全席が「グリーン車以上」の豪華列車「はなあかり」を堪能。手の込んだ広くて快適な座席ですが、特急列車などでは当たり前の機能がないことに気づきました。

デザイナーに理由を聞くと、“勝負どころ”が違うことが分かりました。

「超グリーン車」と、「グリーン車以上のグリーン車」

 全席が「グリーン車以上」という豪華な列車が近年相次ぎ登場しています。そのひとつ、JR東日本と伊豆急行を直通運転している東京―伊豆急下田(静岡県下田市)間の特急「サフィール踊り子」E261系は、先頭の1号車がグリーン車を超える「プレミアムグリーン」となっており、バックシェル付きの電動リクライニング本革座席を横2列×10列の計20席配置しています。

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JR西日本の観光列車「はなあかり」(大塚圭一郎撮影)

 これに対し、同じく全席が「グリーン車以上」なのが、JR西日本の2024年10月に登場した観光列車「はなあかり」です。主に大阪―鳥取間を結んでいる特急「はまかぜ」のディーゼル車両キハ189系を改造した3両編成で、片側の先頭車の1号車はグリーン車より高級な「スーペリアグリーン車」となっています。

 この車両の座席数はE261系の「プレミアムグリーン」と同じ20席ですが、レイアウトは大きく異なります。

「籠(かご)」をイメージしたという2人用の半個室(セミコンパートメント)を10室設けており、室内にあるガラスケースの「飾り棚」はそれぞれ異なる沿線の工芸品やアート作品を収蔵しています。

「はなあかり」が大阪―尾道(広島県尾道市)で運行していた2025年6月に乗車した筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)は、豪華座席で想像しがちな機能が、どの座席にもないことに気づきました。そこで、「はなあかり」をデザインしたイチバンセン一級建築士事務所の代表取締役、川西康之さんに話を聞いたところ、意外すぎる理由を教えてくれました。

あぐらをかける座面

 筆者は妻子を連れて計3人で乗り込むため、3―4人用ボックス席を予約していました。川西さんが「グリーン料金をいただけるように背もたれを可能な限り大きくし、座面もあぐらかけるように広くするなど、手間をかけて作り込んだ」と打ち明けるとおり、クッションも置いた座席は包み込むような座り心地で快適でした。

 3両編成のうち中間車の2号車と、編成端の3号車は、等級としてはグリーン車であるものの、その座席は全て「グリーン車以上」です。

この2両で3―4人用ボックス席が計2つ、同じような設計の2人用ボックス席が計4つ、景色を眺めたり、談笑したりしやすいように360度回転できる1人用座席が計18席配置されています。

 2号車には、利用者が自由にくつろげるようにしたフリースペース「サロン」もあります。木製の座面に座布団を敷いており、川西さんは「イベントも含めて多目的に使っていただくことを想定して、木の座面にした」と説明しました。

「日本一“お城に近い駅”」でプチツアー

 乗車した尾道発大阪行きの列車は、ほぼ満席で11時20分に出発。17分後に着いた福山(広島県福山市)の停車時間は40分あり、駅で待ち構えていた「福山城ボランティアガイド」のメンバーが希望者をガイドツアーへ誘ってくれました。同駅はプラットホームからでも見えるほど福山城の近くにあります。

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福山駅前にある福山城。右端の建物が復元された天守(大塚圭一郎撮影)

 ガイドは筆者らを福山駅北口に案内すると「福山城で一番面白いのは天守です」と話し、一段高い場所にそびえる天守を指さして「正面から見ると白くて美しいお城ですが…」と前置きしたうえで、写真を取り出すとこう説明しました。

「反対側に回るとこの通り、真っ黒です。日本でたった一つの鉄板張りの黒い天守なのです」。その理由は「かつて天守の北側には山がありましたが、そのせいで堀を造れなかった。よって北側から敵が攻めてきた場合の守りが弱くなるため、鉄板が張られたのだろうと言われています」と教えてくれました。

 天守は太平洋戦争中の1945年に空襲で焼失し、現在の建物は1966年に復元されました。ガイドは「面白いのはこの福山城、泊まることができます」と紹介し、「お2人様でたったの132万円!」と紹介すると、参加者からため息が出ました。

 さらに「実はただで泊まる方法があるのです。ふるさと納税をすれば」と耳打ちし、「寄付額はたったの528万円!」と声を張り上げると、参加者が苦笑いしました。見事なオチで締めくくると、参加者からは大きな拍手がわきました。

 福山を発ち、13時15分に岡山へ到着。この駅でも停車時間が16分あります。隣の線路には、それまで写真でしか見たことがなかった青と黄色の外観の車両が止まっていました。

 JR西日本の検測車DEC741で、屋根に50台ものカメラを載せた無骨なデザインが特徴的です。停車時間を利用して岡山駅の売店で2000円以上を購入すれば10%引きになる割引券が車内で配られましたが、筆者にとってはDEC741の撮影時間と化しました。

「あれ、リクライニングしないの?」

 ほぼ満席で走っていた「はなあかり」も、三ノ宮(神戸市)では10人を超える利用者が下車しました。そこで、空席になった1人用座席にも腰掛けてみました。

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JR西日本の観光列車「はなあかり」の種車となったキハ189系(大塚圭一郎撮影)

 回転させられるため好きな方向から車窓を楽しめる半面、同じモケット生地でも座り心地はグリーン車のボックス席よりやや硬く感じました。

 そして、今更ながら気づきました。グリーン車以上では背もたれが大きく倒れるのを売りにした座席も多い中で、「はなあかり」にはリクライニング座席が全くないのです。

 川西さんにリクライニング座席を導入しなかった理由を質問すると、「油圧シリンダーによって好みの角度に倒せるリクライニング座席を造ろうと思ったら、それなりのロット(数量)がいるのですよ」という答えが返ってきました。「はなあかり」の座席数では発注できる数量にならないため、リクライニング座席は見送ったというのです。

 その代わり、背もたれが倒れなくても利用者が快適に過ごせるように工夫していました。それは「どこで勝負するのかというと、お客さんの占有面積を広げることなのです」(川西さん)と解説し、利用者1人当たりの使える空間を広げたことを明らかにしました。

「はなあかり」に乗る前に新幹線を利用する顧客もいる中で、「『さっき乗っていた列車より広い』と思ってもらえるように、東海道・山陽新幹線のグリーン車より専有面積を広くした」そうです。

 確かに尾道まで路線バスに乗ってきた筆者も、乗り換えた「はなあかり」のボックス席と足元が断然広いのに心を動かされました。居住性がとても優れており、出発した約5時間20分後に大阪のプラットホームに滑り込むと「もう着いてしまったのか」とさらに乗っていたい気分でした。

はなやいだ気分で、心にあかりを灯してくれるような車内空間の陰には、デザインの工夫と顧客満足度の追求への並々ならぬ情熱とこだわりがあったことを実感して頭が下がりました。

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