2020年夏、伊豆をホームグラウンドにする東急の観光列車「THE ROYAL EXPRESS」が北海道で運行されました。その実現に向け、「ホームで3分コンサート」など、鉄道システム的な面以外にも様々な工夫がされています。
2020年夏、珍しい事が起きました。東急が伊豆で運行している観光列車「THE ROYAL EXPRESS」を、遠く離れた北海道で走らせたのです。
鉄道車両をほかのエリアで走らせるには、路線の規格が合う合わないといった物理的な要素が課題としてありますが、これは車内で飲食を提供し、3泊4日にわたり道内を運行する観光列車です。食器をどこで洗うか、水や燃料をどこで補給するかといった課題も多く発生します。
北海道での観光列車「THE ROYAL EXPRESS」運行実現に関わった東急 交通インフラ事業部 事業運営グループ 統括部長の松田高広さんは、「色々な方々の力を借りながら観光列車を動かしていく、ひとつの例になったのではないでしょうか」と話します。
釧路湿原付近を走る「THE ROYAL EXPRESS」(画像:東急)。
「東急」というと東京・神奈川の大手私鉄というイメージかもしれませんが、伊豆半島の東海岸を走る伊豆急行線は東急グループ。ホテルなど伊豆の観光開発にも、東急は力を入れてきた過去があります。
しかし北海道では、その広大なエリアに必ずしも東急グループが展開しているわけではありません。食器をどこで洗うか、水や燃料をどこで補給するかといった作業的な課題の対策、そして乗客を連れて行く観光地や宿泊地との連携体制などを、1から作り上げていく必要があります。
また、観光列車では沿線の人々が手を振ったり、停車駅などで「おもてなし」してくれる姿がよく見られ、こうした「地元の人たちとのふれ合い」が大きな魅力。東急の松田さんも「地域の方々と一緒に作り上げる旅でないといけません。
つまり、新たに北海道へ観光列車を走らせるにあたって、「そうしてもらえる環境」も1から整えないといけないわけです。
2~3分の停車時間にホームで「コンサート」をする理由東急の観光列車「THE ROYAL EXPRESS」は、JR九州などで数多くの観光列車を手がけている工業デザイナー 水戸岡鋭治さんが関わって、2017年に伊豆で誕生しました。
そのとき東急の松田さんは、次のような水戸岡さんの旅の思想に共感したそうです。
「旅をしている人、地域の人が主役。我々は、主役がいい演技ができるようどんな舞台を用意できるか。それがすべて」
新たに北海道で「THE ROYAL EXPRESS」を走らせるにあたって、東急は前年の2019年から、沿線の人々に向けてコンサートを開いたそうです(「THE ROYAL EXPRESS」はバイオリンやピアノの生演奏を車内で楽しめるのが特徴のひとつで、オリジナル曲も存在。その演奏者たちが前年に北海道へ出向き、「こんな列車が来ますよ!」というステーションコンサートなどを開催した)。

「THE ROYAL EXPRESS」車内で演奏するバイオリニストの大迫淳英さん(恵 知仁撮影)。
また2020年、実際に北海道で「THE ROYAL EXPRESS」の運行が始まっても、同乗しているバイオリニストの大迫淳英さんが、列車の行き違いで停車したわずか2~3分の時間であっても、駅に来ていた地元の人たちへ向けて、ホームでミニコンサートを開いているそうです。
「我々がどういう列車をどういう思いで走らせるかというところを感じていただき、地域の方々にも『THE ROYAL EXPRESS』でいい思い出を作っていただく。そこが我々が一番やらねばならないところだと思っています」(東急 松田高広さん)
実際の北海道での運行時、「THE ROYAL EXPRESS」乗客が列車からバスへ乗り換えて宿泊先などへ向かったあと、駅に集まった地元の人たちに向けてコンサートも行っているといいます。
「特にお子さんが多くいらっしゃいました。保育園や幼稚園のお子さんたち、畑で抱っこされながら手を振ってくれるお子さん……。少しでも『THE ROYAL EXPRESS』がお子さんたちの夢になったらいいなと思いました」(東急 松田高広さん)
運行の前年から始められていた“種まき”が実り、目測とはいえ、実際の北海道運行では1回あたり1000人ほどの人々が列車を歓迎してくれたそうです。
また北海道での試運転のとき、2人の男の子がホームへ来ていて、「試運転なのになんで知ってるの?」と聞くと、「いつもと違う列車の音がしたから慌てて来た!」と男の子。そして「野球の試合でミスしちゃって落ち込んでたけど、元気が出た!」と言ってくれたとのこと。

「THE ROYAL EXPRESS」に携わる東急の松田高広さん(恵 知仁撮影)。
2021年夏も「THE ROYAL EXPRESS」は北海道で運行の予定。「コロナ禍ですが、少しでも明るい気持ちになってもらえたら嬉しいです」と、東急の松田さんは話します。
なお北海道で走らせるにあたり、運行などをJR北海道が、企画や販売、車内外のサービス調整・実施などを東急が担当するという役割になっています。
東急の松田さんによると、JR北海道からも運行で現場のモチベーションが上がったと言われ、同じ“鉄道員”としてとても嬉しかったそうです。
「日本の旅の文化」になれるか?東急「THE ROYAL EXPRESS」の北海道運行は、北海道とJR北海道が鉄道の活性化施策を行いたいと思いつつも、JR北海道の経営状況などから難しいなか、2018年に発生した北海道胆振東部地震からの復興を応援し、観光振興を図るため、東急のほかJR東日本、JR貨物が協力して実現しました。

北海道を走る「THE ROYAL EXPRESS」と、それに手を振る人々(画像:東急)。
またこの北海道運行は、事業的な意味では単体で考えるのではなく、それに関わる様々な人や物、地域を含めて、相乗効果などを総合的に長い目で見ていくタイプのものです。
「東急、『THE ROYAL EXPRESS』だけではなく、「日本の旅の文化」になるよう、各社が地域と一緒に頑張っていくのが大事ではないでしょうか」と、「観光列車」について話す東急の松田さん。
地方の活性化、地方鉄道の厳しさが言われて久しいなか、「観光列車が持つ力」と、その活用方法を実際に見せたのが、今回の東急「THE ROYAL EXPRESS」北海道運行と言えるでしょう。
コロナ禍後、日本の各地へ笑顔をもたらすツールとしての「観光列車」に、期待したいところです。