東京都千代田区の市ケ谷駅。JR総武線・都営新宿線・東京メトロ有楽町線・南北線が交わり、駅からすぐ近くに防衛省の施設がある、都心部でも中央に位置するエリアだ。
駅に隣接する幅広の水路は、かつての江戸城外壕(そとぼり)が埋め立てられずに残った部分であり、それをまたぐ『市ヶ谷橋』からの眺めも良い。
そうした市ヶ谷駅周辺の風景として親しまれているものの一つが、橋に隣接する釣り堀『市ヶ谷フィッシュセンター』だ。神田川の上で釣りをできる楽しさのほか、「手ぶらで来店してOK」「一部の魚は釣ったその場で焼いて、ビールとともに味わえる」などサービス面も良好の人気スポットである。だが、この釣り堀が実は「外濠を不法占拠している」と知ったら、驚く人も多いのではないか。

この釣り堀はなぜ不法占拠状態のまま、長らく存続し続けているのか? 当記事では現地レポートに行政の議事録、若干の私見を交えて紹介する。

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市ヶ谷駅前に存在する都会の釣り堀


『推しの子』ロケ地がまさかの不法占拠?市ヶ谷駅前のシンボル「都会の釣り堀」が60年も存続できる深いワケ
お魚めがけて釣り糸を水面へ投げ込む男達
市ヶ谷橋はJR側の市ケ谷駅から、東京メトロ側の市ケ谷駅へと下るような傾斜になっている。外堀のうち橋の西側は『市ヶ谷濠(いちがやぼり)』、東側は『新見附濠(ほり)』と呼ばれるが、その新見附濠の方にあるのが市ヶ谷フィッシュセンターだ。濠は千代田区と新宿区の境界線上にあるので、この釣り堀も二区をまたがる形で所在していることとなる。

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市ヶ谷フィッシュセンターはビル街からすぐ近く
再開発や観光地化のめざましい都心ど真ん中にある、ローカル感・昭和感ただよう釣り堀。そのすぐ近くを総武線や中央線の車両が通過していくのは、なかなかユニークな風景である。公式ホームページでは「都会のオアシス」と紹介されており、その優れた景観から人気ドラマの『ガリレオ』『臨場』、TVアニメ『おそ松さん』『推しの子』など、多数の映像作品でロケ地やモチーフとして使用されてきた。

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釣り堀のすぐ横をJR総武線の電車が走っていく
釣れる魚の種類は、釣り自体を楽しむ鯉釣り、釣った後で飼育用に持ち帰れる金魚釣り、釣ったその場で焼き魚にして味わえるニジマス・イワナ釣り(※持ち帰りも可能)など、趣味・目的・年齢層に合わせた楽しみ方を提供している。都心部の水辺空間・ビル群・青空を一度に眺めながら、今しがた釣りあげたニジマスなどを酒の肴に、ビールで乾杯!……確かに都会のオアシスとも呼べそうな、贅沢な時間が目に浮かぶ。


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市ヶ谷フィッシュセンター入口に掲げられている魚種の看板

下は外濠、上は水道管、周囲には電車・橋・ビル群…

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市ヶ谷橋はJRの駅側から反対側へ下り坂になっている
一方、こうした商業施設が公有の水辺を占拠する形で浮かんでおり、しかもJR・地下鉄・駅・橋など複数の都市インフラと隣接している様相は、一歩引いてみるとかなり異質だ。

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釣り堀施設の真上を通る市ヶ谷水管橋
市ヶ谷橋と並んで水道管を通す市ヶ谷水管橋(すいかんきょう)も外濠をまたいでいるのだが、市ヶ谷フィッシュセンターの一部はこの水管橋の真下をくぐる形になっている。水平方向だけでなく上下まで含めて、この釣り堀はパブリックな空間・施設・設備に取り囲まれているのだ。

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外濠の水質はあまり良いものではないが……
また、外濠の水は緑色になっており、傍目にも水質が良いとは言えない。外濠は水の流入が少なく循環が乏しい環境であり、水底に長年のヘドロが蓄積しているほか、窒素やリンなど栄養素過多で植物性プランクトン(アオコ)が発生しやすいのだ。釣り堀内については「UFOのような形の浄水マシーンを導入して水質改善している」といったネット情報もあるので問題ないようだが、今後の温暖化や気候変動による外濠の水質変化を考えると、今後の環境リスクがゼロとも言い切れないだろう。

