TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。

9月28日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、これまで『日日是好日』など多くの話題作を手がけた映画監督・大森立嗣(おおもり・たつし)さんをお迎えしました。

「生きにくさを抱えていた」という思春期ことや父親のこと、そして最新作『タロウのバカ』のこと、そして映画という表現について、大いにお話しいただきました。

日本映画界注目の一人

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大森立嗣さんは1970年、東京都生まれ。父親は前衛舞踏家の麿赤兒さん、弟は俳優の大森南朋さん。大学卒業後、俳優としても活動しながら阪本順治監督や井筒和幸監督のもとで助監督を務めました。2001年、自らプロデュースし出演もした映画『波』がロッテルダム映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞。2005年、花村萬月さんの芥川賞受賞作を映画化した『ゲルマニウムの夜』で監督デビュー。同作はロカルノ国際映画祭や東京国際映画祭など多くの映画祭に正式出品され、国内外で話題になりました。2013年には『さよなら渓谷』(主演・真木よう子、原作・吉田修一)で第35回モスクワ国際映画祭審査員特別賞を受賞。

ほかにも、三浦しをんさんの小説を原作とした映画『まほろ駅前』シリーズや、『日日是好日』(出演・黒木華樹木希林多部未華子ほか)、『母を亡くしたとき、僕は遺骨を食べたいと思った。』(出演・安田顕倍賞美津子松下奈緒ほか。原作・宮川サトシ)など、人生のささやかな日常を描いた作品がある一方で、秋葉原通り魔事件を題材にした『ぼっちゃん』や、『光』(三浦しをん作品の中では異色!)など人間の狂気や暴力性をさらけ出すような映画もあり、大森作品は公開のたびに話題を呼びます。

そして現在、最新作『タロウのバカ』が公開中です。


死の匂いを消すことが本当に幸せなのか~映画監督・大森立嗣さん

生きづらさから救ってくれた「映画」

あの麿赤兒さんを父親に持つ大森さんは、自分の家は普通じゃないという感覚を持って育ってきたと言います。麿さんの公演によく連れいかれても、父親がやっている暗黒舞踏と社会とのつながりが全く分からなかったそうです。

「『どついたるねん』(監督・阪本順治、主演・赤井英和。1989年)という映画に父親がセコンド役で出てるんですけど、その映画を観たときに『あ、つながった』と、ふと思ったことはあったんです」(大森さん)

浪人時代にその映画を観た大森さんは「それが影響しているかどうかは分からない」と言いますが、大学に入ってから8ミリ映画を制作するようになりました。

「ぼくは今の若い人のものの考え方とかよく分からないんですけど、職業選択とか今後の人生を考えるときに、世の中のつながりがあったほうがいいと思うものなんですか?」(久米さん)

「ぼく自身が思ったのが、とにかく高校ぐらいまで自分の家庭の問題とかいろいろあって、生きづらかったんですよ。結構まわりの人と違うんじゃないか、自分は…というのがあって、ずっと〝普通になりたい〟っていう目標があったんです。もっと普通の家に生まれたかったとか(笑)」(大森さん)

「あのオヤジだけは勘弁してほしいとか?(笑)」(久米さん)

「父親を見ないでほしいなとか思ったりしてたんですけど(笑)。で、大学に入ったときに映画のことをサークルで始めるんですけど、そのときに居やすかったんですよね。今思うと、『楽しかったんだろうな、オレ』っていうのは、すごく思い出しますね」(大森さん)

「映画って、光を当てるとスクリーンに映像が映ってそれが動いたように見えるわけなんですけど、それの何が楽しいんですか…って、ひどい聞き方ですけど(笑)。それの何が楽しいんですかね、映画って」(久米さん)

「オレ、高校ぐらいまで映画をほとんど観てなかったんですけども、大学に入って先輩たちに出会っていろいろ教えてもらって、そのときに、いわゆるヒューマニズムだけじゃないものとか、自分の価値観がブラされていくというか、壊されていくというか。なおかつ、自分は生きていていいんじゃないか、みたいなことを…。価値観が自分の中に多様化されたんですね。

そのときにすごく生きやすくなったという感じがあって、それがたぶん映画に惹きつけられた…。まあ、たぶん小説とか写真とか絵画とか、一流のものっていうのはそういう部分があると思うんですけど、ぼくはたまたま映画に青春時代に出会っちゃって、強く惹かれちゃったんですよね」(大森さん)
死の匂いを消すことが本当に幸せなのか~映画監督・大森立嗣さん

