大ヒット作『ゴジラ-1.0』(23)からNHK大河ドラマ「光る君へ」(24)まで、幅広い作品で活躍を続ける佐々木蔵之介。その主演最新作が、幕末の京都の小さな村を舞台にした医療時代劇『幕末ヒポクラテスたち』(5月8日公開)だ。

中国・唐由来の漢方医と西洋医学を学んだ蘭方医が競い合っていた時代、病に苦しむ人々を救うために奮闘する蘭方医・太吉の日常が、ユーモアを交えて人情味豊かに描かれる。本作は、『ヒポクラテスたち』(80)、『ゴジラVSビオランテ』(89)など多彩な作品を手掛け、2022年に亡くなった大森一樹監督の生前最後の企画の映画化でもある。その遺志を継いで挑んだ作品の舞台裏を聞いた。

-本作は、故・大森一樹監督が母校・京都府立医大創立150周年を記念して進めていた生前最後の企画の映画化ですが、オファーを受けた時のお気持ちはいかがでしたか。

 大森監督ご自身の体験に基づく医学生たちの青春群像劇『ヒポクラテスたち』(80)は、今も語り継がれる名作です。その先祖ともいえる幕末の医師の奮闘を描くこの作品を、大森監督は「遺作になる」と言って準備を進められていたそうです。その遺志を継いだ映画を、僕の故郷の京都を舞台に、京都弁で撮るということで、主演を僕に、と伺ったときはご縁を感じると共にありがたいお話だと身が引き締まる思いでした。撮影中は、宿泊していた京都市内のホテルから府立医大が見えたので、毎朝、大森監督に思いをはせながら現場に通っていました。

-本作の緒方明監督は、大森組の助監督を務めるなど親交のあった方で、太吉と犬猿の仲の漢方医・玄斎役の内藤剛志さんや謎の侍・弾蔵役の柄本明さんは『ヒポクラテスたち』にも出演しています。本作には大森監督と縁のある方々が集まっていますね。

おかげで皆さんから、毎日のように大森監督の話を伺うことができました。内藤さんが古尾谷雅人さん(『ヒポクラテスたち』の主演俳優。

2003年に逝去)について「お互いギラギラした時期で、古尾谷はずっとサングラスを外さなかったが、最後は仲良くなった」と、懐かしそうに語っていたのも印象的でした。残念ながら僕は大森監督とは面識がありませんが、皆さんのお話を通して、大森監督の思いが今につながっていることを実感しながら撮影に臨むことができました。

-そういう思いを持って臨んだ本作で、主人公の太吉を演じるにあたり、役作りなどはどのようにされたのでしょうか。

 これまで医師役は何度か演じてきましたが、今回は時代劇ということで、京都府立医大の先生からその時代に行われていたであろう所作、医療指導を受けた上で臨みました。とはいえ、人の命と向き合う点は、現代の医師と変わりません。先生によると、診察のとき、患者は医師に体を預けるので、「本当にこの先生で大丈夫かな?」と不安になるらしいんです。だから、安心させるため、優しくゆっくり診ていく。まず手を握って「どうですか?」と聞いてから、徐々に「この先生なら大丈夫」と受け入れてもらえるように進める。そういう手順をご指導いただいたことは、演じる上で大いに役立ちました。

-物語は、太吉と気の荒い青年・新左の関係を軸に進みます。序盤、入れ墨をしたヤクザのような格好で太吉の家に乗り込んできた新左は、大けがをして太吉に手術で命を救われたことをきっかけに、生き方が大きく変わっていく。新左役の藤原季節さんとの共演はいかがでしたか。

 序盤、新左が太吉とひと悶着起こす重要なシーンは、本読みとリハーサルを重ねて本番に臨みました。せりふが京都弁ということもあり、藤原さんは当初、かなり苦戦していましたが、最終的にはきちんと仕上げていって。あのシーンがうまくいったおかげで、その後の2人の関係性ができあがったと思います。さらに、手術シーンの撮影はものすごく寒い時期だったので、裸で横になっていた藤原さんはかなりつらかったはずです。それでも彼は、体に入れ墨のメイクを施す時間も含めて頑張ってくれて。一緒にお芝居したのは初めてですが、本人もとても気持ちのいい好青年でした。

