中嶋聡、谷繁元信古田敦也といった球界を代表する名捕手3人とバッテリーを組んだ稀有な存在の投手がいる。1996年のドラフトでオリックスから1位指名を受けた杉本友だ。

現在は兵庫県立宝塚西高等学校で物理の教員として教壇に立ち、野球部の監督も務めている。そんな杉本氏に3人の名捕手について聞いた。

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現役時代は強肩捕手として鳴らした中嶋聡

【名捕手3人のリードの特徴】

── プロ野球選手は言わば、エリートアスリートです。しかも、長いプロ野球の歴史において、国立大学出身のドラフト1位選手はいまだに杉本投手ただひとりです。まず「エリートアスリートはなぜセカンドキャリアで教員を選択したのか」教えていただけないでしょうか。

杉本 私は05年シーズン限りでプロ野球界を引退しました。次の職業をどうするのかを考えた時、やはり野球に命をかけていた人間ですから、なんらかの形で野球に携わっていたかった。

当時、高校野球の指導者になるためには教諭歴2年が必要でしたが、やってみたいと。

── プロ野球時代は、まずオリックスに入団し、その後、横浜(現・DeNA)、ヤクルトに移籍。そして中嶋聡さん、谷繁元信さん、古田敦也さんといったのちに監督を経験される名捕手とバッテリーを組まれました。3人の捕手のそれぞれの特徴を教えてください。

杉本 名捕手であるお三方のことを私が論じるのは僭越であり、あくまで私の主観であり、印象だということをまず承知いただければと思います。

 私の場合、捕手のサインと自分が投げたい球種が合致した場合、やはり失投も打たれる確率も低かったですね。

3人に共通するのは「その投手のいい球を打者のデータに当てはめる」という印象があります。とくに中嶋さんはその傾向が強いと思います。ます投手ありきで、そこに自分が見てきた経験による"感性"を当てはめるというリードでした。

── 谷繁さんのリードはどうでしたか。

杉本 谷繁さんは、打たれないと感じたら、3球でも4球でも同じ球種、同じコースをとことん要求してきました。「続きの谷繁」という異名があったほどです。

私とバッテリーを組んだ時点で、谷繁さんの現役生活はまだ半分くらい。その後、谷繁さんはFAで中日に移籍し、落合博満さんのもとでプレーし、さらにリードの蓄積が増えたと推察します。

中嶋聡、谷繁元信、古田敦也とバッテリーを組んだ国立大初のドラフト1位選手・杉本友が語る3人の捕手力

NPB歴代1位となる3021試合に出場した谷繁元信

── 古田さんはいかがでしたか。

杉本 古田さんは「その投手に応じて、どういう球を投げれば打者を抑えられるか」というのを考えます。たとえば、「スギちゃん(杉本)のキレるスライダーは右打者には通用するが、左打者で困った時はシュート系かフォークを投げなさい」とアドバイスを受けました。それをブルペン捕手にも伝えてくれているので、登板直前にその球種をしっかり練習します。

だから、投手は古田さんのリードどおりに投げれば、抑えられるのだと思います。

【静の谷繁元信、動の古田敦也】

── キャッチング、フレーミングはいかがでしたか。

杉本 中嶋さんは星野伸之さんのカーブを素手で捕った逸話がありますが、プロ野球史上最長の29年間、現役でプレーした捕手ですから、もちろん秀でたキャッチングでした。谷繁さんは絶対に動かさない。動かさないで「ここに投げてきたんだ」と投手に見せてくれる。ミットが流れることで、ストライクをボールと判定されないように、捕った位置で止める。ミットをピクリとも動かさない、まさに"静のキャッチング"です。

 対照的に古田さんは、本塁ベースの外から内にミットを入れて捕る"動のキャッチング"。さらに古田さんは、アバウトなコントロールでいい時はゆったりと構え、「どうしてもここに投げてこい」という時は、体を小さくして構えます。メリカリの効いた構えという印象を受けました。

── スローイングについては、3人とも強肩として鳴らしていました。

杉本 中嶋さんのイニング間練習での二塁送球は、しゃがんでいる私のすぐ頭の上を通過していく。それほど低空です。

何度も「頭に当たったらどうなるのだろう」と。しかも140キロを超す恐ろしいスピードで、思わずマウンドに這いつくばりたくなるほどでした(笑)。

── 谷繁さんはどんな印象を持たれていましたか。

杉本 谷繁さんは、捕ってから投げるまでのスピードがとにかく早い。ふつう「捕ってから1、2」で投げるのですが、谷繁さんは「捕ってから1」で投げるイメージです。だから捕った位置から、テイクバックなしに押し出して投げるように見えます。それでいて、速くてコントロールされた送球がいくわけですから、地肩が強いのでしょうね。

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「ID野球の申し子」と評され、ヤクルト黄金期を支えた古田敦也

── 古田さんも捕ってから早い印象がありました。

杉本 古田さんは、早いステップをしっかり踏んで投げるのが特徴だと思います。しっかりステップを踏むから、強い送球が投げられる。しかも古田さんはコントロールが抜群で、だから高い盗塁阻止率を誇ったと思います。

【中嶋聡の懐の深さ】

── 現役時代に3人とバッテリーを組んで、印象深い言葉、出来事はありましたか。

杉本 私の新人時代、中嶋さんに生意気にもこう言ったことがありました。「今日はストレートのコントロールの感覚がよくないので、変化球主体のリードをしてもらえますか」と。すると中嶋さんは「いや、いいストレートがきているよ。そのまま投げ込んでこいよ」と返してくれました。

 私が言わんとすることは、ルーキーの意見にもしっかり耳を傾け、そのうえで自分の意見を言ってくれた。そういうところに中嶋さん懐の深さを感じました。昨年、中嶋監督率いるオリックスが26年ぶりの日本一を遂げましたが、裏方さんを含めチーム全体で戦っている雰囲気が伝わってきました。それも中嶋さんのそうした姿勢が、チームに浸透しているのだと思います。これは教育現場にいる私も、あらためて意識していきたいと考えています。

── 谷繁さん、古田さんはどうでしょうか。

杉本 谷繁さんで強く印象に残っているのは、金本知憲さん(当時・広島)に初球を打たれた時、「完全におまえの力負けだ」と言われました。初球の勝負球を打たれたわけですから、当然です。谷繁さんは必要以上に慰めるのではなく、単刀直入に厳しく言ってくれる。逆にポジティブな気持ちにさせてくれました。古田さんは、データの裏づけを論理的に説明できて、しかも革新的な人です。だから試合においても、球界再編騒動の時も、先頭に立って選手をリードしていけたのだと思います。

 プロ野球での経験は、私の教員生活と監督生活に生きています。この3人と接することができたのは、私の財産です。3人に共通するのは、他人の話に耳を傾けること。先述したように、私も生徒の話を傾聴し、それを踏まえて「私はこう思うけど、どうだろう」と、よりよい方向に導けていければと思っています。