ミュージシャン井上陽水さんが出演し、糸井重里さんによる「くうねるあそぶ」のキャッチコピーで個性的なCM展開を行った全く新しいセダン。それが日産「セフィーロ」でした。
「お元気ですかぁ?」とミュージシャンの井上陽水さんが助手席から呼びかけるクルマのCMを覚えている方もいらっしゃるはず……。その主人公が1988(昭和63)年に発売された日産「セフィーロ」です。
1988年発売、初代「セフィーロ」のデビュー時の外観。グレードは、コンフォート クルージング(画像:日産)。
都会的なスタイリッシュなスタイルが与えられた4ドアセダンで、メインターゲットは、なんと30代前半と思い切ったもの。この背景には、トヨタ「マークII」などハイソカーと呼ばれた高級志向の4ドア車や「カリーナED」など後席の居住性よりもスタイル優先なパーソナルセダンの流行がありました。
このブームに乗り切れていなかった日産が、トヨタのハイソカーブームの主力でもあった「マークII」「クレスタ」「チェイサー」の「マークII 3兄弟」に戦いを挑むべく打ち立てた3兄弟は、スポーティな「スカイライン」、ラグジュアリーな「ローレル」、そして、その要素をミックスさせた新顔の「セフィーロ」が第一弾モデルとして送り出されました。
バブル全盛、購入時は贅沢なセミオーダー式で!「スカイライン」のみ2ドアクーペがありましたが、「ローレル」「セフィーロ」3車種共に4ドアモデルが基本でした。とはいえボディ構造はやや異なり、Bピラー付き4ドアハードトップの「スカイライン」、Bピラーレス4ドアハードトップの「ローレル」に対して、「セフィーロ」はオーソドックスな4ドアセダンでした。
しかしながら、最新式のプロジェクターヘッドライトとコンパクトなグリルによるシャープなフロントマスク、サイドに3面ガラスを用いた6ライトウィンドウの伸びやかなサイドビューなどクラシックとモダンを見事に融合させたスタイルは、DCブランドのスーツなどを愛用し、大人を気取りたかった若い世代をまさに意識したものといえるでしょう。

初代「セフィーロ」のバックショット(デビュー時の1988年)。グレード表記が廃され、スマートな見た目に(画像:日産)。
ユニークだったのは、エンブレムはメーカーと車名のみとし、グレード表記を廃したことです。バブル期だったこともあり、デビュー時にはセミオーダー式システムを採用し、自分好みの1台を注文可能という贅沢なものでした。しかしながら、仕様が異なっても、外観上からはグレードによる違いが分からぬように配慮することでスマートさを演出。その代わりに、センターコンソールボックスの裏に貼り付けられた仕様書で内容を確認することができました。
いざ発売、打倒「マークII」3兄弟は…?かくして発売された「セフィーロ」ですが、バブル期の自動車メーカー各社の拡大路線による車種の多様化に加え、トヨタの人気と販売力に太刀打ちすることができず、結果、CM以上に目立つことはなく、そのモデルライフを終えました。

初代「セフィーロ」のインテリア、1988年のスポーツ ツーリング(画像:日産)。
次期型はフォーマルなセダンへと仕切り直しされ、手頃な価格と機能性の高いクルマに生まれ変わったこともあり、販売台数こそ上向きますが、その独自性は失われてしまいました。
初代「セフィーロ」は、決してヒット作とはいえません。それでもバブル期のヤングアダルトたちの志向を真正面から受け止め、生み出された「セフィーロ」は、派手なバブル期をクールに生き抜こうとした若い世代の姿を映し出すものだったのかもしれません。