そうした市ヶ谷駅周辺の風景として親しまれているものの一つが、橋に隣接する釣り堀『市ヶ谷フィッシュセンター』だ。神田川の上で釣りをできる楽しさのほか、「手ぶらで来店してOK」「一部の魚は釣ったその場で焼いて、ビールとともに味わえる」などサービス面も良好の人気スポットである。だが、この釣り堀が実は「外濠を不法占拠している」と知ったら、驚く人も多いのではないか。
この釣り堀はなぜ不法占拠状態のまま、長らく存続し続けているのか? 当記事では現地レポートに行政の議事録、若干の私見を交えて紹介する。
市ヶ谷駅前に存在する都会の釣り堀
下は外濠、上は水道管、周囲には電車・橋・ビル群…
1964東京五輪から始まった、行政との「行き違い」
東京タワーが完成し、日本が高度経済成長期へ入った1958年(昭和33年)、市ヶ谷フィッシュセンターは開業したという。それが不法占拠の状態となって現在に至るまで、どのような経緯を辿ってきたのか。これについては、2012年(平成12年)の東京都議会第1回定例会で、当時の都議会議員・栗下善行(くりした ぜんこう)氏が行った質問と答弁に良くまとめられている。要約すると以下のとおりだ。当初の市ヶ谷フィッシュセンターは国有財産法に基づいて千代田区が外濠での許可業務を行い、使用料は東京都が得ていた。転機は1962年(昭和37年)、2年後の東京オリンピックを控えて外壕の浚渫(しゅんせつ:水路の底面にある土砂やヘドロを撤去し、環境改善する工事)を行うにあたり、許可が出されなくなったのだ。
しかし、市ヶ谷フィッシュセンターはその後も外濠に留まった。不許可から4年後の1966年(昭和41年)、都議会第4回定例会では、当時の建設局長が「撤去について再三の受託命令等をしたが、いまだ執行されていない」「大正7年・東京府令七十五号の公有土地水面使用規則より以外に、撤去できる規則がない」「最終的には訴訟で解決をしなければならない」といった趣旨の答弁を行なっている。
しかし、こうした訴訟はついぞ行われなかったのか、釣り堀は現在まで使用料を払わずに水面を商業利用し続けている。事業者側いわく「区や都から立ち退きや使用料の話を受けたことはない」「かつての使用料と同額を法務局に供託し続けている」とのこと。千代田区からは年一回程度の警告を出しているものの、具体的な話し合いには至っていないそうだ。
栗下氏からは法的な面以外に「本来は都民福祉に活用され得た使用料を毀損(きそん)し続けている」といった問題提供や、「不許可の原因であった東京五輪前の浚渫事業が終了したなら、改めて正常な許可を与えることが適切だったのでは」との指摘も行われている。一方、東京都側からは「外濠が位置する区の間で、不法占拠解決の意見が統一されていない」といった答弁がされており、事態が進展しない事情も垣間見える。
千代田区なども対応には及び腰か
市ヶ谷フィッシュセンターを含めた外濠空間は、千代田区・新宿区・港区と実に3区にもまたがる。そこへ東京都が加わり、さらに外濠が国有財産扱いされているため、国までもが話に関わってくるのだ。この煩雑さから、市ヶ谷フィッシュセンターに関する手続きの主導役が定まらず、法的処理が一向に進まないのだろう。このような苦しい状況は、都議会での質問から数年後に行われた各区の議事録からも窺い知れる。(※新宿区の2015年(平成27年)3月12日予算特別委員会より抜粋)
「今、外堀というのは法定外公共物というところでございまして、国の財産、実際は東京都が管理しておりまして、実質的には千代田区が4つの堀を管理しているところでございまして、(中略)あるいは不法占拠の問題とかがありまして、長年東京都と3区が議論をしているところなんですが、まだ固まっていないというところで、今は実質的には東京都が中心になって管理を行っているところでございます」
新宿区の議事録に登場する「法定外公共物」は、道路法や河川法など法令の適用・準用がなく、私権が設定されておらず、公図にも地番がない(つまり登記されていない)公共物のことを指す。この点も、市ヶ谷フィッシュセンターへの対応が進まない状況に拍車をかけていると思われる。
(※千代田区の2017年(平成29年)3月23日予算特別委員会より抜粋)
「(質問)環境まちづくり部長のほうで、これはいろんな方々も、区議会で議論になった水辺の利用。4カ所を提示して、昭和36年、37年以降は不法占用という形になっていると。
「(答弁)区としては、年に1回、不法占用の状況について通知を発して、必要に応じて現場に赴いて、不法占用者に面談等をして注意をしていると。不法占用の事実のほかに、管理状態が行き届かないということも含めて、さまざまな、地域からの声も聞いていますので、そういったものもあわせて指導しているところでございます」
千代田区の議事録は、2012年都議会における栗下氏の質問と答弁にあった内容に沿ったものだ。恐らく、同じ状況は現在も続いていると考えられる。
この他にも、外濠と釣り堀についての姿勢を示す記述は関係各区の議事録に散見されたが、問題解決に向けて本腰を入れようといった記述は見当たらなかった。先に軽く触れたように、市ヶ谷フィッシュセンターは集客も多く、独特な景観が実写作品やアニメで採用されるなど知名度も高い。法律面ではどうであれ、既に商業面・文化面では地域に根付いた存在と言える。そこを厳格に強制執行しようとする場合に、必要となるであろう手続きのコストを想像して、どの区・どの関係者も「そこまでして取り払う必要があるのか?」と及び腰になっているのだろうか。
時代・行政・法律のスキ間に残る混沌
市ヶ谷フィッシュセンターは、1964年東京五輪という「時代」の境目、千代田区・新宿区・港区・東京都・国という「行政」の境目、国有財産であり法定外公共物という「法律」の境目など、多くの物事の狭間に生まれたエアポケットである。ここも他の不法占拠地帯と同様、戦後~高度経済成長までの混沌とした「昭和」を色濃く受け継いだ場所と言える。
【参照】
・東京都議会 本会議ネットリポート 平成24年 第1回定例会(一般質問1日目)くりした善行(民主党)
・note 東京都庁 2022年10月25日付投稿「お濠のあのミドリ色をなんとかせねばなりませぬ」
・日本大学文理学部社会学科・後藤範章研究室
「東京人」観察学会|「東京」と「東京人」のビジュアル社会学
2013年度 1. 釣り堀の見える風景 ―変わらずに4,50年―
―[東京“不法占拠”をめぐる旅]―
【デヤブロウ】
東京都在住。2024年にフリーランスとして独立し、ライター業およびイラスト業で活動中。ライターとしては「Yahoo!ニュース」「macaroni」「All Aboutニュース」などの媒体で、東京都内の飲食店・美術館・博物館・イベント・ほか見所の紹介記事を執筆。プライベートでも都内歩きが趣味で、とりわけ週2~3回の銭湯&サウナ通いが心のオアシス。好きなエリアは浅草~上野近辺、池袋周辺、中野~高円寺辺りなど。X(旧Twitter):@Dejavu_Raw
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