スバル「アルシオーネSVX」は、特異なデザインが目を引くクルマでした。販売は振るいませんでしたが、そのあとには、見た者の記憶だけではなくいまのスバルへとつながるものも残していきました。
「レヴォーグ」や「XV」、「フォレスター」に代表されるように、ツーリングワゴンやSUVのイメージが強いスバルですが、かつては、「BRZ」より上級なスペシャルティクーペをラインアップしていました。それが1985(昭和60)年に誕生した「アルシオーネ」です。
「アルシオーネSVX」は、1991年発売。スバルのフラッグシップに相応しいハイテク満載の豪華なクーペであった(大音安弘撮影)。
当時、主力車種だった「レオーネ」をベースに、北米をターゲットに開発。同市場向けに「スバルXT」と名付けられたスペシャルティーカーは、北米で“セクレタリーカー”と呼ばれる「女性が愛用するクーペ」のニーズにぴたりとハマり、女性の人気を得ることに成功しました。
しかしながら、1985年9月に発表されたプラザ合意の影響による円高の余波を受け、販売はやがて低迷。自然吸気の2.7L水平対向6気筒エンジンを搭載した上級仕様の投入で起死回生を図るも、「レオーネ」ベースのコンパクトなボディサイズでは、北米市場では荷が重すぎたのでした。

1985年発売の先代「アルシオーネ」。直線的なスタイルだが、空力特性に優れていた(大音安弘撮影)。

「SVX」は3ナンバーになり先代よりもサイズアップし、伸びやかなスタイリングが与えられていた(画像:スバル)。

360度ガラス張りは航空機のキャノピーをイメージしたという。
そこで北米向けの本格スペシャルティーカーを目指し、開発されたのが、1991(平成3)年に発売された「アルシオーネSVX」でした。
内外装のデザインはイタリアの鬼才ジウジアーロによるもの。当初は「アルシオーネ」同様に5ナンバーの予定でしたが、北米での調査の結果を受けワイドボディ化され、3ナンバーとして送り出されることになりました。
デザインにスペック、「SVX」はなにを目指したのか?水平対向エンジンによる低いノーズが生み出す流麗なフォルムに特徴的な360度をガラスで覆ったキャビンを組み合わせたスタイリングは、まさに航空機のよう。これは、スバルのリクエストによるもので、航空機メーカーでもある一面をデザインに落とし込んだもの。このグラスキャノピー実現のため、「アルシオーネSVX」のピラー(柱)は全てガラスの内側に存在し、ルーフのみをスチールとする特殊な構造を持ちます。
このスタイル実現の裏には、熱心に開発協力をしてくれた日本のガラスメーカーの存在があったそうです。そんなグラマラスなボディは、先代同様に空力特性にも優れ、Cd値(空気抵抗係数)は0.29を実現。一般的にCd値が0.30以下のものは空力特性に優れるといわれており、ここにも航空機メーカーであるスバルのこだわりを感じさせます。当初のアイディアでは、リトラクタブルヘッドライトの予定でしたが、開いたヘッドライトユニットが空力特性をスポイルすることから、固定式ヘッドライトへと改められました。

「アルシオーネSVX」のインパネまわり。
「アルシオーネSVX」でスバルが実現したかったのは、単に豪華なスペシャルティーカーではありません。美しいクーペでありながら、実用性に優れ、そして、500マイル、約800kmものロングドライブを楽にこなせる本格的なグランドツーリスモでした。
このために、パワーユニットは敢えてターボとせず、豊かなパワーとトルクが得られる自然吸気エンジンとし、240ps/31.5kgmを発揮する3.3Lの水平対向6気筒エンジンを新開発。安全な長距離移動を支える高い走行安定性を与えるためにスバル自慢のAWDシステムを全車に標準化しています。ただこのAWDも既存のものではなく、操縦する楽しみを与えるためにFRライクな前後駆動配分を40:60にした不等&可変トルク配分電子制御式フルタイムAWDシステム(VTD-AWDシステム)を新開発することに決定。これは前輪駆動車を基本とし、後輪駆動車のノウハウがないスバルにとって、大きな挑戦でもありました。
発売はバブル崩壊のさなかデザインやメカニズムなど全面的なチャレンジにより生まれたのが、新世代スバルのフラッグシップクーペ、「アルシオーネSVX」でした。90年代の高級車らしく電動式4WS、ABS、クルーズコントロールなどのハイテク機能を上級グレードでは標準化。エクステリアには、エクセーヌもしくはレザーのシートを備え、フルオートエアコン、専用開発の高性能オーディオシステム、キーレスエントリーなど充実装備を誇りました。

「アルシオーネSVX」のインテリア。上級グレードのバージョンLはレザー内装が奢られた(大音安弘撮影)。

「アルシオーネSVX」のインテリア。上級グレードのバージョンLはレザー内装が奢られた(大音安弘撮影)。

「アルシオーネSVX」のインテリア(画像:スバル)。
しかしながら、スバルの意欲作、「アルシオーネSVX」の販売は、成功とは程遠いものでした。バブル崩壊による高級車市場の低迷に加え、333.3万円~399.5万円と、スバル車としてはずば抜けて高価だったことも災いしました。またライバルとなる国産クーペはスポーツカーとしてスペックを強調したものが多く、数字よりもGTの本質を追求した「SVX」は、実に通好みのクルマだったといえます。そのため、6年間の総生産台数は、2万4379台と極めて少ない上、国内販売も初年度の1723台をピークに年々減少。わずか5942台にとどまり、その多くは海外で販売されました。加えて、メインマーケットとなる北米の景気動向が思わしくなったことも、この数字に反映されてしまったようです。
結果として、2世代にわたって不遇の運命を背負ってしまった「アルシオーネ」ですが、手に入れて「SVX」の虜になってしまった熱心なファンも多いと聞きます。そして、当時のスバルの開発者たちが挑んだ「500マイルを快適に移動できるツーリングカー」という思想や、FRライクな操る歓びがあるVTD-AWDシステムの実用化といった技術へのスタンスは、安全かつ走りの良さで人気を集める現代のスバル車へとしっかり受け継がれ、今日のスバル人気へと繋がっているといえるでしょう。