かつては海上で国を守った巨大な軍艦の、“引退した後の姿”を想像したことはありますか。多くの「解体」の道を歩みますが、中には「わざと海に沈められる」という、驚くような第2の人生を送る船も存在します。
近年の代表的な例が、アメリカ海軍の空母「オリスカニー」です。
2006年、フロリダ州ペンサコーラ・パス南東約22.5海里(約42km)の海域に、魚の住処――すなわち「人工漁礁」となるべく沈められました。フロリダ州の自然環境や水域の管理を担う州政府機関「フロリダ州魚類野生生物保護委員会(FWC)」によれば、「オリスカニー・リーフ(オリスカニー礁)」は米国沿岸海域で意図的に沈められた人工魚礁として最大の例とされています。スクーバ・ダイビング業界では、「グレート・キャリア・リーフ(大型空母礁)」との愛称も付けられています。
この「沈没」は事故ではなく、綿密な計画に基づいた「再就職」です。巨大な船体は複雑な構造を持っており、魚にとっては隠れ家や産卵場所として利用しやすい立体構造物となります(ただし、どの程度の生物群集が形成されるかは海域条件に左右される)。
とはいえ、そのまま沈めただけでは、ただのゴミになってしまいます。そこで、沈没させる前に、環境へ影響を与えうる物質を対象にした、清掃・除去作業が行われます。
たとえば、米国環境保護局(EPA)の魚礁化ガイドライン「BMP(Best Management Practices)」では、油・燃料、アスベスト、PCB(ポリ塩化ビフェニル)、塗料片、バッテリー、水銀などが「環境上の懸念物質」として挙げられており、「オリスカニー」でもこれらの除去などが計画に沿って進められました。
なお、BMPは“拘束力のある規制”を課すものではありませんが、許認可手続きの裏付けとしても重要で、環境面の実務指針になっています。EPAの厳しい基準をクリアして初めて、かつての軍艦を「魚のマンション」として海に沈めることが許されるのです。
沈めるにあたって、海底で大きく横倒しにならないよう、沈設計画(姿勢・向き・手順)を作り込んだうえで、必要に応じてバラスト調整や爆薬を用いつつ、作業を行います。
いっぽう、老朽船の多くは環境への影響やコストを総合的に比較したうえで、解体・売却となります。日本でも海上自衛隊の退役艦艇などが用途廃止後に解体・処分され、再資源化されています。
2023年、解体のため業者に引き渡される護衛艦「しまゆき」(画像:海上自衛隊呉地方総監部)
軍艦には高強度の鋼材が用いられていますが、解体された鋼材は鉄鋼原料として、建築資材や乗用車、船舶の材料として再び社会に戻っていくのです。
最新のトレンドでは、日本郵船が産廃処理企業のオオノ開發と共同で、国内ドックを活用した「未来志向型グリーン船舶リサイクル」の事業化を検討しており、日本初の大規模な船舶リサイクルヤードの開設を2028年までの目標として掲げています。
これは重機などを用いて環境に配慮しながら大型船を解体する試みで、船のリサイクル手法自体がより環境配慮型へとシフトしつつあることを示しています。
かつての巨艦が、海の命を育んだり、都市を支える資材の一部となったり――軍艦の「最期」は、決して悲しいだけでなく、地球を支える大きな循環の一部になっているのです。

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