【短期連載】なぜ日本のFA制度は活用されないのか
第4回「チーム戦略部長・壁谷周介氏にDeNAの未来図を聞いた」
三浦大輔監督が就任して2年目の今季、ベイスターズは「横浜反撃」と明快なスローガンを掲げた。6年ぶりの最下位に転落した昨季の悔しさを噛み締め、指揮官自ら考案したという。
首位ヤクルトに20ゲーム差をつけられた敗因を球団はどう分析し、新シーズンへの補強につなげたのか。チーム統括本部の壁谷周介チーム戦略部長が説明する。
「大きく言うと、投手力の部分で誤算がありました。シーズン開幕当初に先発ローテーションがしっかりできていなかったことが大きな要因のひとつで、シーズン通してブルペンが安定しなかったことがふたつ目の要因です。そこを手当てするのがシーズンオフのテーマのひとつでした」
◆第1回はこちら>>日本のFA制度は機能不全となっている?
◆第2回はこちら>>選手と監督、両方の立場でFAと向き合った谷繁元信氏の主張
◆第3回はこちら>>日米のFA制度、文化の違いから考える
2021年ドラフトでは高校生の小園健太を1位指名
では、補強の結果をどう受け止めているのか。
「すべてがうまくいったわけではありません。
打線の核である宮?敏郎は6年総額12億円、来日2年目で打率.303、28本塁打、74打点を残したタイラー・オースティンは3年8.5億円、2022年中にFA権を取得する見込みの右腕投手・三嶋一輝とは変動制の3年契約を結んだ。
リーグ最下位に沈んだなかで「異例の大盤振る舞い」と報じられたが、その背景には球団の"野望"が考えられる。木村洋太社長は2022年の年頭挨拶で社員にこう伝えている。
「横浜DeNAベイスターズ、横浜スタジアムとして、20年後に世界一のスポーツチームとなることを目標に、まずは5年間で世界最先端の取り組みをしているスポーツチームになっていくことを改めてここで皆さんと共有して、進んでいきたいと思います」(『日本経済新聞』電子版1月11日の記事より)
【2015年にトラックマンを導入】
NPB球団がMLBを飛び越え、どのように「世界一」を目指すのか。チーム側の目指すべき方向性として壁谷部長はこう語る。
「チーム側としては、具体的に『この決定戦で勝つ』という定義をしているわけではないですが、ワールドシリーズが世界最高峰だとすると、そこで優勝するくらいの水準のチーム力を作りたいというイメージです」
DeNAが思い描く道を進むと、必然的に選手年俸も上がっていくだろう。
現在、NPBの市場規模は1500~2000億円に対し、MLBは1兆円を優に超える。そうした環境下で、DeNAはどのように世界一を狙うのか。
ベースボールオペレーションにおけるチーム戦略としての核になるのは、チーム戦略部「R&D」グループだ。「Research & Development」の略で、企業が自社領域に特化した研究開発を行ない、新たな知見や技術を獲得して他社との差別化を図り、競争力を拡大していく。
「トラックマンを2015年から入れて分析できる人を翌年から雇い、本格的にデータサイエンスをできる人を雇ったのが2018年。今はバイオメカニクスやデータサイエンスをできる人が複数います。DeNA本社のAIエンジニアとのプロジェクトを始めるなど、球団としてやれることが6年前とは大きく変わってきました。それとともにチームへのフィードバックも、より効果的にできるようになってきました」
簡潔に言うとバイオメカニクスは動作解析のことで、データサイエンスは各種データを統計学やプログラミングなどの専門的知識を用いて有益な知見を引き出すことだ。NPBのなかでベイスターズはこの分野にとりわけ大きな力を入れ、さまざまに成果が表れている。
【オフは又吉の獲得に動いたが...】
たとえばNHK BS1のテレビ番組『球辞苑』によると、2021年シーズンに守備シフトを敷いた回数は12球団最多だった。
また、昨季来日した右腕投手フェルナンド・ロメロは5月の4試合で防御率7.80と打ち込まれて二軍落ちしたが、後半戦に巻き返して防御率3.01でシーズンを終えた。活躍の裏にはファームでの取り組みがあったと、壁谷部長が振り返る。
「ファームでは大家友和投手コーチが中心に、バイオメカニクスやデータサイエンスに長けたR&Dのメンバーと、アスレチックトレーナーが常に連携しています。ロメロは得意のツーシームと対になるボールが必要という話になり、ファームにいる間に大家コーチからカットボールを教え込んでもらいました」
シーズンオフには、全選手に対してコーチとアナリストが各種成績やトラッキングデータを用いてフィードバックし、翌年に向けた改善点を共有する。DeNAでは動作解析のテクノロジー「オプティトラック」やハイスピードカメラを用い、「選手にとって意味のあるフィードバックをできるようになった」と壁谷部長は言う。