「死ぬ」ということをどうとらえるか

久米さんは大森さんの2つの映画、樹木希林さんの演技が話題になった『日日是好日』と最新作の『タロウのバカ』を続けて観て、「これ、本当に同じ監督?」と思ったと言います。アウトサイダーたちを描いた『タロウ―』は、『日日―』や『まほろ駅前』シリーズなどとは全くテイストが違います。これは大森さんが20年以上温めていた作品。20代半ばのときに考えていたこと、そして今までずっと考えてきたことがテーマになっています。

「ぼくは1970年に生まれて高度経済成長が少年時代だったんですけど、『死』というものをぼくたちはどういうふうにとらえていくかということがない感じがすごくしていまして。もうちょっと死のことを考えると豊かになるんじゃないかなっていうふうに…。これは戦争が終わってからずっと…。人が多く亡くなりすぎちゃったんですね。それで、経済的に豊かになることで死の匂いを消していくというのが、高度経済成長がやったことなんじゃないかなって仮定してみたんですね。そうすうと、あまりにも死の匂いがなくなりすぎていて、人間は『生まれてきたら絶対に死ぬ』という、生物としての側面もあるのに、そこの部分がなくなりすぎることが本当に幸せなことなのかな…ということから、脚本を書き始めたんです」(大森さん)

死の匂いを消すことが本当に幸せなのか~映画監督・大森立嗣さん

新作『タロウのバカ』でやりたかったこと

久米さんは、この映画を観た直後は「これは、自分の映画鑑賞能力ではムリだ」と思ったと言いいます。乱暴な連中が出てくる映画に抵抗があったそうですが、考えてみればそういう人も実際にはいますし、本当は心の中で『思い切り暴れたい』と思っている人は少なくないかもしれません。

「そう思い直したら、あの映画は意味があるなっていうふうに今、思ってるんです」(久米さん)

「いや、もう、嬉しいです、すっごい。ぼく自身は、明確な答えを映画に持たせないでそのあとのことを考える、あるいは、自分が分からないという感情に対してどういうふうに接するかっていうことが、すごく大事なんじゃないかと。なぜかっていうと、ぼく自身が全く映画を観ずに育ってきてるんです。それで大学に入って初めていろいろ映画を観るようになったときに、『仁義なき戦い』を観たって意味が分からなかったんです。映画の見方が分からないので。それを観ていくうちに、考えるうちに、何か感動できるようになってきたんですね。そうすると、感動ができない今までの人生って何なんだろうなっていうふうに思って。映画を観る目や自分が感じる能力を自分でつけていかなかったら、人生、損するぞと思っている感じがずっとあって。やっぱり感動するって、いちばん生きてることを実感できる何かなんじゃないかなと」(大森さん)

「感動って、なかなかね…。また、人それぞれ違うのが面倒で」(久米さん)

「そうですねえ。でもぼくは、公約数的な感動より自分が発見した感動のほうが、ずっと心に残っていくんじゃないのかなっていうふうに…。今日、スポーツの話をしてましたよね。

スポーツってすごいですよね、感動が。そういうものに拮抗するようなものを映画で…。スポーツって、ドラマばっかり見ているわけじゃなくて、瞬間もものすごく美しかったりして、感動する瞬間があるじゃないですか。ぼくはドラマのストーリーを語っていくこともすごい好きなんですけど、この映画(『タロウのバカ』)を作るときに思っていたのが…。アフリカの動物がサバンナを走っている姿だけで感動する瞬間…みたいなことをやりたいっていう思いもちょっとあって」(大森さん)

「なるほど。今の話を聞いて映画を観に行った方は理解できるかもしれないって思いました」(久米さん)

大森立嗣さんのご感想

死の匂いを消すことが本当に幸せなのか~映画監督・大森立嗣さん

まず、久米さんのフザけている感じが独特ですよねえ。ぼくは、どストライクで久米さんがテレビで活躍していた時代をずっと見ていた世代なので緊張してたんですけど、久米さんは人との距離の詰め方がすごい上手ですね。

あと久米さんがすごく素直に、『タロウのバカ』と『日日是好日』との違いとか、『タロウ―』を1回目に観たときの正直な感想を言っていただいて、ぼくに話すタイミングを与えてくれて、『今度もう1回観たくなる』ってすごく上手に話を運んでくれたので、宣伝的にはすごく嬉しかったです(笑)。ありがとうございました。

◆9月21日放送分より 番組名:「久米宏 ラジオなんですけど」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190921130000

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