1964東京五輪から始まった、行政との「行き違い」

東京タワーが完成し、日本が高度経済成長期へ入った1958年(昭和33年)、市ヶ谷フィッシュセンターは開業したという。それが不法占拠の状態となって現在に至るまで、どのような経緯を辿ってきたのか。これについては、2012年(平成12年)の東京都議会第1回定例会で、当時の都議会議員・栗下善行(くりした ぜんこう)氏が行った質問と答弁に良くまとめられている。要約すると以下のとおりだ。

当初の市ヶ谷フィッシュセンターは国有財産法に基づいて千代田区が外濠での許可業務を行い、使用料は東京都が得ていた。転機は1962年(昭和37年)、2年後の東京オリンピックを控えて外壕の浚渫(しゅんせつ:水路の底面にある土砂やヘドロを撤去し、環境改善する工事)を行うにあたり、許可が出されなくなったのだ。

しかし、市ヶ谷フィッシュセンターはその後も外濠に留まった。不許可から4年後の1966年(昭和41年)、都議会第4回定例会では、当時の建設局長が「撤去について再三の受託命令等をしたが、いまだ執行されていない」「大正7年・東京府令七十五号の公有土地水面使用規則より以外に、撤去できる規則がない」「最終的には訴訟で解決をしなければならない」といった趣旨の答弁を行なっている。


しかし、こうした訴訟はついぞ行われなかったのか、釣り堀は現在まで使用料を払わずに水面を商業利用し続けている。事業者側いわく「区や都から立ち退きや使用料の話を受けたことはない」「かつての使用料と同額を法務局に供託し続けている」とのこと。千代田区からは年一回程度の警告を出しているものの、具体的な話し合いには至っていないそうだ。

栗下氏からは法的な面以外に「本来は都民福祉に活用され得た使用料を毀損(きそん)し続けている」といった問題提供や、「不許可の原因であった東京五輪前の浚渫事業が終了したなら、改めて正常な許可を与えることが適切だったのでは」との指摘も行われている。一方、東京都側からは「外濠が位置する区の間で、不法占拠解決の意見が統一されていない」といった答弁がされており、事態が進展しない事情も垣間見える。

千代田区なども対応には及び腰か

市ヶ谷フィッシュセンターを含めた外濠空間は、千代田区・新宿区・港区と実に3区にもまたがる。そこへ東京都が加わり、さらに外濠が国有財産扱いされているため、国までもが話に関わってくるのだ。この煩雑さから、市ヶ谷フィッシュセンターに関する手続きの主導役が定まらず、法的処理が一向に進まないのだろう。このような苦しい状況は、都議会での質問から数年後に行われた各区の議事録からも窺い知れる。

(※新宿区の2015年(平成27年)3月12日予算特別委員会より抜粋)
「今、外堀というのは法定外公共物というところでございまして、国の財産、実際は東京都が管理しておりまして、実質的には千代田区が4つの堀を管理しているところでございまして、(中略)あるいは不法占拠の問題とかがありまして、長年東京都と3区が議論をしているところなんですが、まだ固まっていないというところで、今は実質的には東京都が中心になって管理を行っているところでございます」

新宿区の議事録に登場する「法定外公共物」は、道路法や河川法など法令の適用・準用がなく、私権が設定されておらず、公図にも地番がない(つまり登記されていない)公共物のことを指す。この点も、市ヶ谷フィッシュセンターへの対応が進まない状況に拍車をかけていると思われる。

(※千代田区の2017年(平成29年)3月23日予算特別委員会より抜粋)
「(質問)環境まちづくり部長のほうで、これはいろんな方々も、区議会で議論になった水辺の利用。4カ所を提示して、昭和36年、37年以降は不法占用という形になっていると。
ボート場ですとか釣り堀ですとか。ここで、答弁の中で、必要に応じて現地の指導を行っていますよと言ったんで、これは具体的にどういう指導を、民間の不法占用している業者にされておられるんでしょうか」
「(答弁)区としては、年に1回、不法占用の状況について通知を発して、必要に応じて現場に赴いて、不法占用者に面談等をして注意をしていると。不法占用の事実のほかに、管理状態が行き届かないということも含めて、さまざまな、地域からの声も聞いていますので、そういったものもあわせて指導しているところでございます」

