々の生活の中で自分を取り戻すひとときになっている。
「深く考えない」がハッピーな海外生活の秘訣。RICAさんのシンガポール生活のこれから
8年という時間を重ね、シンガポールはRICAさん一家にとって生活の拠点になった。最初は分からないことばかりだったという。
「最初はデリバリーの仕方もわからないし、お店もどこに行っていいか分からない。でも経験ですね。年数が長くなるほど快適になる。3~4年ぐらいですかね。日本に帰っても“帰ってきた”って感じるし、日本からシンガポールに戻ってきても“帰ってきた”って感覚を持ちます」
数年を経て、街の仕組みが分かり、人との距離感がつかめるようになり、この国は“滞在先”ではなく“拠点”へと変わっていった。23階の窓から海を眺める日常も、夜に制作部屋で絵を描く時間も、子どもたちが多国籍の友人と過ごす学校生活も、その積み重ねの延長にある。
将来の居住地については、ひとつの国に決めているわけではない。
「せっかくなので、いろんな国に住んではみたい。ここっていう国は見つかってないけど、ほかの国にも住んでみたいです。例えばアメリカやオーストラリア、カナダなど。娘がもし行きたい大学とか高校とか見つけたら、ついて行こうかな(笑)」
海外生活が向いていた理由を尋ねると、RICAさんはこう答えた。
「あんまり深く考えない。あとは、後悔しない。ハッピー!で前向きに過ごす!」
そう言い切れる軽やかさが、異国で暮らすハードルを下げてきたのかもしれない。物価や設備の違い、言葉の壁。すべてが理想通りではない。それでも、良いと思える部分に目を向け、深く抱え込みすぎない。
海外で暮らし続けるという選択は、大きな決意というよりも、日々を受け入れ、楽しむ姿勢の積み重ね。そうしたRICAさんの気持ちの持ち方に、今の笑顔で「ハッピー!」な住まいと暮らしがある。
●取材協力
RICAさん

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