心おきなく野球を楽しめる日常が戻ったら、ぜひ見てもらいたい選手がいる。

 近江高(滋賀)の土田龍空(りゅうく)は、そのひとりだ。



 高校1年夏から甲子園に2回出場したため、知っている野球ファンも多いだろう。ショートの土田に打球が飛べば、観戦者は細かいことをあれこれ気にせずに楽しめるに違いない。土田はそんなファンタスティックなプレーを見せてくれる。

超絶守備の近江・土田龍空。甲子園に残した「忘れ物」はプロの舞...の画像はこちら >>

1年夏から近江レギュラーとして活躍する土田龍空

「龍空」という珍しい名前の由来は「龍のように空を大きく駆け回ってほしい」という両親の願いが込められているという。名は体を表すというが、土田の守備はまさに「龍空」そのものだ。

 昨年の春、有馬諒(現・関西大)のインタビューのため、近江高校の練習グラウンドに足を運んだ。
すぐにシートノック中の土田に目が釘付けになった。

 三遊間寄りのゴロを捕って、ノーステップで一塁に鋭く送球したと思えば、ボテボテの打球にチャージしてジャンピングスローを披露する。捕ってから投げるまでの動きが流れるようで、日本人内野手というより中南米の内野手をイメージさせた。

 その一方で、いかにも簡単そうな正面の打球をポロリとこぼしたり、集中力が欠けているように見えるシーンもある。

 よく言えば「のびのびと、楽しそうにプレーする」。悪く言えば「軽い」。
土田のプレーには、そんな諸刃の剣があった。

 打球を受け終わった直後、なぜか空を見上げて「ふぅ」とけだるそうに息を吐くこともあった。この選手には、「指導者に怒られるかもしれない」という小市民的な発想がないのだろう。いつかじっくりと、土田の話を聞いてみたいと思った。

「『軽く見える』ってよく言われます。『懸命にやってるように見えへん』って」

 リモートインタビューに応えてくれた土田は、まずそう告白した。

上記のような守備に対する感想を述べると、土田は「チャラい感じすか?」と返してきた。その回答自体が軽くて、思わず吹き出してしまった。

 土田の野球の原点は少年野球チームのコーチをしていた父・孝則さんとの練習にある。孝則さんは龍空少年に対して、時にはおびえさせるほど厳しく指導したそうだが、少年野球の試合ではこんなアドバイスを送ったという。

「公園で野球している感覚でやれよ!」

 土田はこの父の教えを忠実に守ってきたのかもしれない。土田に守備中の過ごし方を聞くと、驚くべき回答が返ってきた。


「集中するのはピッチャーが投げる瞬間だけで、あとは応援歌に合わせて歌ったり、リラックスしています」

 この言葉を聞いて、土田龍空というショートに心がときめく理由がわかったような気がした。この選手は、文字どおり、「ゲーム」を楽しんでいるのだ。決してふざけているわけではない。遊び心を忘れずにリラックスしてプレーすることが「真剣」という選手もいる。それが土田なのだ。

 だが、そんな土田にも心配な出来事が起きた。

昨夏の甲子園初戦、東海大相模(神奈川)との好カードで土田は手痛いミスを犯してしまった。

 0対0で迎えた4回表、二死二塁の場面。東海大相模の金城飛龍(現・東海大)が放った打球は、力なくショートの前に転がった。土田は打球に対して前に出て、3バウンド目で抑えようとグラブを差し出した。ところが、「思ったより跳ねなかった」という打球は土田のグラブをすり抜け、レフトへと抜けていく。スタートを切っていた二塁ランナーが生還し、近江は先取点を許してしまった。


「普段なら前に出ずに待って捕っていた打球なんですけど、その前(3回表)に待って捕ろうとしてエラーしたことも頭に残っていて、自分のプレーができませんでした」

 その夏、近江は滋賀大会5試合を通じてノーエラーだった。だが、この東海大相模戦では土田の2失策をはじめ6失策と守備が崩れた。土田は「この日はガチガチに集中しすぎて、逆に周りが見えなくて遊び心も持てなかった」と振り返る。

 近江の技巧派左腕・林優樹(現・西濃運輸)は東海大相模打線を被安打6、自責点1と封じながら、失点は6に膨らんだ。試合は1対6とやや一方的な展開になり、近江は初戦で甲子園を去ったのだった。

 試合後の囲み取材で、土田は「自分のミスからチームが崩れてしまったので、3年生には本当に申し訳ないです」と語っている。

 あらためて当時の心境を聞くと、土田は「それは今でも思っています」と言ってからこう続けた。

「試合が終わったあと、3年生全員に謝りました。林さんは試合に入るとスイッチが入る感じなんで、試合中に『すいません』と言うと逆に怒られそうな気がして、怖くて話しかけられなかったんです。試合が終わったあとに謝ったら、『甲子園で活躍してくれたら許したるわ』って言ってくれたんです」

