東京メトロの駅で列車を待っていると、別路線の車両が回送列車で入ってくるときがあります。わざわざ別の路線を走るのには、重要な理由があるためです。

並行する線路に連絡線を設置

 東京メトロ丸ノ内線の駅で電車を待っていたら、銀座線の電車が走ってきた――そんな不思議な光景を目にしたことはありませんか。

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東京メトロの中野車両基地。丸ノ内線の電車(左)だけでなく銀座線の電車(右)の姿も見える(2015年3月、草町義和撮影)。

 もちろん、映画や小説に出てくるような幽霊列車でも、テロリストに操られた暴走列車でもありません。その正体は、営業運転では使われない「連絡線」を通って丸ノ内線に乗り入れてきた、回送列車です。

 赤坂見附駅は、同じホームで銀座線と丸ノ内線の乗り換えができる便利な構造をしています。線路が並んでいれば「乗り換え」しやすいのは電車も一緒。赤坂見附駅の手前には、銀座線から丸ノ内線へ入る分岐器(ポイント)が設置されています。回送列車はこのポイントを渡って、丸ノ内線に乗り入れてきたというわけです。

 しかし、銀座線の電車が丸ノ内線に入ることはできても、丸ノ内線の電車が銀座線に入ることはできません。銀座線と丸ノ内線は線路の幅や電圧、集電方式は同じですが、車体の長さ、幅、高さともに丸ノ内線のほうがひと回り大きく、銀座線のトンネルを走れないからです。ではなぜ、銀座線の電車だけが丸ノ内線内に入っていく必要があるのでしょうか。

 その答えは、列車の目的地にあります。銀座線の電車が向かう先は、丸ノ内線の中野富士見町駅近くにある中野車両基地(東京都中野区)。銀座線の電車は、この基地内にある車両工場でメンテナンスを受けるために、わざわざ丸ノ内線を経由してやって来たのです。

 鉄道車両は安全運行のために定期的な検査の実施が定められており、日常的な検査は各線の車両基地内に設けられた検査施設(検車区)で行われます。しかし、原則的には4年ごとに行われる「重要部検査」と、8年ごとの「全般検査」は、車両を切り離して部品も取り外し、徹底的にチェック。必要なら修理も行う大掛かりな検査になります。そのため、専用の設備を持つ車両工場で実施します。

つながっていないように見えて、実は…

 重要部検査や全般検査は周期が長いため、路線ごとに車両工場を設けるより、いくつかの路線の車両工場をひとつにまとめて設置したほうが、土地も人員も効率的に運用できます。また、銀座線の車両工場は上野と渋谷の車庫内にありましたが、利用者の急増に伴う車両の増加で車庫が手狭になったため、土地に余裕のあった中野車両基地に車両工場の機能を移転することになったのです。

銀座線の電車が丸ノ内線を走る? 車両がよその路線を走る重要なワケ

東西線の深川車両基地。車両を分解して大掛かりな検査を行う車両工場も基地内にある(2018年2月、草町義和撮影)。

 千代田線の終点、北綾瀬駅の先にある綾瀬車両基地(東京都足立区)にも、千代田線だけでなく有楽町線・副都心線、南北線の電車の大掛かりな検査を行う綾瀬工場があります。

この工場が担当している電車は合計で約1100両。東京メトロでは最大の車両工場です。

 しかし、千代田線の線路をたどってみても、銀座線と丸ノ内線における赤坂見附駅のように、有楽町線・副都心線、南北線とつながっている箇所はないように見えます。それら路線の電車は、どのようにして綾瀬までやってくるのでしょうか。

 有楽町線の桜田門駅と千代田線の霞ケ関駅のあいだには、長さ578mの地下連絡線があります。有楽町線の電車は、この連絡線を使って千代田線に入り、綾瀬車両基地に向かうことができます。

 千代田線が開業したのは1969(昭和44)年のことで、当初から綾瀬車両基地を使用していました。一方、有楽町線は1974(昭和49)年に池袋~銀座一丁目間が開通しましたが、この時点では線内に車両基地がありませんでした。そこで千代田線の線路につながる連絡線を設置し、綾瀬車両基地を臨時の車庫として使ったのです。

 その後、有楽町線は1988(昭和63)年までに現在の区間が全通。路線両端の和光市と新木場に車庫が設置されました。しかし、工場で行う大掛かりな検査は引き続き綾瀬工場で行われており、2008(平成20)年に開業した副都心線の電車も含め、連絡線を使って綾瀬まで回送されています。

通常は乗れない連絡線に乗る方法がある!

 この連絡線をさらに活用したのが南北線です。南北線は1991(平成3)年に赤羽岩淵~駒込間、1996(平成8)年に駒込~四ツ谷間が開業。王子神谷駅の近くに地下車両基地が作られましたが、本格的な検査は綾瀬工場で行うこととされ、市ケ谷駅に南北線と有楽町線を結ぶ連絡線が設置されました。

銀座線の電車が丸ノ内線を走る? 車両がよその路線を走る重要なワケ

千代田線の綾瀬車両基地に留置されている南北線の9000系電車(2016年8月、草町義和撮影)。

 この連絡線を通じ、南北線の王子車両基地(東京都北区)から市ケ谷の連絡線を経由して有楽町線へ。さらに有楽町線の桜田門駅から千代田線の霞ケ関駅に抜けて綾瀬工場に向かう、3路線をまたぐ回送ルートが完成しました。

 これらの連絡線は回送列車が走るための線路ですから、通常は一般の人を乗せる旅客列車が運転されることはありません。しかし、以前はこれらの連絡線を通過する臨時旅客列車が、年末年始や晴海地区の花火大会に合わせて設定されていたことがありました。

 また、小田急電鉄は2008(平成20)年3月から千代田線に直通する特急ロマンスカーを運行していますが、当初は千代田線から連絡線を経由して有楽町線の新木場駅まで乗り入れる臨時列車「ベイリゾート」も運転していました。ただし、この列車は2011(平成23)年を最後に廃止されています。

 連絡線は営業運転を前提とした構造ではなく、通過するためには途中で向きを変える必要があるなどダイヤ上の制約も多いため、臨時列車は近年設定されていません。まれに抽選制のイベント列車が設定されることがあり、体験するチャンスが全くないわけでもありませんが、現在はかなりの「レア列車」となっています。

 ちなみに、こうした路線間をつなぐ連絡線は、東京メトロ以外の地下鉄にもいくつか存在しており、同様のイベント列車が運行されることがあります。気になる人は、イベント情報を小まめに調べてみてはいかがでしょうか。

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