「テクノロジーを用いて改善のヒントが出てくるようになったことに加え、選手がわかる言葉で"翻訳"できる投手コーチや、動作を説明できるバイオメカニクスの人たちがいることも大きいと思います。
ベイスターズにおける「R&D」の役割は、「編成、戦術、育成」の3つに及ぶ。後者2つはイメージしやすいだろうが、編成にはどう活かされているのか。
「ここはデータサイエンスが大きく活用できる部分です。チーム全体の戦力の分析や、他球団と比較した分析をすることもあれば、選手個々のパフォーマンスの予測もします。それに基づいて、契約をどうしたほうがいいかも考えられます」
DeNAは2021年オフ、FA市場に出た唯一の選手である又吉克樹の獲得に動いたと報じられた。冒頭で述べたように、ブルペンは補強ポイントのひとつだった。
だが、又吉は「パ・リーグで挑戦したかった」とソフトバンクへの入団を決める。中日時代の前年は推定年俸4200万円だったが、新天地では同4年総額6億円。ソフトバンクは国内随一の資金力を誇り、他球団にとってマネーゲームでは勝ち目が薄いだろう。
【最重要はドラフトと育成】
同時に投資において重要なのは、市場価値とリターンを見極めることだ。一般論として、DeNAはこれらの点をどう考えているのか。
「英語で言うと、価値の意味は『evaluation』と『valuation』のふたつあります。この選手はこれくらいの成績を出してくれるから、これくらいの評価になるというのが『evaluation』。FA市場に出た選手は市場価値(=valuation)が出るので、両方の観点で評価する必要があります。マネーゲームをする・しないという話ではなく、我々の適正な『evaluation』と『valuation』に基づいて都度、球団としての判断をしています」
チームが補強する手段は、FA、ドラフト、トレード、外国人選手の4つが大きくあり、そこに育成が結びついて強化は行なわれていく。それらの基本的なバランスについて、球団の考え方を壁谷部長はこう説明する。
「持続的に強いチームを作るには、日本のプロ野球ではスカウティングと育成が根幹だと思います。そこに外国人やFAで補っていくのがウチのスタイルです。バランスという意味で言うと、ドラフト、そして育成が非常に重要であるのは間違いないです」
2021年秋、DeNAは高校生投手の小園健太(市立和歌山)をドラフト1位で指名した。2年前に内野手の森敬斗(桐蔭学園)を1位指名したのに続く高校生の獲得だった。2010年代は上位で大学生や社会人という即戦力の指名が続いたが、近年は明らかに変化が見られる。
「選手層がある程度できてきたので、将来への投資ができるフェーズに入りました。育成をしっかりできる土台はできてきているので、彼らを育てあげなければと考えています」
木村社長は前述した年頭挨拶で、「5年後に黄金時代を」とも掲げた。R&Dというチームの心臓部を担う壁谷部長には、未来がどう映っているのか。
「過去5年くらいメジャーをベンチマークしてきて、ダイヤモンドバックスと提携して取り組みを学んできました。メジャーが世界最先端とすると、そこに追いつくために体制を整えてきました。R&Dの取り組みは選手にも活用されていますし、その方向に進んでいると思います」
【5年後の黄金時代へ】
R&Dの成果はすぐに表れるものではなく、2017年から時間をかけて芯を図太くしてきたようなイメージだろう。大輪の花を咲かせるため、DeNAでは着実に優秀な人材を集めてきたという。
自身もボストン・コンサルティング・グループから転職した壁谷部長は、今後の成長をこう見据えている。
「優秀な人材が加わってくれていますが、もっと魅力ある環境にしなければという課題感もあります。わかりやすく言えば、グーグルやアマゾンに行くような人が球団に入ってくる世界観ですね。メジャーではまさにそれが起こっています。私は単純に面白そうだから来て、同じような人が来てくれていますが、それだけでは持続性がありません。他球団にもそういう人が増えてくればと思います」
NPBから世界一を目指すには、ベイスターズが伸びるだけでなく、球界全体として市場を大きくすることが必要だ。その意味でDeNAは2012年シーズンから参入して以降、グラウンド内外で多くの新風を吹き込んできた実績があり、可能性を感じさせられる。
現在地から5年後の黄金時代、そして20年後の野望に向け、どんな道を歩んでいくのか。まずは、最下位からの反撃を見守りたい。
(第5回につづく)