 このミスを教訓に、土田は「当たり前の打球をいかに当たり前にさばくか」というテーマで練習に取り組むようになったという。

 たとえアクロバティックなプレーで観衆を魅了するプロ野球選手であろうと、打ち取った打球を頻繁にエラーしていては、レギュラーにはなれない。東海大相模戦でそのことを痛感した土田は「(派手なプレーも)行くときは行きますけど、今は基本に忠実にやっています」と殊勝に語った。

 やみくもにプレーするだけでは先がない。そんな行き詰まりを感じていた土田に、ある出会いがあった。社会人の強豪・西濃運輸に練習参加した際、大野正義コーチから指導を受ける機会があったのだ。

 大野コーチは愛知学院大、西濃運輸で鳴らした守備の名手である。準備の大切さから足運びまで、大野コーチの丁寧な指導で土田は「打球をゆっくり見られる感覚」を得たという。

 また、今までは打球を捕る直前から一塁方向に体が流れ、捕球ミスにつながっていたことも指摘された。

「打球を自分の顔の前で処理する感覚を身につけるために、捕ったら右足を一歩前に出すようにしました。右足を出すと体が一塁方向に流れずに、処理できるようになるんです」

 そう言うと、土田はオンライン取材中に動画を2本見せてくれた。映像には、大野コーチの指導を受ける前後の土田のゴロ捕球動作が収められていた。

 なるほど……と納得する間もなく、体が流れる・流れないうんぬんの前に、土田の「握り替え」のスピードに面食らっていた。打球が左手のグラブに収まってから、右手に持ち替えるまでの速さが尋常ではなく、また美しかったのだ。

 握り替えについて聞くと、土田は「ボールを捕るところを3つ作っています」とサラリと答えた。プロ野球の一流内野手はポケット(グラブの捕球面)を2つ作ると聞いたことがあるが、土田はその上をいくのだろうか。

「基本的に使っているのは2つのポケットで、親指と人差し指の間のごく普通のポケットと、薬指と小指の間くらいのポケットです。1つ目のポケットはフライを捕るとき用で、2つ目はゴロを捕るとき用。ゴロのときは『捕る』というより、『下から弾く』感覚かもしれません。あとキャッチボールやゲッツーの送球を受けるときに、1つ目のポケットよりちょっと手前、親指のちょい上に当てて捕ることもあります」

 この技術はとくに誰かに聞いたわけではなく、独自で磨いてきたことだという。

 独自の感性に理論に基づいた根拠が加わり、土田の守備は劇的に進化した。土田は「今まで勢い任せで空回りしていたのが、今では先に打球を読んで、捕球に入れるようになりました」と自信に満ちた口調で述べた。

 だが、土田にとってはリベンジとなる舞台、林が「活躍したら許したる」と言ってくれた舞台は、夏に入る前に失われた。5月20日、夏の甲子園中止が正式に発表されたのだ。

 その夜、土田は自身のTwitterアカウントで、このようにツイートしている。

<最後の夏中止になりました。
とても悔しいです。
でも落ち込んでる暇なんてありません。
さあ今です。皆んなで元気出して立ち上がりましょう!!>(本文ママ)

 近江の仲間たちに送るメッセージ、という以上に、全国の高校球児に送るエールのようにも読めた。そんな感想を伝えると、土田はこう答えた。

「僕も悔しいし、みんなも悔しいと思うんです。でも、僕は苦しい時こそ、元気を出して、笑顔でやりたいんです。みんなが元気になれば、自然と周りも笑顔になります。まだ人生が終わったわけじゃない。元気に笑顔で立ち上がって、もう一度楽しい野球をしよう。全国の高校球児にそう伝えたかったんです」

 誰もが土田のように、楽しく高校野球ができているわけではない。なかには、「死んでもいい」と悲壮な覚悟で高校野球に向き合ってきた球児もいる。土田の言葉が響かない球児もいるかもしれない。

 だが、土田としても、能天気にメッセージを発信したわけではない。「苦しい時こそ笑顔」という言葉は、大好きな先輩からかけてもらった言葉だった。

「去年の夏、甲子園でエラーして落ち込んでいた僕に、板坂豪太さん(現・福井工業大)が『龍空、苦しい時こそ笑顔やぞ!』と励ましてくれて、この言葉がすごく心に残っていました。甲子園がなくなったと決まった時、『あ、今やな』と思ったので、書かせてもらいました」

 甲子園に残した忘れ物は取りにいけなかった。だが、土田龍空は今日も空を自由に駆け回るように、打球を追いかける。希望進路は「プロ一本」だそうだ。