災害により鉄道路線の不通が相次ぐ九州で、大分~熊本間を結ぶ豊肥本線が4年ぶりに運行を再開。同線は九州を横断する路線です。
熊本県を中心に80人以上の死者・行方不明者を出した2020年7月の豪雨。被害は九州全域に及んでおり、JR九州だけでも、熊本県人吉市を経由して熊本県と鹿児島県を結ぶ肥薩線、福岡県久留米市と大分県大分市を結ぶ久大本線が不通となり、現在はJRの在来線を利用した九州内の移動が一部制限されています。
別府駅に停車中の観光特急「あそぼーい!」(2020年10月4日、河嶌太郎撮影)。
特に久大本線は2017年7月の「九州北部豪雨」により、翌2018年7月まで区間運休を余儀なくされていました。復旧からわずか2年後にも、豪雨により再び被災し、現在も豊後森~庄内間が不通です。
その久大本線と入れ替わる格好で、全線で運行を再開した九州を横断する鉄道路線があります。大分駅から熊本駅を結ぶ豊肥本線です。豊肥本線は2016年4月に発生した熊本地震の影響で一部区間の不通が続いていましたが、2020年8月8日、4年4か月ぶりに全線が復旧しました。
2020年7月の豪雨災害時には、運行再開が延びるのではないかと不安視する声もありましたが、幸いにして大きな被害はなく、予定通りの再開となりました。
そしてその豊肥本線を走る特急列車が、大分県の別府駅と熊本駅を結ぶ特急「九州横断特急」です。先述の久大本線にも、「ゆふいんの森」など九州を横断する特急列車がありますが、同線が一部で不通の今、まさしく唯一の「九州を横断する特急列車」となっています。
「あそぼーい!」は観光列車仕様となったキハ183系気動車が使われています。列車の最前部と最後部は「パノラマシート」になっており、前面の景色が見渡せるのが特徴です。「くろちゃん」と呼ばれる黒犬のキャラクターが、外装や内装のいたるところにあしらわれ、「あそぼーい!」を象徴するマスコットとなっています。

「あそぼーい!」のキャラクター「くろちゃん」(2020年10月4日、河嶌太郎撮影)。
車内は、「白いくろちゃんシート」と名付けられた親子席のほか、子どもが座って遊べるスペースがあったり、「くろカフェ」と呼ばれる車内販売所も設置されたりしています。窓側の背もたれが子ども用に低くなっているのも特徴で、親子連れで楽しめる配慮がふんだんになされています。
筆者(河嶌太郎:ジャーナリスト)も2020年10月、「あそぼーい!」に別府駅から熊本駅まで乗車しました。途中の大分駅を発車すると「豊肥本線は2016年、熊本地震の影響で不通区間がありましたが、皆様の応援の力で『あそぼーい!』は大分に戻ってくることができました。これからも皆様の笑顔を上回り、元気に走ります。この列車の運転士は……」というアナウンスが流れます。ほかにも道中、熊本地震で崩落し、再建工事が進められている道路橋「阿蘇大橋」の近くに差し掛かると、ここでもアナウンスが流れました。
こうした災害や、ほかには戦争などの被害を追体験し、後世に残す観光様式を「ダークツーリズム」と呼びますが、「あそぼーい!」はまさにこれを地で行く観光列車と言えます。アナウンスにはありませんでしたが、熊本地震で路盤が崩落し、再建されたと思われる区間では線路の砂利が白くなり、枕木も新しいものに置き換わっています。いたるところで災害の爪痕を感じられます。観光列車に乗りつつも、日本がいかに自然災害大国であるかを考えさせられるという点で、「あそぼーい!」は非常に意義深い列車であると言えるでしょう。

スイッチバックについて説明する乗務員(2020年10月4日、河嶌太郎撮影)。
乗り通して筆者が率直に感じたことは、「あそぼーい!」を移動手段として考えると時間がかかりすぎるのではないかという点です。「あそぼーい!」は別府駅から熊本駅までの160.1kmを走りますが、3時間17分かかります。停車時間も含めた列車の平均時速を表す表定速度に換算すると、約48.8km/hです。これは観光列車だからゆっくり走っているというわけではなく、通常の「九州横断特急」でも変わりません。
理由として地形的な要因があります。列車は阿蘇の外輪山の東側を越えて「阿蘇谷」と呼ばれる世界最大級のカルデラを走り抜け、今度はさらに外輪山の西側を越えて海に面する都市に降りて行きます。一連のあいだには標高差がありますが、これは鉄道においては特に不利で、熊本側では列車を折り返してジグザグに移動する「スイッチバック」が行われます。
ところがこれでも、別府より手前の大分駅と熊本駅を直通するバスには所要時間で勝っています。同駅間は特急「あそぼーい!」だと約3時間10分ですが、同じ区間で1日6往復(2020年10月現在)運行されている高速バス「やまびこ号」では約4時間30分です。

スイッチバック中の「あそぼーい!」(2020年10月4日、河嶌太郎撮影)。
このようバスも距離の割に時間がかかるのは、豊肥本線に並走する高速道路がないためです。自動車で大分から熊本に移動しようとした場合、高速道路だと大分道から九州道に抜けるルートがありますが、これは鉄道路線で言うと久大本線経由のルートに相当し、大回りとなってしまいます。
「あそぼーい!」に話を戻すと、全線を乗り通す乗客は半分程度で、もう半分は途中の熊本県阿蘇市にある阿蘇駅からの乗客でした。熊本と阿蘇を結ぶ観光列車という需要も大きいのだと思います。阿蘇駅から車内はほぼ満席となり、コロナ禍でも観光需要喚起政策「Go Toトラベルキャンペーン」などの影響で、観光客のにぎわいを取り戻しつつあると実感しました。