千代田区の議事録は、2012年都議会における栗下氏の質問と答弁にあった内容に沿ったものだ。恐らく、同じ状況は現在も続いていると考えられる。

この他にも、外濠と釣り堀についての姿勢を示す記述は関係各区の議事録に散見されたが、問題解決に向けて本腰を入れようといった記述は見当たらなかった。先に軽く触れたように、市ヶ谷フィッシュセンターは集客も多く、独特な景観が実写作品やアニメで採用されるなど知名度も高い。法律面ではどうであれ、既に商業面・文化面では地域に根付いた存在と言える。そこを厳格に強制執行しようとする場合に、必要となるであろう手続きのコストを想像して、どの区・どの関係者も「そこまでして取り払う必要があるのか?」と及び腰になっているのだろうか。

時代・行政・法律のスキ間に残る混沌

市ヶ谷フィッシュセンターは、1964年東京五輪という「時代」の境目、千代田区・新宿区・港区・東京都・国という「行政」の境目、国有財産であり法定外公共物という「法律」の境目など、多くの物事の狭間に生まれたエアポケットである。ここも他の不法占拠地帯と同様、戦後~高度経済成長までの混沌とした「昭和」を色濃く受け継いだ場所と言える。

『推しの子』ロケ地がまさかの不法占拠?市ヶ谷駅前のシンボル「都会の釣り堀」が60年も存続できる深いワケ
市谷亀岡八幡宮は社殿が急階段の上にあり、閑静な穴場
ところで、市ヶ谷周辺は防衛省のほかに日大・中央大・法政大・武蔵野美術大など複数の大学キャンパスや学校施設があり、比較的ゆったりとした時間の流れるエリアである。徒歩数分の場所には靖国神社や市谷亀岡八幡宮もあり、厳かな歴史と学問の香りを感じさせる散策向きの場所と言える。


『推しの子』ロケ地がまさかの不法占拠?市ヶ谷駅前のシンボル「都会の釣り堀」が60年も存続できる深いワケ
JR市ヶ谷駅から見た靖国通り(右)。先へ進むと靖国神社がある
こうした市ヶ谷の風景に昭和的な釣り堀がスッポリ嵌まり込み、法的にグレーな要素はそのまま東京の水辺風景として融け込んでいるのは、ある意味では稀有なことでもある。市ヶ谷フィッシュセンターは海外からの観光客(インバウンド)に向けても人気スポットとして定着している。東京をはじめアジアの大都市圏から失われつつある清濁混合のカオスな気配が、この釣り堀にはまだ少なからず残っていて、それが外国人も呼び寄せているのかもしれない。

『推しの子』ロケ地がまさかの不法占拠?市ヶ谷駅前のシンボル「都会の釣り堀」が60年も存続できる深いワケ
法律面をクリアしたうえで引き続き存続してくれる方がベストなのだが……
<TEXT/デヤブロウ>

【参照】
・東京都議会 本会議ネットリポート 平成24年 第1回定例会(一般質問1日目)くりした善行(民主党)
・note 東京都庁 2022年10月25日付投稿「お濠のあのミドリ色をなんとかせねばなりませぬ」
・日本大学文理学部社会学科・後藤範章研究室 
「東京人」観察学会|「東京」と「東京人」のビジュアル社会学
2013年度 1. 釣り堀の見える風景 ―変わらずに4,50年―

―[東京“不法占拠”をめぐる旅]―

【デヤブロウ】
東京都在住。2024年にフリーランスとして独立し、ライター業およびイラスト業で活動中。ライターとしては「Yahoo!ニュース」「macaroni」「All Aboutニュース」などの媒体で、東京都内の飲食店・美術館・博物館・イベント・ほか見所の紹介記事を執筆。プライベートでも都内歩きが趣味で、とりわけ週2~3回の銭湯&サウナ通いが心のオアシス。好きなエリアは浅草~上野近辺、池袋周辺、中野~高円寺辺りなど。X(旧Twitter):@Dejavu_Raw
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