-太吉が妻子と過ごす何気ない日常もほのぼのとした味わいを醸し出し、作品の魅力を高めています。太吉の妻・フミ役の真木よう子さんとの共演はいかがでしたか。

 真木さんとは今まで何度か共演していたおかげで、自然体で臨むことができました。家族全員で畑仕事をして、泥まみれになって笑い合ったり、はだしに草履だったので、雪が積もった日には、お互い励ましあったり…。そこから自然に連帯感が生まれ、家族の空気感につながっていきました。

-劇中には、「人生は短かし、医術の道は長し」という古代ギリシャの“医学の父”ヒポクラテスの言葉が引用されているのも印象的です。

これは、医療に限らずあらゆる人生に通じる言葉ですが、佐々木さんはこの言葉をどのように受け止めましたか。

 ご覧になる皆さんも、この言葉をご自身の立場に置き換えて受け止めると思いますが、僕も撮影中、その意味をかみ締めていました。その一方で、亡くなった大森監督の思いは、緒方監督や内藤さん、柄本さんたちを通じて僕につながっているわけです。つまり、道は長くとも、思いをつないでいけばたどり着けるゴールもあるのではないかと。だから今度は、その思いがこの映画を通じて他の出演者やスタッフ、観客の皆さんに届き、未来につながってくれたら、と願っています。

-その思いが観客の皆さんに届くといいですね。ところで、佐々木さんはこれまで数多くの時代劇に出演してきましたが、ご出身が時代劇の本場・京都ということで、元々時代劇には親しんでいたのでしょうか。

 子どもの頃は、太秦の映画村によく遊びに行っていました。学生時代は、東映や松竹のスタッフの方々の自主映画制作に参加したりもしました。京都で撮影していたテレビドラマの「必殺」シリーズ(72~)も好きでしたし、先日までNHKのBSで放送していた(主演作の)「浮浪雲」は、子どもの頃、近所の歯医者の待合室にあった原作漫画を楽しく読んでいました。祇園や特産品の西陣織のおかげで日常的に着物を着る方が周囲に多く、着物になじみがあったことも、俳優として時代劇を違和感なく受け止められる理由のひとつだと思います。

-そんな佐々木さんにとって、時代劇の魅力とはなんでしょうか。

 僕は元々、現代劇を中心にやってきたので、所作の難しさなどもあり、最初の頃は時代劇に対して腰が引けるところがありました。今もその気持ちが完全に払しょくされたわけではありませんが、最近は「ちょんまげさえ乗せれば、あとは自由」という思いの方が勝っています。

-それは、どういうことでしょうか。

 つまり、時代設定さえきちんとしておけば、現代劇では難しい大胆なことが時代劇ならできるんです。現代劇で「そんなことをする人間はいない」と言われそうなことも、時代劇だったら「いたかも」で済みますから。以前、舞台で「マクベス」をやったとき、参考に黒澤明監督の『蜘蛛巣城(くものすじょう)』(57/シェイクスピアの「マクベス」を、日本の戦国時代に置き換えて翻案した時代劇)を見て、「時代劇はこんなこともできるのか!」と感動した覚えがあります。そんなふうに、自由闊達(かったつ)にいろいろなことができるのが、時代劇の面白さではないでしょうか。

-『幕末ヒポクラテスたち』も、そんな時代劇ならではの魅力にあふれた作品ですね。それでは最後に、佐々木さんの考える本作の見どころを教えてください。

 「命の尊さ」という大切なテーマはもちろんですが、それに加えて一生懸命生きる人たちの熱い思いと、その一生懸命さからあふれ出る人間味の“おかしさ”を楽しんでいただきたいと思います。今までにないユニークな“医療時代劇”なので、ぜひ劇場でご覧いただけたらうれしいです。

(取材・文・写真/井上健一)

https://youtu.be/SNCLBKd6T0M

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