■耳掃除がなかなかやめられない理由
綿棒で耳をくるくる掃除するのがやめられない……という人は多いはずです。
実際、耳鼻科医である私は、毎日のように耳掃除をしすぎて炎症を起こした方を診ています。過去には外耳炎が悪化して入院になったケースもあるほどです。なぜ私たちは、そこまでして耳掃除をしたいのでしょうか。これには理由があります。
機能的MRIを使った研究で、かゆい部位を「かく」という行為が、脳の報酬系を活性化させることがわかっています(※1)。これは美味しいものを食べたとき、金銭的報酬を得たときに活性化するのと同じ系統。しかも面白いことに、耳をかいている間は、脳の痛みを感じる部位は抑制されます。だから「ちょっと痛い」くらいの強さでかくのが、いちばん気持ちいい。思い当たる人は多いはずです。
でも、本当は「かゆい」というのは、体からの「触ってはいけない」というサインです。
※1 Papoiu ADP, Nattkemper LA, Sanders KM, Kraft RA, Chan YH, Coghill RC, et al. Brain's reward circuits mediate itch relief: a functional MRI study of active scratching. PLoS One.
※2 Paul JC. Wound Itch: An Update. Adv Skin Wound Care.
■耳は「勝手にきれいになる」臓器
そもそも、耳の中は放っておいても勝手にきれいになる構造になっています。
外耳道(耳の穴の奥に続くトンネル)は、入口側の「軟骨部」と、奥側の「骨部」に分かれます。軟骨部は普通の皮膚に近く、毛も皮脂腺もあります。ここは外から手が届く範囲なので、お風呂上がりにタオルで軽く拭いても大丈夫です。
問題は、奥側の骨部。ここは人体で唯一、骨の上に皮膚が直接乗っています。毛包がなくて分泌物も出ないので、汚れが溜まる構造にはなっていません。もちろん、古い皮膚や剥がれた角質――つまり耳垢は出ますが、これも自動排泄されます。
その秘密は、外耳道の皮膚の「遊走能」と呼ばれる機能にあります。
「耳掃除は不要」と言われる根拠はここにあります。
耳垢は「軟骨部と骨部の境目」あたりまでは自動で出てきます。ただし、そこから先の入口まで届くかは、耳の形や耳垢の量によります。耳の穴が狭い人、もともと耳垢が多い人は詰まることがある。だから「詰まったら耳鼻科で診てもらう」ということもあるわけです。
■耳掃除による有害事象は意外と多い
ちなみに、アメリカ耳鼻咽喉科学会は、患者向けの公式メッセージで「肘より小さいものを耳に入れるな」と呼びかけています(※3、4)。
綿棒もヘアピンも鍵もつまようじも、全部ダメ。理由は危険だからだけではなく、綿棒などは耳垢を奥に押し込んでしまうからです。本来は外向きに動いている自浄作用と、真逆の方向に運んでしまう。
米国のある研究によると、1990年から2010年の間に、米国の子どもの綿棒関連耳外傷による救急外来受診は26万件を超えています(※5)。そのうちの73.2%が「耳掃除中」の事故で、76.9%は子ども本人が綿棒を持っていました。そして、25.3%は鼓膜穿孔という診断でした。
これは、子どもだけの話ではありません。2025年に米国で成人を対象に実施されたアンケートによると、95.6%の人が耳掃除に綿棒を使っていて、そのうちの92.6%は「医師が推奨していない」と知りつつ使い続けていました。さらに3割近くは、すでに何らかの有害事象(耳の痛み・耳垢悪化・聴力低下)を経験しています(※6)。
※3 Schwartz SR, Magit AE, Rosenfeld RM, Ballachanda BB, Hackell JM, Krouse HJ, et al. Clinical Practice Guideline (Update): Earwax (Cerumen Impaction). Otolaryngol Head Neck Surg.
※4 American Academy of Otolaryngology-Head and Neck Surgery. Experts Update Best Practices for Diagnosis and Treatment of Earwax (Cerumen Impaction): Important Patient Education on Healthy Ear Care
※5 Ameen ZS, Chounthirath T, Smith GA, Jatana KR. Pediatric cotton-tip applicator-related ear injury treated in United States emergency departments, 1990-2010. J Pediatr.
※6 Weissman B, Chowdhury S, Mattin MD, Viola F, Flanagan OL. Ear-Rational Behavior: A Survey Study of Q-tip (Cotton Swab) Habits and Health Perceptions. Cureus.
