JRの駅で「みどりの窓口」がどんどん減っており、残った数少ない窓口には長蛇の列。これではきっぷを買えないと「窓口難民」から不満が噴出していますが、遠く離れた英国も、それ以上の事態に揺れていました。

政府も後押し 「どこに行けば窓口がある!?」の状態

 JRの「みどりの窓口」がどんどん減り、「窓口での待ち時間が長くなった」などと不満も聞かれますが、英国イングランドでは、そのJRを超える計画が持ち上がり、上を下への大騒ぎとなっています。

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JRの駅にある「みどりの窓口」(画像:写真AC)。

 2023年7月、英国の列車運行会社や貨物事業者などが加盟する鉄道輸送グループ(Rail Delivery Group: RDG)は、「英国イングランドで鉄道会社13社の駅の切符販売窓口をほぼ全て廃止します」と発表しました。

 首都ロンドン近郊だけでも計269駅、イングランド全体では1000近くの駅窓口を廃止するというのです(London TravelWatchによる)。現在、イングランドには1776の駅がありますが、この4割近い759駅にはすでに窓口がありません(日刊紙ヨークシャー・ポストによる)。残りの1017駅のうちさらに1000近くの駅の窓口を廃止しようというのです。

 コロナ禍でどの鉄道会社も乗客数が減り、政府からコストカットを迫られた末の苦肉の策ということです。政府やロンドン市長のサディク・カーン氏も、「過去10年間にデジタル化が進み、今やアプリやネットで切符を買う人がほとんどで、2022~2023年に窓口で切符を買った人は約1割しかない」と窓口廃止の支持を表明しました。

 政府もロンドン市長も鉄道会社に寄り添う姿勢を見せていたため、すんなり実施されるのかと思いきや、鉄道利用者からも鉄道会社の従業員からも総スカンを浴びる結果となりました。

政府支持にもめげずに猛抗議

 まず立ち上がったのが、英国運輸事務職労働組合(TSSA)です。各鉄道会社は、「閉鎖した窓口の職員は、かわりに駅構内を巡回して切符が購入できなくて困っている人を助ける仕事に就く」と説明し、「鉄道会社の従業員が不当な扱いを受けることはない」となだめようとしましたが、人員削減につながるに違いないと警戒したTSSAは激しく抵抗を示しています。

「窓口で切符を買う人は1割」と聞くと、確かに窓口を閉鎖してもさほど問題でもないと考えがちですが、「政府の嘘を暴く」とTSSAがモノ申したところによると、実際には、2023年の窓口での切符・定期券の購入件数は計3億6000万件にも上るそうです。

 窓口廃止を推進するRDGは負けずに応酬し、現在窓口で販売している切符・定期券販売の99%はネット販売や券売機で対応可能だと主張。これには「視覚障害者に自販機を操作するのは無理だ」と障害者団体などが猛抗議したり、「老人と障害者に対する差別」と年金受給者を代表する組織の英国年金生活者会議(The National Pensioners Convention)が声を上げたりして、人権問題にまで発展しています。

 窓口存続の署名活動や、ロンドンでの運輸省前から首相官邸前までのデモ行進、ロンドンを含む4都市25か所でのデモ隊一斉蜂起など、あの手この手で直訴し、社会を揺るがす事態となりました。

「番犬」の活躍で、「窓口ほぼ全廃案」は急転直下の結果に

 日本ではあまり耳慣れない「ウォッチドッグ(Watchdog)」という存在も、「RDGの決断には何一つ賛成できない」と声明を出しました。

 ウォッチドッグとは、直訳すると「番犬」という意味ですが、英国にはその名の通り、各種商品やサービスが正しく提供されているか、名もなき消費者や利用者の小さな声に耳を傾けて、番犬のように監視する団体がいくつもあります。民間企業のサービスだけでなく、政府機関にさえも苦言を呈することができるのです。

 また、各種サービスには事前に、どのウォッチドッグの決断に従わなくてはならないかが法に明記されています。例えば今回のように、英国の鉄道会社が、その販売窓口の営業時間や提供サービス内容を変更するには、公共交通機関利用者の権利を見守る「トランスポート・フォーカス(Transport Focus)」と、ロンドンの公共交通機関利用者の権利保護に特化した「ロンドン・トラベルウォッチ(London TravelWatch)」という2つのウォッチドッグの同意を得なくてはならないと定められているのです。

「駅窓口をほぼ全廃します」 過激コストカット案に「窓口難民」が猛反発! 日本以上に“社会問題化”した英国「切符販売」の顛末
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ロンドン地下鉄の自動券売機((c)Transport for London)。

 2団体に寄せられた抗議は合計75万件にもおよびました。「個人からも業界団体からも辛辣な意見ばかりが届いた」とのこと。嵐を巻き起こした「窓口ほぼ全廃案」はその発表から約4か月後、ウォッチドッグの却下をもって、急転直下、廃案になりました。

 驚いたことに、トランスポート・フォーカスは運輸省が後援する公共団体で、ロンドン・トラベルウォッチは地方自治体が設けた組織です。いずれも半分「行政当局」とも言えるようなこうした団体が、単なるお飾りではなく、きちんと市民・国民の声に耳を傾け、政府やロンドン市長のお墨付きの案を一転、廃止に追いやったわけです。

 とりあえず一安心といったところのイングランドですが、窓口廃止を主導している運輸省とRDGは障害者ニュースサービスの取材に「有人切符窓口を今後も閉鎖しないとは言い切れない」と発言しており、火種はまだまだくすぶっているようです。各鉄道会社の赤字問題が改善しない限り、再燃の可能性は高いのではないでしょうか。ウォッチドッグが今後も押し戻せるのか、興味深いところです。