■外耳道がんは「利き手側」に多い
先に述べたように、私の診療経験においても、耳掃除が原因の外耳炎はとても多いです。ほとんどは外来での処置と点耳薬で治りますが、細菌感染による炎症「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」を併発した場合、糖尿病があって外耳炎が悪化した場合などは、入院治療が必要になるケースもあります。たかが耳掃除、されど耳掃除です。
また、慢性的に耳を刺激すると、耳の穴が徐々に狭くなる「後天性外耳道狭窄」、外耳が塞がってしまう「後天性外耳道閉鎖」、耳のがんである「外耳道扁平上皮がん」のリスクが上がります。外耳道扁平上皮がんの主たるリスク因子は、慢性中耳炎や放射線治療歴などですが、皮膚への慢性的な刺激も、近年注目されている因子のひとつなのです。
ここに、日本ならではの興味深いデータがあります。日本人の外耳道扁平上皮がん68例を調べた研究で、明確な特徴が見つかりました。なんと、68例のうち52例は右耳、16例は左耳にがんがあったのです。日本人は右手が利き手であることが多く、それに対応した側ががんになる傾向が確認されました(※7)。研究者はこの偏りを、「みみかき」という日本特有の習慣で説明しています。特に硬い金属素材の耳かきを使用している人で発症率が高かったことが示されています。
もちろん、耳掃除をすれば必ずがんになるというわけではありません。観察研究なので、因果関係を証明したものでもありません。ただ、「可能性のあるリスク」として知っておく価値はあるでしょう。
※7 Tsunoda A, Sumi T, Terasaki O, Kishimoto S. Right dominance in the incidence of external auditory canal squamous cell carcinoma in the Japanese population: Does handedness affect carcinogenesis? Laryngoscope Investig Otolaryngol.
■日本人にベタベタ耳垢の人は少ない
なお、「私の耳垢は湿っているから掃除しないと」と訴える患者さんは大勢います。ところが、実際に診察すると、本来の耳垢はカサカサの乾性なのに、耳掃除をしすぎたせいで滲出液が出て「湿った状態」になっていることが少なくありません。
擦っても取れないベタベタした耳垢の正体は、しばしば「かさぶた」です。
「カサカサ(乾性)」か「ベタベタ(湿性)」かという耳垢タイプは遺伝で決まります。欧米は、ほとんどの人が湿性。でも、日本人の8~9割は乾性で、1~2割が湿性です。つまり、みなさんの8~9割は乾性です。「自分は湿っているから違う」と感じる前に、本当に体質なのか、それとも触りすぎた結果なのか、いったん疑ってみる必要があります。
なお、季節を問わず慢性的に耳がかゆい、ジュクジュクするという場合は別問題です。「アトピー性皮膚炎」、イヤホンによる「接触性皮膚炎」、加齢に伴う「脂漏性湿疹」など、皮膚疾患が耳に出ているケースが少なくありません。年中かゆい場合は、迷わず耳鼻科か皮膚科を受診してください。
■今からできる「耳の正しいケア3原則」
では、耳を正しくケアするにはどうしたらいいでしょうか。以下の3つだけ覚えておいてください。
①耳掃除の頻度を減らす
毎日はNGです。
②耳掃除で皮膚に触れない
耳掃除をするなら、ポロッと取れる分だけ取る。ゴシゴシと擦ってまで取らない。皮膚に触らない。硬い金属製の耳かきは、それ自体が刺激源になります。使うなら竹製や先が丸いタイプを、ごく軽く当てる程度にとどめてください。
③耳垢が詰まったら耳鼻科へ
耳垢が詰まったら、耳鼻科を受診しましょう。耳垢栓塞除去は保険診療で受けられて、数分ですっきりします。「耳鼻科に行くなんて大げさ」と感じる人も多いようですが、気軽に受診して大丈夫です。
また、耳が一時的にかゆい場合は、触らずにやり過ごすのが鉄則です。どうしても気になるときは、ワセリンを耳の入口にごく薄く塗るのが一つの選択肢。奥は触ってほしくないので無理に塗らず、治らないようなら耳鼻科を受診しましょう。
最後に、ご自身が耳掃除に綿棒を使っていなくても、配偶者やお子さんが頻繁に使っているケースも多いはずです。ご家族の習慣も、ぜひ一度見直してみてください。
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音良 林太郎(おとら・りんたろう)
医師、医療ライター
2006年、慶應義塾大学医学部卒。臨床研修修了後、2008年より同大学耳鼻咽喉科学教室へ所属。日本耳鼻咽喉科学会専門医・指導医、耳科学会認定医。耳科、聴覚を専門とし、臨床勤務医として従事する。2018~2020年、米国ノースウェスタン大学耳鼻咽喉科頭頸部外科でポストドクトラルフェローとして先天性難聴の蛋白機能解析に関する基礎研究に従事。2021年より国立病院機構栃木医療センター耳鼻咽喉科に医長として勤務。本名、小島敬史。現在はX(旧Twitter)で医学・健康情報の啓蒙活動をしながら、医療ライターとして医療記事執筆を行っている。2026年4月より「立川駅前おといろ耳鼻咽喉科」院長。
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(医師、医療ライター 音良 林太郎)

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